学年別タッグトーナメントはまさかの箒・鈴ペアとボーデヴィッヒ・相川さんペアの試合をによって開始を告げられた。よくある決勝戦で会おうぜ的な展開もなく1回戦でぶつかり、箒と鈴の特訓の成果も虚しく流されるように敗北してしまっていた。新しい敵キャラの実力を際立たせる為の引き立て役を請け負うライバルキャラみたいな見事な負けっぷりと言わざるを得ない。
千冬姉さんの隣で呑気に観戦していた身分としてはアニメみたいな展開だなと思うしかないわけで、びっくりするくらいに箒と鈴の敗北を残念とは感じられなかった。箒と鈴がとぼとぼと申し訳なさそうに帰ってくるのを苦笑でお出迎えするしかない。
「うおおぉおぉん!! 土下座させるつもりが負けてしまぶぉ!?」
涙と涎と鼻水で顔を濡らした箒が飛びついてくるけど、千冬姉さんが無言のラリアートで撃退。いくらなんでもあの顔面で飛びつかれるのは御免こうむるので千冬姉さんに感謝してもしたりない。
「いちかぁ!! ごめーん、負けちゃったぁ!!」
撃退された相方の屍を無視するかのように飛び越えて、今こそ鈴がボクに飛びついてくる。ぎゅうぎゅうと腰辺りにしがみついて離れなくなった鈴は幼児退行してしまったようで、いつもの快活さはどこへやら。ISの中に置き忘れてしまったとか言わないよね。
鈴の幼児退行する姿を初めて見たボクは胸がキュンとしてしまったので、本能の赴くままに鈴の頭を撫でまわして慰めることにした。いいシャンプー使っているみたいだ。髪がさらさらで柔らかい。羨ましいわ、とはさすがに思わないけど。
「うんうん、頑張ったね。カッコよかったよ」
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで~。
触り心地が良かったのと鈴にキュンキュンしてしまったので、これみよがしにひとときを堪能してしまった。
「やばい~。一夏の手のひらがくせになる~」
鈴がむぎゅうとだきつきを強める。かといって苦しめてくるわけじゃないところが鈴がきちんと配慮してくれている証拠だ。ところで、箒は2度と目覚めないのだろうか。返事がないし、ただの屍なのかも。呼吸しているかも怪しい。ラリアートでフィニッシュじゃないことを祈りたい。そうじゃなきゃ千冬姉さんが人殺しになってしまう。それだけは避けねばなるまいて。
箒と鈴を破ったボーデヴィッヒ・相川さんペアにもはや負けはない。誰もが確信めいたことを言っている。唯一対抗することのできる可能性があるペアは篠ノ之・デュノアペアくらいだろうけど、箒と鈴を難なく破ったことを考えると勝率は極めて低いかもしれない。60パーセントどころか40パーセントにも届くまいて。
オルコットについては特に期待されていない。既に負けた実績があるから。
学年別タッグトーナメントは全生徒が参加し、その期間は1週間をかけて行われる大きなイベントである。しかし、トーナメントというものであるから、負けた人間からしてみれば、これほどつまらないモノはないんじゃないだろうか。何故なら、初戦敗退者達は1週間も見学するしか道がないのだから。そもそも試合に参加していないボクなんかはもっとも暇人間になってしまっているので、試合見学そっちのけで千冬姉さんや箒や鈴と一緒になって談笑している。もしくは事前にこしらえて置いたお菓子を食べながらのんびりと過ごすくらいだ。特別応援している生徒もいないだけでなく、熱中するほどISに興味がないのも加われば、この長い1週間はまさしく暇タイムだ。
興味なく試合を眺めていれば、ボーデヴィッヒ・相川さんペアはどんどんと勝ち進んでいく。正確に言えばボーデヴィッヒがどんどんと1人勝ち進むのを相川さんが後ろからのんびりとついていくスタンスだ。そのせいだろう。対戦表が『ボーデヴィッヒ・相川ペア』から『ボーデヴィッヒ』に変化していた。相川さんが知らぬ間にリタイアしている。リタイアしているのに試合に参加している。
学年別タッグトーナメントの優勝者はIS学園内の3人の男子の誰かと付き合うことができる。その権利を勝手に賭けて戦っているんだけど、ボーデヴィッヒが優勝して終わるのは目に見えている。実際に目の前で行われている最後の1戦が終われば優勝が決まる。
対戦相手は篠ノ之・デュノアペア。生徒達の最後の希望だ。男子生徒が誰のモノにもならずに平行線のまま終わらせることのできるIS学園内人類の最後の光だ。劣勢に立たされて電気が切れかかっている豆電球。希望にはなり得ないのは明白だ。だけど万が一の可能性がある以上は祈り続けるのが人間だったりする。でも、結局は「ああ、やっぱりか」と言っちゃうものである。味付けの分量を間違えた時に、もしやこっちの方が美味しくなるのでは、と思って結局美味しくならなかった時と同じだ。あの時は千冬姉さんがニコニコしながら食べてくれたからよかったけど。
しばらく眺めていれば篠ノ之もデュノアもやられて試合終了の合図が鳴った。健闘虚しく破れ去ってしまったというべきか。戦ってない人間が言っちゃってます。
優勝したボーデヴィッヒは行事の終了と共にこちらへとやってきた。千冬姉さんのことを尊敬しているらしく、お褒めの言葉をもらおうとしていることが分かってしまう。ズルい。すごくズルい。
「織斑くん。つきあいま……うむぅ!?」
幸せ満点のスキップでやってきた相川さんが優勝者でもないのにおかしなことを言いそうなったが、ボーデヴィッヒが頬を掴んで詠唱を妨害する。ぐにぐにと相川さんの柔らかそうなほっぺがこねくり回される。抗議の声か条件反射の声か分からない音は無視され、相川さんは魔法封じをされた魔法使いのように無力だった。やっぱり魔法使いは魔法使えなくなると途端にお荷物化してしまう。弾が「使えねー」と言っていたのが分かる気がする。気がするだけだけど。
「織斑一夏」
相川さんを封じたままのボーデヴィッヒが呼ぶ。その表情は真剣そのもので、いきなり腹部を刺されるんじゃないかという危機感を与えてくれる。馬鹿者め、こちらには千冬姉だけじゃなく箒や鈴もいるのだぞ。他力本願ですいません。
「ええと……何かな?」
恐る恐る返事をしてみる。試合の興奮冷めやらぬ中での相対は非常に心臓に悪い。心臓に関する病になった時はボーデヴィッヒのせいにしよう。
「私が優勝者だ」
「そうだね」
「優勝者はIS学園内に滞在する3人の男子生徒の誰かと付き合えるとか」
「ああ、そういう噂もあったりなかったり、そもそも許可申請がなかったり無効だったり」
「優勝者として織斑一夏と恋愛的な意味で付き合うことを所望する」
あ、頭が痛くなりそうだ。
突然のことで何が起こったのかも分からなかった。分かったことは少ない。
ボーデヴィッヒが優勝者の権利に実は興味津々だったこと。
箒が発狂してボクに抱き着いてボーデヴィッヒから遠ざけたこと。
鈴がヒステリックな叫び声を上げて箒からボクを引きはがしてISで上空に逃げたこと。
ボーデヴィッヒがそんな鈴からボクを引っぺがして、鈴を地面に叩き落としたことくらいだ。
「くそ、一夏を返せ!!」
「そうよ。何が優勝よ!!」
箒と鈴が吼える。鈴に関してはルールもへったくれもない言い分だ。けっこう乗り気だったくせに。やめて、私のために争わないでとか言いたかったのに。
「優勝は優勝だ。織斑一夏と付き合う権利は私が頂く。なので教官、今にも首をへし折りかねない雰囲気だけはやめていただけると助かるのですが」
「……なにか?」
「いいえ。なんでもありません」
「というか、私も優勝者じゃないのかー!! 私だって織斑くんと付き合う権利を行使するってばよぉ」
「ああ、相川。お前に関しては一切試合に参加していなかったので棄権扱いだ。残念だったな」
「聞いてないッス。超聞いてないッス!?」
対戦表を見れば一目瞭然だ。相川さんの名前が抹消されていたのだ。扱いが棄権だとは思わなかったけれど。強制的に棄権扱いにされた相川さんが音もなく崩れ落ちるのを見ると、関係ないけど胸が痛くなる。まだだ、まだ更年期障害じゃないはずだ。
「知らない。とにかく織斑一夏と付き合う」
ボーデヴィッヒは宣言するとボクを抱きしめたままその場から逃げ出す。
暫くは空中散歩。たしか指定された場所以外でのIS使用は許可を得ない限り駄目だった気がする。これ、分かって黙ってると罪になったりするのだろうか。
「織斑一夏。私は奴らと戦って疑問に思ったことがある」
奴らとは箒と鈴のことを指すのだろう。
「何故、奴らは勝てないと分かっているのに立ち向かってくるのか。何がそうさせているのか。考えても分からず、祖国の部下達に聞いてみた。どうやら人間というモノは守りたいモノがあると強くなれるらしい。直接的な力だったり、精神的な意味であったりとはっきりしないらしいが強くなれる。しかし、私には理解ができない。理解ができないが故にお前と付き合うことを決めた。そうしてお前を守りたいと思うことができた時、その強さの本当の意味を理解できるかもしれないしな」
独りで語って独りで納得するボーデヴィッヒ。完全な知的好奇心からの行動だったことにホッとした。ホッとしたけど巻き込まないでほしい。
「とにかくお前と私は付き合っている。安心しろ、部下からちゃんと男女の付き合いについての知識を仕入れた。あれだろ、避妊はちゃんとしろ、だろ」
ボーデヴィッヒの仕入れた知識が部分的過ぎる。さらに言えば手順をブッ飛ばし過ぎである。ボーデヴィッヒの部下は大事な部分だけを伝えやがった。それもどっちかっていうと男に言うべき内容な気がしないでもない。
「そこまでの付き合いまではいかない気がするけど」
「……そうか。クラリッサめ。帰ったらシバくか」
「シバいちゃうのね」
「ああ。これで何度目になるか分からない。自称日本通と言っていたが役に立った例がない」
「そうなんだね」
逆に何度も耳を貸しているわけだ。学習しろよ、とはさすがに言えないので苦笑いで誤魔化しておく。
暫く沈黙。ボーデヴィッヒは話題を提供することになれていないようだ。そしてボクは何を話せばいいのか全く分からない。箒や鈴との会話なら話題なんて幾らでも出てくるけど、ボーデヴィッヒとは何を話せばいいのか分からない。
頭の中で打開の一手を探しているけれど、アイデアゼロで過ごしているのが現状だ。ボーデヴィッヒに抱きしめられたままの空中散歩なのだ。密着状態ではロクにアイデアなんか出てきはしない。
いつまでも沈黙を続けていると不意にボーデヴィッヒが問いかけてきた。
「どうして怯える?」
その問いかけに思わず、ボーデヴィッヒに刺されそうだから、とふざけた答えをしそうになったけど、ボーデヴィッヒが続いて発した言葉にふざけるのは無理だと分かった。
「お前と教官は姉弟なのだろう。それをどうして怯える?」
言っている意味が分からない。なんてとぼけることなんてできない。言っている意味が嫌というほどに理解できてしまうから。
だけど、この誰に対しても白身魚のように淡泊なボーデヴィッヒが踏み込んでくることには意味が分からなかった。付き合うに当たっての極意なのだろうか。部下が言ったのかもしれない。
「それ聞いて……どうするのさ」
自分の声とは思えない音が喉の奥底から出てくる。
「知的好奇心……というのははしゃぎ過ぎる言い方かな。ただ異常に感じただけだ。普通はあのようになることはない。きっと織斑一夏は悪い体験をしているのだな、と気になっただけだ」
ボーデヴィッヒの答えはシンプルだった。しんぷるいずべすとなる名言があるけど、たまに失敗するときがある。特に遠回しな言い方を好む日本人には向かない方法だ。はい、日本人なボクには合わないやり方。
しかし、ボーデヴィッヒの視線が理由を求めて見つめくる。絶対に聞きだすという強さを感じさせる瞳に、外国人特有の意志の強さをビシビシ感じてしまう。外国人は意志が強いのかなんて全然分からないけど。ひとまずオルコットのぶれなさ過ぎる姿勢だけを基準にしてみればけっこう当てはまる気がしないでもないけど。
仕方がなく、仕方がなく話すことにした。自分が記憶喪失で昔のことを覚えていないことを。本当に織斑一夏なのかが分からないことを。本当に千冬姉さんの弟なのかが分からないことを。ボクのことを織斑一夏ではないと声高々に言ってくる同級生がいたこと。本当に自分が織斑一夏であるのかに自信が持てなくなってしまっていることを。だからこそ、千冬姉さんとの繋がりを否定されることが耐えられないことを。
とにかく全部話してみた。説明とかは苦手で途中で脈絡がおかしくなることもあったけど、ボーデヴィッヒは指摘することもなく黙って最後まで聞いてくれた。
「私は記憶喪失の人間の辛さは察することもできない。お前が怯えを真に理解することもできない。だがな、お前は怯え過ぎている」
「怯え過ぎている?」
「そうだ。クラリッサの受け売りだが、今が人生だ。過去は過去でしかなく、未来もまた未来でしかない。今を頼りに生きていれば過去にも未来にも怯える必要もなくなる。お前はなくした過去に不要な怯えを持っている」
「そう簡単に言ってくれたって」
「難しいのは百も承知だ。しかし、今を生きろ。想い出を作れ。それがお前になる。今のお前が作ったことなら誰にも否定できないし、お前の真実になる。私が協力してやる。まずはこんな感じでな」
言い終わるなり、ボーデヴィッヒが唇を重ねてくる。突然柔らかいものが押しあてられて頭が真っ白になる。雪原の世界に思考が飛び込んでいってしまった。戻ってきたときには数秒が経過していたと思う。キスされたと合点が行った時には口内にボーデヴィッヒの舌が侵入しており、ボクの舌に絡みついて刺激してくる。ねっとりとした柔らかい人間の舌の感触は思っていたよりも気持ち悪くなかった。
「んぐぅ……何するんだよ」
ようやく解放された。酸欠になりそうで必死に肺に空気を取り込んでから抗議の声をあげる。心臓が骨も肉も突き破って外気に触れそうになる。顔が熱い。灼熱だ。オーバーヒートしそうだ。
ボーデヴィッヒの方は顔色に変化はない。白人らしい真っ白な肌に朱が差すこともなく口元に伝うどっちのか分からない唾液を拭って鼻を鳴らした。
「もう付き合っているからな。ちょっとしたサプライズプレゼントだ」
妙に男前なボーデヴィッヒにドキドキしたのはボクだけの秘密だ。