図太い神経をしている自覚はある。大事にならない限りは動じない胆力がある。ガサツで繊細さがないところがオヤジに似てしまったと言うべきか、ジジイからは才能なしと判子を押されてしまっている。
開店してから半世紀の歴史を持つ地元の定食屋。昔ながらの頑固おやじの営む飯屋、その息子であるオヤジは普通の社会人でしかなく、そのさらに息子である俺は所詮は一介の高校生に過ぎない。昨今の高校生に漏れず自分の家の家業なんて継ぐ気はさらさらない。あんな頑固ジジイの罵詈雑言を浴びながら修行したいほどの熱意もないしな。ジジイの方も俺が継ぐ気がないと分かり、才能も感じられないと分かった時からそのことに関しては見放してきていやがる。
孫よりも孫娘の蘭の奴にばかりいい顔するところが反発しているのかもしれないが、そもそも料理に興味のない俺は絶対にジジイの言いなりになることはないのかもしれない。
それでも繊細さのなさは同時にウジウジと悩まないで済むことを意味しているのだから、ガサツであることが必ずしも悪いわけじゃない。
たとえばIS学園で寮暮らしをしているはずの一夏が、真夜中に突然訊ねてきたところで俺は動じることなく招き入れる余裕があった。
両親や妹やジジイは既に自室に引き上げていたためにバレずに部屋に連れ込むことができた。一夏が無神経にインターホンを押さずに俺のケータイに電話をかけてきてくれたことが全て上手く運ばせてくれたわけだ。
自室へと一夏を連れて行き、適当なクッションを床に置くと、一夏はそこにちょこんと膝を抱えて座り込んでしまった。なにやら気持ちが沈んでいるみたいだ。
ここで俺が何とか相談に乗って解決して進ぜよう、なんて声を大にして構うことなんてできない。ガサツなもんでね。気にせずゲームの続きでもしてるさ。
テレビ画面に映るのは武器を持った男が異形の化け物を退治している。コントローラーの操作に合わせて動き回るキャラクターは実はそこまで趣味じゃない見た目をしている。
暫く黙々とゲームをする。明日が日曜日ということもあり、夜更かししても学業に支障はでない。こちとら成績は中の上は常に維持してきているんだ。それを崩さねばこういった夜更かしもある程度許容されるべきことになるだろう。両親がどう思っているかなんて分からないのだが。
蘭の奴は有名なお嬢様学校とやらに猫被りで通っているから、アイツには夜更かしなんて命取りな行動はできないらしい。お嬢様学校と言ってもその実情は男子の目がないために好き勝手やっている女子の巣窟でしないとか。絶対に見たくない世界が広がっていること間違いなしだな。
一夏のとこのIS学園はどういう学校だろうか。ISというマシンについて学ぶ学校だってことは世間常識として知っているが、その実態について多くは語られていないので分からない。蘭の奴がIS学園への進学を狙っていてパンフレットを貰ってきたみたいだけど、そこに書かれている内容を見てもいまいちピンとこない。興味がなけりゃあそんなもんだろさ。
一夏が突拍子もなく夜中に訪ねてきたことを俺の頭で推理すれば、女子の大群に嫌気がさした、ISの授業についていけなくなって辛い、なんて感じじゃなさそうだ。てか、マメに互いの近況報告とかしてるからな。同性のいない生活は辛いだろうからな。
そうすっと原因はなんだかな。一番は千冬さん関係になるかな。コイツは千冬さんの事となると盛大に怒ったり落ち込んだり泣いたりだ。
特に千冬さんとの繋がり云々の話には極端に敏感になっちまうからな。記憶が無くなると根っ子がぐらつくんかな。それとも元々の性格的なとこかな。
ただ言えることは一夏が話題を口にしない限り、俺は一切首を突っ込むことをしないということだ。たぶん、一夏も混乱しているかもしれない。そこで俺の方から突っ込んでいっても頭の中の整理を邪魔するだけにしかならん。だとすれば俺はひとまず黙ってゲームでもしてるさ。コイツが話したくなるまで起きていてやる。
決意を胸にゲームを続ける。週に1度の夜更かしは今日に限って長続きしそうだが、そんな弱気な考えは振り払う。
「あのさ……ぁ」
一夏が口を開いたのは俺が素晴らしい決意をしてから1時間経過したときだった。時計の短針が既に3を指している気がしないでもないが気にしないでおく。意外に睡魔に負けてないぞ。
やっとか、とゲームを中断して一夏と向かい合う。セーブとか面倒になってゲーム機のコンセント引っこ抜いて強制ダウンさせた。今は一夏の方が100倍大事だし。ちょっと眠くて超ガサツだし。後で冷静なって撃沈しそうだし。
向かい合うと俺よりも小さな一夏がより小さく頼りなく見える。雰囲気のせいだろうさ。いつも自信のなさそうな瞳が震えているのを見ると、よほどの事態に見舞われたんだろう。
「実は……そのぉ」
たっぷりと時間をかけて一夏が語り出した。所々で言葉が途切れてしまったが、俺は聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けた。表面上はなんてことないように装ってはいるけれど。
全てを聞き終えると、俺は必死に脳みそをフル回転させて話を纏めることにした。
1つ、本日……いいや、日を跨いじゃってるから昨日かかりつけの医者から電話がかかってきた。
1つ、内容は一夏と千冬さんは本当の姉弟ではないだと言われた。
1つ、実は本物の一夏は別にいて、君は所詮偽物でしかないと言われてしまった。
結論、本物の一夏じゃないことを責められるのが恐くなって逃げ出してきた。
本当はもっと重たい話だったんだけど、俺の脳みそができるだけ柔らか修正を加えてスゥっと耳に入りやすくしてやったぜ。というか俺の国語力の低さがこうさせただけだ。
しかし、話は分かった。
「一夏。悪いけどスゲーどうでもいいんだけど」
本当に悪いとは思ったけど気にせずに言ってしまった。一夏がポカンとしたけど、そんなことはどーでもいい。そして、コイツの悩みもどーでもいい。眠くて言葉選ぶこともできなくなってきたんだけど、そんなことすらもどーでもいい。
だってコイツの悩みなんてちっぽけなんだって話だからだ。俺からしてみりゃ何言ってんだってことでしかない。
「ど、どうでも……ってぇ?」
唇を震わせながらも言葉を投げ返してくる一夏の頭を掴んで引き寄せる。首に腕を回してヘッドロックしてやり、頭をぐちゃぐちゃに撫でまわした。
「馬鹿だろ、超馬鹿だろ。偽物なんて言っちゃって。なにオマエ、偽物なら捨てんのか。偽物なら捨てられると思ってんのか」
何時間も待ってやった結果がこの程度の悩みとか勘弁してくれ。もっと重苦しい話を期待していたってのに。
「だって!! 偽物ってことは駄目じゃん。織斑一夏じゃなかったんだ!!」
ヘッドロックされながらも一夏がギャアギャアと喋ってるけど、だからどうしたって話なんだっつうの。
「じゃあオマエあれか? 俺が本物とか偽物とか気にして付き合ってると思ってんのぉ? 馬鹿にすんじゃねえ。真贋見極められるほど肥えた目なんて持ってねえけどよ。今更偽物でした、とか言われただけで付き合い変えるほど浅はかに生きちゃいねーんだよ!!」
そもそも偽物とか本物とか分からん。何をどう偽物と責めたててやればいいんだよ。一緒の馬鹿やったり勉強したりした仲には違いない以上、俺たちの関係に偽物とか存在するなんてありえないだろう。
「アホらしいこと言って俺の睡眠時間を邪魔した罰だ。今すぐ戻って千冬さんに謝ってこい」
ヘッドロックから解放してやって一夏を無理矢理立たせる。
「ええと……なんで?」
俺の言葉に一夏の奴が分からないとぎこちなく首を傾げやがった。コイツ無意識に理解しているくせに分からないとしているな。それこそお前が千冬さんのことを嫌ってない証拠だ。そう反応できるんなら大丈夫だよ。
「どーせ千冬さんのことだ。お前を探しにきているはずだろ。どこに居るかは分からないけど、たぶん近くにいるだろうから探して謝ってこい。消灯時間を過ぎているのに外出してごめんなさい、てなぁ」
あの千冬さんなら謝れば許してくれるはずだ。一夏がちゃんと謝りさえすれば絶対に許してくれるはずだ。どーせ、既に一夏が家に来ていることを知っている可能性だってあるんだ。それなのに一向に訪問の気配がないことを考えると一夏自身が帰ってくることでも待っているんだろうさ。
「まぁ、とりあえず家にでも帰れ。今からIS学園に行く手段なんてなさそうだしな」
朝になっても暫くしなけりゃ電車だって動かないしな。コイツは車駄目だからタクシーなんて使えないだろうし、そんな金のかかる交通手段を選択しない。
家に泊めるという選択もあったんだけど、家族が五月蠅そうだから却下。特に蘭の奴が後々とギャアギャア騒ぎ立てそうだ。どうして起こしてくれなかったのかと。知るか。
それに今の一夏を泊めると、そのままズルズルと泊めることを許しちまいそうで駄目だ。コイツを助けてやりたい気持ちがあるから、少し甲斐甲斐しく世話したくなるんだが、行き過ぎた世話はコイツの為にならないから断腸の思いで一夏を追い出すことにした。
こそこそと家の外まで連れて行き、後は背中を物理的に押して前に進むように促した。一夏が一瞬背後を振り返りそうな気配を見せたけど、何か思ったのか思いとどまって前をしっかりと向いた。
「弾。ありがとう。なんて言えばいいのか分からないけど……頑張ってみるよ」
まだ頼りない声音だったけど、一夏は振り返ることなく歩きだしてくれたから、俺も何も言わずに背を向けて家に入った。
声が震えてたな。きっと泣いてたよ。本当は怖いんだな。千冬さんと向きあうことに恐怖しているんだな。真っ向から否定されて偽物とか言われてしまうことに。
でも、アイツは馬鹿だな。ずっと優しく見守ってくれていた千冬さんを疑っているなんて。きっと一夏以上に千冬さんも辛いんじゃないだろうか。もしも、一夏に責められたらと怯えていたりしてな。
どっちにしろ、他人の俺ができることなんてコレくらいじゃないか。友達だけどそれ以上じゃないしな。
さてと、遅くなったけど寝るか。昼まで寝てやんよ。起きた時には一夏からの吉報が届いていることを期待しているさ。