生存報告。
私はまだ生きています。生きているのです。生きているからこそ辛い日々もあり、優しい日々があり、悲しい日々があるのだと考えております。
目を開ければ慣れ親しんだ風景が見えてきます。幸せで辛くて悲しくて楽しくてつまらない風景です。この風景があるからこそ人間として生きていられるのではないかと考えることがあります。
出来の悪い肉体に指示を出す。人間は不完全な生き物です。不完全だからこそ独りでは完結できない弱さがあります。だからこその集団であり、社会の構築なのだと思います。家族は自らを守る盾なのだと考えられます。
私にも家族が居ます。隣の部屋で幸せそうに眠っているのではないでしょうか。彼の可愛らしい寝顔を見たくなりますが、勝手に部屋に入ってしまえば怒られてしまいますので毎日画策しては諦めております。悲しいです。でも意識されていることは嬉しいです。
起きれば身支度を整えて朝食をこしらえます。私は家庭料理の達人でありますが故に朝食なんてお手の物です。作る料理はベーコンとスクランブルエッグです。まさしく家庭料理です。朝から凝った物なんか作れるはずもありません。そういうのは家族に全て任せております。私は日々の糧を稼ぐ方の労働に従事している身でありますので。
家族が起きれば朝食の時間です。
「先生。またスクランブルエッグとベーコンじゃんか」
私が攫ってきた家族が朝から文句を言ってきます。文句を言う姿は素敵で可愛いと考えています。
「仕方あるまいて。私より遅く起きた君が悪いのだよ。もっと早く起きるようにしたらどうだい」
「3時に起きて活動する人間よりも早く起きろって無茶言わないでよ」
「諦めろ。君には無理ということです」
苦笑いを浮かべて朝食を平らげる家族。文句を言いつつもきちんと完食するところが優しいです。
私の家族は血の繋がりなどありません。彼は他人です。たまたま私の居る病院へと運ばれてきた可哀想な怪我人でしかありませんでした。
可哀想な怪我人だ。病院に来る前から怪我を負い続け、遂には物理的な大きな怪我を負ってようやく運ばれてきた可哀想な小さな男の子。
彼は状況から逃げ出すことを望んでいました。血の繋がった実の姉から逃げ出すことを望んでいたのです。
彼自身が告白してきたわけではありません。見ただけで分かりました。私には分かるのです。だからこそ相手に対して厚かましい顔で接することができるのです。
可哀想な彼に救いの手を差し伸べましょう。言葉と共に手のひらを差し出せば、まだまだ未成熟な小さな手が乗せられました。優しく握れば恐る恐るも握り返してくれます。
私は彼の為に行動を起こしました。
たまたま重傷の怪我で入院していた子供1人の身体全てを彼そっくりに整形してあげました。私の医者としての腕前を以てすれば簡単でした。最近生み出されたナノマシンなる技術を上手く活用してあげれば完璧でした。ナノマシン恐るべし。医療用というべきものでなかったのですが、それを扱って整形を成功させた私も恐るべしです。
整形した子供に関しては薬で記憶を忘却させて、彼の代わりにベッドに寝かせれば終了です。この為に面会謝絶状態にしてしまいましたが、怪しまれてしまったでしょうか。
彼を隠匿するに当たって偽物を1人用意するだけではつまらないと思った私は、ダメ押しの一手を考案しました。
これまたたまたま重傷の怪我で入院していた子供を表向き死亡扱いにして、この子も彼と同じように整形して記憶を消去。適当な場所に投げて置きました。
真贋見極められず、偽物を育てておいて、実は本物はドブネズミのように暮らしていたと絶望を与えさせてみましょうか。失敗しても別に構いませんけど。
とりあえず事後承諾で彼に計画の詳細を話して納得していただきました。彼はよほど心が擦れてしまっていたのでしょうか。明らかに人道を捨てた計画にあっさりと首を縦に振りました。可哀想に。
計画は初期の初期に失敗していたと知ったのは昨日のことでした。
人間は群れを作って生きる生き物です。その群れは必ずしも血の繋がりだけで構成されるものではないと実感させられました。
織斑千冬さんは誰でもよかったのです。ただ、自分が独りで居ることに怯えているだけの女でしかなかったのです。だからこそ、少年くんは生きていくことができましたし、家族の愛を知ることもできましたし、幸せを知ることができました。独善でしかなかった織斑千冬も家族として少年くんを守っていくことを誓ったのでしょう。たまにやってきては診察を受ける少年くんから聞いた話から、彼の時とは生活環境が変化してしまっていたのです。まぁ、そんなことはどうでもいいですしょう。
少年くんは幸せだ。恐らく記憶を封じられる前よりかは幸せなのではないでしょうか。
「先生。今日の予定は?」
家族は私に興味心身です。私には大した予定などありませんので「特には決まってないかな」と言うしかありませんでした。事実です。意地悪でもありません。ただ何もないだけです。
「ふーん。じゃあ俺も何もないな」
「いやいや。君は自由にしなさいな。私の尻を追いかけ回す必要もないじゃないか。やらしー」
「やらしくないから」
「そっちをツッコむ君が心配になりますね」
彼はすっかりと私にべったりしてしまった。べったべったです。
彼はもはや織斑一夏ではない。その名前と存在は偽物に全て譲渡してしまいました。彼も了承しています。譲渡と言うよりかは押しつけです。押しつけられた方もまんざらでもなさそうなので気にしないでおきましょう。
スマホに届いたメールがまんざらでもないことを教えてくれます。
『先生には感謝してます。千冬姉さんとちゃんとした姉弟になれました。2度と病院には来ません』
無事に義姉弟になれたそうです。そこまで私には関係ありませんけど。
病院業務はてきとーだ。毎日のように診察を繰り返して可もなく不可もなく客を捌いていくだけです。つまらないほどに作業ゲーです。病人達は一喜一憂でしょうが、そのようなことをしがないお医者さんでしかない私にに言われましても。
診察室に客が入ってこなくなると、私の仕事も一段落つきます。そうすればジェファーソン君がコーヒーを淹れてきてくれます。
「お疲れ様。今日は少なかったみたいだな」
ジェファーソン君は客を数える仕事でもしていたのでしょうか。別の仕事を見つけてくればいいと思います。私を癒す仕事とかを。
「ジェファーソン君。昨日も今日も明日も関係なくなく生きている私には数の違いは問題になりませんよ」
「確かに。先生は無頓着だから問題にならないかも」
「無頓着とは人聞きが悪いな。私は数を重要視していないだけさ。来る者拒まず去る者追わず。それが私のモットーである」
仕事道具をデスクの上に放り投げて、ジェファーソン君を抱き寄せます。男らしく成長した彼の肉感に肺から空気が絞りだされる。
「先生。突然抱き着くのはやめてくれよ」
「思春期の幼気男子をからかう楽しみをやめる気はありません。大人しくしろ」
「最低な楽しみだってことが分かった。分かったけどやめろ」
「やーめーまーせーんー」
「やーめーろー」
「どーせまんざらでもあるまいし。今更形だけの拒否はいかがなもんかな」
「……先生。分かってて言うのか」
「言うさ。私は君とじゃれて楽しいからね。だから偽りなく気持ちを言う。私は君を抱きしめることができて幸せです」
ぎゅっと抱きしめます。ジェファーソン君は抵抗することもなく、それどころか私の背中に手を回して抱きしめ返してくれます。逞しい男の腕に抱かれて私は親愛の安心感に包まれるといいますか、成長を文字通りは肌で感じることができて嬉しいといいますか。とにかく劣情以外の何かを抱いています。
最初の最初は僅かに考えました。ジェファーソン君が少年くんを見た時に感情を露わにして責めたてたり、姑のようにいびる可能性を。しかし、ジェファーソン君は大人なようで少年くんに対して少々視線がきつくはなれど悪意を直接的な形でぶつけてくることはありませんでした。
しかし、織斑千冬を前にすると情緒が不安定になってしまいましたので、少年くんの診察においては織斑千冬の入室を拒否することにしました。彼女はあまりにも過保護で五月蠅かったので診察に差支えると言ってお引き取り願いました。おかげで彼女は来なくなってジェファーソン君の精神安定に繋がりました。代わりに診察の旅に織斑千冬に電話報告しなければならなくなりましたが、それは一切の苦にはなりませんでした。
「先生。どうして恥ずかし気もなくそんな言葉を言えるかなぁ」
「恥ずかしくないからさ。愛も恋も恥ずかしく感じることなんてありえない。恥ずかしがっている様じゃ心底の感情ではないですね」
「……先生は動じなさすぎるところが素敵だよ」
「動じないわけじゃありませんよ。キミを抱きしめているだけで心がほっこりとしていますから。うん、幸せな生き物だ。私は幸福を手に入れたのさ」
織斑千冬が少年くんを手に入れたことで幸せになったように、私もまた他人様の人生を捻じ曲げることによって幸せを手に入れることができました。
幸せで辛くて悲しくて楽しくてつまらない。それはジェファーソンくんこと元織斑一夏こと元私の家族と一緒でも同じです。だけど、幸せの比率は高まっていることは確かです。
しかし、同時に誰かの幸せを奪っていることでしょう。どこの誰かは分かりません。私ではないことが確かですね。