記憶なんてなくても困らないことに気がついたのは、やっぱり姉さん達のおかげだからだろう。うん、全然困らない。たとえ記憶を今更取り戻したところで関係が変わることなんてありはしないのだ。
俺は姉さんのことを大切に思うし、姉さんも俺の事を大切に思ってくれている。それだけで十分だ。
俺は姉さんに拾われたんだ。何も分からずにどこの何なのかもわからないままに居たところを興味本位で拾われたところから、俺の人生はスタートしたと言っても過言じゃない。
篠ノ之一夏。名前は仮のヤツ。姉さんの友達の弟の名前を丸パクリしたらしい。なんでもすごく似ているとか。複雑な名前であったりする。今では俺の名前と受け入れられるからいいけどさ。
姉さんとの生活は難しかった。料理は作れないわ、片付けはできないわで。だからこそ俺は少しでも姉さんの役に立ちたくて頑張った。そしたら、姉さんはニコニコと笑顔で俺の飯を食ってくれるようになった。
姉さんも最初は大変だった。まるで興味の対象物みたいな見方をしてくるものだから。子供心にどうすりゃいいのか迷ったほどだ。
でも、今では本当の姉弟以上の絆を感じる。
姉さんに拾ってもらって世界のどこかで生活していると、何時だったか姉さんが妹を連れてきてくれた。妹って連れてくる生き物だっけとちょっと疑問に思ったけど気にしないことにした。気にするだけ無駄だし。
連れて来られた妹は最初は警戒心ばりばりだったけど、姉さんと俺の甲斐甲斐しい世話のおかげで無事に心を開いてくれるようになった。
クロエと名付けられた妹はやたらと俺に引っ付いて来ては「一夏兄さん大好きです」と言ってくる。嬉しくなって俺もと抱きしめ返すのは鉄板だ。そうすると姉さんも抱き着いてきて三人でぎゅうぎゅうとなるのが幸せだった。
姉さんとクロエ。二人と一緒の生活も数年も経つと日常だ。
だけど日常は形を変えることになる。
初めてISを起動できる男性が現れたというニュースによって。
姉さんが大層驚いていた。ISの生みの親である姉さんでもびっくりなニュースらしい。
そんで試しにと姉さんが俺専用のISを開発してくれた。動かせるかも分からないのに。動かせたけどさ。動かせちゃったんだけどさ。
それから姉さんに診察という名のお肌の触れ合いをした。手つきに違和感を感じたのは放っておくことにする。クロエが顔を真っ赤にしていたのも放って置く。風邪かな、と思って風邪薬を用意しようとしたら姉さんに止められてしまったので放って置いた。
姉さんにあれこれ調べられた結果、どうやら俺の身体の中には何かが巣食っているとのことだった。とにかく何からしい。詳しく調べるには俺の身体を切り刻まなければならないとのことだ。とりあえずその何かのおかげでISを起動させられる。そういうことで結論が出た。
ISが動かせることも分かるとIS学園へと入学することになった。姉曰く、ISを初めて動かした男子と交流してこいとのことだ。どの口が言っているんだか。
IS学園で出会った男子は織斑一夏という。俺と同じ名前に同じ顔を持つソイツは、なんとなく自分に自信がないように見えた。いつも何かに怯えている、そんな印象だ。
のちのち情報を集めてみれば、織斑は俺と同じように記憶がないらしい。俺が姉さんに拾われるよりも前の記憶がないように、織斑もまた病院で目覚める前の記憶がないらしい。
記憶がないということは以前の自分について分からない。このポジションが本当に正しいものなのかと疑問を常に抱え続けるものだ。
俺にも多少はあった。でも姉さんとの生活で、どうでもよくなってきたもんだ。吹っ切れたとも言える。姉さんが俺が落ち着ける場所を作ってくれたのが大きいかもしれない。姉さんにその自覚はないんだろうけど。俺は姉さんに救われたからこそ、篠ノ之一夏という立場を全身全霊で受け入れることが出来ているのだ。
それに比べて織斑の方はそうではなさそうだ。なんとなく。なんとなく思った。直感に近いかもしれない。
しかし、姉である織斑先生との仲は至って良好だ。猫可愛がりと言えばいい。甘やかす系の姉だ。ブラコンと言われても仕方がないだろう。
織斑の周りには常に姉さんの妹である篠ノ之箒や凰鈴音が居た。守るようにして構えている。俺としては男なら女を守るものだろうと考えているので、ちょっとそのところは受け容れ辛い。まぁ、人それぞれと言われたらそこで終ってしまうけど。
俺が入学して三日経たずとしてセシリア・オルコットが喧嘩を吹っ掛けてきた。難癖と偏見極まる主張を前にして、俺も喧嘩腰になってしまって戦う羽目になってしまった。
仕方がない。男たるもの馬鹿にされてすごすご引き下がっちゃあいられない。男なら女を守るものだけど、ナイフ持って迫りくる女まで守りたいとはさすがに思わないぜ。
セシリアとの戦いは、俺の初めてのIS戦ということもあり大苦戦だった。そもそもブレード一本で試合に挑まなきゃいけない俺に対して、セシリアのヤツは遠距離のスペシャリストかと言いたくなるくらいに撃ってくる。レーザーのバーゲンセールだ。要らないセールなのは確かだ。
もっとも厄介なのは正面からの狙撃ではなく、俺の周囲を飛び回りレーザーを撃ってくるブルー・ティアーズなる無線機動兵器だ。俺の死角を、それもセシリアの狙撃を避けるタイミングで出来る死角から攻撃してくるものだから対応が上手く追いつかない。
必死に避けて、たまにブレードの腹で受け止めて、また必死に避けての繰り返し。その中でもセシリアの狙撃とブルー・ティアーズの攻撃のタイミングを頭に叩き込んで、来るべき反撃のチャンスを探る。
回避しつつも思考する。見えてくるのは狙撃とブルー・ティアーズは同時には攻撃してこないということ。必ず続くように攻撃してくるのだ。獲物を追い詰めるように撃ってくるにしては妙だ。セシリアからの狙撃の時はブルー・ティアーズの動きが鈍る。それだけでなく、狙撃の後に動き出すのは俺の死角にいるヤツだけ。
見えてくれば対処ができる。死角に来ると分かれば、ハイパー・センサーを死角に振り向けてやればいい。のこのこと飛んできたブルー・ティアーズから破壊していき、四基ある内の三基を無力化してやる。
「ふふふ。わたくしがはいつからブルー・ティアーズは四基しかないと言いましたか。わたくしのブルー・ティアーズ最大稼働数は14基でしてよ」
不敵に笑ったセシリアの周囲が光り輝いたかと思うと、十三基のブルー・ティアーズが形作られる。残る一基と合流するかのように俺の周りを取り囲む。
せっかくのヤツを全部囲いに回した。それは俺にとってはチャンスだ。最速で正面突破を試みる。
「わたくしのブルー・ティアーズの最大稼働数は確かに14基までですが、このブルー・ティアーズに搭載されているブルー・ティアーズの数は30基ありましてよ!!」
今更知るか。
めんどくさいことを言うセシリアに接近していざ零落白夜で攻撃する、というときに乱入者が登場した。
そいつは空からやってきた。姉さんが暇つぶしと称して開発していた無人機ISにそっくりな見た目をしているのが気になる乱入者だ。頭部装甲部分にデフォルメされた人参ロケットにこれまたデフォルメされた姉さんが跨っているペイントを発見したが、果たして姉さんとの関係はあるんだろうか。
周囲は突然の事態に混乱しているのだけど、俺は俺であからさま過ぎる乱入者の存在に混乱してしまっている。とにかくあのペイントを消してしまわなければ。あんな関与してますと宣言してる絵は不味すぎる。
対戦相手であったセシリアもこの状況がよろしくないことを察したようで、俺が無人機ISに向かっていくと後に続いてくれた。なぜライフルで狙い撃たない。なぜショートブレードを構えている。
「ふふふ。わたくし、近接は得意は久しぶりですが安心しなさい。エレガントに決めてみせますわ」
何を言っちゃってるのか分からない。根拠のない自信が眩しい。目を背けずにはいられない眩しさだ。視界に収めてられないので、俺は尊大な自信を提供してくるセシリアを無視して飛び出す。
恐らく姉さん関係のISは両腕からビームを撃ち出して接近を阻止してくる。弾幕の雨あられにクロスレンジまで踏み込むことができない。セシリアはブレードにこだわりだしたせいで援護してくれない。どうすれば、とか言っている。ライフルを使えばいいと思います。レーザーで焼き切ってあげればいいと思います。
とにかく速度で攪乱するしかない。
小回りで狙いをつけさせないようにするほかないと動き出そうとしたときだ。視界の端で何かが煌めいたと思った瞬間に目の前のISを極太なビームが襲う。さっきまで飛び交っていたビームが霞むほどのエネルギーの収束と圧倒的な破壊力だ。飲まれたISの装甲が蒸発していくのが分かる。五秒と経たずにぐずぐずになるISの姿が、ビームの威力をはっきりと知らしめてくれる。
光の方向を見れば、そこには身の丈ほどの丸太のようなビーム砲を構えた織斑がいた。寝起きなのかトロンとした目をしている。正気じゃないままに必殺のビームを撃ったようだ。それも観客席から。観客席とフィールドの間には強力なシールドバリアーが展開していると聞いていたけど、それを突き破ってもISを蒸発させられる威力を維持できている。とてもじゃないけど試合で使えるもんじゃない。あれって、確か姉さんが開発じたISだったはずだ。妥協を知らない姉の所業に尊敬する自分がいるぜ。
緊急事態が去った。緊張していた筋肉から力が抜けていく。ISを装着していなければへたり込みそうになる。肺のから生暖かい息を吐き出して周囲を見渡すと、いまだに慌ただしい動きをしていた。今度は事態の収拾なのか。
期せずして事態に巻き込まれてしまった俺は、当然のように事情聴収を受けることになった。
無我夢中で何が何だかと白を切るつもりで挑んだ聴収は担当者が織斑先生。冷たい視線が突き刺さる。
「さて、篠ノ之。おまえんとこの姉君が何を考えているのか教えてくれないか」
パイプ椅子に座らされてワイヤーで身体を拘束されながらの事情聴収。俺が犯罪者よろしく拘束されている事情を俺が聴収したい気分だ。せめてロープじゃないのか。
「わ、分かりません」・
「分からないことはないだろう。なぁ、分からないことはないだろう?」
織斑先生が安心させようと笑っている。獲物を前にしたオオカミにしか見えない。状況も状況だから安心できない。でも、俺はこんなことされても言えることがある。
「分かりませんけど。分かりませんけど、俺にとって束姉さんは自慢の姉です。だから分かっていようが教えることは絶対にないですよ」
「あんなもの差し向けられてもか」
「仮に差し向けられてもです」
答えてから気づいたけど、これ引っ掛けじゃないか。仮にをつけなきゃ俺自爆してたじゃないか。織斑先生の憎々し気な舌打ちが物語っているじゃないか。
ひっそりと忍び寄っていた危険を回避することができたことで、織斑先生がワイヤー拘束を解いてくれた。すげー、頑丈なワイヤーだぞ。素手で解けるとか化物かよ。さすが姉さんの友人。人間離れし過ぎだろ。