IS ぎきょーだいになりましょう   作:ネコ削ぎ

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 空気が凍り付いた気がする。寒々な冷気がひゅるるーっと身体を駆けて行き体温を奪い去っていく。原因は目の前で肩を怒りで震わせている令嬢。怒りに燃えているはずなのに冷気が立ち込めているのは空気と内から湧き起こるモノが別だからだろう。

 眉を吊り上げて睨みつけてくる令嬢。肩は未だに震えたままで、まるで映画とかで見る悪魔に取り憑かれた人みたいに見える。唇までもが震えだし、この令嬢がいかに自分を有名人と捉え、知らぬ者など存在しないと豪語できるほどにおめでたい思考と、これでもかと高いプライドを備えているか理解できてしまった。

 ただならぬ雰囲気を感じ取った生徒達が遠巻きに視線を寄こしてくる。予習でもして次の授業に備えればいいのに。と思った本人は乱入者が現れるまでは見つめ合い宇宙を堪能していたので、どの脳みそが思っているのか。

「わたくしをご存じない?」

「生憎ですけど、お世話になっている人の名前と顔を覚えるだけで限界な人だから」

「本当にご存じない?」

「うん。まだ入学して半日も経過してないから、緊張で覚えられるモノも覚えられてないよ」

「このイギリス代表候補が1人、セシリア・オルコットをご存じない……とぉ!?」

「……オルコットさんっていう名前は自己紹介の時に聞いたんだけどね」

「その時に全部話しておいたのですが……聞いていなかったわけですね。もしくは代表候補という言葉を理解することのできない低能な方でしょうか」

 馬鹿にされていると分かり、臆病なボクが肩をすくめるより早く箒が殺人視線を解き放つ。ビクンと怒りと違う肩の震えを見せるオルコット。

「入試主席のこのわたくしを知らないと?」

 両手が机をぶっ叩く。オルコットは何度も何度も机をぶっ叩いて怒り心頭に発していることをアピールしてくる。机が壊れないか心配したけど、備品にまで最新鋭なIS学園用勉強机の強度は並の机とはダンチだ。いかにエゲレスの代表候補生で入試主席の才女を相手にしてびくともせずにボクの机であることを維持してくれている。

「……自分の成績を見るだけでも大変なんだから、他人様の成績を確認する暇なんてないよ」

「できるアピールなど自慢したがりのやることだな」

 箒が辛辣だ。辛い物でも食べて辛口になってしまったのだろうか。

 ボク達の回答を受けたオルコットはこめかみを指の腹でグリグリと揉み解していた。呆れてものが言えない、と表情が余すことなく語っていた。

「信じられませんわ。本当に信じられませんわ。極東の島国というのはこんなにも物事を理解する能力が欠如した人種ばかり住んでいるとは」

「……キサマにも言えることだろう」

「だまらっしゃい。わたくしと貴方達を一緒にしないでいただけますか」

「それはこちらの言うことだ。お花畑脳と私と一夏を一緒にするんじゃない」

「ふん。貴女のような猛獣じみた女と語る舌などこれ以上持ち合わせていませんわ」

「酷い言葉遣いしかできない女など、こちらから願い下げだ」

「語る舌は持たないと言いましたわ」

 箒の拒否に、オルコットの拒否に、また箒の拒否に、おなじくまたオルコットの拒否。拒否と拒否がぶつかり合うと平行線の会話になってしまうのではないだろうか。

「貴方達のようなガサツな獣あがりに近しい人達は、本来わたくしのような選ばれたとクラスを同じくすることだけでも奇跡だけでなく幸運でもあるのよ。その現実を理解していただける?」

「そうか……それはラッキーだな」

 地の底から響くような声が聞こえてくる。感情の起伏を全く感じさせない淡泊な声音のはずなのに、教室中の生徒達の動きを制してしまう。唯一支配下にないのは聞きなれているボクと、オルコットさんへの怒りによって外から影響を受け付けない状態になった箒と、自分自慢が白熱し過ぎて状況が読むことができていないオルコットの3人。

「……馬鹿にしていますの?」

 何故かボクに向かって言ってくる。唇を動かした気配も見せていないというのに、千冬姉さんのセリフがボクのセリフ扱いになっているんだろう。姉弟として千冬姉さんの代弁者になることを求められれば拒否することなく尻尾を振って役目を務めさせてもらうけど。

 問題はオルコットが気がつかずにべらべらと挑発的な言葉を謳うように紡いでいくことだ。

「大体、貴方この程度の授業に四苦八苦しているくせに、よくこの学園に入れましたね。唯一男でISを操縦できると聞いていましたから、もう少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」

「私の弟にキサマの見当違いで出鱈目な期待を押しつけられても困るのだがな」

 音もなくオルコットの背後まで接近した千冬姉さんが耳元で静かに囁く。ひぃっ、とオルコットが小さな悲鳴をあげ、さきほどまで血色のよい顔を青白くさせる。本能が恐怖を理解したみたいだ。千冬姉さんが誰かの耳元で囁きかける時は、大抵の場合で相手は顔色を悪くして身体を振動させて涙する。見ていて可哀想になるほどの姿に豹変してしまうのだ。

「予鈴が鳴ったなぁ。この授業は私が担当させてもらう。張り切って授業を進行するから頑張ってついてきてくれ」

 地獄行き宣言にオルコットが崩れ落ちたのは言うまでもない。しかし、代表候補生という肩書によって寸でのところで持ち直して逃げるように自分の席に帰っていった。

 

 

 

「さて、授業を始める前に決めなければならないことがある」

 全員が軍隊のように規則正しく着席したのを見た千冬姉さんが柔らかい笑顔で話し出す。怯える生徒達を無視してディスプレイを操作して『クラス代表者』という文字を浮かび上がらせる。デカデカと出てきた文字の下に、少し小さな字で説明文が箇条書きで現れる。

「クラス代表者を決める。どんなものなのかについては画面を見ろ。それがやることだ。後は再来週に行われるクラス代表戦の代表にもなるな」

 腕組みして教室内を見渡す千冬姉さんはオルコットのところで視線を一時的に固定して重圧をかけていた。大人げなく見えなくはないけど、ボクの為に怒ってくれていることを考えると強くは言えない。優しい姉を持ったことを誇りに思って生きていこうと思う。

 やりたいものは挙手、もしくは推薦者が居るならば挙手、という言葉を受けて生徒の1人がぴしりと右腕を天井へと突き立てようとする。天井の高さに届かいので労虚しくだ。

「織斑くんがいいと思います」

「なるほど、相川はエントリーか。他に居るか?」

 発言は何をどう変化していったのか、挙手した相川は見事にクラス代表者へのエントリーを終えてしまった。本人は冗談半分だったのか口をパクパクさせながら着席して突っ伏してしまった。

 一種の恐怖政治を前にして乗っかって人身御供を提供しようとしていたであろう人達は挙げかけた手を引っ込めて自己主張を控える行動に出ていた。

 暫く沈黙。手を挙げるものは誰1人としていない。ボクは諸事情プラスそもそも向かないという理由でエントリー拒否。箒は椅子にちょこんと座り込んで視界を閉ざしてだんまりを決め込んでいる。眠っているようにも見えるけど、そんなことはないはずだ。首が前後に安定しているようには見えないけど気のせいだ。

「他にはいないか? じゃあ相川がクラス代表者ということになる」

 完結。これにてクラス代表者決定の巻は非難も異議もなく緩やかに終了していく。悲しいかもしれないけど、クラスの雰囲気を考えるにクラス代表者に名乗り出たい人がいないことは明白なので、相川は尊い犠牲者となり、崇め奉られていずれは神へと昇華していくのでしょう。うん、間違って相川さんがこの世からサヨナラしてしまった。

 とにかく、クラス代表者を決める小会議は終了した。始まりを延期していた授業がようやく始まってボクは四苦八苦する。

 そう思いきや、ここにきて不服申し立てをする人が現れた。机を叩いて納得いかないと表現して立ち上がるのはオルコット。さっきの今で千冬姉さんに噛みつく勇気があるなんて思いもしなかった。

「待ってください。納得がいきませんわ!!」

 甲高い声で異議を唱えたオルコットは腰に手を当てて胸を張る。頑張って虚勢を張っているようにも見える。

「実力から言えばわたくしがクラス代表者になるのは必然。それをよく分からない采配で相川さんにされては困りますわ。というか相川さんが困っていますわ」

 自己主張の中に相手を気遣う言葉が混ざっているオルコットに、死に体を晒していた相川が上半身をバネのように跳ね上げて彼女に振り返っていた。

「人身御供感謝!!」

「もっとマシな言い方をなさい!!」

「とにかくありがとう。立派な最後だったって報告しておくから」

「死ぬこと確定ですの!? いいえ、それよりもどこの誰に報告を!?」

 相川とオルコットの垣根を超えた漫才。周囲の空気が幾分か和らいだ。

 二人は代表者拒否と代表者立候補で意見が上手くまとまったけど、問題は千冬姉さんの判決だ。さきほどのやり取りの中で素直にオルコットの意見を受け入れるかどうか。

 顔を上げて千冬姉に視線を向けると、見事に視線がぶつかり合った。顔は冷淡なくらい冷静な表情を張りつけてはいるけど、瞳の底から暖かく見守ってくれる視線が溢れ出ている。

「それでは授業を始める」

 沈黙は肯定だとドラマで聞いたことがあるけれど、無視するというのは肯定と否定のどちらに属している行動なのだろうか。分からないまま授業が始まり、やたらとオルコットが質問されているのを聞きながら、ボクは分からないことは分からないままでいいと思考を放棄してノート記入に精を出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 放課後。何をするでもなく教室で疲れ切った肉体を晒して微動だにしない。昼休みの片頭痛を薬と箒の甲斐甲斐しいお世話によって切り抜けたところまではスムーズな展開だったけど、午後からの授業は薬の副作用と食後ということもあって睡魔に苛まれ続けるだけの時間となった。眠い、寝たら駄目だ、ノート書かなきゃ、を永遠と繰り返して授業終了後はノートに歪な線があちらこちらに伸びていた。意識が朦朧とし過ぎたことでノートがとんでもない芸術的作品になってしまっていたことに、いかに眠くてペン先の操作が手に負えなくなっていたのか。

 午後全ての授業で睡魔との格闘。頭痛薬を飲むとその日のほとんどが眠くなってしまう。かかりつけ医の先生が言うのに、強力な薬はその分だけ副作用も強くなるとのこと。それはつまり、この片頭痛が市販の薬では抑えきれない強いものであり、それを抑えつける薬もまた強力な効果をもたらすということになる。

 よって副作用と学校授業午前の部で体力と精神エネルギーを使い果たしてしまった身体は行動を拒否してしまい、こうして放課後の時間になっても机にへばりついているしかないのだ。

 教室の外は騒がしい。珍動物織斑一夏を無料で眺めにきた生徒たちが廊下を占拠し、止まらないで進んでください、という係員の注意を受けないものだから止まってじっくりと観察に勤しんでいる。客に向かってサービスすることもできず動かない生き物に対してよく飽きもせずに眺めていられるものだ。

「大丈夫か?」

 正面に屈んで気遣ってくれる箒。クールな顔に心配です、と言いたげな表情を張りつけて頭を撫でてくるので、ボクは段々と睡魔に負けそうになっているのが現実である。このまま眠ってしまったら誰が自宅に送り届けてくれるのかが気になる。

「眠くてしんどい」

 上体を起こすこともできずにうだうだしている。

「ああ、よかった。織斑くん、まだ教室に居たん……教室で動けなくなっていたんですね」

 まさしくボクの状況を表現して現れたのは童顔をニコニコ笑顔で塗りたくった山田先生だ。よく見てみると塗りたくったのではなく心の底からの笑顔だった。幼い見た目の通りで何よりだと思う。疲れているせいか癒されていく。そのまま夢の国に旅立ってしまいそうだ。

「実は織斑くんの寮の部屋が決まったので報告しにきました」

 ニコリと書類片手に山田先生が言う。おかしなことを言っているような気がするのは疲れているからだろうか。副作用で瞼が重くなってきた。このまま眠ってしまいたい。

「織斑く~ん。寝たら駄目ですよ。駄目ですからね……駄目ですからねぇ!! お願いですから話を聞かずに寝るのだけは駄目ですから。これ、これが織斑くんの部屋の番号と鍵です。あ、あれ? 篠ノ之さんのじゃないですよ」

 ボクの頭上で繰り広げられているであろう奪い合い。山田先生が一方的に奪われているが、そんなことは関係ない。いずれ山田先生が奪う側に回る日が来るに決まっているのだから。具体的に言うと成績を奪いそうだ。教師特権的な手段で。

「ふむむ……むぅ!? この部屋番号は、本当に本当か?」

「ええと、本当に本当ですけど。もしかして嫌でした? そうですよね、さすがにこれは嫌ですよね。でも、織斑先生が泣く泣く決めた、と言っていたんですけど……どーゆー意味なんでしょうか?」

「さあ? 織斑先生の考えていることは分かりません。それより私はもう行きます。一夏、疲れているのなら早く部屋に戻った方がいいぞ。これ、部屋番号と鍵だ。絶対になくすなよ。最悪なくしてもなんとかしてやるけどな」

 絶対なのに最悪なくしていいのか、なんて突っ込みは野暮なことは言えないのだ、体力的に。ぐぐぐっと残された力を振り絞って上体を起こせば、箒が山田先生から受け取った鍵と部屋番号の書かれた紙を机の上に置いてそそくさと立ち去ってしまった。足取りがやけに軽いのはなんでだろうか。

 残されたのは疲れ切ってその背中を見送ることしかできないボクと、箒の行動に思考回路が後手後手に回って手の打ちようがなくなった山田先生だけだ。

「織斑くん、言う必要ないかもしれませんけど道草しないで寮に向かってくださいね。途中で寝落ちするのも駄目ですよ」

 それでは、と山田先生は颯爽と去るかと思えば心配そうな顔で何度も振り返っては数歩進んで、また振り返っては数歩進んで教室出入口手前で前方不注意により壁と衝突して顔を抑えて蹲っていた。痛そうだ。

 蹲って呻き声を上げる山田先生に免じて、ボクは高齢者さながらの速度で立ち上がった。向かう先は寮。より正確に言えば寮の部屋。さらに詳しくすれば部屋のベッド。疲労と眠気がピークを迎えている為に、暗くなって道端を歩く人がいなくなる前には動き出さねばならない。善意の第三者に助けてもらえるような状況を作っておかなければ、道中で寝落ちして千冬姉さんを心配させるようなことになってしまう。

「山田先生、お大事に」

 壁に打ち負けていまだに蹲る山田先生に一声かけて教室を後にする。

 廊下を進み進んで、眠気に苛まれてもなお進んでたどり着いたのは紙に書かれた部屋番号と同じ部屋。この学園の男子生徒は1人しかいないから、この部屋は1人部屋なのだろうけど、扉を目の前にするとノックしなきゃいけないと思うのが真っ当な人間だ。

 手の甲を浅く叩きつけてノックをすると、扉の向こう側から人の気配がした。盗人か。入りたての寮に盗人が入るものなのか。そもそも盗人に入られてしまうほど緩い警備だったら既にISも奪われているから、盗人説は否定することにした。

「入ります」

 ドアノブを回せば抵抗もなくドアが開く。確定した。何故か同室の人が居る。

 そっとドアの向こう側を覗くと、着物姿の箒が床の上で正座していた。しっかりとこちらを見て告げたのだった。

「あああああぁぁぁああああああ、貴方お帰りなさぁい!! お風呂でする? ベッドでする!? そ・れ・と・も……私ぇぇええでするぅ!?」

 冷静な顔で舌がパニックに陥っている箒に対してお風呂やベッドや箒で何をするのかを聞きたかったけど聞くことができなかった。

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