IS学園二日目にして朝食の時間。朝食は一日の活力でありエネルギーでもあるために、毎朝部活動に勤しんでいないというのに早起きをして朝食を作るのが日課だ。しかし、ながらIS学園においては自らフライパンを振るうことはない。何故なら、調理のおばさん達がせっせとフライパンを振るって朝食を錬金しているのだ。その腕前はさすが家族よりも多い人数の食事を用意するだけあって手際がいい。そして味も申し分ない。つまみ食いの許可をもらって食べた酢のものが美味しくてなによりだ。
「ふむむ。中々の味だな」
美食家のような雰囲気を出す箒が高評価を取り出してみせる。美味しいならば素直に美味しいと言えばそれで済むと思うんだけど、これは味覚の違いから来る評価の違いだろうか。だとすればボクの作る料理への評価もまあまあとなりそうだ。
生徒達はまばら。時間帯が時間帯なので人の入りは少ない。おかげで静かな朝食を楽しむことができたので感謝感激雨霰。
「うん。昨日はすぐに寝ちゃったから夕食抜き。だからこそより美味しく感じる」
昨日は食事を取ることもせずに疲労に身を任せてベッドに飛び込んで意識を飛ばしてしまったので、この食堂の賑わいと夕食のメニューを知らない。玄関で箒がパニック言語を駆使していたのもあんまり知らない。知らないでいた方がいいから知らないのだ。
「それにしても昔と変わらないな。薬飲むとふらふらふわふわと。私がいない間は大丈夫だったのか?」
夢の世界の話かな。いいや、昨日は意識を失ってから目覚めてまでの記憶が全くないから夢を見ていない。つまり、箒がしているのは夢の話ではないはず。きっと、昨日再会するまでの間のボクについて聞きたいのだ。
「うん。箒が転校してからは、なんか中国からの転校生と仲良くなったり、料理屋のクラスメイトと仲良くなったからなんとかなったよ」
「中国からの転校生? 料理屋のクラスメイト? それらは女子か?」
「中国からの女子と料理屋の男子かな」
「分からんが、ソイツ等が手の施しようのないバカップルであることを祈ろう」
「友達程度の認識だったかな。異姓間のアレ的なモノは欠片も感じなかったよ」
「見事に折られたな、私の希望観測的な望みは。して、その中国女子は?」
「国に帰ったとさ、めでたしめでたし」
「本当にめでたい話だ。脅威の消滅に食が進みそうだ」
綺麗な箸使いで皿に乗った焼かれ魚を解体していく箒。さきほどまでは親の仇みたいにバラしていたのに、今は割れものを扱うかの如く身を剥がしている。食べることによって一体化して自分自身になることを考慮して優しくし始めたのだろう。食を大事にするなんて箒はやっぱり優しい。
食事が終われば左手の箸を置いてお茶を飲む。これぞ日本人の醍醐味と言える。朝はお茶に始まってお茶に終わるのが流儀だ。それは箒も同じらしく一緒にお茶を飲んで喉を潤し、もって食事の終了を静かに宣言した。
朝食を作らなくていいのは楽と言えば楽なのかもしれないけど、それは堕落への第一歩なのではないだろうか。いずれ包丁を握ることも忘れて料理を作ることすらも意識の外へと出ていってしまいそうだ。定期的に千冬姉さんの為に料理を作る必要がありそうだ。
「しまった。遅かったか」
そうして現れるのは千冬姉さんである。まだ早い時刻ということもあり野暮ったさを置き去りにした洒落たジャージを着ていた。髪が寝起きのままに放置されてしまっているが、そこは一つの個性と見れば気になるほどではない。急いで着替えて急いでやってきたようだ。
「おはよう、千冬姉さん」
「千冬義姉さん、おはようございます」
席についたまま姿勢を正して挨拶をする。挨拶は礼儀の始まりであり出発点だ。これが人と人とを良い繋げ方をするか悪い繋げ方をするかが決まる。それは姉弟であっても変わらない。
「おはよう、一夏。体調はどうだ。薬はちゃんと持っているか? それと篠ノ之。お前の私を呼ぶ感じが非情に気に食わない」
「仕様ですので気にしないでください」
「一夏はやらんぞ」
「構いません。私が貰われるので」
しれっと言いきる箒。千冬姉さんが舌打ちをして会話終了。食事を取りにカウンターへと向かって行った。
千冬姉の背中が遠ざかるのを確認した箒が真面目な顔で向き直って頭を下げてきた。
「私を貰ってくれないだろうか」
「人身売買は受け付けていませんのであしからず」
「金銭の取引ではないから構わないだろ」
面をあげてやれやれと息つく。そのやれやれはこちらが消費するものな気がする。
とにかくボクは箒の好意はありがたく受け取りはするけど、箒の愛情を受け止められるほど強くはない。片頭痛に悩まされる使い勝手の人間なので、迷惑かけ続けてしまうのが申し訳ない。せめて、この通い妻のように定期的にやってくる頭痛を取り除かないことには話が進まないのだ。
先に席を立てば従うように箒も席を立つ。二人並んで食器を返却すれば部屋に戻って今日の授業の準備をする。残り時間を遊んで過ごしたりするべきなのが健全な高校生なのかもしれないけど、特に娯楽に熱心じゃないボク等には次元の違う世界の話だ。黙々と授業準備をするのは、それ以外にやることなんてありはしないので労力をそこにしかつぎ込むことができないからだ。健全で味気ない学生生活の一端をお見せしたようで恥ずかしい限りである。
そして、頃合い見計らって教室に向かえば、相川さんが1人項垂れているのを確認することができる。もしかして昨日から項垂れることに集中していたのではないだろうか、とあり得ないことを想像してしまったがまさしくあり得ないので考えを捨てる。残されたのは多少の疑問と、そっとしておいた方が本人のためだろう、という関わりたくない気持ちだけ。
箒とは顔を合わせずとも意志疎通ができるようで、2人して相川さんをいないものとして着席する。構うよりも無視する方が虐めとして響いてくる。パワフルファイターよりもサイレント・キラーの方が恐い。
時計を確認して教室に顔出してみたのはいいけど、いまだに生徒がやってくる気配がない。ホームルームまで40分あるのが原因だろうか。それとも2日目にしてクラス崩壊を画策した強者がいて、そのカリスマを以て現状を作り出しているのではとくだらない想像。妄想のレベルだ。
当然ながらクラス崩壊を敢行するほど非行少女の集まりであるはずのない1年1組の生徒達。時間が迫れば次から次へと姿を見せては、まるで相川さんをないものして席について雑談に興じる。最後に始業の鐘が鳴り終わると同時に姿を見せた千冬姉さんと山田先生で1年1組のメンバーが勢ぞろいした。
千冬姉さんは視線を横薙ぎに動かして出欠確認を取る。相川さんのところで目の動きが止まったけど、気にしない方向で再び視線を動かしていた。
「全員揃っているな。今日も1日授業に励むように以上終わり」
「ちょっとお待ちください!」
合掌して流れるように教室から出ていこうとする千冬姉さん。それを止めようと挙げられる手。正体はオルコット。どうやら今日はホームルームに不服申し立てをするみたいな様子。まぁ、中身を鑑みればスカスカどころか最低限の内容すら存在しないものだ。突こうと思えば突けるかもしれない。
「昨日わたくしがクラス代表者に決まったはずですのに、なぁんで相川さんが暫定クラス代表者のままなのでしょうか? 納得のいく答えをお聞かせください」
ほっそりと刺すことを極めようと努力してきたのかと問いかけたくなるほどの鋭い指で千冬姉さんを指し示すオルコット。他人を指さしてはいけません、と習わなかったのだろう。常識が欠落している。
「ごく個人的な理由での嫌がらせ」
「納得いかねーですわ!!」
「細かく言えば、一夏に生意気な口を利いたことに対する腹いせだ。気にすることでもあるまい」
「より一層納得いきませんわ!! どーしてわたくしがこんな仕打ちを受けなければならないのでしょう」
「授業始めるぞ」
無視する。千冬姉は見えないものは見ないことに、聞こえないことは聞こえないことにしたようだ。山田先生にバトンタッチして窓側へと移り、腕を組んで口を噤んでしまった。
「納得いかねーですわ!!」
オルコットの口調が乗り移った相川さんが雄叫びを上げるのだった。
昼休みになると箒が武道で培った足運びでやってくる。音はないのにこれ見よがしに気配をさせながらやってくるので忍ぶことは到底不可能だ。
箒は机の前にしゃがみ込んでボクを見上げてくる。じーっと顔の僅かな動きも見逃すまいと向けられる視線にどうするべきだろうか。困ったので見つめ合うことにした。箒の瞳をじっくりと観察してみる。覗き込めば惹きこまれそうになる漆黒の瞳に心地良さを感じてしまった。
箒は顔をリンゴを通り越してトマトのように赤くしてしまっていた。突けばリコピンが出てきそうなトマト具合に、今食堂に向かえばトマト煮込みにされそうだ。そういえば、ISを起動させてしまったあの日は鶏肉のトマト煮込みを食した記憶がある。千冬姉さんの料理は美味しいから好きだ。
暫く見つめ合う。傍から見ればバカップルの姿を晒しているが、本人達は至って真面目に言葉を必要としない相互理解の道を探っているのだ。きっと広大な宇宙へと進出することができれば、意識を拡大して誤解なく分かり合える日もくるだろう。悪意すらも誤解なく分かってしまう筒抜けの未来だ。内に秘めたるパーソナルを否定する所業だ。読まれないはずの心の垣根を破壊すれば人は生きるのも辛くなるんじゃないか。
「……お腹減ったね」
幸いに身体が訴えているのは空腹だけ。頭の痛みに関しては沈黙を保っている。きっと警戒することを忘れた頃にドカンと突き破って登場してくるに違いない。はぁ、頭痛が痛くて困る。日本語力の問題で頭痛がしてきそうだ。
「飯にしよう。出遅れているために席の確保は容易ではないだろうがな」
すくっと立ち上がる箒に合わせて重い腰をあげる。肥満的な意味ではなく疲労的な意味でだ。慣れない空間になれない状況が段々と乗っかって身体を重くしているのだ。
「相川さんはどうするんだろうね」
視線を向ければ机に突っ伏して雌伏の時を過ごしている相川さんがいる。微動だにしない肉体に息しているんだろうかと心配になる。
「腹が減れば自発的に動き出すはずだ。放っておいていい」
「放っておかれては困りますわ」
箒と共に教室を出ようとすれば、道を塞ぐように滑り込んでくるオルコット。右手に持った齧りかけのフランスパンを見るに食事に関してはイギリスを捨ててフランスへの亡命を敢行してしまっていた。フィッシュアンドチップスは受け入れられないと見た。
「なぁんでわたくしがクラス代表者になれないのかを考えると、確実に貴方が原因と見ましたわ、織斑一夏」
「自業自得を辞書で引いてみろ」
「黙りなさい、篠ノ之箒。今は電子辞書の時代ですわ。検索すればいい。引くなど手間でしかありませんわ」
えへん、と腰に手を当てて胸を張るオルコット。ずれた返答に昼食の時間が削られていっている気がする。
「そして話を逸らして逃げようなど言語道断。織斑一夏はわたくしのために這い蹲って土下座してみせるべきですわ。それから織斑先生に言ってセシリア・オルコットこそがクラス代表者に相応しいと推薦しなさい」
フランスパンの先端が鼻先に向けられる。鼻先にぶら下げられた餌に食いつかずにはいられないのがボクの現状だ。もしそれが毒入りだとしたらボクの食欲が減退してしまうだろう。同時に寿命が縮みそうだ。縮んだ分に関しては生命保険か何かで穴埋めできないかな。
「一夏、イタリアの自称代表候補生モドキの馬鹿は放っておこう。それよりも食事だ」
言って良いのか、箒も十分に馬鹿な気がしてきた。
「そういえば篠ノ之箒はあの篠ノ之…………………………博士の妹だとか」
「そこで頑張らなくてもいいのに」
「頑張ってなどいませんわ。ただ、天下の篠ノ之博士の名前を呼ぶなど恐れ多いことだと思っただけですわ。決して名前が出なくて慌てて言い方を変えたわけではありませんわ。ええ、そうですとも。篠ノ之……たば、ね……そう、篠ノ之束の名前が出なかったわけではありませんわ」
苦しい言い訳にオルコット本人が悔しそうに下唇を噛んでいたが、最中に名前を思い出してご満悦そうだ。フランスパンを噛み千切って咀嚼していることがきっと証拠だ。貴族令嬢の姿が霞んでいるけど証拠の提示にぐうの音もでない。お腹が泣きの一声をあげそうでぐうの音は出そうになっているけど。
がじがじとフランスパンを削り取っていくオルコット。羨ましい。他人の食事を取る姿は食欲を刺激して口内に唾液が溢れてくる。さすがに空腹が限界に近い。お腹と背中がくっつきそうだ。腹が剥がれるのが先か背中が剥がれるのが先か分からないので、どちらに力を入れればいいのやら。
「今のように、やはりわたくしがクラス代表者に相応しいことが証明されましたので、そこのところ是非よろしくお願いしますわ」
フランスパンと共に教室を去っていくオルコット。令嬢らしさ皆無の不思議な立ち合いだった。平行世界の同一人物と入れ替わってしまったようだ。あの頃のまだ高飛車な令嬢だったオルコットは死んでしまったみたいだ、居るのは馬鹿飛車のオルコットだけだ。
嵐の去った後に残るのは巻き込まれた被害者と遠巻きに眺めていた傍観者達といまだに外界との接触を断っている者。巻き込まれた者である僕らは顔を見合わせて暫く止まる。
「遅くなったな。食事を取るぞ」
昼休憩が始まって数十分。無駄な時間を過ごしたことがとても悔やまれる。
幸いなことにピーク時間が過ぎ去ったことで学食は空いていた。授業終わりに我先に駆けて行った食堂はごった返しているけど、それを超えてしまえば後は減っていくばかりでスムーズな食事にありつけるようになるということだ。
「はい、親子丼お待ち」
学食を切り盛りするおばちゃんがカウンターにどんぶりを叩きつける。腕っぷしのよい人なので動作も豪快の一言に尽きる。どんぶりの被害総額が心配になると失礼な心配をしてしまう。
「はい、極上親子丼お待ち」
学食を切り盛りするおばちゃんがカウンターに一回り大きいどんぶりを叩きつける。中身が詰まっています、と主張するかのような音と、黄金色のトロトロ卵が流動する様子が極上親子丼は、まさしく極上の見た目をしている。一目見てお高いと推測できてしまう高級感の前に、目の前の親子丼が一気に霞んでしまっている。
「ふむむ。思っていたよりも……だな」
極上親子丼を手にした箒が口角をあげて呟いていた。
手近なテーブルに腰を下ろす。向かい合う形で食事を取る。黙々ともぐもぐ。二人して食事中は食への探求心を優先するあまりに口が咀嚼以外の動作を拒否してしまっている。感想は食べ終わってお茶で口内を潤してからだ。
「美味しかったね」
「惜しかったな」
極上親子丼は極上なくせして箒の口には合わなかったようだ。上がった口角が不機嫌に垂れ下がってしまっていた。高いイコール美味いの絶対的法則など存在しないのが個人の好みだ。100人が必ず美味いと唸るものなど存在しない。
食事を終えてまったりタイム。やることがないので他愛無い話で時間を潰す。途中知らない上級生から声をかけられたけど、箒が睨みつけることによって撃退した。人殺しの眼とは違う迫力のある眼であったことは確かだ。
「まったくの不届き者め」
箒が鼻を鳴らして悪態をついたのだった。