2日目の授業は滞りなく終了した。ボクは必死に縋り付いてでもついていこうとしてみたが、ノートを読み返してみれば今日の授業が走馬灯のように駆けて行くことがないので、今世の終了がない代わりに授業も覚えていないのが分かる。ノートを取ることにしかできない自分が恥ずかしい。悪戯書きをする余裕すらないなんて。弾ならきっとページの端に大量の悪戯書きをしているはずだ。アレはアレで授業に集中した方がいいんじゃないかってくらいの飛び飛び欠け欠けの欠落ノートだから、弾からは勉強目的ではノートを借りないことにしている。暇つぶしには借りたりするけど。
最後の授業を終えてしまえば待つのは放課後の時間だ。昨日は疲れ切って眠ってしまったけど、今日は片頭痛が訊ねてくることもなく、いまだに疲労による睡魔は来襲してはこない。だから放課後は遊ぶんだ。5時男になって余興という世間のさざ波に揉まれにいくんだ。頭皮マッサージとか気持ちよさそう。
残されるのはほーむるーむだけ。千冬姉さんが檀上に立って名演説を繰り広げるだけで今日の全ての行程が終了する。かの有名なIS学園に生徒なし、の演説である。いっぱいいるけどね。
「さて、これにて今日の授業は終了したが……織斑」
教室全体をぐるりと見渡した千冬姉さんがボクをロックオンする。正面切っての邂逅にボクは笑顔で小さく手を振るだけに留めた。教師と生徒の垣根なんて初日にぶっ壊れているからしょうがない。壊したのは千冬姉の方だしね。
「お前には数日後専用機が渡される」
本当ですか、姉上。とは思わない。専用機よりも試作機の方が欲しいから。だって専用機というと量産型のチューンアップやパーソナル色で戦意向上を狙ったプロパガンダ。それに比べて試作機は強くてカッコイイ。まさしく主人公機だ。ボクには主人公の素質なんてないけど。
だけど実際の試作機っていうのは呼んで字の如く。試作された機体で、専用機はその人の為にカスタムされた機体。考えてみれば専用機の方が圧倒的に強いんだよな。ちなみに量産機は試作機に試作機を重ねて完成された機体のことなので、実際は試作機よりも量産機の方が強いんだぜ、と弾が言っていた。へー、とためになったけど、同時に要らない知識だった気がする。
周囲は専用機授与予定の話を受けて色めき立つ。あちこちでガヤガヤと雑談が飛び交う。その中で混線の極みに参加をしないのはボクと箒と傷心癒されぬ相川さんの3人だけ。言い換えれば冷めているのが3人もいるという。ボクは仕方がない。試作機に興奮するタイプの人間だから。箒は……『ブラ=サガリの極意』なる本を読んでいて周囲の喧騒知りませぬ、といった感じだ。相川さんは言わずもがな。
現代の冷めた若者を自称しているわけではないけど、冷めているボクはちょこんと席で大人しくので、なんだか千冬姉さんがやっぱり興味ないよなー、といった目でこちらを見ている。通じ合っている気がして千冬姉さんがニヤリと微笑んで手を振ってくれる。相対距離2メートルにも満たない距離だ。
「うくぅ……たかが男なだけでISを与えられるなどと」
遥か後方でオルコットが歯ぎしりする音が聞こえてくるけど知らないことにしておいた。絡まれると厄介だってことは初日で思い知っているから。触らぬ貴族に祟りなしだ。
「というわけで織斑。到着次第渡す。まぁ、のんびり待て」
IS学園教師としての立場なら精進するように釘を刺すべきなんじゃないだろうか。でも、個人的には釘を刺されるのは痛そうなので構わないかも。
ではな、とボクだけを見て別れを告げた千冬姉さんが教室を去っていく。
教師という枷を失った生徒達がわらわらと動き出す。目標はボクみたいだ。肉食獣を思わせる瞳は獲物に狙いを定めれば決して逃がしはしないという心意気を感じることができる。獣って諦めてくれないよね。
捕らわれれば身ぐるみ剥がされて廊下に転がされる恐怖が脳を掠めて、ボクは立ち上がってすぐさま逃げ出す。体育成績は底辺だけど逃げるだけならできる。と思って右足が左足の進行妨害をしてしまい、お隣さんの机の上にのしかかりを敢行してしまった。机じゃなくてこっちが麻痺しそうな激痛に1ターンの休憩を要求したい。痛すぎる。
「一夏、無事か」
急いでやってきた箒が身体を支えてくれる。迷惑をかけて申し訳なく思う次第である。
「無事と言えば無事」
無事じゃないと言えば無事じゃない。でも不用意な心配を撒き散らすなんて愚の骨頂。男なら黙って痛みに耐えるべし、とまでは我慢できないけど。
「そうか。けっこう派手に転んだから心配したぞ」
おかげで迫りくる女子達が不発弾を恐れるかのように距離を取ってくれて怪我の功名だ。転ばずに今の状況に持ち込めればベストだけど、奇声を上げて暴れる以外の手札を持たないから無理だ。変人扱いで何もかも失うしかない。
「ごめんね。次からは気をつけるよ」
「そうしてくれ。それよりも、これから剣道部を見に行くのだが一緒にどうだ?」
謝罪を受け取ってくれた箒の言葉に従って剣道部を見に行くことになった。
剣道部は盛況だった。竹刀のぶつかり合う独特の響きが耳を楽しませてくれる中で、ボクは1人道場の中で正座して座っていた。隣には道中買ったペットボトルのお茶が置いてあるくらいで、誰も近くにはいなかった。
今は練習試合中で、剣道部員達は中央で行われている白熱した打ち合いを、今後の参考とするために熱心に見稽古をしているかと思えば、その誰もが驚嘆の吐息を漏らしていた。見稽古ではなく剣道ファンの試合観戦だ。誰もが試合を心の底から観戦しているだけで、これを糧に強くなろう、とするような意志は感じられない。というかそんな心意気の分からないボクには慮ることはできない。きっとみんな表面とは裏腹に虎視眈々と技術の窃盗を試みているはずだ。
剣道部へと誘ってくれた箒の姿は見学客の中にはいない。
それもそのはず、箒は中央で試合を演じているのだ。剣道部2年の斬り込み隊長を自任する部員の猛攻を受けている最中だ。猛獣を思わせる荒々しくも力強い一本調子な竹刀捌きを前にして、さしもの箒も防戦一方である。らしい戦い方に箒の剣の道はいまだぶれることなし、なんてその筋の達人みたいに評価を下してみるが、茶化すことなくすさまじい防御だった。
右に左に打ち込まれる竹刀の全てを逃すことなく押し返していく様は、要害の篠ノ之と新聞で報じられていただけのことはある。疲労と焦りで敵がどんどんと単調で大ぶりな太刀筋になっていく。最後は相手の隙をついて箒が面を叩き込んで勝利を掴み取る。一陣の風を擬人化したようなカッコイイ一撃に、肺の空気を全部吐きだしてしまう。熱の籠った吐息は試合の熱気にあてられていたのではないだろうか。試合をしていたわけじゃない肉体を火照らせて真っ赤にしてくれる。別に恥ずかしかったわけじゃない。惚れたわけでもない。
メンツを潰された2年女子が汗をだらだら垂らしながら一礼を終えると、敵討ちとばかりに何故か面具をつけて判別不可能な2人組が箒の前に躍り出る。面具を外すと革命家や復讐者、完璧人が出てきそうな雰囲気だ。
2対1とか武の道を進む人として恥ずべき道なのでは。箒が弓を引き絞るような独特な構えを見せているので、数の有利不利は関係のない世界へと進出してしまったのだろう。そうでなければ、2人の猛攻を苦もなく防げるわけがない。そもそもが1対1の試合形式しか存在しない武術において、2人がかりは攻め方に困惑を招き上手く箒へと攻撃できていない。連携が上手くいかないままに1人が討ち取られ、さて先ほどの試合のように延々とオフェンスとディフェンスの住み分けができた試合を見せられるのかと思えば、箒は前へ前へと足を素早く動かし、豪雨に師事を仰いだような攻撃を繰り出す。
流れるように一瞬も止まることのないヌルヌルした動き。息つく暇もなく攻撃を受けた相手は豪雨に晒されてびしょ濡れになって敗北を染み込まされた。
「どうだった?」
攻防どちらを取っても強さだけを見せつけた箒が面具を外してやってくる。身体を動かしたことで血色のよくなった顔で不敵な笑みを浮かべていた。顔の輪郭を撫でるように落ちていく塩気のある雫が色っぽくて、思わずお茶を飲んで喉を潤してしまった。塩見ると喉渇く。
「綺麗だったよ」
「……照れるー」
タオルを手渡すついでに素直に感想を述べたら、箒が聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で呟いていた。身体をくねっとさせた身悶えさせてから静かに隣に着席した。
「で、剣道部にするの」
小学校から剣道だから自然とそうなる。ボクも記憶がぱっぱらぱーになる前は剣道やっていたらしいけど、頭が真っ白になって記憶にございませんからなんも言えねー。
「ふむむ。所属だけはしてみるか」
箒は頬を伝う汗をタオルで拭いつつ興味の欠片もなさそうな調子だ。箒も現代っ子でドライみたいだ。今はウェットだというのに。こっちは何もしていないのに喉がドライだったりする。
「お前はどうするのだ? 一応剣道部に籍だけおいて幽霊部員でもするか。それとも私にするか」
「後半部分の意味を要求したいようなしなくていいような。部活に関しては頭痛で迷惑かけたくないからパス」
「謙虚で何よりだ。しかし、私の前では謙虚じゃなくても構わないぞ。なんたって幼馴染でもあるのだからな」
「うん。だから箒に頼っちゃうんだよね」
「殺し文句だな」
にやにやとクールなまま口元だけ笑みを浮かべる箒。だけど、口の形はすぐに変わる。
「それよりもだな、あの小五月蠅いエゲレス人をどうする。顔合わせるたびに犬みたいに吼えて」
「うーん。埋めるとか」
「時折過激な一面を覗かせる一夏にキュンと来るな。ただ発言はともかくとして実行はマズいな。バレた時に受ける痛手がデカい」
「大真面目に熟考しなくていいから」
気がついた時にはオルコットが学園から姿を消している。疑われるのは誰だろうか。名探偵がいればきっと犯人にたどり着いて、アレコレと犯人特定に必要ない過去もべらべらと公衆の面前でしたり顔で語るはずだ。浮気調査とかを頑張ればいいのに。
もしも箒が憎いあん畜生を埋めてしまったら、ボクは殺人教唆になるのかもしれない、なんてくだらないことを思いながら、竹刀のぶつかり合う音に耳をすませた。
IS学園での生活は一週間も経つと慣れてくるものである。ツインのベッドなはずなのに箒が同じベッドで眠っていたりだとか、現世から卒業したわけじゃないのに枕元に相川さんが立っていたりしても動じなくなってしまうほどに。やっぱり部屋の鍵をかけわすれるのはよくないと痛感した次第である。もしも鍵かけても枕元に立つようなら盛り塩置いておく必要がでてくるんだけど、喉渇くから置きたくない。陰陽師系の小説でも置いておけば効果ありそうだ。
一週間も経つとオルコットの抗議活動も耳に入らなくなる。慣れ過ぎて耳が馬鹿になった。馬鹿になると理解するどころかそもそも聞き取ることも危うくなるのだ。おかげで、オルコットが遥か格下相手を見下すような格上な視線を向けてくるだけで済むようになった。ちょっかいだされなくなったのでホッとしている。
そして一週間も経てば、通達通りのものが目の前に姿を現してしまっていた。
「待たせたな一夏。これが今日からお前の物になるISだ」
放課後の第3アリーナにて我が半身となるISと顔合わせ。千冬姉さんが嬉しそうにパシパシと叩いているのが、世界で500よりも少ない個体数の絶滅危惧種なIS様である。それを遠慮なく叩く千冬姉は保護団体を相手取るつもりらしい。一生ついていこうと思います。
「名前は……灰式と言ったかな。灰色に数式の式で灰式だ。アレだな、悪意を感じないこともないな」
突然イラッとし始めた千冬姉さんが灰式の装甲をぶっ叩く。隣にいた山田先生が「ああぁ~」と情けない泣き声をあげる。天下のISの不当な扱いに対するものであろうが、嘆いているのは不思議なことに山田先生1人だ。ボクの付き添いで来た箒は無関心を隠そうとせずにISを風景の一部みたいに眺めているし、どうしてか引っ付いてきたオルコットは「男の乗るISなど取るに足りませんわ」と腰に手を当てて偉ぶっていた。何故居る。
「ひとまず最適化だな。それをしない限りはロボットをスティックで操縦するのと同じだからな」
「ええと、つまりタイムラグが生じるということだっけ?」
「そうだ。さすがだな。よく勉強しているじゃないか。偉いぞ」
頭を撫でてもらった。心がほっこりする。
「よし。最適化を始めるぞ」
千冬姉が手招きしてくる。招かれてISが触れられる距離まで近づいてみると、機械らしい体温の感じられない冷たさが肌を刺激してくる。
見た目は特徴らしい特徴がない。要らない部分を徹底的に削ぎ落としてしまったかのように見た目を楽しませる配慮がなかった。実用性だけを求めた服みたいだ。打鉄のような武者武者したカッコよさがないのには減点。興奮してこない。
専用機が目の前に現れて、千冬姉に促されている以上は最適化するしか道はない。姉に逆らうのは流儀に反します故。そもそも迷惑をかけてばかりの人間が姉に反することなどするはずもないんだけど。
灰式に背中を向けるようにして立つ。そのまま後退すれば灰式のセンサーが接近する者を感知して装甲を開いて向かい入れる体勢を取ってくれる。後はISに向かって倒れ込んでしまえばいい。背中を預けてしまえばいい。それだけでISの方からきちんと受け止めてくれる。
機械が四肢に張り付く。ガチャガチャと五月蠅い音もなくシュッと装甲と装甲が結合されていく。多少の違和感を伴いながらもISが全身にくっついて装着を完了させる。
「一夏。大丈夫か。問題はないか」
ISをくっつけたボクを心配して声をかけてくれるのは箒だ。オロオロと瞳が揺れ動いているのがくっきりと見えてしまう。ISのハイパー・センサーがもたらす感覚の強化の恩恵だ。
「大丈夫かな」
頭痛もしない。多少の違和感はあるけどこれは慣れてないからに違いないから言わないでおく。後日大病になれば、あの時言えばよかったと後悔してしまうかもしれないけど。自業自得と諦めるしかない。
「ふん。大丈夫に決まっているでしょう。ISは毒物ではなく選ばれたエリートだけが身に纏うことのできる誇りと自覚の鎧なのですから」
「肥満しきった誇りしなかい奴には言われたくないな。それに他人を心配するのがそんなに突っかかるところなのか?」
オルコットが不快そうに言えば、箒もまた不快そうに言葉を返す。犬猿の仲だ。人様を犬だの猿だの言ってはいけません、て誰かが言っていた気がする。正しいけど難癖にしか聞こえない不思議に、ネットに問いかけて真偽を問いただしたくなる。
「それよりも、せっかくISを手にしたわけですから。どうですか、わたくしと戦ってみませんか。代表候補生の実力というものを肌で感じさせてあげますわよ」
「新人虐めか。見苦しいな」
「お黙りなさい。もう少し言葉を柔らかくしてみるべきでは」
「本質的には新人虐めなんですね」
「山田先生。わたくしはあくまで代表候補生という存在が他の者とは一線を画してくることを教えて差し上げたいと思っただけですわ。決して、生意気でムカつくから胸がスカッとするまで嬲ってやりたい、と思ったわけではありませんわ」
「ぜ、全部出ちゃってますよ。腹黒さだけが垂れ流しになってますよ!?」
山田先生が慌てふためく。あわあわと両腕を大きく振って、胸の凶器が重力に従ったり逆らったりして男女問わず挑発を繰り返している。童顔無知なんだと思う。自らの肉体に仕込んでいた凶器がもたらす影響についてあまりにも知らなすぎる。
オルコットの発言に、山田先生が慌てる理由はなんだろうか。空中の城が崩壊するような破滅の言葉や、唱えれば冤罪を簡単に生み出すことのできる魔法の言葉を口走ってしまったようには見えないが。
首を捻って頭を悩ませば、すぐにでも答えが出てくる。なんでこんな簡単な答えが出て来なかったんだろう。
「床が汚れるってことですね」
「全然違いますよ!!」
「え? だって黒いのが垂れ流しになるって」
「言葉をそのままに受け取ったら駄目ですよ、織斑くん。日本語は様々な表現方法があってですね、『雨』っている言葉を表すだけでも何種類も存在するんです。ですから、日本語は深く深く探求していくことのできる素晴らしい言語ということでして」
「聞きなさい。わたくしと戦って散々に打ち負かされますと」
「ふむむ。こうしてみるとISを装着した一夏もカッコイイな。写メ取るべきだな」
「箒。お前、何勝手に私の一夏の肖像権を侵害しようとしている。そのケータイを寄こせ。分離機構を取りつけてやる」
山田先生の素晴らしい日本語講座を聞いている内に、箒はケータイを豊かさの象徴のような胸に抱えて逃げ出し、千冬姉さんが艶のある黒髪をなびかせて追いかける。昔から2人は戦争に明け暮れる隣国同士のように仲がいい。喧嘩するほどなんとやらを地で行くために、それって何ですか、と問いかけられた時に例として示しやすいのだ。
ドタドタとは仲良く駆けまわる2人に隠れてオルコットがこちらを睨みつけながら、勝負だ決闘だと物騒なこと言っているけど、自称平和主義者他称臆病者なボクは決してオルコットとは目を合わせない。目を合わせれば勝負のサインだからだ。
「オルコットさんがすごーく見ている気がするんですけど」
山田先生が苦笑いを浮かべる。
「まぁ……………………………………気のせいですよね」
気のせいではないのだけど、気のせいと決めつけてしまえば気のせいなので、山田先生が言う以上気のせいだ。先生の言うことを聞かなきゃいけない学生な人間だから、先生が気のせいと言えば、たとえ真実とズレていたとしても気のせいと同意するのが生徒の務めだ。
「気のせいですよ」
だから同意するのだ。
「それじゃあ、織斑くんのことを見る度に胸がドキドキするのも気のせいですか~」
「それも気のせいだと思いますよ」
ボクの方はドキドキしてない。
その代わりに頭がズキズキしてきた。