世界で500よりも数の少ないISを手に入れてから早2日。灰色の装甲をした灰式は曇り空の憂鬱さを体現してくれるような陰険なISで、ボクは手にして2日も経過している現在も装着することは一切なく宝の持ち腐れだ。やはり試作機じゃないせいか気分が乗らない。というか戦闘するのがISの運命だと言うのなら、ボクには荷が重すぎて座り込んでしまいたくなる。
飛んでけー、と懐中時計型の待機状態になったISを投げ捨てる勇気はない。それができたら、今頃ギャングスターになれる気がする。マフィアやカモッラになって密造酒で大儲けだ。今の時代では流行らないこと間違いなしだ。最悪不老不死の酒と偽った物でも売るかな。
「ISっていくらで売れるのかな?」
素朴な疑問。自動車よりは高く売れそうなことくらいは分かるけど、具体的な値段については分からない。数の少ないという部分を考えれば喉から手が出るほどの怪談話が話せるほどにISを欲している。つまりは大判小判がざっくざく。歴史的な価値もざっくざくだ。
「ふむむ。円満な夫婦生活を成し遂げるくらいには売れそうだな」
顎に手を当ててぼんやりとした答えを投げかけてくれるのは箒だった。真面目な人なら売買禁止と声を荒げるのだろうけど、生憎にも箒はISにそれほど興味がないらしい。
2人してISの売却値の予想を立てていれば、段々と観客席に人がなだれ込んでくる。放課後の時間をもっと有効活用したいのに、こんな見世物じみたことになって気分は雨の日に吊るされたテルテル坊主の気分。つまりどういうことなのだろうか。
「ここで競売にかけるのも一興かもしれないな。すればプライド高くISをエリートの象徴とするような女の要らん反感を買うがな」
「だよね。こっちは要らないから売りたいのにね。変なの買われるのは嫌だね」
第3アリーナAピットでボクと箒は語らう。問題は件のエゲレス令嬢ことオルコットが全ての発端である。
何の因果か、ISを入手してしまったことで、オルコットの反感をこの上なく買ってしまったのだ。火山の噴火を思わせるヒステリックな叫び声で罵倒の嵐を巻き起こし、人波を割って突き進んでボクの前へ降臨。それから著名な教授の講義のように、いかにボクがISを持つことの無意味さと自覚のなさを説くと共に、いかに自身がクラス代表に相応しいかをアピールしてした。その比率は3対7の割合で要は自慢話に近いものであった。
それを授業と授業の合間に何度も聞かされ、いい加減聞き飽きた相川さんがぶちぎれて決闘を提案。本人の了承なく今日決闘が行われるという怒濤の展開だ。ちなみにボクの訴えは民衆の期待の声にかき消されて無効扱いだ。
「うーん。言い出しっぺの相川さんがいないや」
アリーナの様子を映し出すモニターを見てみたが、狂言回しの役回りを演じた相川さんの姿は見つからない。悪いことして怒られるのが恐くなって隠れた子供みたいだ。
「そういえば、千冬義姉さんが笑顔で相川を手招きしていたような」
箒が遠くを見つめて相川さんの所在を教えてくれた。珍しい。千冬姉さんが相川さんに用があるなんて。きっと相川さんの日頃の行いを信用して用事を頼むことにでもしたんだろう。それとも……なんだろうね。
「嫌だな。なんで戦わなくてもいいところで戦わなきゃいけないんだろうね」
これから行われることに溜息が出てくる。箒が頭を撫でてくるけど、それだけじゃさすがに気分は回復しない。試合直前に巨大隕石でも落ちて試合中断にならないかな。もしくは、オルコットが体調崩して今日はお開きにならないかな。
「死ねばいいのにな」
物騒なことを呟く箒。箒が口にしてもやっぱり冗談にしか思えないのは、頭を撫でてもらっているせいだろうか。
「私が出てもいいのだがな。試合にかこつけて四肢をへし折ってやってもいい」
「魅力的な提案にときめきそう」
「マジか。再起不能に追い込んでみせよう」
「そっちは魅力的じゃないからね」
「残念だ。まぁ、仕方ないな。お前は優しい奴だからな」
「全員には優しくできないよ。絶対に無理さ。そこまで度量なんてない」
「だから優しい奴なのさ。全員に優しくできる奴は人間やめてる。そんなのは宇宙で活動してればいい」
2人して意味のない話に花を咲かせる。枯れ木に花を咲かせましょう。魔法の灰なんて持ってないから十数年ほどの時間を頂きますが。
そうこうしていれば準備が整ったようで、オルコットから通信が入る。ISにはオープン・チャンネルとプライベート・チャンネルという2種類の通信手段がある。教科書35ページを見れば通信云々についてつらつらと文字の羅列があり、詳しい通信の流れや理論が乗っている。しかし、携帯電話の取り扱い説明書すら真面目に目を通すことのない身分な者で、長々とした理論について全く頭に入ることはない。分かるのはIS同士で通信することが可能ということくらいだ。
オープン・チャンネルは文字通り範囲内にいる不特定多数の人間と会話することのできるもので、プライベート・チャンネルは特定の人間とだけ会話することのできるものだ。それ以上のことは教科書でも見ないと説明できない。
「時間みたい。なんか胃が痛くなってきた。受験の時はそうでもなかったのにね」
東東高校は遠い昔の話にも聞こえてくる。あの高校に行きたかった過去は過ぎ去っている。今はこの学園で良かったかもしれない。箒に会うことができたのだから。
自分を奮い立たせてみても腹痛は消え去ってくれない。昔から争うことは苦手だ。唯一できた争いは受験戦争くらいだ。あれは直接的に他人を傷つけることがないから。傷つけた感触がなくていい。
「行くしかないかな。千冬姉さんの顔に泥塗りたくないから」
立ち上がる時に感じた身体の重さを、千冬姉さんの為に、という言葉で無理矢理持ち上げた。
「あら、お待たせしましたわ」
空中で静止するという普通の人間には到底不可能なことを行っているオルコットが腰に手を当てて見下してくる。互いの位置がそうさせている。
浮いている位置の差を埋めようとなんとか上昇してみたが、行き過ぎてしまい今度はボクがオルコットを見下す形になってしまった。そうすればオルコットは音もなく上昇してボクと目線を合わせてくる。よく見ると若干高い位置にいるように見えるが気にしない。ハイパー・センサーの分析によって10センチほど高い位置にいる結果が出たけど気にしない。
「この時間の為に髪をセットしていたら思いのほか時間がかかってしまいましたわ。まぁ、行列作って店の前で何時間も並ぶような日本人ならば構わないと思いますが」
髪を払いのけるようにして嫌味なのか日本人生態学なのか判別つき辛いことを語るオルコット。どちらにしてもボクは行列に挑む探求者ではないので、オルコットの語る日本人像には当てはまらない。
「舞台は整い、後はわたくしが軽やかに貴方を打ちのめすだけで全てが終わります。しかし、寛大なわたくしがチャンスを差し上げますわ」
連敗を重ねていないのに50パーセント体力減らして勝負できる。もしくは75パーセントぐらい減らして戦ってくれるかとかだろうか。太っ腹だ。
だけど、オルコットは期待を裏切ることを言ってくれる。
「ボロボロの姿を晒したくなければ、今ここで土下座して謝りなさい。何について謝るかは任せますが。それが終わった後は織斑先生を説得してわたくしをクラス代表にするように言いなさい」
目を細めて柔和な笑みを浮かべるオルコット。右手に持った長身のレーザー・ライフルが威圧感を増している。アレで狙われると思うと胃袋に穴が空きそうだ。生身で撃たれたら穴では済まないだろうけど。
できれば戦いたくない。平和的な解決方法があるのならそれに越したことはない。だけど、ここで土下座して謝れば、千冬姉さんの名前に傷がつくかもしれない。千冬姉さんは気にしなさそうだけど。
うんうんと悩んでいると、オルコットがレーザー・ライフルを持ち上げる。真っ直ぐにボクの頭部に狙いを定めてくる。あえて腹部を狙わない残酷さ。ストレスに晒される胃は自然に穴が空くと思い立ったのだろう。
「怒りで言葉も発せないようで。みなまで言わずとも分かりますわ。その愚かな判断を後悔することですわ」
もしかして最初から打ち負かすつもりだったのでは。チャンスはあくまで自分の寛大さを知らしめるためだけのもので、最初から選ばせるつもりはなかったのでは。
光が見えた。気づいた時には左肩に衝撃が走った。
右足の装甲が吹き飛ぶ。衝撃に足を取られてぐらりと傾いて、そのまま地面に倒れてしまう。
試合が始まって5分の間に何度も撃たれた。正確無比な射撃に我武者羅に動き回ることで対応できるかと思ったけど、そもそもISの扱い方を熟知していないボクには思ったようにISで飛行することはできない。なので、早々に地に足つけて逃げ回るしかなかった。翼をもがれたトンボには喰われる未来しかないように、飛ぶことのできないボクの未来も決まってしまっている。
「動かれると困りますわ」
オルコットが無茶を言ってくる。
ふわりと正面に現れた板状の兵器。撃たれる、と恐怖心が身体を無理矢理動かして地面を転がるように逃げる。
ブルー・ティアーズ。オルコットのISの名前でもあり、オルコットが操る自立機動兵器の名前でもある。無線であちこちと飛び周りレーザーを撃ち出す兵器だ。浪漫の塊である。羨ましい。
ブルー・ティアーズは4基ある。それがあちらこちらへと周辺を飛び回り、死角から攻撃を加えてくる。多方面からの攻撃が心臓に悪すぎて、もう涙目になってしまう。
「ふふふ。この程度。所詮は男。わたくしの前では石ころと変わりませんわ。せめて攻撃してくれればこちらも楽しめますのに」
強者の余裕だ。高慢なオルコットの姿に、ボクは怯えるばかりだ。武器のことも思考の外へと放り出してしまうくらい。
思考で灰式に呼びかけ、武装の有無を問いかける。1つだけヒットした。灰式の武装は1つだけである。いっぱいあっても使いきれないから構わない。
「火砲参式!!」
武装はイメージで呼ぶ出すのだけど、イメージ乏しいボクは武装名を叫ぶことで呼び出す。人それをコールと言う。
右手に粒子が集約して武器の形を成す。火砲の名前が示す通りに、身の丈ほどある巨大なハンド・キャノンが姿を現す。僕の胴体並に太いそれは戦艦に備え付けられた砲門を引っこ抜いてきたかのようだ。
「……大きい」
普通なら持つことのできないソレをISの補助を受けて構える。狙いは中空に滞留しているオルコット。青色の装甲は未だ夕日を見せない空に溶け込んでいるが、ISのセンサーの前では迷彩にすらなり得ない。色に寄るかく乱はISには通用しないということだ。
両手で構えた火砲参式のトリガーを引く。砲身を包み込む装甲の奥から唸るような音が聞こえる。それは車のエンジン音に良く似ていた。身の毛のよだつ不快な音だった。
銃と言うのは弾さえ入っていれば引き金を引くという動作をすれば、発砲するという結果をもたらす。
トリガーを引くことで火砲参式が火を噴く。砲口から吐き出されるのは古来から銃器に使われている弾丸などではなく、現代科学の結晶とも言うべき粒子の流れ。
巨大なエネルギーの奔流が荒れ狂いながらオルコットの脇を通りぬけていく。天高く駆けあがっていき、アリーナを覆うシールド・バリアーを抵抗なく突き破って空へと消えていった。
「…………えっ?」
シールドを破った。いとも簡単に。まるで流水に晒されたティッシュペーパーみたいにあっけなく突き破ってしまった。
「まさか……ビーム兵器!?」
オルコットが驚愕の表情を見せていた。
ビーム兵器。そんなことじゃない。そんなことを驚くべきじゃないんだ。シールドを容易く破ってしまったことに驚かない方がどうかしている。火砲参式はむやみやたらに使えるものじゃない。シールドを破るということは観客席にいる人達を傷つけるということになる。傷つけるじゃ済まない。跡形もなく蒸発させてしまう。それもビームの太さは横並びになった人間を纏めて消し飛ばせるほどだ。撃てるわけがない。
こんなの怖すぎる。
恐怖で手に力が入らず、ビームを撃ち終え沈黙する火砲参式を手放してしまった。
もしも今の射撃が観客席に向いていたら、と考えると背筋が凍りつく。たまたま上だから何とか被害なく済んだだけ。奇跡だ。
周囲を取り囲むブルー・ティアーズの攻撃を、何もできずに撃たれ続けたボクは負けた。
自分の仕出かしたことに意気消沈。負けたことにも意気消沈。重たい溜息を吐きだして更に気分が下降していく。千冬姉さんと箒の出迎えにも落ち込んだ気持ちが前面ににじみ出た顔を笑顔に加工することもできない。どんよりな曇り空な心に雨が降りそう。
「無事か、一夏。怪我はないな」
忍びの者か、と疑いたくなる無音の接近と後方からの拘束。首にかかった腕の暖かさは千冬姉に相違なく、また心配を限界まで染み込ませた声も千冬姉に相違ない。
「大丈夫だよ」
「そうか。大丈夫か。それならいい。それだけでいい」
ギュッと抱きしめられる。安心のできるぬくもりが身体中に広がっていく。深く息が漏れ出してくる。悪い物質を含んだ息が全部吐きだされていく気がする。
「ちょっとした制裁のつもりが裏目に出たな。これ以上一夏にちょっかいを出されるのは面白くないな」
「ああ、全部千冬義姉さんのせいでしたね」
同じく音もなく近づいてきた箒が正面から抱き着いてくる。大艦巨砲主義を体現したような胸が当てられる。柔らかい。以上、感想終わり。
「お前。昔よりも生意気になっていないか。全力で叩けば昔の通りに戻るかな」
それよりも2人に挟まれて身動きができない状況はマズい。疲れたから座りたいと思っていたのに、それを見透かしたかのように阻止されてしまっている。これはどちらかに寄りかかるしか手がない気がする。
「千冬姉さん。箒に暴力はやめてね」
「一夏に免じて今は許してやる。だから後で私の部屋に来い」
「一夏と一緒に居たいので拒否します」
「じゃあこっちから行くか」
「え、千冬姉さんが来るの? じゃあご飯作って待ってるよ」
「それは私の分もあるのだろうか?」
「そうだね、みんなで食べるのが美味しいから箒ももちろん一緒だよ」
「なら今日は一夏の飯を食うか。それで後日私が作ろう」
「千冬義姉さんが料理……だとぉっ!?」
「すごく美味しいよ」
「信じられない。刀以外の刃物など握ったことのない千冬義姉さんが料理なんて。え、フライパンの使い方とか分かるんですか?」
「アレだろ。十分に熱してからお前の顔面に押しつけるやつだろ。後で見せてやる」
経験値でも稼ぐつもりなのかな。そんなことしても料理上達には繋がらないけど。
「まぁ、今日は少し休め。疲れただろうからな。後で私が飯を作って持ってくるから。それまで十二分に休息を取れ」
名残惜しそうに両腕を離した千冬姉さんが頭を撫でてくる。撫でられることになれている頭は障害なく撫でられるのであった。