鈴が転入してきたことは喜ぶべきことだ。やはり知り合いが周囲にいてくれるのは心が休まる。特にIS学園は女子しかいないから、狼の群れの中に放り込まれた柴犬の気分だ。仲間外れの感じが凄すぎて常に疎外感に苛まれて辛い。だからこそ、箒や千冬姉さんの存在はボクを助けてくれているけど、いまだにお返しはできないままだ。迷惑かけっ通しの身分だから仕方がないけど、今回は鈴もやってきたからより一層の迷惑をかけてしまうのは未来予想しなくても分かる。
「オッケー。もう一度だけ言うけどね。アタシと部屋代わってくれない」
夕暮れの寮で鈴が快活そうな笑顔で右手を差し出している。部屋で箒とまったりしていた時の訪問に握手の訪問販売かと思ってしまったのは内緒だ。
「冗談は寝てから言え。そして寝る為に部屋に戻れ。ここは私と一夏の愛の巣だぞ」
立ち向かうのは今日一日中機嫌の悪い箒だ。肩においた木刀と相まって教員室にカチコミに出かけて行きそうだ。千冬姉さんがお手柔らかに鎮圧してくれることを願う。
「いやいや。アンタこそ冗談がすごいけど。愛の巣とか……獣じゃあないんだから。もしかして、一夏のことを獣みたいに襲っているんじゃないんでしょうね!!」
「愛でてはいるが襲った覚えはない!!」
「羨ましいじゃない。コンチクショー!!」
言い切る箒。確かに襲われた覚えはないから言葉に偽りないけど、何故に襲われなければならないのか。もしかして知らぬ間に箒にストレスを与えてる。プチストレス溜まってる。何か飲ませなきゃ。
鈴の方は壁を叩いて悔しがっている。隣室からの壁ドン抗議にも屈することなく叩き続けて、遂には相手の抗議を封殺してしまった。明日文句言われそう。
「だろうな。その見た目で分かる。小さいからな、どことは言わないが」
勝ち誇る箒の言葉は、とても鈴を貶している内容であることは誰が見ても明白だった。例外は貧乳を愛でることに熱中している人だけだろう。ちなみにボクは別に胸で価値を決めてはいない。嘘じゃない。胸の大きさは千冬姉さんを基準にしているけど嘘じゃない。
鈴にとっては小さいはけっこう禁句だったりする。とくに物事を特定しないままの小さい発言はよろしくない。鈴の目が殺意に満ち溢れていた。久しぶりに見た。弾が口を滑らした時と同じ目だ。
「……久しぶりにキレちゃった」
久しぶりにキレてしまった鈴がボクの腰にしがみ付いて部屋の外に連れ出す。訳が分からず引っ張られながらも、黙って付き従いそのまま引っ張られやすいように足を動かす。
「キサマ。一夏をどうする気だ!!」
2時間ドラマの追い詰める刑事と、人質を取りながらもじりじりと逃げる犯人みたいな攻防。別に攻めてもいないし守ってもいない。
ドタドタと寮の廊下をひた走り、鈴とボクと箒が向かった先は寮の管理人室。つまりは千冬姉さんが駐在している部屋だ。どんどんと物怖じせずにドアを叩き、来訪の意志を示している。隣のインターホンを使わないのがカッコイイ。ちらっとインターホンの存在を確認してからもノックを止めない感じもカッコイイ。負けを認めてインターホンを鳴らせばいいのに。
鈴が意固地になってドアを叩き続けるので、仕方がなく箒がインターホンのボタンを押して来訪を知らせる。そのついでにボクの腰に手を回して鈴から引っぺがした。
インターホンの電子音が鳴り響く中で、鈴は手を休めて箒を睨みつける。そして睨み返す箒。喧嘩するほど仲が良い。つまり2人の関係は内心は超仲良し、だと思いたくて仕方がない。
暫く無音の時間が流れる。インターホンを押してからの反応はない。思わず3人で仲良く顔を見合わせてしまう。
「勢いで来たけど……いない?」
「もしかしてまだ仕事しているのかもしれないね」
「ふむむ。安心すべきか、落胆すべきか分からん」
このまま廊下で待ち続けるか、それともひとまず撤退して明日に回してみるか。そもそも鈴がどうして千冬姉さんに会いにきたのか分からない。直談判でもしにきたのかな。だとすれば何の直談判なのか。
行動を決めかねた誰も動かない中で段々と廊下が騒がしくなっていく。遠くの方から動物の群れの行進のような足音が近づいてくる。走ってることだけは分かった。
3人で音のする方向を見ればこの学園には似つかわしくない男子がダッシュしていた。軽く自己否定入っていたけど気にしないでおく。
男子は切羽詰まった顔でこちらにやって来る。ボクと目が合うと救いを見つけたとばかりに接近してくるではないか。
「うんんんんんんんんんん!?」
隣にいた箒が奇妙な声をあげる。気持ちだけはよく分かる。その男子を見ればボクだって奇妙な声を上げてしまう。
まずは女子しかいない中にIS学園の制服を着こなした男子がいること。
次にその男子の顔がボクの顔と似通っていること。
最後に似通っているどころかほぼほぼ同一の顔をしていること。
本当の最後に、何故か女子生徒に追い回されているということ。
追われている男子は鏡で見るボクの顔と酷く似ていた。同一人物感が半端なく、ボクとしては首を傾げるほかない。生き残った強食細胞がボクの姿を真似たみたいだ。このままじゃ取り込まれて融合してしまうんじゃないだろうか。
「見つけたぁ!! 助けてくれ!!」
救いを求めている。お門違いな要求を前にあんパンでも投げ与えたくなったけどけ、夕食も既に終えているために間食類の物は持ち合わせていない。よって、ボクは逃げることを選択した。
「ちょっ!? 逃げんな!!」
背を向けて逃げ出した。運動神経はそこまでよくないけど、今回はスタートダッシュが成功した。そのまま逃げ切るつもりであったが、予期せぬ段差に躓いて体勢を崩してしまった。
普通の人なら倒れないように踏ん張るところでだが、ボクは違う。思い切り仰け反ったのだ、と言えるようなカッコイイものではなく背後から箒と鈴に身体を支えられて事なきを得ただけだった。
「一夏。アンタ、ちょっとは自覚してから走りなさいよ。まったく、アタシがいないと駄目なんだから」
「ふむむ。怪我はないな。ならばそれでいい。それより逃げるぞ」
鈴と箒に支えられながら廊下を疾走する。追いかけてくる男子と、さらにそれを追いかける女子の集団。最悪の構図を前にして、ボクは一計を画策する。
「箒、鈴。外に出よう。向かう先は校舎」
往々にして生徒たちは教師を苦手とするものだ。だからこそ逃げ場に最適である。それに管理人室に千冬姉さんがいないとすれば、校舎にいるはずだ。寮から校舎までの道中で出会えれば御の字だ。
寮を飛び出し、急いで校舎へと侵入する。そうすれば女子達は危険を察知したのか追って来なくなる。作戦成功を祝いたくなったけど、いまだに男子が追いかけてくるために、逃走を継続中だ。
「おーい。止まってくれ。なんで逃げんだよ」
「ドッペルゲンガーを前にして逃げない人がいますか」
「人を怪奇現象と同列にすんな!!」
またまた追いかけっこは継続中。ボクの体力はとっくに限界を超えてしまっているために箒に抱えられている始末。
このままずっと続くかと思われた逃走劇であるが、校舎内ではしゃぎすぎてしまったおかげでやってきた千冬姉さんの仲裁により終幕する。鈴が足かけに顔面で床を滑り、同じく足かけで空中を一回転して背中から地面に着地する箒、ラリアットで強制停止を喰らった男子。暴力の2文字によって鎮圧した千冬姉さんはボクを抱きしめて溜息をつくのだった。
「攫ってんじゃない!!」
とても的外れだったことだけは言わないでおく。
「それで、お前は何者だ」
寮の管理人室は無駄な物ない簡素な部屋だった。あくまでも駐在するための部屋であることがありありと見える。その中に千冬姉さんの私物がちょこんと存在するだけだ。
正座する3人と、どっかりと座り込んで威圧的な雰囲気を醸し出す千冬姉さん。隣でボクはのんびりとする。
質問を受けたのは左側に座っているドッペルゲンガー。いまだに咳込んでいるけどなんとか声を搾り出して応答した。
「篠……ノ之一夏です」
男子は自らを篠ノ之と言った。篠ノ之と言えば箒と同じ苗字であり、一夏はボクと全く同じ名前である。字を書いてもらっても箒の苗字と同じで、ボクの名前と同じであることは変わりない。そしてボクと同じ顔をしているのにも変わりはない。液体金属じゃないだろうか、と疑心に駆られてはいるけどこのままじゃあその予想は大外れ。そもそも液体金属だったとしても何を目的に未来からやってきたのか。ぐうたら少年の未来でも変えるためか。
「篠ノ之……だとぉ!?」
さすがの千冬姉も驚愕を隠せなかったようで、箒の方に視線をやる。同じ篠ノ之性ならば知っているのでは、という問い詰める視線だった。ボクも箒の方を向いて気になっているというアピールをしてみる。たぶんだけど箒は何も知らないはずだ。知っていたらけっこう早い段階で教えてくれるからだ。
「ちょっと姉に電話してみます」
さらりと大変聞き捨てならないことを言った箒が携帯電話を取り出して操作を始める。ISの開発者である束さんと普通に連絡を取れることを政府が知ったらたちまち箒を使って束さんとのコンタクトを取ろうするだろう。
「篠ノ之一夏。篠ノ之束と関係があるのか?」
箒が電話で実の姉に確認を取っている間に、千冬姉さんの尋問は続く。雰囲気は笑って楽しめるものではないために、目の前の篠ノ之は正座を崩せずに顔を引きつらせて正直に答える道しか残っていない。
「大事な姉です」
気圧されながらもしっかりと千冬姉さんの目を見て答える篠ノ之。その瞳の奥には何かあった。モノは分からないけど、ボクに取っては面白くないものであることだけは確かだった。知りたくもないので、追究しようとは思わないけど。
「姉だと。私の知る限り、アイツには箒しかいなかったはずだがな」
「10年前に出会いました。それからは俺にとっては大切な姉なんです」
「…10年前か。アイツが騒動を起こした時にか。まぁ、いいだろう」
10年前と言えば、束さんがISを世界に発表して震撼させたのが有名だ。あの頃からISは瞬く間に世界に跋扈して女尊男卑というめんどくさい階級制度が現れ始めたのだ。女尊男卑と言っても一部の騒がしい人がその気になって振りかざしてるだけだけど。
「いやぁ、それにしても女子だらけだから心強いぜ」
千冬姉さんの尋問がひとまずの終了を見せると、篠ノ之が気安く声をかけてきた。それはもうボクと同じ顔なのにカッコイイ系の顔で、別人なんだってことがよく分かる顔だ。関係のない他人と分かれば距離間もよく吟味することができる。ボクと篠ノ之は他人の境界線を超えることはない。
「初日から女子には追いかけられるし、1組のオルコットとかいうのに喧嘩吹っ掛けられるし、急にクラス代表になっちゃうんだぞ。風邪から復帰して学校に来たら厄介な役割を押しつけられていた気分と似てるな」
「ええと、そうだね」
欠片も興味ないです、とはさすがに言わない。それでツンデレみたいなのと勘違いされるのも嫌だし。そもそもツンデレ属性に興味ないし。やっぱり愛情表現は素直で見えやすいものが一番なのだ。
内心で好ましくないな、と考えていれば鈴が篠ノ之の脇を小突く。
「アンタのことは篠ノ之と呼ぶから。一夏と言われても反応しなくていいから、反応してほしくないから。分かった? アタシのとっての一夏は織斑一夏だけだから」
宣言と共に飛びついてくる鈴だったけど、千冬姉さんがその頭を掴んで畳に叩きつけた。可哀想だったので頭を撫でてあげた。
「確認が取れました。久しぶりの姉の声に神経が荒みそうでしたが、なんとか聞きだせました。弟だそうです」
電話を終えた箒が溜息をぶはぁっと排熱するかのように吐きだした。部屋の温度が上がった気がした。
翌日は大変だった。心細いのか何なのか知らないけど、休み時間になるたびに篠ノ之が1組の教室までやってきて過ごすのだ。場所はもちろんボクの机。箒や鈴がやってくるのは当然だから疑問に思うモノではないし、たまにふらっとやってきて談笑を持ってくる相川も別に構わないのだが、どうしてか篠ノ之を受け入れようとは思わない。
箒や鈴といった親しい友達からすると、ボクは人間の好き嫌いが多いらしい。選り好みしている部分があると言うのだ。ボクとしてはそんなつもりはないけれど、親友となった人たちは全員口を揃えて言ってくれる。千冬姉さんでさえ「お前は友人を選ぶタイプだな」と評価する。そうだろうか。
しかし思い返してみると、ボクの友達は箒を始め、鈴、弾くらいだ。少なすぎる気もしないでもないが、この結果を顧みるに確かに友達を選り好みしているかもしれない。
そういう理由を当てはまれば、ボクは篠ノ之と友達になりたいとは思っていないみたいだ。気が合わないのかもしれない。
しかし、相手にはそんなことお構いない。同じ男子であることだけを頼りにやってきては箒と鈴からのエターナル・フォース・ブリザード視線を受けていた。痛々しい視線に、空気全体が凍りつきそうになる。黒歴史は解放しちゃいけないものだと再認識した。アレは戦いを生み出す権化だ。
「それにしても似てるね。もしかして生き別れた双子の兄弟だったり」
相川さんが冗談めかしくボクと篠ノ之を見比べる。
「それはないと思うけど」
「分からないよ。人生は小説より奇なり、なんて言葉があるからね。そうじゃなきゃ、今頃ISなんてトンデモ兵器は生まれていないよ。いずれ、死者蘇生の技術も出てきたりしてね」
「うーん。分からないかもな。俺も昔の記憶がないからさ」
篠ノ之が首を傾げて相川さんの言葉に反応する。
「昔の記憶がないのは覚えていられないからじゃないかな。忘れたいことは忘れて、覚えていたいことは覚えている。それが一番健康的かもしれないよ」
篠ノ之の暗い背景をぶった切って明るく締めくくる相川さん。さすが他称プラス思考系女子。マイナス思考系女子と合わされば交差爆発も夢じゃない。イケメンの甘いマスクを根こそぎ狩り尽くす電磁系女子に変化しそう。川だけに。
それよりも気になるのは篠ノ之の発言。記憶がないという言葉。あれはボクにも当てはまることではある。ボクの場合は事故による記憶喪失と、片頭痛という後遺症だ。篠ノ之は記憶喪失だけだろうか。
「そういえばいつもなら篠ノ之さんがいるのに……今はいないんだね」
相川さんが周囲を見渡して確認する。周りも気になっているようで箒の姿を探している。見ていないようで変化を目ざとく見つけられる様は、やはりIS学園に入学する頭脳と努力と向上心を有しているだけある。ボクみたいに変化に鈍感な身分では追いつくことのできない境地に立っている。
「うん。なんでも鈴と一緒に千冬姉さんのところに行ってるみたい。理由は分からないけど」
「ふーん。なんか仲いいね」
「だね。喧嘩するほど仲がよいって言うけど、その通りだよね」
「その中心にいるのは確実に織斑くんだけどね」
「そうかな?」
「そうだよ」
「おう。パッと見ただけの俺でも分かるぜ。3人が仲良いってことはな。固い友情で結ばれてんだって」
「……固い友情ではないと思うよ」
「うん、固い友情じゃないから」
「……そうなのか?」
篠ノ之のとんちんかんな発言に相川さんと一緒に否定する。だって真実ではないから。あの2人は喧嘩するほど仲が良いけど、それは固い友情で結ばれているからではないから。そんなの変化に疎いボクだって分かる。ボクには答えるだけの度胸がないだけなのだ。2人は気にしていないみたいだから構わないと思ってしまうけど。
珍しくも箒不在の休み時間は相川さんのおかげで暇とはならずにすんでいたけど、変なのが割り込んできたためにつまらなくなった。
「篠ノ之一夏。ずいぶんと余裕そうな顔をしていますが、来たるクラス対抗戦へ向けて訓練はしているのでしょうか」
エゲレスの愉快で絡まれたくない貴族女子ことオルコットが高笑いと共に降臨してくれた。供物も祈りも捧げていないのに現れるものだから、貴族は扱い辛い生き物だ。貴族なんて使用人がいなければ駄目な生き物なのに。
「まぁ、練習したところでわたくしのパーフェクト・ハーモニーな蜂のような舞いにはおよぶびはしないでしょうが」
「……すごいな」
「馬鹿にしていますの?」
どっからどうみてもオルコットの方が馬鹿にしている気がするけど。そう思って周囲にそれとなく視線を向けてみると周りは幼子を見守る暖かい目をしていた。クラス内でのオルコットの立ち位置が少し分かってしまった。とりあえず嫌われていないことだけ確かだ。優しいクラスだこと。
「ふふふ。そんな舐めた態度できるのはあと少しだけですわ。当日が楽しみですわね」
上品な仕草で笑うと、オルコットは風のように去ってしまった。
オルコットが消え去ると、篠ノ之が顔を向けてきた。目の奥に浮かぶのは強い意志だ。
「ああまで言われて、男として黙ってられないと思わないか。一緒に特訓しようぜ」
がしっと両手を包み込むように握りしめられ、顔がずいと迫って来る。周囲が黄色い悲鳴が上がるのは無視しておく。そっちの趣味はないし、その可能性はあり得ないのだ。それにしてもクラスのほとんど全員が黄色い悲鳴をあげているのは予想外だ。腐ってやがる。相川さんなんて人畜無害そうな顔で周囲に対して首を傾げるのみだから、この教室には相川さんしか真面なのがいない。他の全部は怪奇納豆人間だ。
ボクを練習に誘う篠ノ之に周囲が「寝技の練習?」と最悪な想像を投げかけてくれるものだから、ボクは笑顔で答えてあげるしかなかった。
「絶対に嫌だよ」
その妄想をぶち壊す。