放課後。
訊きたいことがあり、言いたいこともある俺は生徒会室へと足を運んだ。
「あ。ナツルさん」
その途中、紅音に声をかけられた。
今日は受け付けの当番らしい。図書の受付カウンターから手を振っている。
会うとは思わなかったな…まあ生徒会室は図書館がある校舎の四階だから出くわしてもおかしくはないんだけど
「借り出しですか?」
「いや。ちょっと会長に用があって」
「会長に…。どんな用ですか?」
雫のことを言ったら途端に顔を曇らせた。
……どうするかな…
持っていた紙袋をチラッと一度だけ見る。要件は二つあるが、どっちも微妙に言いづらい。
「愛の告白を…と言うのは冗談で」
いかん、紅音の顔が瞬間的に青くなった
「あ…あたしも行きます!」
彼女は涙目で椅子から立ち上がり、叫び声を上げた。
んだろうけど実際口から出たのは今にも消えそうなかすれ声。
「や、そんなにたいした用事じゃないし。第一当番だろ」
「駄目です…!危険すぎます……!」
鬼気迫る、といった感じでカウンター越しに迫ってくる。
むしろ今のお前を連れてくほうが危険だよ。この手の冗談はこの子には禁止した方がいいな
「いやホント大丈夫だから。紅音ちゃんはここで待っててくれ」
俺の言葉に、紅音は渋々ながらも椅子に座り直す。納得がいかなそうな目をこちらに向けたままで。
…あいつ、いつか好きな奴を刺すヤンデレになりそうだな……
☆ ★ ☆
コン、コン、コン、コン。
生徒会室の扉を軽くノックする。
できれば顔を合わせたくないくらい嫌な相手だが、これから頼み事をする相手でもある。礼儀ぐらいは守るべきだろう
そういや聞いた話じゃノックの回数は二回が知人などの親しい人、三回がトイレ、四回が仕事上の付き合いらしい。一回や五回以上はなんだろうか
「どうぞ」中から返事が返ってきたので扉を開けて入る。
「いらっしゃい瀬能君」
雫は生徒会長としてふさわしい場所に腰掛けていた。
やけに似合うのがなぜかムカつく
「今日はなんの用かしら」
「まずはこれについて訊きたい」
紙袋からヒキニゲカバを取り出して机の上に置く。
いつでも見せれるように念のため持って来たが、こんなに早くとは思わなかった
「うちのハラキリトラの話じゃ昔メッセンジャーだったそうだ」
「そう」
雫はヒキニゲカバを手に取り、簡潔に呟いた。
何となく懐かしむような目で見てる…ような気がする。
無表情だからよー分からん
「…これを持っていたのは赤い腕輪のケンプファー。私が一年生のころに出会った人」
雫は坦々と語りだした。こいつが高一の時は、俺は中三だ。
……あの頃のことはあまり思い出したくない
「この人には色んなことをたくさん教わったわ。戦い方からこの学校での生活までね。学ぶことも多かった」
「あんたにもそんな時があったんだな」
「もちろん。彼女は本がよく似合う……文学少女だったわ。
楡の木というと…ちょうど今掘ってるトンネルの真上だ。
もともと俺が掘ってたわけじゃないがなんとなく罪悪感が芽生えてきた
「でもケンプファーでしょう?戦うのは本能。青い連中とやりあって、負けてしまったのね。ケンプファーは敗北すると存在そのものが消される」そっ…と、大事なものを扱うような手つきでカバのぬいぐるみを机の上に戻す。「彼女が生きていた事実は急速に薄れていった。メッセンジャーも同時にいなくなるから、残ったのはこのぬいぐるみだけ。それで、想い出の木の下に埋めたの」
「…………」
俺が黙ってると雫は髪をかき上げ、口の端を軽く吊り上げて薄く笑う。
「なんてお話はどうかしら?」
「作り話かよ」俺は肩を竦めて、大げさなリアクションを取った。
「リアルすぎてつい聞きいっちまったじゃねーか」
「ごめんなさい。あまりにも真面目な顔をするから途中で止められなくて」
「あんた語りの才能あんじゃねーの?」
「ふふっ、ありがとう」
二人して笑いあう。
作り話ってのは多分嘘だ。即興で作ったにしては話がこりすぎてる。
ヒキニゲカバをどうやって手に入れたかを俺は言ってない。
しかし雫は「埋めた」と言った。
だから、全部真実なのだろう。
それでも追及はしない。本人が作り話と言うんならそれでいいじゃないか
誰にでも人に喋りたくないことの一つや二つはある。完璧だなんだと呼ばれていても、こいつも俺と同じ。人間なんだ
「……用件はそれだけかしら?」
一人で納得してると雫が話しかけてきた。
そうだった、本題はむしろこっからだ
「頼みがある。ミスコンに出てくれ」
「単刀直入ね。でも、それで私にどんなメリットがあるの?」
正直、ない
葛原のときの貸し…てのは弱いし、生徒のため……ってのもなんか違う
「…出てくれると俺が助かる」
「正直ね。でも男のわがまま?」
「なんとでも言ってくれ」
ここで断られたらどうしよう
向こうは推薦されても辞退出来るからどうしようもない。
「……いいわ。出てあげても」
「マジか。やっぱやーめたとか言ったら暴れるぞ」
「言わないわよ。貴方じゃないんだから」
否定はせんが
「そのかわり一つ貸しよ」
「ぐ…」
やはりそうそうおいしい話は転がってはないか。…どうしよう
結構本気で悩んでると雫は「フフフ」と口だけで笑った。Sめ!
瀕死の鼠をいたぶる猫みてーな目をしやがって
「どうするの?」
「……貸しってどんなだよ」
「たいしたものじゃないわよ」
そう言って雫は首を前に傾ける。
「肩揉んでもらえる?」
は?
「そんなんでいいのか?」
「もちろん」
冗談…ってわけじゃなさそうだな
彼女はそのままの姿勢で動こうとしないない。
仕方なく、念のため警戒しながら雫の背後に回った。
手で挟まないように髪の毛をすくって前にやると、ツヤのある真っ黒な長い髪が彼女の肩から流れていった。
そこから現れるは生の肌、首筋。
色っぽいうなじにちょっと、いやかなりドキドキする。
首筋の横辺りに親指をあて、肩を揉みほぐす感じでゆっくりと押す。
ぐっ…ぐっ
しばらく無言で揉み続ける。
…だんだん恥ずかしくなってきたぞ。なんで俺一学年上の女子の肩もみしてんの?
「お客さん、なかなかこってますね〜」
「あらそう?」
気を紛らわすためにつぶやいた軽口をさらっと返された。
クソ、余計恥ずかしい
「瀬能君上手ね」
「そうか?」ちょっと嬉しかったので思わず声が弾んだ「
「あら、じゃあ私が瀬能君の初めての人?」
…なんかその言い方卑猥
「問おう、貴方がわたしの初めての人か」
「…私が聞いてるのだけれど」
よかろう ならば戦争だ
「…変わらないのね、あなたは」
なんだいきなり
「親しい人を目の前で亡くしたのに、いつも通りの破天荒」
「ああ、そういう意味か」
てっきり遠回しに皮肉を言われてんのかと
「悲しくはないの?掛け替えのない人の死を嘆いたりはしないの?」
「キャラじゃねえんだよ。そういうの」
「答えになってないわ」
なんだかやけにつっかかるな…なんなんだ一体。そんなに俺にヘコんでてほしいのか?
「…苦悩が無かったわけじゃないさ」
視線を雫の肩から外し、天井へと向ける。
「しばらくは沈んだよ。男子部に入り浸ってたからその辺は見れなかっただろうけどな」
「あなたでも落ち込んだりするのね」
「当たり前だろ…俺だって人間なんだぞ」
「数日で立ち直れる人はそうはいないわ」
じゃあ俺が特別なんだよ
もしくは人間じゃないのかも。俺は悪魔超人だぁなんてね
「前にも言ったかもしれないけど、名前で呼べる男友達ってのは初めてだったんだ。おかしいだろ?沙倉や紅音ちゃんなんかとは名前で呼び合ってるのにさ」
ここでまず最初に水琴の名前が上がらなかったのは…とくに理由はない。しいて言うなら距離が近すぎて必要性を感じなかったからかな
東田?あれは論外だ
寧ろなんで仲がいいのかたまに疑問に思う。どういう経緯で知り合ったんだっけ?
「多分、一生付き合える仲だったんだろうな。友として、よきライバルとして」
「…………」
「そんなあいつに俺がしてやれることって、一つしかないと思うんだ」
「なにかしら」
「俺らしく生きること」
雫の身体がピクリと震えた。
「あいつが―――大地がくれた命なんだ。大事にはするけど出し惜しみはしない」
ビビってたり、ふさぎ込んだり、ヤケになってる俺を見たらあいつはガッカリするだろう。
俺が進む未来にその姿は無い。でも俺が生きてるこの瞬間、確かにあいつは存在している。
「恥じないように生きるさ。生きて生きて生き抜いて…いつの日か、笑って報告したいな」
いい人生だったよ、って
「……強いのね。あなたは」
「べつに、強くないよ」軽く目をつぶり頭を振る。
「もし俺が強く見えてるんならそれはあんたが俺に願望を持ってるからだ。強くあってほしいってな」
「…そうかもしれないわね。ところで瀬能君」
「ん?」
「触ってる」
その台詞を聞いて自分の手を確認すると、いつの間にか俺の手は雫の肩から胸に移動していた。
……舌の根も乾かぬうちに恥じる行いをしてしまった…
幸い(って言っていいのか?)マッサージをしていた手は止まってはいたが、掌までしっかりと女性の象徴である胸部を触っている。訴えられたら敗訴確実なレベルだ
「…………ごめんなさい」
人生でそうそう無いってくらい真剣に謝罪の言葉をなんとか搾り出し、慎重に手を引っ込める。
柔らかかった…はず。残念ながら血の気が引いて感触をあまり覚えていない
じゃなくて
「ありがとう。楽になったわ」
雫は立ち上がり、身体ごとこちらを向く。
見たとこ怒った様子はない。それがまた恐ろしくてたまらない
その昔女子生徒にセクハラしてた男性職員(それなりに権力があった)が、ある日の放課後から突然別の学校へ転勤になったことがあった。
噂では被害者の女が生徒会長に相談して会長がその日のうちに教員を学園から追放したとかなんとか
本当のところはどうか分からんが説得力はある。俺も転校させられたりするのかな
「さっ、悟史は…悟史君だけは勘弁してください……!」
「あなたの言うことは時々意味が分からないわ」
やれやれと言わんばかりのため息一つ。
どうする俺…どうすんの俺!?土下座か?土下座するか?
「…瀬能君。ちょっと、目をつむってもらえる?」
「なんで」
「いいから」
有無を言わせぬ強い眼差しを受けて、仕方なく従う。不本意だがボディタッチした負い目もある。
なんだろう。何をされるんだろう。油断したところに腹パンか?
それくらいでチャラになるんなら安いもんだが、水琴の時みたく長期間続けられるのは勘弁願いたい
不安に駆られていると、不意にフワッ…といい香りがしてきた。なんだ?
思わず目を開けようとしたら、突然バタンと大きな音がした。
同時に殺気を感じる。
ガゥン、ガガゥン!
ビックリして目を見開くと、雫が後ろにバックステップして行くのが見えた。
「雫てめえ、あたしの相棒になにしようとした」
扉を開け入って来たのは紅音だった。
もちろん変身後。さっき聞こえたのは銃声か
…気のせいかあいつ、いつも以上に怒ってないか?いったいなにが?
「貸しを返してもらおうとしただけよ」
「ふざけんな!」
紅音は怒鳴りながら照準を合わせる。
しかし銃口は短剣に鎖をつけたので塞がれた。雫の
気が付けば俺の姿は女になっていた。
たぶん、二人がケンプファーになったからつられたんだろう。
最近性別の感覚が曖昧なんだよな…
「瀬能君が必要なのよ。いろいろと、ね」
「やめてくれ」
厄介事すぎる。いったいなにをさせるつもりなんだ
「ナツル!てめえは黙ってろ!」
え…ええ〜……自分の事なのに…
「……まあいいわ」
雫はコントチックなやり取りを始める俺らに背を向けた。
そのまま扉の方へ歩いていく。
「今日はこれまでにしましょう」
「ふざけんなてめえ!逃げる気か!?」
「文化祭の準備もあるの。二人のクラス、企画は決まってるの?」
俺にとって二重の意味で聞かれたらマズい質問だ。
「次の集まりまでに決めておいてね。それと瀬能君。貸しはいずれ返してもらうから」
生徒会長様はそう言って優雅に去っていった。
残されたのは銃を持った赤毛の少女とプチ不良の二人だけ。両方とも一言も喋らない。
沈黙が痛い
ところでこの部屋鍵かけなくていいの?盗られて困る物とかパッと見ないけど
「……なに黙ってんだよ」
紅音がいきなりジロリと睨んでくる。
「次にくだらねえことしたら殺す。されても殺す。分かったか」
なんたる理不尽。されるのは普通、不可抗力だと思われるんだが
しかしそれを注意するだけの勇気はなかった
黙って聞いていると紅音はダンッ!と床を力強く蹴飛ばして去っていった。
「……まずいかもな…」誰もいなくなった生徒会室で独りごちた。
俺はかなり高く、凶悪な貸しを作ってしまったようだ
はたして無事に文化祭を迎えそして終われるのだろうか
=語られざる真実=
ナツル「多分、一生付き合える仲だったんだろうな。友として―――」
雫「…………」(←ゆっくりとナツルの手を移動させる)
まさかの自演乙(?)。ただし作者の勝手な妄想です。