伏せたブルー・ヘイズル1号機の頭上3メートルを、
片膝をつきながらブルーは右脚部サーベルラックからグリップをつかむや、即座に伸び上がる。
瞬間形成したミノフスキー粒子の光刃は
しかし、ブルーが胸部バルカンの照準をつける隙もなく、またイフリートは間合いをつぶす。
ブルーの頭部を狙う袈裟斬りをかろうじて、ビームサーベルが防いだ。
炎刃が生み出す電磁力と光刃のIフィールドが干渉する。バチバチと融解金属を撒き散らし、ブルーとイフリートの装甲に小さい穴をうがつ。
そして、弾けた。衝撃に双方の機体が揺らぐ。
立ち直りはイフリートが、
「速い!」
モシェは敵パイロットの手腕に舌を巻いた。
まさに、
次々と繰り出される斬撃は火炎竜巻となって、ブルーを駆逐しようとする。モシェは防戦一方となった。
「このままじゃ……!」
モシェはショート・バック・ステップで距離を取り、射撃戦に持ち込もうとする。
その絶妙なタイミングに、イフリートはショルダータックルを喰らわせた。
「あわわわ・・・・・・」
自機のスラスター噴射も仇となり、ブルーは派手に吹き飛ぶ。カタパルトの端から落ちかけた。
なんとか踏みとどまり、膝を付いて体勢を整えたとき、イフリートの姿は、
「き、消えた!? どこに」
敵に備え、ビームサーベルを構えなおそうとしたブルーの右手に、グリップがない。どこかへ取り落としていた。
(やられる)
死がそこにいた。思わず、目を閉じる。
モシェの脳内の時間が引き延ばされた。
(いや、まだ
見えないなら感じろ。この
かっ、と目を見開いたモシェは、右側から質量をともなったプレッシャーを察知する。大きく回り込み、右舷カタパルトを蹴ったイフリートが数十メートルの距離を跳躍して肉迫する。ようやく、コクピットに接近警報が反響した。
「間に合えっ!」
ブルーの左脚サーベルラックから予備のグリップが飛び出す。
空中のそれを引っつかむや、ブルーは捨て身の突きを繰り出した。
脇構えのイフリートは両断せんと、必殺の水平斬りを浴びせる。
蒼と紫のシルエットが重なった。
*
一週間後。
ラオス、ヴァンビエン連邦軍基地から東へ30キロ。バルク村への途上。
車列の内、6輪カーゴトラックが泥沼となった水溜りに
「またか」
後ろを走る軍用
泥にまみれた峠道である。移動速度が上がろうはずもない。
「なんで副司令の俺がこんなこと、・・・・・・」
先頭の装輪装甲車に
雨季の晴れ間に辺りは燃えるほどの暑さ、そして萌えるジャングルが発する
フォルタは基地司令に命じられ、ゲリラから奪回したとある積荷の回収に向かっていた。
一ヶ月前、基地への搬入物資を載せたトラック隊がゲリラに襲撃された。以前から、神出鬼没を噂されるジオン残党の仕業と思われる。連邦軍も捜索に動いたが、ジャングルに阻まれかんばしくない。
トラック隊は民間の運送業者でその護衛は、ブッホ・セキュリティ・サービスという
「
ゲルクたちはまずバルク村の村長に接触した。すると、
「ここから西のビア山近くに残党をかくまっている村がある」
と情報を入手した。人質がいるため、強行策には出られない。彼らは独自にゲリラとコンタクトする。それなりの身代金と粘り強い交渉の末、拉致された社員、ドライバーを解放させることに成功した。
「積荷は保険屋と相談ダ」
人的被害をゼロにとどめたゲルクは笑って、モシェたちに言った。
ところが、基地司令からは、
「独力で積荷を奪還してもらいたい」
決め付けられてしまった。基地に戻ると、ご丁寧に
*
「で、今回の積荷はなんだったんです。
軍用エレカのステアリングを握る軍曹はスケベな笑みを浮かべた。
「当たりだ」
フォルタ大尉の答えに軍曹は口笛を吹いた。
「にしても、ブッホの連中、なんで積荷をバルク村に一時保管するなんていってるんです?」
「奴ら、『積荷が下痢を起こした』とか、司令にいってきたらしい」
「へっ、おもしれぇや! 連中、俺らのサイドビジネス、上にバラす気じゃないですか?」
「そのつもりなら、基地に運び込んで司令につめよるだろう。そうしないってことは大方、タカリ
タイヤが巻き上げた泥まじりのツバをフォルタは吐き捨てた。
「それじゃ、・・・・・・
「待て待て。装甲車2台でMS2機とホバー・トラックを相手にできるか。それに今は戦争中じゃない。おおっぴらに暴れられねぇよ」
軍曹はそれを聞いて、(なんだ、つまんねーの)と肩をすくめた。気持ちはフォルタも同じである。
しかし、軍曹運転しながらよくしゃべる。
「大尉は一年戦争中もここらに派遣されてたんですよね」
「ああ、ラサまで転戦したよ」
「ラサ!? 地獄の『ラサの戦い』ですか?」
「そうさ。山みたいにでかいモビルアーマーが空にふわふわ浮かんでよ、メガ粒子砲の雨が降ってきた」
「よく助かりましたね」
「俺は悪運が強いからよ。負傷して後方に送られてたんだ。原隊のクロフォード大隊なんて地面ごとえぐりとられて全滅さ。
そうそう、思い出した! これから行くバルクとかいうチンケな村にも行ったぜ」
「宇宙人をたくさん殺したんすか?」
「ハハ♪ ジオンのくそったれも殺るには殺ったが、あの村じゃゲリラ狩りだな。『解放軍が来たぞー』って、うれしそうに出てきた村人を片っ端から、こうやってな」
フォルタは銃を構える形を作って、腕を左右に大きく振った。軍曹の肩にもぶつかる。
「そりゃ、おもしれぇ! 俺ももう少し早く生まれてりゃなぁ」
「そうそう、屍姦ってのも初めてやったんだよな。
小娘が逃げやがったんだ。足を撃って捕まえてよ。ばっこんばっこん入れてたら、そいつ舌を・・・・・・」
右手の
エレカのボンネットが突如膨れ上がる。
車体前部で爆発した地雷はエレカを逆立ちさせ、さらに後ろにひっくり返した。
同時に、先頭の装輪装甲車もジャングルから飛来した
前後をふさがれたトラックは逃げるつもりか転回する。が、し損ねて道の下の水田に落ちた。
助手席から吹き飛ばされたフォルタは水溜りに落ちて助かったが、運転手の軍曹は足がペダルに挟まったまま、エレカに押しつぶされていた。
「くそったれぇ!」
フォルタは立ち上がって、逃げる。
が突如、足を払われたかのように転ぶ。遅れて、銃声。
命中したのはマグナムライフル弾 。
関節を
「ぐおぉ、ぎ、ぎっ、ぎゃぁぁぁ!!」
人のものとは思えない絶叫がほとばしる。
その叫びを圧倒するガスタービンの咆哮が、森の中から湧き上がった。マゼラベースが水田の泥水を巻き上げながら、フォルタに迫る。
マゼラベースは遅いが、ナメクジのように這うフォルタよりは速い。地面に泥と血が入り混じった赤い筋を描きながら、這い逃げる。
出血から意識が
その時、甲高い笑い声を聞いた。泥に突っ伏したフォルタは汚い顔を上げる。
少女がいた。
(ほら、もっとがんばんなよ。私があんたに撃たれたときはもっと走ったろ)
二十歳に満たないだろう。少女がしゃがんでフォルタを見ていた。バンダナで上げられた赤茶っぽい髪が、風もないのに揺れていた。
目が合う。彼女は歯を見せて笑った。その口から、どばっ、と血があふれる。そして、べろっ、と舌を突き出した。舌は半ばまで切断され、かろうじてぶら下がっていた。
(おかげでこんな風になっちゃってさぁ。
まさに「舌足らず」なのに、はっきりとした言葉は、脳に直接突き込まれている。
フォルタはもう這うのを止め、高熱にうなされたように震えた。
キャタピラが地響きを上げて迫る。
キュラキュラキュラ。
水田に落ちたトラックを行きがけの駄賃とばかりに轢き粉砕し、マゼラベースは道に至る傾斜を一気に駆け上った。
そして、
キュラキュラキュラ―、
断末魔―――、
キュラキュラキュラ・・・・・・。
*
「すごい、400メートルはあった! ナイスショット、村長さん!」
停車したマゼラベース、運転手用ハッチを開けたモシェは、車上に立つ女に声をかける。隣のゲルクほどではないが、大柄だ。両手に
女はモシェには答えず、ひとりつぶやいた。
「・・・・・・キ、仇は取ったよ」
「あれ? 村長さん、今・・・・・・?」
モシェの耳には
バルク村の方角から、ババババ―、とサイドカーの騒音が近づいてきた。走行風になびく銀髪がかすかに見える。
「お迎えのようダ」
ゲルクの足元、マゼラベースの車上にはリジーナの発射機が設置されていた。
「色々と面倒でしょうけド、子供たちのコトよろしく頼みまス」とゲルク。
「面倒は昔っから慣れてるからね」と女。
積荷、―コンテナの中身はどこかでさらわれた少女たちだった。どういった用途にされる運命だったかは、語るまでもない。
これを奪取したジオン残党も焦っただろうが、奪還したゲルクたちも驚いた。
今、子供たちはバルク村で保護されている。
「どうするかは自分たちに決めさせるさ。あっちの村に懐いちゃった子もいるしね」
あっちの村とはジオン残党の村である。
「リリーさぁーん! モシェー!」
いよいよ声が聞こえてきた。立ち乗りした娘がこちらに向け、手を振っている。
「なんでぼくの名前も呼ぶんだろう。うげッ! お父さんも!?」
サイドカーの
「お父さんにご挨拶していくかい、優男?」
「いえ結構です」
マゼラベースを降りた女村長リリーは、バンダナを顔から外しながらモシェをからかう。
「賢明だね。あの子の親父は、ああ見えて頑固もんだから」
カラカラと笑い、リリーはバンダナを投げ捨てた。
それはかつてバルク村の皆から愛され、慕われた娘の形見だった。
(でも、もう必要ない)
そして、長年続けた村長という役職も、固辞しようと心に決めた。
リリーたちは去った。見送ってモシェがいう。
「それにしても、あのサンダースって基地司令、汚いと思いません? なんか、ぼくらがこうすること期待してたように見えるんですけど」
ゲルクは、クツクツ、と笑った。
「オマエ、キレ者かと思ったけど、少し抜けてるナ」
「えっ?」
「なぜヤツらの車列に
不整地で機動力を発揮するホバー車両であれば、第一撃で致命傷を与えられなかった場合、逃げられる可能性はあった。
つまり、フォルタたちには足の遅い車両ばかりが
「まさか! じゃあ、ゲルクさんは最初っから?」
「ソレとなく、司令には臭わされていタ」
「きったなーい」
「『敵ヲ欺くにはまず味方かラ』といウ」
「『偽りを捨て、隣人に真実を語りなさい』と聖書にありますよ。ま、いいです。ぼくもゲルクさんに内緒があるから。
にしても、司令も人が悪いなぁ。ぼくらに殺らせるより、自分で殺っちゃった方がよっぽど早いのに」
モシェは基地司令のドレッドヘアーといかつい顔貌を思い浮かべた。
「彼も昔は戦争屋だけど・・・・・・イヤ、戦争屋で何度も修羅場をかい潜ったからコソ
護衛に付いてた連中は副司令の取り巻きダ。一緒に甘い汁を吸ってたヤツらだからナ」
「うわー、こっちの手汚させて、不良在庫一掃セールなの?」
「どうせ、ジオン残党に襲われたコトになってル」
「事実そうだし、な」
最後のセリフは二人の頭上からかけられた。背後には紫のMS、イフリート・シュナイドが立っていた。
*
一週間前の戦闘。
ブルー・ヘイズル1号機のサーベル・グリップはイフリートのコクピットに向けられている。が、ビームの刃は形成されず、発振器が不気味な黒い穴を見せているだけ。
イフリート・シュナイドのヒートサーベルはブルーの腹側部から1メートルも離れないところで止まっていた。生身の戦いであれば、寸止めである。
モシェも敵パイロットも不思議だった。お互い相手を殺すつもりだった。ところが、
それは100万分の一にも満たぬ偶然。両機とも同時にシステムエラーを起こし、フリーズしたのだ。
先に動いたのはイフリートだった。
「参った」
沈黙していたオープン回線が息を吹き返すと、イフリートのコクピット・ハッチが開く。
男は旧ジオン公国軍のパイロット・ヘルメットを脱ぎ捨てた。
「でも、あの寸止めで、・・・・・・ぼく、おしっこ、漏らしたかと、思いました」
モシェは自分でいって恥ずかしかったのか、左手で口元を隠し、右の人差し指はくるくると伸びたもみあげを巻きつけていた。頬を染めている。
「ソノ仕草は気持ち悪イ」
ゲルクが仏像の仏頂面で即答する。
「いや、あのまま続けていたら、私がやられていたのは間違いない」
イフリートから地上に降りたパイロット・
「あの時、イフリートは左腕が動かなかった。ビームサーベルと正面からの斬り合いでは、じり貧だったろう」
「またまたご謙遜を!」
「事実さ。君こそ
きょとん、とするモシェを見てバロンは笑った。頬の端にえくぼができる。
後ろに結ばれた総髪とカイザル髭の組み合わせは「没落貴族」といえなくもない。
「分からないのカ、モシェ? 虚無とは『頭空っぽ』のオマエのことダ。覚えておけ、ワタシも前にいわれたことがある。『
さて、そろそろ終わらせよウ」
ゲルクの人工筋骨格が手榴弾を遠投する。それはマゼラベースの開いたハッチに吸い込まれた。爆発、一拍おいて誘爆、車体は四散する。長年、村に尽くしたゴッグタンクの最後だった。
「これでオン爺さんも安らかに眠れますね」
「死んでないかラ。爺サンを勝手に殺すナ」
「あはは、そうでした。ところで、朝食がまだですよ。ステーキでも食べますか?」
人を轢き殺したことも気にせず、モシェがのん気そうに笑う。
「いいだろう、新入リの歓迎にワタシがおごろウ。しかし、ステーキはどうも・・・・・・」
ゲルクは地面にひろがったミンチを思い出し、いいよどむ。
そして、
「マクダニエルの方がいイ」
ハンバーガー・チェーン店の名を挙げた。
「こんな田舎にはない。それより、保険と称していつまでイフリートに爆弾を仕掛けておくつもりだ? 一応、借り物なんだが」
新入りバロンは憮然として、カイザル髭をいじる。
いつの間にか風が吹いている。
硝煙の匂いに、彼方の焼畑の焦げ臭さが混じり始めた。