機動私兵クロニクル   作:放置アフロ

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マリーダ・クルスの思い出

 

 月のフォン・ブラウン市。共同墓地に遺体の埋まっていない墓がある。宇宙に生きる時代の人々にとっては珍しくない。

 墓標にはこう記されている。

 

『UC.0089年1月17日。エルピー・プルツー、ここに眠る』

 

 幼い強化人間は死んだ。葬送は彼女を知る、ジュドー・アーシタと仲間たちによってとり行われた。

 ()()()()()()()()()()

 数年後、木星往還船ジュピトリスⅡ世号にて、亡命事件が起きる。このとき、ひとりのモビル(M)スーツ(S)・パイロットが、亡命者ミネバ・ザビの影武者を護衛していた。

 そのパイロットが死んだはずの強化人間だ、と考えられる者は少なかった。

 そして、エルピー・プルツーが死んでくれていれば、この復讐劇は終わっていた。

 

 

 

 

 UC.0096年、5月。第三次ネオ・ジオン(ラ プ ラ ス)戦争末期、インダストリアル7沖会戦。

 

「ビランチャ中尉のガルスが敵艦にとり付いた! 続け、突撃!」

 

 袖付き(ネオ・ジオン)パイロット、ジェラルディン・スー少尉が叫ぶ。全天周囲モニターの下方、つまり、彼女にとっては足元の敵艦へ()()()する。宇宙戦闘であるから、天とか地とかの感覚はない。しかし、敵の強襲揚陸艦ネェル・アーガマの艦底に向け突っ込むMS、ズサは急上昇というほかない。

 

(あそこに、マリーダ・クルス中尉が・・・・・・。今行く!)

 

 ジェラルディンは地球連邦軍ペガサス級の意匠をくんだ白亜の巨体を見て、胸が熱くなる。

 

「ぎゃあぁ・・・・・・!」

 

 僚機、レッダー少尉のドライセンが被弾し、装備のジャイアント・バズごと左腕を失う。ドライセンは離れていった。

 

「役に立たない、新米が・・・・・・」

 

 レッダーの戦線復帰は難しかろう。

 ズサはネェル・アーガマとの距離一万メートルで、背部の大型ブースターを切り離す。慣性航行に入ると、大型ミサイル(AMS-02H)を次々と発射する。

 十数発の弾雨はズサの異名「ミサイル・キャリアー」にふさわしい。戦闘濃度のミノフスキー粒子のため画像誘導式ミサイルとはいえ、命中弾は機銃座をわずかにふたつ、潰したのみである。

 しかし、そのかいあってか被弾もなく、ズサはネェル・アーガマの中央カタパルト裏面に着艦した。数十メートル先には、口径1800ミリのハイパー・メガ粒子砲の威容がある。飲み込まれそうな黒い輪の空洞は異様でもあった。

 それをじっくりと眺める暇もなく、隣接するカタパルト上では友軍のシュツルム・ガルスと敵機(ジェガン)が格闘戦を演じていた。ジェガンのビームサーベルを難なく()()()、ガルスは返しのスパイク・シールドの強打で(ほふ)る。

 転瞬! 背後から別の敵機、ギラ・ズールが光刃を斬りかかった。

 

「ビランチャ中尉、危ない!」

 

 ジェラルディンが叫ぶ。とっさにズサのマニピュレータに装備した197ミリ口径(ZUX-197)ショットガンを向けるが間に合わない。

 杞憂に終わる。

 突撃したギラ・ズールは、流水のように動くシュツルム・ガルスからカウンターの後ろ回し蹴りを喰らい吹き飛んだ。相当の強撃で、ギラ・ズールは格納庫シャッターに激突する。

 

「裏切り者、ガランシェール隊!」

 

 ヘルメットの内に唾棄せん勢いで、ジェラルディンはトリガーを絞る。

 ズサの手にしたショットガンが火を噴く、と続いてスライド・アクションで排きょう、装てん、撃発、ニ連射。18粒のルナチタン・コーティング・バックショットにより、ギラ・ズールの片腕片脚が千切れた。

 とどめの攻撃はカタパルト床面から立ち上がった防護壁に遮られた。

 

「ジェリー、援護しろ!」

 

 シュツルム・ガルスの無線を受け、ズサも隣のカタパルトへ乗り移る。

 ズサが防護壁の物陰からショットガンのにらみをきかす内に、ガルスは連結吸着機雷(チェーン・マイン)を格納庫シャッターへ投げつける。機体をひるがえし防護壁に隠れるや、連なった爆発が艦全体を揺るがした。

 切り裂かれたシャッターがギザギザに開口していた。

 

「いける!」

 

 その切り口を広げようと、ズサが防護壁から機体の半身を出し、ジェラルディンはミサイルのトリガー・ボタンを押す、

 刹那! 光弾の二連射(タップショット)を頭部に受け、ズサのメインカメラが死ぬ。

 

「くそっ!」

 

 毒づくジェラルディンは見えていない。前方、シャッター上部のスタークジェガンがビーム・ハンドガンを構え、仁王立ちしていた。すぐさま、シュツルム・ガルスが応戦に飛び出す。

 

「早く切り替わってよ!」

 

 ようやく手動切替に成功し、補助カメラの狭い視界に飛び込んで来たのは、

 

(MSの薬莢(やっきょう)?)

 

 ドラム缶サイズの円筒が三つであった。くるくると回転しながら、ズサに近づく。モニターの光景をジェラルディンはスローモーションのように眺めた。

 テルミット焼夷弾(ファイア・ナッツ)だと気づいたときには遅く、スクリーンは蒼白い火炎に埋め尽くされた。機体は火だるまの状態である。しかし、パイロット自身が燃やされているわけではない。

 が、

 

「ああぁぁぁ、熱い、あつイ―――!」

 

 ジェラルディンは絶叫しつつ、操縦桿をめちゃくちゃに入力していた。ズサが火炎をまとった途端、蒼い炎を見た彼女は()()に襲われていた。

 不意に踏み込んだフットペダル。スラスターが火を噴き、転げるようにズサはネェル・アーガマから離脱していった。

 

 

空気残量少(low air)バッテリー残量少(low battery)

 

 どれほど彼女の意識は漂流したのだろう。

 警告音と点滅するモニター表示にジェラルディンは正気を取り戻した。

 

(炎だけであれほど取り乱すなんて)

 

 意外だった。

 

「とうに克服した、と思ったけど」

 

 声に出してほろ苦く笑うと、生きる気力が沸いてくるような気がした。

 ファイア・ナッツはズサの全身の装甲を焼いたが、焼き尽くすほどではない。

 

「推進剤に引火しなくて、運がよかった」

 

 ダメージ・コントロール画面で損傷をチェックしてゆく。

 

母艦(レウルーラ)まで帰れるかな? いや、帰れるはず」

 

 今までだってやってこれた。チャンスは逃したが、これで終わりではないはずだ。またやり直せばいいだけのこと。

 ズサの現在位置とレウルーラの推定位置を確認し、ルートを算定する。

 その時だった。

 ゴン、ゴン、と連続的にデブリと衝突する小刻みな振動がコクピットまで届く。

 

「なに?」

 

 ジェラルディンは手元のサブモニターから全天周囲モニターに目を移す。ほとんどが真っ黒か砂嵐の映像だったが、右上方の生きているスクリーンが何かを映し出した。

 

(え・・・・・・そんな、まさか!)

 

 心臓が飛び上がった。一瞬だったが、その正体を悟り、声にならなかった。

 ジェラルディンは無駄だと知りつつ祈ったが、再度流れてきたデブリがはっきりと現実を突きつけた。

 緑に塗装されたガンダリウム装甲の残骸。『NZ-666』と彫りこまれていた。

 

「誰が、・・・・・・誰が彼女を・・・・・・う、う、ううう・・・・・・ちくしょぉぉぉ!!」

 

 泣きながら、ジェラルディンはノーマルスーツのまま、宇宙に飛び出していた。残骸のひとつに抱きつき、胸を押し当てる。

 ひとしきり背中を痙攣させていたが、ぴたりと止まった。

 次の瞬間、腰からサバイバル・ナイフを抜き爆散したMS、クシャトリヤの装甲に叩きつける。

 

「私ガッ! 私こそがあいつを殺してやるはずだッたのニッ!」

 

 最後の生き残り。ネオ・ジオンに潜り込んでまで近づいた。もう少しだったのに!

 

「あいつの蒼い瞳を抉り出シ、切り刻ミ、命乞いをさせながら殺してやるはずだったのニ!」

 

 奴のオレンジがかった栗毛も細い顎の線も、すべてが憎い!

 

「私の恨みを奪った奴は誰ダ! だれダァァァ!」

 

 

 ジェラルディンは酸素が続く限り、ナイフを振るい、その後は宇宙のデブリとなって果てるつもりだった。

 だが、運命はまだ生きろと彼女にささやく。

 やがて、連邦軍艦艇に彼女は救助された。しかし、酸素欠乏症により惰性で心臓が鼓動するだけの『人の形をしたモノ』になってしまった。

 その人形が自分を取り戻したのは、それから1年後。

 死んだはずのプルシリーズのひとりが木星圏で生きていることを知った時だった。

 

 

 

 

 UC.0097年、8月。ラオス、旧都ヴィエンチャン。ホテル、ドン・チン・パレス。

 

 ゲルクは目覚めた。まだ日付は変わっていない。

 就寝中、150キロ近い体重でホテルに用意させた一番頑丈なソファを破壊し覚醒した、わけではない。

 

「長い夢を見たナ」

 

 電子音声がつぶやく。

 その内容を反芻(はんすう)するように頭をなでまわす。手の平の触覚素子が脳に伝える感覚は、冷たい金属のものであった。当然である。彼女の頭部はチタン・セラミックの複合素材に覆われているのだから。

 続いて、人工筋骨格の手を見る。手首のサーボモータを回し表裏と返す。それは生身の人間の首を絞めれば、窒息どころか引き千切ることも可能なマニピュレータである。

 当然、マシーンの腕に火傷のあとなど無い。人工皮膚の、ざらっ、としたドライな感触があるだけだ。

 

「機械であっても、幻痛は起こりうるのだろうカ?」

 

 彼女を担当する研究員は「可能性では、ある」といった。

 

「とすると、ヤツを殺すのに火炎放射器やテルミットは避けたほうが無難カ」

 

 立ち上がったゲルクは脱ぎ散らかした化粧台(ドレッサー)の前へ行く。ボトムスをはくと、ベルトに通した(シース)からナイフを抜いた。

 緑のブレード、それはガンダリウム合金装甲から削りだして作られた。『666』と不吉な数字を彫りこんである。

 

「悪魔が、悪魔を殺ス。最高の喜劇だと思わない、マリア・アーシタさン?」

 

 鏡の前に置かれたブッホ・セキュリティ・サービスの社内秘(シークレット)資料、その一枚目に問いかけた。あるジュピトリス警備要員の履歴書(レジュメ)である。栗色の髪と蒼い瞳の女性、クリップで挟まれた彼女の写真に問いかけたのである。

 

「マリーダと同じ、その目は美しイ。抉り取るのはやめダ」

 

 ゲルクは(わら)う。数少なく残った生身の部位、舌を出しナイフのブレードをなめた。色は人外の青紫だった。

 

「自分の腹が斬り裂かれるのを見せてあげたイ。(ハラワタ)を引きずり出しテ、首にかけてさし上げますヨ」

 

 気が高ぶったゲルクは眠れそうもない。素早く衣服を着て、ホテルを後にした。

 近くを流れる大河、メコン沿いをのんびりと歩く。遠くから屋台の喧騒が、BGMのように漂う。

 

「チンピラや勘違いした娼婦などいないだろうカ……。それにしても、妙ナ」

 

 夜闇を歩きつつ考え込む。

 ジェラルディン(Geraldine)ゆえに、かつてのニックネームはジェリー(Gerry)だった。今彼女をそう呼ぶものはいない。

 

ゲルク(Gelk)ってそもそも『k』は一体どこから来たのかしラ? ま、ドイツ名みたいでかっこいいからいいけド。まるでワタシじゃない別人みたイ」

「旦那~、ちょと焼酎(ラオラーオ)買う金、融通してくんないかえ~?」

 

 ふと、背後から間延びした声がかけられた。

 

 

 ナイトマーケットの明かりが朝日に追いやられる(とき)、ひとりの不運な酔っ払いがメコンに浮かんでいた。

 長いピンク色がゆらゆらと川面に揺れている。

 男の腸だった。

 

 

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