UC.0097年、11月。北アフリカ、アルジェリア中部。オアシス都市エルゴレア。
星月の明かりで砂漠は白く映し出された。地平近くの砂丘もはっきりと形が分かる。
3機の旧公国系
ズームしたモニターの先、エルゴレアのモスクのドームがうっすらと確認できる距離、センサーが感知の電子音を鳴らす。くさび隊形の中央先頭のディザート・ザクが停止する。ホバーの制動が冷めた砂を巻き上げた。
「どうした、リキ?」
ゲルググから届く女の無線。
ザクパイロットのリキは目を凝らす。
「街の建物、屋上に何かいる! MSだ」
僚機にもデータリンクされ、HUDに【
直後、二条のビームが地を
「いい格好だな、ジュニア。後で拾ってやるよ」
僚機パイロット・アマジークのセリフは耳に残った。何もできない自分に、ニキJrことリキは歯噛みする。
「アマジークは右だ」
「了解!」
短い応答を返すザクがモニターの端に小さくなっていく。
先ほどのビームは正面二方向から同時に発射された。
「偵察用のアイザックを除けば、2対2。まだやれるさ」
ゲルググを駆るマサイ・ンガバは、つぶやく。彼女はかつて単機でエゥーゴのガンダム・チームと互角に戦った。
「まだまだ経験が浅いね、リキは」
戦場で不用意に止まるな、と教えたはずだが今は身を持って学んだことだろう。
「潜砂からの狙撃。相変わらず、いい腕だね」
初撃のビームは砂漠を這うように抜けていった。敵が
「出てこないなら、いぶり出させてもらう」
ホバー走行でジグザグに動きつつ、ゲルググは右肩にかついだジャイアント・バズで焼夷榴弾を撒く。敵予想位置に扇状に着弾、破片が燃える焼夷材を砂上にひろげた。夜空が急に赤々と照らされる。
「そこだ!」
砂丘と同化していた小山が突如、盛り上がる。熱と光でサーマルセンサーとナイトビジョンをやられた敵機が、砂の中から飛び出した。
十分な
「今のは
うそぶくマサイは笑ったが、敵機ハイザックのパイロットも口角を上げていた。
火炎を突き破って狙撃用ビームランチャーの光軸が
「その程度の狙いで撃つ? 手加減してるつもりかい」
ホバーで後退するハイザックをゲルググは猛追した。追いながら、ジャイアント・バズを放つ。重く、バランスの悪いバズーカを高機動下で扱うマサイの手練は、相当なものと言ってよい。
ハイザックも牽制射撃するが、長物のビームランチャーは取り回しが悪い。すでに
「私から逃げられると思うな!」
撃ちつくしたジャイアント・バズを捨て、身軽になったゲルググも飛ぶ。腰からビームナギナタを抜いた。
突然、コクピットを騒がすロックオン警告音。
頭上から見下ろすハイザック。
武装を捨てるという一瞬の隙を突き、ビームランチャーの銃口が微動だにせず、定められていた。
(もういいだろ、……タグ?)
長い一瞬の後、ハイザックはゲルググに向け
ゲルググもそうすることが当然のように、長銃身を斬る。誘爆はしなかった。
背を見せてハイザックは退却した。アマジークが相手していた別のハイザック、そして後方のアイザックも退いたようだ。無線が入る。
「追撃するか?」
モニターのアマジーク機は肩装甲が焦げている。ビームがかすめたらしい。
マサイが「いや、退き方が鮮やか過ぎる」と言えば、「罠か?」とアマジークは返す。
「私たちの目的はエルゴレアの制圧だよ。深追いは無用さ」
「それもそうだな」
「リキの様子を見てきて」
一機残ったゲルググのコクピット・ハッチが開く。遠い空は濃紺から紫に色が変わってきている。
マサイは自分の長い夜が明けつつあることを予感した。
*
その日、小さな紛争程度に思われていたラプラスの魔が牙をむく。
UC.0096年5月1日、ダカール沖から突如現れた大型
死者・行方不明者、四万余。
以降、一連の戦いは第三次ネオ・ジオン戦争と呼ばれる。ダカール戦はアースノイド対スペースノイド、連邦対ジオンという従来の構図だけでなく、古い恨みも呼び起こすこととなった。
民族対立である。
これはダカールを破壊したガーベイ一族がイスラム教徒であり、白人社会を憎悪し、この虐殺を引き起こしたことが発端である。
ここ北アフリカでは、第一次ネオ・ジオン戦争後、ほとんど崩壊状態だったアフリカ民族解放戦線FLNが息を吹き返していた。白人もアルジェリア欧州人軍事組織OASが対抗する。
エルゴレアがFLNに奪われ、OASは援軍を
エルゴレア襲撃から2週間後。アルジェリア中部、ガルダーヤの街。
UC.0087年のネオ・ジオン/FLN連合軍の攻撃で、地上街を破壊されたガルダーヤは再建後、軍事設備の大部分を地下化していた。MSハンガーもそうである。
「これに乗るの? ……腰がないじゃん」
紅白、連邦軍伝統のジムカラーに塗られたMSを見上げ、モシェはいう。但し、ジムではない。
「君、ブッホの人?」
チーフメカニックらしき黒人が近づく。
「あっ! ・・・・・・はい。
「ホワイト・ウォールのエセルバート・ヒンカピーだ。君も民族主義者かい?」
ヒンカピーは苦笑いしながら、手を差し出す。一瞬の戸惑いを見抜かれていた。
「そういうわけじゃないんですけど・・・・・・。黒人の方が地下にいらっしゃるので、ちょっと。でも、その、ごめんなさい」
「初めての人は大体、そんな感じだよ。普通、
ヒンカピーは気を悪くした感じではない。モシェはほっ、とした。
「うちのルイスさんはセキュリティと口論になって、帰っちゃいました。ぼくも、これ、やられたし」
モシェは左手を自分の右肩に置き、右腕を真っ直ぐ下ろした。それは反ユダヤ的ジェスチャーだった。
「お互い住みにくい街だなぁ。オイラなんかあからさまにこれだぜ」
ヒンカピーは中指を立てて見せる。
白人至上主義によって、ガルダーヤの地下街は有色人種の立ち入りは禁じられていた。モシェのようなユダヤ系も嫌われる。
「うわー、天下の
「ちょっとちょっと」
ヒンカピーがとっさにモシェと肩を組んだ。近くを通るセキュリティが彼らをにらむ。
「PMSCの最大手ホワイト・ウォール、なんて言われてたって実態は全然ブラック企業だよ。そこで働くオイラも
「あの、とりあえず、早く離れてくれませんか?」
モシェが身をよじる。
ホワイト・ウォールは地球連邦軍の退役軍人イーサン・ライヤーによって設立された。
一年戦争終結後、ライヤー少将は軍から身を引く。世間的には勇退だが、アジア戦線での失態から出世コースを外れたとも噂される。しかし、引退後も強い人脈を残していたライヤーは、軍から優先的に仕事を請ける代わりに、扱いに困った兵隊を積極的に受け入れていた。
「そんなに嫌がるなよ。ま、オイラも
「そ、そういうんじゃなくて。男同士でこんなくっつくなんて!」
腕をつっぱったモシェの頬が桃色になっていた。
「そ、それよりこのバーザム、
紅白のMSはメンテナンスベッドに独特のシルエットを立たせていた。
ヒンカピーがいう。
「正しくはこいつはバー
「色と頭以外はあいかわらず『甲羅つけたテナガザル』っぽいんですけど」
「いうねぇ! でも、もともとはガンダムMk-Ⅱの量産機も視野に入れて開発されたんだぜ。ときがときなら、ジムⅢの立場にこいつがおさまってたかもよ」
バーザムはハイザックやジムⅡの後継主力機として、ティターンズで開発された。
ヒンカピーが続ける。
「コストの圧縮に苦労したらしいね。で、大幅な設計変更。独特の外見だけど、フレーム・装甲一体構造はコストと重量を下げながら、防御力の維持に成功したんだ」
「でも、腰アーマーないじゃないですか。股関節むき出しじゃ・・・・・・」
「腰、腰ってホントこだわるねぇ!」
バシッ!
「きゃうんっ!?」
ヒンカピーがモシェの股を叩く。
「ソノ声は気持ち悪いっテ」
いつの間にか、隣にゲルクがいる。
ぎぎぎ、とさび付いたねじを回すように首を巡らせるモシェ。じと目だった。耳まで真っ赤だ。
「訂正すると、な」
ヒンカピーがいう。
「局所的防御力の低下はある。けど、それを補って余りある機動力を手に入れた」
「つまり、腰部アーマーを排除シ脚部の稼動範囲が増えたことデ、AMBACが有利になったということカ?」
「さすが
「ゲルクだ。よろしく頼ム」
ふたりは握手を交わし、またヒンカピーが口を開く。
「大出力のスラスターエンジンも脚に積んでるし、・・・・・・ホント、こいつは悪くないんだが」
「連邦軍にとっテ、ティターンズは黒歴史だからナ」
グリプス戦役での敗北。連邦軍史上、汚点となったティターンズは、狩る側から狩られる側に追い落とされた。組織だけでなく、MSもである。UC.0090年頃に高まったモノアイ排斥運動も拍車をかける。
ジオン臭いハイザックは民間やジオン共和国に払い下げられ、傑作空戦機アッシマーはアンクシャに名と顔を変えなんとか生き延びた。バージムも同様である。
「もっとも、機械だけでなく、人もね。オイラはなんとか軍に残れたけど、民間に出向で、
ふしぎな表情をしたヒンカピーが、メンテナンスベッドに立つ2機のバージムを見上げる。自然にゲルクとモシェは無口になってしまった。
ゴン、ゴン、ゴン、と沈黙を破る重低音が響く。隣のベッドが起動していた。
「そうそう! こいつも来たのか。ほんっと、オタクら
意味がわからず、モシェはベッドが立ち上がる様子を眺めた。そこに眠るMSが目に入ってくる。
グリーンともブルーとも言い表しにくい手足。
旧公国系ゲルググに似た頭部。当然、モノアイである。
「これって、まさか・・・・・・」
「運が悪けりゃ、オイラはこいつに墜とされてたかもしれない」
トレードマークである背部大型放熱フィンは、格納されていて見えない。だが、ガンダムマニアであるモシェは正体に気づいた。この機体は限りなくガンダムに近い。
「ディジェじゃないですか! うわー、初めて見た! えと、その・・・・・・」
「その、まさかっ!」
ヒンカピーが思わせぶりにいう。
「うわー、ホントに? 乗せてくださいよ! コクピット入れてください! アムロ・レイ大尉の匂いくんくんしたい!」
モシェは
「ヘンタイ」
ゲルクが小声でいう。
「あはは、・・・・・・奇特な、お仲間、だね」
ヒンカピーもこめかみに汗を浮かべていた。
ハンガーにはモシェの「うわー」がいつまでも響いた。
*
今回の警備業務は、ブッホにとっては「臨時アルバイト」のようなものだ。
「どういうことです?」とモシェ。
「
ふたつの組織のメンバーは地上街にあるカフェに集まった。
四角い顔をした青年がいう。
「ホワイト・ウォールのMS小隊長をやってるアジス・アジバだ。よろしく。こっちはアイザックのパイロット兼チーフメカニックのヒンカピーと、向こうがもう一機のハイザック・パイロット、マイクだ」
親しげな口調だが、彼のまじめさがにじみ出ていた。ブッホも自己紹介を返し、円卓につく。
アジスが説明する。
「2週間前、エルゴレアで夜襲を受けた。敵は一個小隊だったが、手練れのパイロットがいてやられた。結局、俺たちはガルダーヤまで後退した」
元ジオン公国軍人のバロンがカイザル
「相手は赤い彗星かなにかですか?」
アジスがまたいう。
「シャアかどうかはわからないが、赤いゲルググであることは確かだ。
敵はアフリカ民族解放戦線―FLN。連中は白人支配からの脱却を目指しているが、エルゴレアを制圧したのは水資源の確保が目的だろう」
「飲み水カ、それとも農業用? ソレほど砂漠化が進行しているのカ?」
「かなりひどい。当面の水を手に入れたから、ガルダーヤに攻め込むとは考えにくいが一応偵察に出ないと。スポンサーとの都合もあってな。
その間、ここの留守をブッホに守ってもらいたい。最近はMSで武装した野盗のたぐいもいると聞いてるから」
「いつ出ル?」
「今夜にも」
出撃準備にホワイト・ウォールは出て行った。ブッホのメンバーだけ残る。
「どうもにおウ」
ゲルクの仏像面、目のスリットの奥で光が瞬いた。
*
砂色のガルダーヤの街路が夕暮れに染まる。
突如、15メートル四方の地面が割れた。埋設されたハッチが横にスライドしていく。地下からエレベーターが立ち上がり、巨人が姿を現す。白く塗装されたそれはまさに、
ハイザックD型。
ハイザック・カスタムをベースに砂漠戦と、より狙撃に特化したMSである。潜砂のため関節部はシーリングされ、頭部にはモノアイとは別にシュノーケル・カメラを搭載。射撃姿勢を阻害するためシールドは装備していない。武装はハイザック・カスタムと同じビームランチャーである。長距離射撃だけでなく、連射も可能な使いやすいビーム兵器だ。
ホバーで機体を浮かすと、2機のハイザックと偵察用MS・アイザックはエルゴレア方面へ飛び去った。