超克騎士の前日譚<プリクォール>   作:放浪人

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 想定よりは早く書き上げられました。休みは偉大ですね。一日中パソコンの前で引きこもっちゃうけど(白目

 皆さんの応援により、たった一話しかない短編であるにも拘らず評価は赤、早くもUAが5000以上、あまつさえランキング入りという快挙。light作品を捻じ込んだ甲斐は果たせたと思い安堵しております。
 今後も閣下に習い精進を……いや、あそこまでは無理ですが(土下座

 今回、後編はちょっと統真の独り善がりみたいに感じられるかも知れませんが、その時はどうぞ遠慮なく批判してやってくださいませ。もちろん作者を;

 それでは前日譚、その第二幕をどうぞ。



邂逅篇 Ⅱ:日の下にありて 桜の彩る 日常で

 才能持たざるが故に、未だ目覚め得ぬ可能性すらも絶たれようとした無力な弟。

 そんな彼の前に現れたのは、奇しくも零能たる彼とは対極にあり、しかし同時にその少年と同じ求道を為す兄。

 

 少年はその出会いを奇跡として運命に感謝し、兄は運命を否定して弟を肯定した。

 その行い、想い、意志の総てを。

 

 なればこそ少年が感じたのは、己に無いもの(才能)を持つことへの嫉妬ではなく、己が志す道の先(努力)を邁進する先達(英雄)への憧憬。

 そして、自身を認めてくれた、対等としてくれた兄への敬愛。

 

 

 ――されど少年は未だ知らない。

 

 

 憧憬とは、最も『理解』から程遠いということを。

 自身の憧憬(偶像)と兄の本質(真形)を知った時、少年はそこに何を見出すのか。

 

 

 いずれにせよ――未だ刻は至らず。

 弟は未だ英雄足り得ず。

 兄は超克すべき運命を知らぬが故。

 

 

 さあ――前日譚(プリクォール)を廻そう。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

「……何だと?」

《も、申し訳ありません旦那様!お止めいただくよう申し上げたのですが、聞き入れてもらえず……》

 

 

 黒鉄 厳がその連絡を受けたのは、自らの職場である国際魔導騎士連盟日本支部にて、いつもと同じように事務をこなしていた時だった。

 連絡の相手は厳が家を空けている間の諸事を任せている人物であり、それ自体は然して驚くべきことではなかった。

 

 問題は、彼が語った内容――他ならない厳の長男である統真が、末弟・一輝を連れ出したという報せだった。

 

 

「………分かった。後は私が対処するので捨て置くように」

《よろしいのですか?門弟の方なりに命じて連れ戻した方が――》

 

 

 見す見す手を拱いたという後ろめたさからか、はたまた失態を挽回したいという気持ちからか、電話の相手はそう食い下がってくる。自分がやるのでなく他力本願なのが滑稽だが、少なくともその言葉に厳が嗤うことはなかった。

 そんな心の余裕がなかったからだ。

 

 

「お前は『家の長男が門弟を斬殺した』という問題を起こさせたいのか?」

《!? ま、まさか。いくら統真様とはいえ、こんなことで人を殺すなどと……》

「…………」

 

 

 なるほど、そう言えばこの男はあれ(統真)とそこまで関わっていないのだったか――そう思い出し、厳は溜息を吐かずにはいられなかった。それを聞いた相手が厳の機嫌を損ねたかと怯える気配を示したが、厳にそれを一々取り合ってやる余裕などない。

 

 現黒鉄家当主・黒鉄 厳が長子・黒鉄 統真。厳がまだ若かりし頃に血気に逸って犯した一度の過ちが、彼の与り知らぬ所で生じ育まれた落胤――早い話が正妻ではなく妾腹の子供という、決して外聞のいい身の上ではなく、本来なら黒鉄の家を揺るがしてまで厳が己が子供として認めるなど在り得ない存在。

 しかしその身に宿す、伐刀者の名門たる黒鉄家はおろか、世界基準で見ても他の追従を許さない隔絶した才能故に受け入れられた、稀代の逸材。

 

 そして同時に――出会って以来のこの六年間、誰よりも何よりも、黒鉄 厳を悩ませ苦しませている存在でもあった。

 

 黒鉄 統真という人間は、彼自身が進むと決めた道に誰彼かが立ちはだかるのなら、例えそれがどんな瑣事だろうと相手が誰だろうと、尽く捻じ伏せ粉砕し突き進むだろう。

 そこに統真は常に己の命を賭ける。相手が大多数であれ少数であれ、誰かを押し退けて意志を通すというのならそこに覚悟と責任は必須であり、ならば例え命を落とそうと当然のこと。そしてなればこそ、立ちはだかるものもその意図がどうであれ、命を賭すべきだろう――と。

 そこに、容赦や躊躇などありはしない。善くも悪くも誠心誠意、全身全霊全力全勢――殺す覚悟があるのだから殺されても不服はなく、また殺される覚悟があるのだから殺すことも戸惑わないのだ、と。

 

 

 ――そう独白している内に、電話越しに相手を待たせているということも忘れ、いつの間にか厳は一人回想に耽っていた。

 

 

 

 

 我の強い子供だ――最初はそう思った。

 六年前に亡くなったと言う母親は、厳の記憶にある限りでは芯の強さこそ並大抵ではなかったものの、基本的には温和で人当たりのよい器量良しだったはずだが、その辺りは忠実に遺伝した訳ではなかったらしい。

 万に一つも別の誰かに養子として引き取られたり、罷り間違って解放軍(リベリオン)などに攫われてはと真っ先に駆けつけた(父親)を、まるで見極めんと言わんばかりに真っ直ぐ見つめてくる双眸は、そこに強烈な自我が宿っていることを嫌でも厳に理解させた。

 しかしそれも、Aランクオーバーの魔力という才能と併せて考えれば十二分に許容範囲であり、それこそこれから教育して矯正すればいい。

 次期当主か、あるいは黒鉄家に――そして普く秩序に忠実な()として。

 

 ――そう、思っていた。

 そしてその幻想(思い上がり)は程なくして、容易く打ち壊された。

 

 最初こそ始めて振るう力に戸惑いの気配もあったが、それもほんの一時のこと。瞬く間に知識を覚え、取り込み、莫大な魔力を制御するに至った。

 剣の腕はそれ以上――否、剣だけではない。強いて言うなら当人の嗜好なのか剣や肉体の鍛錬に重きを置く傾向はあったが、その才能は全方位に向けられた。どんな分野であれ教えれば覚えて忘れず、初見で理解に及べないものは徹底して追及することで身に着け、己のものとする。

 

 しかし何よりも凄まじいのは、そこに取り組む統真という人間の気構えと精神――『努力』を尊ぶ彼の在り方だった。

 

 人間(可能性)には限界(果て)が在る。

 『努力に限りはない』というが、『努力を行う人間』自体には歴とした限界があるのだ。全てを得られないのだから、得意なもの・好きなもの・価値あるものを選定し、集中的に鍛える。それがセオリーだ。

 言い方は悪いが、しかし事実としてそうしたもの以外は自ずと蔑ろになり、場合によっては不要と斬り捨てられもする。良くてある一定水準を保つのが限界だ。

 

 ところが、黒鉄 統真という人間にそれは当て嵌まらなかった。

 

 努力、努力、努力、努力――努力に次ぐ努力、鍛錬に次ぐ鍛錬、研鑽に次ぐ研鑽。

 途轍もないとか、人一倍とか、そんな生易しいレベルのものではない。傍から見れば気が狂っているか、己を責め苛むのに快楽を覚えているのではないかと疑いすらしてしまいそうな――否、それですら物足りない、常軌を逸した自己鍛錬。

 しかもそれは、誰かにどうこう指図されて行っているものではなく、どこまでも統真という人間が自らに『当たり前』として課したものだった。

 

 努力を目的に達する為の手段や経過とするのではなく、努力そのものを目的の一環としていたのである。

 まるで、『人間が努力するのは当たり前だ』と言わんばかりに。

 

 彼に剣や技を教える黒鉄家ご用達や、厳自身が教育係として招聘した者達ですら呆れ、目を剥き、驚愕するようなそれは、当然父親たる厳の耳にも届いた。

 だから、厳は統真に言いつけたのだ。不要なことまで努力することはない。そんなもの(不要なもの)は斬り捨てて、もっと有意義なもの()を伸ばせ、と。

 

 それは、厳なりの気遣いだった。統真が凄まじい才能の持ち主であることは既に理解しているが、それでも彼が行っている努力は、親である彼をして――否、親であるからこそ、思いがけぬ夭折を危惧させた。

 

 しかし、そんな()に、統真(息子)は――――

 

 

『何を戯けた事をほざいている、努力に不要も何もあるものか。俺が学び得たものを廃れさせず伸ばし続けるのは当然のことだ。

 そもそも――何故俺がお前(・・)の指図など受けねばならん』

 

 

 ――思えばその言葉を聞いた時、その時点で黒鉄 厳は無意識で理解していたのかも知れない。

 これ(黒鉄 統真)を自分達の意の下で動かすなど不可能だ、と。

 

 言いつけをにべもなく正面から撥ねつけられたこと、息子から『お前』呼ばわりされたこと。当時はまだ人間としても親としても若かったということもあり、そのいずれにも怒りを覚えた厳は、力尽くでも従わせようとして――できなかった。

 

 躾を兼ねてその顔を張り飛ばそうと振り上げた右手は、厳が統真の目を見た時点で動かなくなった。

 否、腕だけではない。全身が強張り、怒りに染まっていたはずの顔は驚愕と畏怖に塗り潰されていた。

 

 振り上げられ、今正に自身を張り飛ばさんとする父の姿を、怯えでも怒りでもなく、どこまでも厳粛な様子で見上げている。その表情は子供ながら既に精悍と呼べる力強い様相を呈しており、双眸は何者にも侵されない水面の如く静まっていながらも烈しい光を宿している。

 それら全てが、父である厳に向けられていた。そして語っていた。

 

 

 ――さあ、お前の気概を見せてくれ。父親としての矜持があるだろう、先達としての自負がある

   だろう、男としての意地があるだろう。自身の生の半分も生きていない小童、ましてや息子

   にやり方を真っ向から否定され、親としての尊敬すら向けられずにいて黙っているのか?

 ――違うだろう。そんなものが親であるはずが、男であるはずが、人間であるはずがない。規範

   がどうあれ、お前にとってそれが間違いなら正すべきだ。糾そうとすべきだ(・・・・・・・・)

 ――無論、俺には俺の矜持も自負も意地もある。真っ向から立ち向かわせてもらうし、負けるつ

   もりもない。だが、それ(・・)これ(・・)とは別問題だ。

 ――ああ、これは押し付けだ。こうあるべきだなどと決め付けるべきではない。俺自身、そんな

   ものは嫌いだ。だが、それでも求めずにはいられない。

 ――あぁどうか示してくれ。その矜持を。その自負を。その意地を。こんなものではない、この

   程度ではないと、己の限界に行き着き、そしてそれを見事に超えて魅せてくれ。

 ――であるならば父よ。俺は何ら憚りなく、貴方(・・)を心から尊敬しよう。いや、どうか尊敬させて(・・・)

   くれ(・・)

 ――貴方(・・)が尊ぶそれ(・・)に、(じゅん)じてみせてくれ。

 

 

 無論、統真がそれを直接語った訳ではなく、全ては厳の憶測に過ぎない。しかし黒鉄 統真がその時そういう気持ちを、気概を抱いていたのだということを、厳は今でもなお確信できる。

 大人びた子供であるというのは噂などから知り及んでいたが、その日、黒鉄 統真という人間の真髄に触れた厳は、改めて身を以て理解した。その精神は断じて子供の、人間のそれなどではないのだと。

 

 そしてその総ては、黒鉄 厳のそれまでの人生――否、恐らく今後の生においても、それ以上のものはないであろうと思える程の屈辱と畏怖を抱かせた。

 

 その目が、気迫が、存在が物語る超熱量の『想い』にも――そして、一度も口にしたことの無い己の『深窓』を、幼い息子に見抜かれていたことに。

 

 ――結局、(父親)統真(息子)を殴ることは叶わなかった。

 例え厳の手が折れるまで殴り続けようと、これ(統真)は決して己を屈せず曲げないのだと、分かってしまったから。

 少なくともこの時の厳に、彼の目の前に立つ怪物(息子)に挑めるような強さ(覚悟)は、まだ無かった。

 

 理由(才能)なくしては努力できず、また努力(息子)を認めることも出来なかった父親と。

 理由(才能)があろうとなかろうと努力し、そして諦めなかった努力()を肯定した兄。

 

 どちらが己を貫けるかなど当の昔に示され、そして今尚示され続けている。

 

 ――そして回想の最後に厳が思い浮かべたのは、あの時、振り上げた手を戦慄かせつつも結局何も出来ずに降ろした時、息子(統真)が向けていたであろう、失望と落胆の視線だった。

 終ぞ目を合わせられず、話は終わりとばかりに統真もさっさと背を向けてその場から去ってしまった為に確認の術はなかったが、それでも、その気配だけは嫌と言うほどに感じられた。

 

 それは、今もなお――――

 

 

 

《――――んな様……旦那様!?》

「ッ……!」

 

 

 回想と独白の海に沈んでいた思考は、彼を呼ぶ者の配下の声で現実に引き戻された。

 

 

《どうかなされましたか?やはり……》

「……いや、なんでもない。先程言ったように下手な手出しはするな。いいな」

《……畏まりました》

 

 

 しぶしぶ、という様子ながら相手は厳の命令を受諾し、それを以て通話は終わった。

 

 それにより、室内を快適にするための空調の音以外は音が消え、静まり返った自らの事務室で黒鉄 厳は一人黙考する。

 

 言うまでも無く、息子たる統真の件。そして彼が連れ出した末の男子・一輝の件。

 

 才能に満ちた者と才能持たざる者、本来ならここまで対極な存在も珍しい。ともすれば片や相手を見下し、片や相手を恐れるか嫉妬し、自ずと互いに忌避し遠ざかることもあり得るだろう。

 実際そうだったかも知れない。もし一輝が自身の不遇をただ嘆き、父の言葉通り全てを諦めて努力しようとすらしていなかったならば、統真は彼に手を差し伸べないどころか、黒鉄 一輝という存在すら(・・・・)認識しなかったことだろう。

 

 統真がそういう人間であることは、不本意ながら厳もこれまで嫌と言う程に思い知らされている。

 つまりは、厳が「何もするな」と言いつけたはずの一輝はそれに従わず、統真を引き寄せる程の『努力』をしたということだ。

 それを、鶏が先にせよ卵が先にせよ、統真に見出された。

 

 理由や度合いこそ真逆ではあるが、この二人を手に負いかねている厳としては、その事実にこの上なく頭を痛めるしかなかった。いっそ一輝を屋敷の外に連れ出していれば良かったかとすら考える。

 親としては下劣この上ない思考ではあったが、元より、そして統真という存在にその注意の多くを割かれている彼にそれを自覚する余裕はなかった。

 

 ――そんな中で、ほんの一瞬だが思ってしまう。

 

 もし、あの凄まじい才能を持ちながら不断の努力を続ける(統真)に対し。

 あの、最底辺の才能しか持って生れなかった(一輝)が、そこに並び得ることを、本当に『努力』だけで成し遂げたらば。

 

 それは――――

 

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 

 そんな、彼にしてみれば気の迷いでしかない考えを完全に頭から消し去り、取り敢えずは処理すべき事務仕事に戻った。

 

 

 ――果たしてこの時、黒鉄 厳が考えを切り捨てたのは、本当に考えるにも値しない馬鹿げたことだと思ったからか。

 ――それとも、それが成された時、己の信じているもの(秩序)が否定されることを恐れたからなのか。

 

 答えは恐らく、当人にすら分からないことだろう。

 例え白日に晒された明々白々な事柄も、見ようとしない者には見えない。

 可能性(一輝)を見ようとすらしない彼に、それが分かる道理など、ありはしないのだから。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 黒鉄 一輝は、恐らくこれまでの人生で一番の緊張を体験していた。

 

 彼がいるのは、黒鉄家の敷地内にある統真の住まいだった。

 父親である厳を始めとした黒鉄家とはその在り方故に反目している彼は、黒鉄本邸を出て古い離れを自力で修繕、以後はそこで一人暮らしていた。

 一輝がこれまで統真と直接会うことが無かったのも、その為だったと言える。

 

 

「適当に寛いでいろ。茶を淹れてくる」

「あ、あの、お気遣い無く……」

 

 

 そう言って、一輝をここに連れて来た張本人である統真は台所らしき場所へと入っていった。

 残された一輝は勧められた卓袱台の座布団席に座り、室内を見回す。

 古かったものを修繕したと言うだけあって古臭さはあったが、しかし住み辛さは感じられない。修繕の痕跡は見受けられるがそこに違和感はなく、丁寧に整われたことが見受けられた。

 

 家財は統真の人柄を表すように、必要最低限のものしかない――ということはなかった。テレビやエアコン・扇風機などはまだ分かるが、所々に見受けられる置物や飾り物は、そんなに派手という訳ではないが、それでも統真というストイックな人間にはそぐわない代物に感じられた。

 家での扱い上、あまりそう言った物に縁の無かった一輝はしげしげとそれらを見眺め――――

 

 

「それは世話役の者が勝手に置いていったものだ。邪魔ではなし、勝手に捨てると喚かれるのでな。好きにさせている」

「わぁっ!?」

 

 

 いつの間にか台所から戻っていた統真に一輝が驚いて思わず声を上げるが、当の統真は全く意に介さず一輝と向き合う形で座布団に座り、手に持っていた盆のお茶入りの茶碗を一輝の前に置いた。彼自身の分の茶碗も置かれる。

 

 

「あ、ありがとうございます」

「うむ」

 

 

 感謝を述べる一輝と、それを淡々と受ける統真。

 運んできた茶を静かに飲む統真に対し、一輝も出された茶を一口、二口と含む。

 その間、沈黙が室内を支配した。

 

 

(うぅ……どうしよう)

 

 

 重苦しいわけではないが、しかし何を切り出せば良いかも分からず、ちびちびと茶を飲むしかなかった。

 そうしていると、初めて訪れた場所にいるという不安も合わさり、一輝は不毛な思考の渦へと呑まれ始める。

 

 今更ではあるが、ここに来て良かったのだろうか。

 (統真)に自分を肯定してもらえたことがどうしようもなく嬉しくて、そのまま剣の教えまで請い、そして兄はそれを快諾してくれた。しかしそれは、家の誰からも認められず――二つ下の妹だけは随分と自分を慕ってくれているが――冷遇されている一輝を庇い立てすることにもなり、ともすれば他ならないその方針を決めた父との相対に繋がる。

 目の前にいる兄が黒鉄の大人達と決して仲の良くない間柄であることは、使用人の陰口などで一輝も知っている。そこに今回、兄が自分に剣を教えることで父との対立を深めたりすれば――――

 

 

「無用な心配だ、一輝」

「え……?」

 

 

 唐突にそう告げる兄に、一輝は思わず呆然となってしまう。

 いつの間にか俯いていた顔を上げて見ると、既に茶を飲み干した兄が、自分を肯定してくれた時と同じ強い意志の込められた瞳でこちらを直視していた。

 その視線に、まるで考えを見抜かれているような気持ちになってしまった。

 

 

「お前の知る通り、俺と親父殿――否、黒鉄という家を動かしている者達は決して良好な仲ではない。相対には至っていないつもりだが、あのような蒙昧共と迎合するなど俺自身論外と見做している。

 故に、そのことでお前が俺の身の上を案ずる必要は全く無い」

「……えっと……はい……」

 

 

 表情に出ていたのだろうか。それにしたって恐ろしく心の内を言い当ててくる。自分が分かり易いのか、兄が規格外なのか、はたまたその両方か。

 

 

「……でも、もし兄さんが――――」

 

 

 この家から追い出されでもしたら――そんな最悪の事態を思い浮かべてなお食い下がるが、やはり肝心の兄はと言うと。

 

 

「それこそ不要な心配だ。出て行けと言われれば俺もそれなりに学んだ身、どうとでも生きて生ける。無論、お前に剣を教えるのも変わらん。やりようはある。

 だがそうもなるまい。あの戯けた親父殿のこと、追い出そうにも俺の魔力ランクだの何だのに拘り、俺を自ら手放そうとはするまいよ。その内、家に戻ってきたら喚くぐらいはするだろうが、何、それこそ取るに足らん。

 己の意志を示し通すこともできん輩の言葉など蝿声(さばえ)にも悖る」

「…………えっと」

「お前は心配しなくていい、そういうことだ」

 

 

 相も変わらず難解な言葉遣いや言い回しのため、先程初めて顔を合わせた時のように勢いで意味を察しきることもできず首を傾げると、今度は極めて簡略に纏めてくれた。しかしそこまで簡略化されると、逆に不安になってしまうのだが。

 

 そしてそこで『父に何かを言われる』という部分を反芻し、不安がぶり返す。

 導かれてではあるものの自らの意志で歩を踏み出しここに来た一輝だが、それは別段、彼の心が段違いに強くなったということではなかった。

 

 この兄が何かを言われるのなら、自分もまた何かを言われるのは確実だ。

 やめるよう命じられるのは目に見えており、果たしてその時に自分は――――

 

 

「――恐れるな、とは言わん」

「え……?」

 

 

 再び負の思考の渦に呑まれようとしているところ、統真がそれを制するかのように厳かな声を響かせた。

 

 

「お前が自らの選択した行いに対して生じるであろう不都合や障害を憂い恐れること、理解も共感もしてはやれんが(・・・・・・)、察することはできる。そしてそれを無責任に恐れるな、などと宣うつもりはない。それはお前の、お前だけの感情だ。

 故に、俺がお前に言ってやれることはこれだけだ。

 ――案ずるな。お前が諦めない限り、俺はお前を見て肯定し続ける」

「ぁ……」

 

 

 一輝に一歩を踏み出させた言葉が再び、先程と何ら変わらない熱量で、しかし静かに語られる。

 彼の言葉に嘘偽りも、同情も憐憫もないことを、根拠など不要に一輝は理解できた。

 

 お前の恐怖は今それを感じているお前だけのもの。それは己には察するくらいしかできないものであり、ならば自分に出来るのは、そんな恐怖を抱くお前も、それを乗り越えようとするお前も肯定してやることだ――と。

 

 その言葉に再び胸が熱くなる。妹の珠雫から無条件に慕われるのとは全く違う、一種の感動だった。何というか――『認められている』という気持ちとでも言うべきだろうか。

 

 

「……ありがとう、兄さん」

「ああ」

 

 

 そこで再び言葉が途切れ沈黙が訪れるが、今回のそれに気まずさはなかった。

 自然で、落ち着いた空気が自然と一輝の精神も安定に導く。

 

 そうして一輝が落ち着いたのを見計らったのか、徐に統真が口を開いた。

 

 

「さて、落ち着いたところで話を始めるとしよう。

 先ず一輝。俺はお前に剣を教え、そしてお前は俺に教わる。これに異論は無いな?」

「うん。ぼくは兄さんから剣を教わりたい」

「次に、重ねての言葉になるが、俺とてまだ学ぶべきことの絶えない未熟の身だ。教えられることは教えるし全力を尽くすが、同時に他人に教えることに関しては試行錯誤にもなる。故に、その点では俺もお前と何ら変わらん(・・・・・・)。それでも、か?」

「うん」

 

 

 つい先程までの一輝では考えられない、落ち着いて堂々とした振る舞いだった。目の前にいる兄に中てられたのかも知れないし、あるいは、そんな兄に憧れて無意識に真似をしているのかも知れない。

 そんな一輝を見て、統真も静かに、しかし重く頷いた。

 

 

「――確かに聞き届けた。お前のその思いを断じて無下になどせん。俺の全身全霊を懸けてお前を鍛えよう」

「よろしくお願いします。……えっと、先生とかって呼んだ方がいいかな?」

「そうしたければそうしろ。だが俺に言わせれば不要だ。言った筈だぞ、俺もお前と変わらない、と」

「……うん、兄さん」

 

 

 結局、兄を師や先生と呼ぶことはなかった。そんな上辺のものは彼に対して意味は無く、何より統真を「兄」と呼ぶことが、一輝にとって何とも言えない『誇らしさ』を抱かせる。

 

 ――そうした中、ふと見た兄が何やら時間を気にしているのが一輝の目に入る。

 

 

「……さて、茶も飲んだところで本来なら早速鍛錬を始めたいところだが……そろそろあれ(・・)が戻ってくる頃合だ。もう少し待っていろ」

「……? だれか来るの?」

 

 

 聞いた話で兄が誰彼かと親しくしているという話は聞かない。なので一輝にはそれが、今日初めて兄と関わりを持った彼が言うのも妙な話だが、何とも新鮮なものに感じられた。

 一方問われた統真はと言うと、流石にそんな一輝の心境までは見抜けなかったのかそれとも見抜いて捨て置いたのか、そこに触れる事無く話を進める。

 

 

「ああ、先程言った――――」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたぁーーーーっ!」

 

 

 ……いや、進めようとした――のだが。

 

 

「いやー春にはなりましたけどまだまだ季節的には寒いですねぇ。炬燵仕舞ったのは早まったかも知れませんよ若様!まあ若様が炬燵で(ぬく)んでる姿なんて見たことないですけどね。あ、これお土産のお団子と饅頭です、美味しいですよ!

 そう言えばなんか玄関にもう一足子供の靴がありましたけど、もしかして王馬様が来られてるん、です、か……って……あれ?」

「………………」

「……えっと……はじめまして……」

 

 

 口を開き語ろうとした兄を、玄関と思わしき位置から元気いっぱいの挨拶で遮り、ドカドカという無遠慮な足音で一輝達のいる居間まで歩いてくる人物。

 それは、短い髪をポニーテールにした桜色の髪が印象的な、一輝を見て硬直している可愛らしい少女だった。

 

 その台風のように現れた少女の存在に、統真は静かに目を瞑って沈黙を保ち、そして一輝はどうすればいいか分からず、そんな無難な挨拶をするしかなかった。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

「もう、弟君を連れてきたんなら連絡ぐらいくださいよ。びっくりしちゃったじゃないですか!」

「知らん。そもそも会ったのもここに連れて来たのも今さっきだ、報せる暇などないだろう」

 

 

 何とも騒がしい初邂逅から少しして。統真邸(?)の住人は件の騒ぎの元である桜の髪の少女も加えた三人となり、兄弟二人だけだった時の厳粛さは跡形も無く吹き飛んでいた。

 人が一人加わるだけでこうも場の雰囲気は変わるのかと、一輝少年が身を以て学んだ瞬間である。

 

 

「えっと……その……ごめんなさい、急に来てしまって」

「あぁいえいえ!一輝様が謝ることなんてありませんよ。悪いのはこのムッツリしているお兄さんの方なんですからね!」

「強いてどちらが悪いかと言われればそうであるのは否定せんが、そもそもそういう区別をする事柄なのか」

「何言ってるんですか!例え教えられたのが玄関先だったとしても、この離れに若様のお客、それも初対面の一輝様がいらっしゃっていると知っていたら回れ右してもっと色々買ってきましたよ!むしろ今夜はご馳走だと夕食の食材を買い揃えてましたよ!」

「あ、あの、お気遣い無く……」

 

 

 あの統真を相手にずけずけと言いたいことを言ってのける少女に内心驚嘆しつつ、親に見放されていようと学んだ礼儀正しさを失ってはいない一輝は、律儀にそう断りを入れる。

 

 

「とんでもない!私やご当主様の遣いの人以外がここに来るなんて初めてなんですから、これを歓迎せずしてどうしますか!

 ささ、一輝様はお気になさらず思いっきりお寛ぎください!それはもう踏ん反り返るくらいに威張って!」

「は、はあ……」

 

 

 何故主である統真より偉そうなのだろうか、この少女。家主にそういう言われたからとしてもそうそう他人の家で威張れるものではないというのに、突然乱入してきた第三者の勧めでできる訳ないだろうに。

 

 

「いやぁ、しかし可愛い!可愛いですね一輝様は!私もそこまで関わりがある訳ではありませんが王馬様はなんていうか、険があるのでちょっと合わないんですよね。

 それに比べて一輝様のこの初心な反応!あぁもう、お持ち帰りしたいですよ!」

「お、お持ち帰り……?」

「いい加減落ち着かんか阿呆」

「あいたぁっ!?」

 

 

 一人でどんどんヒートアップしていく少女の頭を(はた)いて暴走を止めた統真は、いよいよ放っては置けないと判断したのか自ら状況の打開に動いた。

 

 

「これは先程も言及した件の世話役だ。名を――――」

「いつつ……おっと、私としたことが自己紹介もせずに、大変失礼を致しました。

 日下部 桜(くさかべ さくら)と申します。紹介された通り、若様こと統真様のお世話役を務めさせて頂いている身です。

 今後ともよろしくお願いしますね、一輝様」

「は、はい。改めて、黒鉄 一輝です。よろしくお願いします……」

 

 

 ハチャメチャかと思いきや、自己紹介に当たってはしっかりとした振る舞いで、それこそある種の気品すら感じさせる姿に、思わず一輝も緩みかけた背筋をまた伸ばしてしまう。

 

 日下部 桜――その外見通りとしか言いようのない名前の少女こそ、この黒鉄家において統真の世話役を務め、その姿勢と存在感ゆえに誰も必要以上に近づかない黒鉄家長男の近くに身を置く、ただ一人の人物だった。

 その底抜けているとも言って良い明るい性格で、何故この統真の世話役が務まるのか。いや、あるいはそんな人物だからこそ務まっているのか。

 

 ――そんな彼女に対して、一輝はというと。

 黒鉄家での扱い故に、妹を除けば家族はおろか使用人にすら見下されてきた一輝にとって、憧れの兄に続いて彼の世話役である彼女からも、こんな好意的な――好意的過ぎて対応にも困るが――応対をしてもらえるとは思わず、すっかり恐縮してしまう。

 

 いや、恐縮というか――この、何とも朗らかで人懐っこい少女を前にすると、こそばゆいというか、面映いというか……

 

 そんな一輝が、これまで縁遠かったその感覚にどうしていいか分からず戸惑っていると、目敏く――一輝が分かり易かったというのもあるが――それを察した桜が食い付く。

 

 

「あれ、もしかして緊張してますか?そんな必要ありませんよ!どうぞ私のことは、お隣のお姉さん的な存在として頼ってください!あの若様が自らこの家に人を招き入れたのですから、これはもう記念日とするべき出来事なんですからおべっ!」

「この通り如何せん躁病の気があるが、根はしっかりしている。言動の煩わしさに目を瞑れば優秀だ」

「あ、あはは……」

 

 

 またも騒がしくなり始めた桜の頭を再び叩き強制停止させる統真。しかも今回は少し力を加えたらしく、桜は座布団の上で転がりながら悶絶している。

 さしもの一輝も、そんな目の前の状況に乾いた笑みを搾り出すしかなかった。

 

 誰が想像できよう。あの厳格で超人的な兄が、かしましい世話役の少女と漫談染みた遣り取りをしているのだ。一輝の中の統真像が壊れなかっただけマシだろう。

 ……もっとも、『そんな下らない物はとっとと壊してしまえ』と言いかねないのがその兄なのではあるが。

 

 

「もう、痛いじゃないですか!統真様、今力入れましたよね!? 割と本気で叩きましたよね!」

「騒ぎ立てるお前が悪い」

「じゃあ統真様が普段から人付き合いをちゃんとしてくださいよ!黒鉄家に来て早六年、私が統真様の世話役になって早三年!まともな人付き合いなんてしてるところ見たことがありませんよ!あるのは挑んでくる(王馬様)を容赦なく返り討ちにするバイオレンスな兄弟の触れ合いだけじゃないですか!」

「愚劣な思想しか抱かん戯けどもに(かかずら)う理由がどこにある。それにあれ(王馬)は挑んできたものに応じているだけだ。加減などすればそれこそ礼を失する」

 

 

 世話役()の苦言もなんのその、統真は話題に上がった者達ごとバッサリと斬り捨てる。

 

 

「うーわー、これですよこれ!そりゃあ私だってあんな人達(・・・・・)と心底仲良くやれなんて言いませんよ?でも周りに怖がられ過ぎて道行けばモーセ現象が起こるなんて悲惨すぎでしょう!」

「知らん。不服があるなら正面から言えば良い。俺はそうしている、ならば相手にもできるはずだ。ましてや本当に海を割れだの空から降る隕石を受け止めろと言っているのではないのだぞ」

「いや、確か前に海割りましたよね実際に」

「え゛」

「あの程度、鍛えれば誰にでもできる」

「いや、そうそういないですから、そんな人」

「お前達の鍛錬が足りんだけだ」

「貴方がし過ぎなんです!」

 

 

 桜の怒涛の苦言は続くが、統真もまた変わらず泰然としている。静かに桜が淹れた茶を飲んでいるくらいだ。

 そんな、とても主従のそれとは思えない明け透けな遣り取りに、それを今日初めて見せられた一輝はと言うと、完全に蚊帳の外で固まっている。

 ……というか、途中で何か不穏な発言が無かっただろうか。

 

 そう一輝が呆れていると、唐突に話の矛先が一輝にまで向けられる。

 勿論、桜によって。

 

 

「いいですか一輝様、こぉんな鉄面皮のムッツリになっちゃ駄目ですよ?男はちゃんと女性を丁寧に扱えないと駄目です!言論の自由を抑圧して人の頭をポカスカ叩くなんて論外あだぁっ!?」

「子供に何を吹き込んでいる」

「人として、男としての必須の事柄です!統真さんに一から十なんて任せたら、また一人無愛想ムッツリ努力厨が出来上がっちゃうじゃないですか!こんな可愛い子がそんな風になるなんて世界の大いなる損失です!」

「お前は何を言っている」

 

 

 混沌――という表現がこの状況には当て嵌まるだろう。表情自体は変わっていないがどこか呆れているような様子で従者()を抑える(統真)と、そんな誰からも恐れられている(統真)を相手に平然と突っかかる従者()。礼節もへったくれもあったものではない有様だった。

 

 ……だが、しかし――――

 

 

「……クスッ」

「む」

「お?」

 

 

 そんな、あまりにも平穏で日常的な様子に――――

 

 

「ご、ごめんなさ……プッ……アハッ……アハハ……!」

「……フン」

「……フフッ」

「アハハハ!」

「あーん、もう本当に可愛いですね一輝様は!」

「うわっぷ!? さ、桜さん!?」

「うーんこの抱き心地も何とも。遠目で見た妹君の珠雫様も小さくて柔らかそうでしたけど、一輝様もいい塩梅ですね。抱き枕にしたいくらいです。というかください」

「やらん。お前に渡そうものなら駄目になるのが目に見える」

 

 

 『日常の温もり』を知らずに育った黒鉄 一輝は――――

 

 

「うっわ。聞きましたか一輝様、この無愛想発言!ここは普通『俺の弟に手を出すな』くらいは言ってのけるべきでしょう!そんなんだとすぐに愛想尽かされますよ?」

「どうにもお前の発言には意味深なものを感じるのだが、そろそろ黙らせるか」

「きゃーおかされるー!一輝様助けてください今日はもう一人で寝れないから一緒に寝ましょう!」

「あ、あの、桜さん、はなして……」

「……ふぅ」

「に、兄さん、たすけて……」

「最初の修行だ。自力で何とかしてみせろ」

「えぇっ!?」

「ぐへへへ……さぁイッキさまー、せっかくですし先ずはお風呂にでも入りましょうかぁ。人間、距離を縮めるには裸の付き合いが一番です!お姉さんが隅から隅まで洗ってあげますからね~!

 統真様なんて、私が勇気出してバスタオル一丁で突入したら問答無用で桶叩きつけて放り出したんですから!おかげで風邪引いたんですよあの時は!」

「知るか」

「さあ行きましょう!お風呂はもうスタンバッてます!」

「だ、だれか、たすけてぇ~~~~っ!」

 

 

 ただ、流されるしかなかった。

 

 

 その胸中が、果たしてその叫び声のように、悲痛なものであったかどうかは、

 

 語るまでもないだろう。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 ――時は過ぎて、既に日が沈んで久しい、月明かりに照らされた真夜中。

 その月明かりの下に、黒鉄 統真はいた。

 

 彼がいるのは、先程までと変わらない彼の住まいである黒鉄家の離れであり、その縁側である。先程、一輝と桜を交えた乱痴気騒ぎの時までは身に纏っていた道場着も、彼の背丈に合うよう仕立てられた黒の着物に変わっている。統真の普段着の一つだった。

 

 あれから結局――桜という存在の加わりにより生じた混沌とした流れに抗い切れず、一輝は桜と仲良く風呂に入らされた。しかし幼いとはいえその辺りの情操概念は最低限あったらしく、性格は別として女性としては非常に整っている桜の肌を見せつけられた為に、見事に逆上(のぼ)せてしまうという始末。元凶である桜には、かつてと同様に桶による仕置きを下しておいた。

 その後、何とか回復した一輝と、一輝が回復する間、家にあるだけの食材を注ぎ込んで出来る限り豪勢な料理を作り上げた桜を交えた夕食を取り、一輝をひたすらに可愛がる桜が普段より一時間以上統真宅(?)に長居してから、黒鉄家の近くにある自宅へと帰っていった。

 最後まで、泊り込んで一輝を抱き枕にして寝るとか愛でるとか言っていたが、統真の容赦ない拳骨で轟沈し、玄関から放り出されたことで決着となった。

 

 その後、一輝はこの統真の離れでそのまま寝泊りすると言うことになり、まだ幼く就寝時間が早いことに加え、これまでにないご馳走を食べさせられた――誤字ではない。本当に桜に食べさせられまくった。具体的には「アーン」で――ことや、今日一日でその身に起こった怒涛の出来事から、体を酷使した訳でもないのに泥のように眠ってしまっていた。

 

 ――そんな一連の騒動を思い返してから、ふと、思う。恐らくここまで騒がしかった日は、今日が初めだろうと。

 一輝にとってもそうだろうが、何より統真自身にとっても。

 

 

「……ふん」

 

 

 ――常に全力を尽くし、努力と鍛錬と研鑽を弛まず続けること。

 それが、黒鉄 統真という人間の定めた、己の在り方である。それは、今更に振り返るまでもなく彼という存在そのものに刻印されている。その在り方はこれからも変わらないし、変えさせはしない(・・・・・・・・)

 それに(じゅん)じていけば、自ずとそれ以外の事柄――それこそ、今日の出来事などに(かかずら)っている暇などなくなる。努力に、人の可能性に限界など無いのだから、どれ程に時間を設けても、どれ程に鍛錬を増やそうと全く足りない(・・・・・・)

 

 

 しかし同時に――今日、己自身が一員として巻き込まれたあの日常が、決して悪いものでもなかったとも、思えた。

 

 

 元より、統真はああした日常そのものを否定している訳ではない。自ら実感は出来ないが、尊く愛おしきものだろう、守っていくべきものだろうとは思えた。例えば、生前の母が何気ない日々において常に微笑んでいたように。

 統真が忌むのは、そんな日常にただ浸って、次に進むこともその日常を守るために努力することすらも忘失していく輩なのだ。

 

 ただ、それでも――自身があの場所に相応しい人間とは、思えなかった。

 

 魔力に目覚め、伐刀者としての道を進んだ時点で、統真の人生には常に潜在的に『闘争』が付属するようになった。ある意味でそれ以前までの人生も統真自身にとっては戦いだったが、明確に誰かと対峙し競争するようになったのは、彼が伐刀者となってからだ。

 

 それに否やなど無かった――むしろ、恐ろしいまでに肌に合った。

 武器を取り、あるいは鍛えた手足を武器とし、同じ人間同士がぶつかって闘志を燃やして肉体と精神を削り、同時に更なる高みへと鍛え上げる――それはある意味で、統真の在り方に最も適した環境だった。

 健常なる精神は健常なる肉体に宿る――なれば、肉体を鍛えることは、必ずではないにせよ、より清廉で健常な精神の育みに貢献するはずだ、と。

 ……残念ながら多くの人間の精神は、いかに知性が高くともまだ幼く人世の道理を知り得ていなかった彼の思っている以上に惰弱であり、その肉体は脆弱であったのであるが。

 

 心身の鍛錬――日を増すごとに統真はより深くのめり込んでいき、程なくして、そこに世間一般で言う『日常』は無くなっていた。

 

 妥協しより強い力と権威に屈服する蒙昧達と交わることは無く。

 自らの遵ずる理想への道先にありもしない限界を作ってしまっている父や、そんな父の意図を履き違え、それに恭順する一族と迎合することは無く。

 

 ――彼は『孤独』ではない『孤高』に至ることとなった。

 

 救いがないのは、本人がそれをこれほども苦にしないこと。彼にしてみれば関わりたくなく、関わるに値しないからこそ交わらないだけであり、そこに孤独などと言うものはない。それどころか、何がしかの下心や半端な心で近づこうものなら、それこそ統真の逆鱗に触れ駆逐されることだろう。

 

 

 そんな彼の『孤高』に亀裂が入ったとすれば、それはきっと日下部 桜――あの、名前(日の下の桜)を体現したような少女の出現だろう。

 

 

 

『はじめまして、日下部 桜と申します!御爺様(・・・)と黒鉄家ご当主様から、若様――統真様のお世話役を仰せつかりました。よろしくお願いします!』

 

 

 

 統真にとって曽祖父にあたる『英雄』、その戦友である人物が、戦友の曾孫である人物の噂を聞いて心配したのか、現当主に直に申し入れて世話役として送り込んだ、彼の曾孫。

 思えばその瞬間からあの少女は、統真の『日常』の一部になろうとしていたのかも知れない。

 

 統真にとっても、日下部 桜と言う存在は、決して不快でも目障りでもなかった。お人好しに過ぎてお節介焼きなことには少々煩わされることも多々あるが、それ以上に、彼女と言う人間の人柄と、彼女もまた努力を弛まない人間である点は、統真に好感すら抱かせる――総じてプラスマイナスゼロの感は否めないが――。

 

 しかしそれでも、毎日のように統真の離れに通い詰める世話役の従者が彼の『日常』になることは無かった。

 明確な理由は無い。強いて言うなら――『想い(渇望)の方向性と強度』とでも言うべきだろうか。

 最も、強いて言えばであり、統真自身も正確なところを自覚できてはいない――こういう部分だけはこれまでの努力でも改善には至っておらず、彼が自身を『未熟者』と認識させる所以の一端となっていたりする――。

 

 そんな統真の『日常』に寄り添いつつも、その『日常』にはなれなかった少女。

 ――そこに、一つの(可能性)が差し込んだことで、その停滞は瓦解した。

 

 その結果(日常)こそ、今日の風景であるというのならば――――

 

 

「――悪くはない、か」

 

 

 そんなあるかなしかの呟きと共に、遥か天に頂く月を見上げる。

 満月とはいえない、未だ欠けた月を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな己を見つめる視線を無視して。

 




※作中にある表現『知ら示られた』は第一話の『知ら示る』と同様、『知らしめられた』と『示された』を組み合わせた造語です。実存する表現ではありません。
※一話同様、黒鉄 厳の人物描写に関する表現を変更しました。ただ統真の厳に関する人物評価は誤差範囲なので変わりは無く、現時点での彼の行動を作者なりに総評した結果、指摘された点以外の変更は不要と判断し現状維持としています。
 既読の皆様並びに新たにお読みいただいた方々にご迷惑をお掛けします。


 そういう訳でオリキャラ投入。

■日下部 桜(くさかべ さくら)
▼ヒロインと言う訳ではありません、多分(ぇ ハードな努力厨の統真兄さんだけじゃ流石に間が持たなゲフンゲフン、もとい一輝が可哀想ということで、お姉さんを投入しました。
▼再現できているかは疑問ですが、キャラモチーフはDies iraeのベアトリスと香澄を混ぜたような性格です。ワン子にワン子入れてどうすんだとも思いましたが(ヲイ)、戦士としての気構えを持つベアトリスと日常の象徴としての香澄を足した感じです。かわしまりのさん万歳。バカ娘感が似てればいいのですが;
 なお外見ですが、基本的にベアトリスですけどFateシリーズの桜セイバーも加わってます。桜色の髪とかはそこですね。しかし髪の毛が桜色で桜とか安直過ぎだろ……OTL
▼ランクBの秀才、けれど努力家。統真の目には留まるほどには努力家で誠実です。まあバカ娘要素のせいでプラマイゼロという(ヲイ バトルスタイルもベアトリスと桜セイバーの複合、スピード勝負と言う感じです。
▼統真や一輝の曽祖父、つまりサムライ・リョーマの戦友である日下部某(まだ未定)の曾孫で、その戦友さんが統真の孤立気味という話を聞き、曾孫の修行も兼ねて統真の世話役に推します。薦められた厳パパは英雄の友人と言うこともあり断れず、また統真に胃も頭も絶賛悩まされていたので内心では縋るように受けました。
 なんで意外に桜さんの印象はよかったりします。桜さんは正常な価値観の持ち主なので悪印象抱いてますが。
▼お姉さんキャラ、一輝にとっても統真にとっても。現在15歳、統真よりも二つ年上なので、一応年上ぶってます。実際人間関係方面では彼女の方が上手くやれますが。
▼本文中の内容の通り、統真と仲を深めるべく(非恋愛)バスタオル一丁で風呂場に突入したバカ(ヲイ。そして桶アタックで一発ダウンしました。ちなみにこの時、思いっきり裸を見られてたりしますが、統真だから全く関心なし。


 今のところはこういう感じです。

 さて、改めまして短編第二話をお送りしました。今回は厳パパと兄弟とオリキャラと日常の話となります。
▼父の苦悩
 厳パパの独白や過去部分は、時系列が原作以前であると同時に、統真という本来いないはずの超存在の介在ゆえに原作とは多かれ少なかれ変容していますので、最新刊までの内容で「これ違うんじゃない?」という部分はご容赦を;作者も出来るだけ早く(時間と金を作って)原作を読破できるよう頑張ります……がんばり……ます……はい……
▼努力バカ(現在)+努力バカ(将来)+バカ娘
 前回が終始シリアスだったので、今回は真ん中にオリキャラ投入と同時にコミカルな日常面を入れてみました。気に入って頂けたのなら幸いです。
▼統真の『日常』
 またも統真の内面うんちく。Diesっぽいのを目指してけど全然コレジャナイOTL
 まあ一応、もう一人の主人公である統真の内面を掘り下げるのが目的でした。

 いやー、長い一日だったナ(遠い目 計30000字、短編二話分使ってようやく一日が終了とわ;短編ってなんだっけ;

 次回がいつになるか、それともまたテンションあがって早く書けるのかは疑問ですが、ゆっくりとお待ちください。それでは。
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