あとはなんというか、やたらとチビ一輝をショタ化させてしまった感がありますね。いや、この作品はBLじゃないですよ?そういう設定のキャラはともかく。
今回の話は複数話に分けて展開されます。それではどうぞ
凡そ人がその内に描く事柄において、真に同じと言えるものは一つたりとも存在し得ない。
例えば、どれ程に愛し合う者達であろうと互いが互いに向ける愛はその形も度合いも、どれ程に互いに通じ合っていても少なからずの差異がある。
例え生まれを同じくし生涯の苦楽を共にした双子だろうと、その内に抱く思いには違いがある。
それは何ら特殊なことではない。至極当然で当たり前の事柄。人と人が違うのは当然のこと。
しかし例えば――ある人間が、その人間の尊敬する者の思想や意思・在り方を自らのものにしようとすれば、『その者』自身になろうとすれば、どうなるだろう。
答えは簡単、
そう、人は誰しもが『誰か』になどなれはしない。人はみな等しく『己』になるしかないのだ。どれ程に真似て似通わせたところで、それは『他人に似せた己』でしかない。
ここで、ある兄弟の話を例に挙げよう。そう、諸君には今や既知たる、この前日譚の主役である彼らだ。
――生まれ持つ
――誇るべき血筋の家において無能の烙印を押され、そんな奈落から光を渇望してもがく、
彼らはいずれもが努力を為している。しかし、果たしてその努力は『同じ』ものか?
答えは否。言うまでもない。
――生まれながらに強大であるが故に明確に目標とすべきものはなく、しかしそれでも『己が定めた己』を目指して日々邁進する兄。
――力劣り才持たざるが故にそんな兄に焦がれ、その背中を追い駆け、『兄のようになれる己』を渇求する弟。
その境遇も、渇望もあまりに違う。歩んでいく道程が重なることはあれども、二人が見るモノは天地に等しい差を持つのだから。
遍く人がそれぞれの『己』にしかなれないように、彼の兄と弟も、各々が『
それに気づけず、誤った
――さあ、
† † †
――何もできないお前は、何もするな。
――今でも、嫌なほど鮮明に思い出せてしまう。
黒鉄 一輝が五歳の誕生日を迎えたあの日、父である黒鉄 厳が彼に言い放った言葉。愛情はもとより嫌悪も侮蔑も、凡そ感情らしい感情が込められていない、だからこそ余計に冷たく、幼い一輝の心を穿った一言。
理由は単純。彼の血を引き黒鉄本家の家に名を連ねている筈の一輝には、あろうことか伐刀者として最低限の才能しか存在しなかったから。
単純魔力量にしてF――それは、例えそれ以外の評価項目を鑑みても凡そ絶望的と言っていい、落伍の烙印。彼がいっそ魔力を生まれ持たなかった全くの凡夫であったならば「伐刀者たる運命に無かった」と度外視も出来たが、どんな運命であれ『Fランク相当』の運命を背負ってしまっている一輝には、否応無くその評価が与えられるようになった。
そんな、例え『最低の運命』であろうと受け入れ、その上で努力し乗り越えようとした幼い彼を待ち受けていたのが、父のあの言葉であり、その瞬間から始まった冷遇の日々だった。
余計なことをしない限りは干渉されないが、同時に顧みても貰えない、『いない者』としての扱い。暴力による虐待がよかったなどとは思わないが、存在そのものを否定されるかのような扱いでもまだマシと思えるほど、一輝は世の中に対して肯定的にはなれなかった。
黒鉄 一輝は、どこにでもいる人並みの優しさを持つ子供だが、同時に人並みの苦しみも悲しみも悔しさも感じられる普通の人間なのだ。
それでも耐えられたのは、そんな一輝の境遇など知る由のない、知らせることなどできよう筈もない無垢な妹・珠雫が無邪気に自分を慕ってくれていたことと、一輝に一輝なりの意地があったからなのかも知れない。
諦めてしまおう――そういう気持ちが無かった訳ではない。いや事実、一度は折れた。
元日、黒鉄の者達が本家に集い催す祝いの場。しかしそこに零能たる者の席などあろうはずも無く、一輝はご丁寧にも外から鍵を掛けられるようにした部屋に閉じ込められた。
使用人に、今日一日はこの部屋から出ないようにとの父親の言いつけを聞かされ、いよいよ軋みを上げていた一輝の心は折れた。
――もういい、ここからいなくなってしまおう。
それでもと踏ん張っていた意地も、妹から向けられていた親愛の情も、最早その挫折を押し止めるには及べなかった。
情けない、惰弱だ――そう口で詰るのは簡単だが、超人でも何でもない、最低限の魔力以外は正しく凡庸な子供である一輝に、それでもなお己を貫くことを求めるのは傲慢であり、無知である。
信ずるべきところを持たない、ましてや殆どの子供にとって本来は最も信頼でき信用するべき『親』こそが彼をこの奈落へ叩き墜した張本人なのだから、希望など持てようはずが無い。親や家を、世界の総てを憎むようにならなかっただけ、彼は十二分に清い精神の持ち主と讃えるべきだろう――あるいは、もうそんなことを考える気概もないのか。
そうして、黒鉄 一輝は黒鉄の家から離れた。
季節は真冬、雪の降る寒空の裏山を彷徨い歩く一輝だが、その胸中に目指す先などありはしなかった。むしろ、このまま冬空の中を彷徨い続けて死んでしまおうかとも、白痴がかった漠然とした思考で考えたほどである。
――そんな彼の意識が『それ』を見出したのは、純然たる偶然か、それとも彼の『最低の運命』が引き寄せた必然か、はたまたどこぞの皮肉な神仏の意図した悪戯か。
先ず捉えたのは、何かが鋭く風を斬る音と、それに合わせて放たれる気合。落伍者であろうと伐刀者の家に生れた一輝にとって、それはすぐ見当をつけられる程には聞きなれた音だった。
――武器、それも恐らく剣か刀を振るう音。つまり、一輝のいるその場所の近くで誰かが素振りか何かをしているということだろう。この、雪が降り積もっている状況下で。
その音を辿って音源を一輝が探し始めたのは気紛れ、という言葉が最も適しているだろう。もしくは、どうせ死ぬのなら最後に剣の練習姿でも見納めようか、という自虐的な想いだったのかも知れない。
いずれにせよ、風斬り音も気合の声もそれなりによく聞こえるのだから距離はそう遠くないはずで――もちろん当時の半ば朦朧とした意識の一輝にそれを推測する思考はほとんど無かったのだが――、ともすれば一輝は、生者の音に引き寄せられる亡者か光に誘われた蛾のように、フラフラとその場所を目指して歩き出した。
歩いて行けば行く程、音は大きくなり、更に距離が縮まったことで、竹刀の振るわれる音もそれを為す誰かの気迫も、とても鋭く澄んでいると感じられた。それこそ、朦朧としていた一輝に、曲がりなりにも
そうして音を辿り行き着いたのは、一輝の記憶の中にも朧気に残っている場所。まだ今のような境遇になる以前、偶に裏山を散策している時に見つけた空き地だった。使われているところを見たことは無いが、恐らくこの裏山での鍛錬などに使われていたのだろう。
あの時はこんな風になるなんて想像していなかったな――そんな回想をしてしまい辛さがぶり返す一輝だが、『それ』を目にしたことでそうした有象無象の事象は、忘却の彼方へと消失した。
――それは、黒鉄 一輝が見た一つの『完全』だった。
そこにいたのは一人の少年。一輝の倍はあるであろう外見の、しかしその歳には相応しからぬ厳かな顔と全身から滲ませている気迫を見出させる男子だった。
今から思えばその顔は一輝や王馬、そして二人の父である厳に通じる風貌だったが、少なくともその時点の一輝に、
一輝の想像通り、その少年がその無人の空き地の一角でただ一人、この雪降る寒空の下にて、機能性を重視して基本的な防寒性しか期待できそうに無いトレーニング向きの衣服で素振りをしていた。
いや、それだけなら「熱心な人もいるなあ」と感心するくらいだったろう。あるいは彼も伐刀者か何かと勘繰り、ああやって何かに打ち込めていることを羨んだりはしたかも知れない。
しかし、『それ』を前にそんな雑多な思考は浮かび得なかった。
――改めて、黒鉄 一輝は『それ』に、彼の人生で初めてと言っていい『完全』を見た。
少なくとも、彼にとってはそうだった。
ただの素振り。恐らく当人にとってはそうだろう。一振り一振りは何ら代わり映えの無い単調で単純なもの、出来て当たり前以前の基本動作でしかないかも知れない。
しかしそこには、恐ろしいを超えて
両手で竹刀の柄を握り締め、振り上げ、気合と共に振り下ろす――その一見単純な三拍子が、完全な調和を成していた。僅かな体の反応、力の入れ具合、踏ん張る足の動作、吸い込み、裂帛の気合と共に吐き出す呼吸。
大仰かも知れない。素人に毛が生えた程度の一輝だからそう見えただけかも知れない。しかしそれでも、それは一輝の知る何よりも凄まじく、美しく、そして気高かった。
少なくとも、絶望に打ちひしがれていたはずの彼が、その内に抱いていた負の感情を『有象無象の瑣事』に貶めてしまえるくらいに。
頭で考える理性ではなく、心の感じる本能が、そう感じていた。
それらの感情が否応無く払拭された後、呆然とその素振りをしばらく見ていた少年の胸中に新たに浮かんだのは――『羨望』と『憧憬』だった。
それはとても単純な、子供以前に人間なら誰もが一度は抱く感情――『自分もああなりたい』という渇望。あの日までは純粋に尊敬していた父や神童たる次兄の王馬にすら抱けなかったモノ。
その次に心に湧き上がったのは興奮と、憧れの
生気すら失いかけていた双眸には爛々とした輝きが灯され呼吸は荒くなり、手足の震えは寒気によるものではなくなっていた。寒さで悴む手は身を隠すために抱いている木肌が食い込み鈍い痛みが走るが、それすらも頭の片隅でのこと――一輝の総ては、少年の挙動にのみ集約していた。
そして――――
『――おい』
素振りを止め、突然一輝がいる方向を向いて声を掛けてきた少年。
その声掛けに、盗み見ていた一輝が心臓を鷲掴みされたような感覚になったのは止むを得ないことだったろう。一輝は一輝で相手は素振りに夢中でこちらには気づいていないとばかり思っていたのだから。
だから――睨んでいる訳ではないが元より目力の強い彼が一輝を真っ直ぐ見据えただけで、まるで大罪を咎められたような気分になり、思わず全力でその場から逃げ去ってしまったのも、止むを得ないことだった。
無我夢中――気づいた時には、父や一族に認めてもらおうと、人知れず独学で稽古や鍛錬を試みた時でさえ出せなかった全力疾走で裏山を駆け降り、抜け出した道筋を遡るように先程まで己が軟禁されていた部屋へと逃げ込んでいた。
そして、途中で焦るあまり泥水を力一杯に踏んでしまったことで飛び跳ねた泥を落とすことも、転んで所々を擦り剥いた傷を消毒するなり手当てするなりすることも忘れ、そのまま自室のベッドで布団を被り縮まり込んだ。
恐怖――というよりは羞恥による行動だった。あの、自分を真っ直ぐ見据える目が、彼を盗み見ていた行為をしっかりと収めていたと思うと、言葉では言い表せない恥ずかしさと後ろめたさが湧き上がる。
そして、少し時間が経ちある程度に気持ちが落ち着くと――また感情は昂った。
先程までが羞恥によるものであるならば、今度は興奮と感動によって。
あの素振りの動作を思い出す。素人目でも、理屈としてではなく感覚として理解させられる一挙一動の完璧さ。ただ
夢想せずにはいられなかった。どうすればあんな風になれるのだろう、一体どれ程の鍛錬をこなしたのだろう――そんなことをやってのける彼は、どんな人物なのだろう、と。
そこで初めて、相手が誰か聞きもせず一目散に逃げ出した己の行いを後悔し――そうして、数時間に渡って悶々としてようやく、他ならないこの家で彼を見ていたことを思い出した。
彼を見つけるのは実に簡単だった。淡い期待を抱いて黒鉄家の敷地にある武術道場を覗いてみれば、そこに彼はいたのだから。
彼の名前は黒鉄 統真。一輝達とは生れた母親を別とする七歳上の兄であり、伐刀者史上前代未聞のAランクオーバーの魔力を持つ、一輝とは何もかもが対極にある真の強者。神童・王馬すらも『ただの天才』に貶めてしまった正真正銘の天才。
それでいて、父を始めとする黒鉄の大人達と真っ向から意を違え、我が道をひたすらに邁進する孤高の異端者。
子供の一輝ですらほんの少し探れば分かってしまえた、そんな何もかもが自分とあまりに違う彼の風評。しかしそれを知っても、一輝の中にあった羨望が嫉妬に塗り替えられることはなく、むしろその度合いは強まっていった。
その日から、一輝の統真を追いかける日々が始まった。
と言っても、別段ストーカーみたいにいつも付き纏ったりした訳ではない。兄が道場に現れた日は、その挙動を脇目も振らずに観察していたのである。
あの時のようなただの素振りであろうが、誰かとの稽古や試合であろうが、その全てが一輝にとっては掛け替えの無いものだった。
それ以外の時間や統真がいない時は、自分に出来うる限りの自己鍛錬を行った。記憶に焼きついて離れないあの素振りを可能な限り真似しようとし、当時の彼にでき得る限り幼い体を酷使して体力や筋力を作ることに努めた――いつか自分も、あの兄のような剣を振るえるようになりたいという
――最も、そんな一輝でも
『ならば俺が教えよう』
他ならないその兄自身に早くも見出され
『これはお前の努力の結果だ。讃えるなら己を讃えろ。己の努力を、諦めずに努力し続けた己を讃えろ』
己の総てを肯定してもらえるなどとは、想像だにしていなかった訳だが。
――あの裏山での一方的(?)な邂逅から三ヶ月。その間の一輝の観察を余さず察知していた統真の自室への強行突入という衝撃の再会を経て、あらゆる意味で真逆な兄弟の
――なお、その日の夜、
『あぁ、そういえば気にはなっていたのだが――あの後、風邪は引かなかったか。随分と薄着で長く外にいたようだが』
そんな気遣いをされてしまい、顔を真っ赤にした弟がいたとかいなかったとか。
その赤面が、過去の行いを気遣われたことへの恥ずかしさによるものか、心配してもらえたことへの嬉しさによるものかは、定かではないが。
† † †
「……あうぅ………」
――そうした日の翌日。統真の住まいとなる離れの一室にて目を覚ました一輝は、夢という形でこれでもかというくらい見せつけられた回想に、朝っぱらから赤面し羞恥に悶える羽目になった。
それを何とか治め、部屋から出る支度をするのに五分の時間を掛けて、ようやく黒鉄 一輝は部屋の襖を開けた。
すると――――
「――あれ、一輝様もう目が覚めたんですか? てっきりあと一・二時間は寝てらっしゃるかと思ったら」
「……さくら、さん?」
そんな一輝を、桜色の髪の少女が真っ先に出迎える。顔も洗っていないのでまだ思考が寝ぼけている一輝は、一瞬その存在に戸惑い、そしてすぐに彼女のことを思い出した。
昨日から一輝の師となった兄・統真の世話役である従者、日下部 桜――一見して、とてもではないがあの厳格な兄の世話役が務まっているとは思えない、しかし実際には見事にそれをこなしていた少女。
そんな彼女が、昨日とはまた違う衣服の上にエプロンを着けて、ちょうど何かで濡らしていたらしい手を手拭で拭いていた。状況からして、朝食の支度でもしているのだろう。
「えっと……おはようございます?」
頭では理解できたものの戸惑いが抜けきれず、疑問系で挨拶してしまう一輝だが、それを桜は、その名の通りの明朗な笑顔で応えた。
「はい、おはようございます。でも大丈夫ですか? 無理して起きたりしてません?」
「……えっと……すみません、今って、何時でしたっけ」
思えば自身が起きた時間も確認せずにいたことを思い出し、今の時計を見ようとするが、それと同時に桜が答える。
「今ちょうど6時ですね。あ、もちろん朝のですよ?
辛かったらもう少し寝ていただいても構いませんけど。統真様は今ジョギングに出かけてますし」
「……うぅ」
「え? 一輝様、大丈夫ですか!? どうしたんですか、そんな風にしょげて!」
「い、いえ、大丈夫です。なんでもないです……」
黒鉄 一輝、まさかの弟子入り初日からの寝坊。いや、厳密には何時に起きろと打ち合わせをした訳ではないので、寝坊も何も無いのだが。
しかし一輝としては兄と同じ時間に起きて訓練を共にしたかったので、この失態は少なからず彼の心にダメージを負わせた。
すると、その様子を見ていた桜は、一輝の心境を的確に見抜いてきた。
「ああ、統真様と一緒に朝の訓練がしたかったんですね? でも、それはまだ無理じゃないかと。統真様が起きるのは朝の4時ですし」
「……え?」
その発言に一輝は固まってしまう。今でもまだ眠気があるのに、あと二時間は早起きをするのは、いくらそうしたくとも6歳児である一輝にはキツすぎる。
そもそも今のように起きるのもギリギリなのだ。一輝も少し前までは歳相応の起床時間だったが、今の境遇に落とされそこで統真という目標を見出してからは、彼に少しでも近づくべく遅寝早起きで鍛錬の時間を作っている――それも限界があるので毎日とはいかないが――。
ちなみに、統真も年齢は歴とした13歳で、午前の4時に起きる同世代の人間は先ずいない。しかも就寝するのは深夜0時を越すのが基本であり、「何で生きてられるんだ」と思わずにはいられない極限の睡眠時間で毎日を平然と過ごしていたりする。もちろん年単位である。
「もうそろそろ帰ってこられますから、顔を洗って来たらどうですか?」
「……そうします」
想像以上の統真の壮絶な生活ぶりに今更ながらも驚愕しつつ、とぼとぼと一輝は洗面所の方へ向かっていった。
「……う~ん、予想はしていましたけど、流石に問題ですね……」
そんな黒鉄 一輝の後姿を見送ってから、日下部 桜は困ったと言う心境で独り言を零した。
彼女が問題としているのは、現在の一輝のライフサイクル。特に睡眠時間と体調管理だ。
一概とは言えないが、彼のような年代の子供なら10時間から13時間は取るのが目安となる。一般的に言えば、幼稚園などへの通園を鑑みても8時には寝かせて朝の7時に起きるのが理想的だ。伐刀者の子供だからとて、余程極端な環境でもない限りそこから大きく外れることは無い。
しかし一輝の場合、昨日は色々な出来事の為に疲れて早く寝たのが夜の11時、そして起きたのが今ちょうどの6時。それも、普段は12時を過ぎている可能性もある――その辺りはちゃんと本人から聞きだすつもりだが――。
彼の境遇は桜も知っている。そして、そんな中でも統真という存在を目標に奮起していることも。
それ自体は素晴らしい。負けん気の強い桜でも、果たして彼と同じ境遇で同じ選択をできるかは自信がない――「できない」と言わない辺りが桜の気骨を表していたりする――。
そうした点からしても、一輝の覚悟は並大抵のそれではなく、賞賛以上の尊敬にも値するだろう。
しかし同時に、あんな歳の子供が持っていいものではない。
そんな人間は、ほぼ確実に己の心身を顧みずに無茶をする。無茶でもしなければ強くなれないという気持ちだろうし、そうではないとは言えないが、しかし
身の丈に合わない無理な過酷な鍛錬、削られる就寝時間――それらを苦も無くこなす
桜は彼に仕える人間として彼の心を人間と見做しているが、肉体まで普通の人間扱いするほどお目出度くは無い。それはそれ、これはこれだ。
過酷な鍛錬をこなすのなら下地は必要だ。そして今の一輝は、その下地たる心身を正しく形作る段階にある。だというのに下地そのものを削っては話にならない。
……もっとも、当人がそれを安穏と受け入れられないのが、黒鉄 一輝の境遇であり心境なのだろうが。
「本当、碌でもない大人達ですね。ご当主様もご当主様ですよ、全く」
あんな健気な子供を、やれランクだ家の名誉だ格式だと、そんな上辺だけで追い込んだ愚劣な一族の大人達。そしてその引き金となり、そんな現状を放置している彼の実父。
今度あの、『鉄面皮のムッツリ無愛想な顔』は長男である彼女の主と遺伝であると断言できる黒鉄家当主に、思いっきり皮肉と文句を言ってやろう――そう心に決める桜だった。
まあ、直後には
……しかしまあ、とりあえず彼女のすべきことは――――
「おっと、火加減を見ないと」
――起きたばかりの主の可愛い弟と、もうすぐ帰ってくるであろう主の朝食を整えるべく、目下の
――なお。
「……そういえば桜さん、兄さんって朝はどんな鍛錬をしてるんですか?」
「ああ、ランニングですよ。50キロを全力完走の」
「…………え?」
「しかも魔力は使用するどころか、全身にその魔力で負荷を掛けた超重圧状態で、です。イカレてるでしょう?」
「……………………」
……改めて思い知らされる自分と兄の絶望的と言える距離に、図らずも一輝がより自己鍛錬の意志を固めてしまったのは、また別の話である。
† † †
「えー、それでは今日から一輝
企画・考案・進行は不肖
「教練の……計画……?」
「……………………」
あの後、統真が桜の言葉通りに帰宅し、三人で朝食を摂った後。統真宅の居間では、統真・一輝・桜の三人が集まり、小さな会議を開いていた。というか桜が勝手に開いているのだが。
なお、桜が一輝を『一輝様』ではなく『一輝さん』と呼ぶのは、一輝がそう呼ばれることに抵抗を感じたためであり、桜もそんな一輝の気持ちを汲んで今の呼び方に変えたからだった――閑話休題。
統真と一輝はそれぞれ正座して、二人の前で仁王立ちしている桜を見上げ、そして桜は今までの彼女とは少し違うキリッとした雰囲気で立っている。
理由は、彼女が口にした言葉通りのものだった。
「統真様が一輝さんに剣を教える、このことに全く異論はありません。
しかし! 一輝さんの肉体鍛錬・生活管理に関しては、しばらくは私が請け負わせていただきたいと思います」
「……えっと……なんで、ですか?」
唐突な桜の提案に、一輝が律儀にもおずおずと手を上げて質問をする。一輝としては全て統真の指示に従うつもりだったので、この急な横槍には疑問を抱かずにいられなかったのである。
それを見越していた桜は、落ち着いた様子で諭すように一輝に答える。
「理由は簡単、今の一輝さんでは統真さんの鍛錬に耐えられないからです。
統真様、とりあえず一輝さんに何させるつもりか言ってみてください」
「限界まで体を酷使させて体力と地力を作る、とりあえずはその繰り返しだ」
「はいアウトォッ!! 馬鹿ですか貴方は! そんなのはドMも真っ青な超級鍛錬をこれでもかとこなす統真様だから出来るんです! 満五歳児に何をさせるつもりですかこの鬼畜!!」
「何故だ、俺はやっていたぞ。ならばできる筈だ」
「肉体性能が人外なアンタが比較対象になんぞなるかぁっ!
百歩譲って! 百歩譲って統真様のご年齢でなら良いとしましょう! その半分にも満たないこんな子供に身体を限界酷使させて良い訳はないでしょう!」
「やってみねば分からんだろう」
「やったら身体壊すって言ってるんですこのスットコドッコイ!」
「あ、あの……」
案の定な返答に桜は憤慨、それでもなおしれっと根性論を口にする統真という対立図式に、縮こまっていた一輝がまたも律儀に手を上げて口を挟んだ。
「だめ……なんですか……?」
「うっ……!?」
すっかり兄に鍛えてもらえると思っていただけに、桜を見上げる一輝の目は不安と気落ちで潤み、彼女も知る彼の境遇ゆえに完全に傷ついた小動物に思えてしまう。しかも一輝の容姿は、まだ五歳と幼いことに加えて彼自身が中性的であることもあり、下手をしたら女の子にも見えかねない。
何が言いたいかというと、桜の庇護欲と母性と罪悪感とその他諸々の欲望(!?)をビシビシ刺激しているということ。
これが全くの素なのだから、黒鉄 一輝、恐ろしい子。
――冗談はさておき。
あわやその愛らしさに屈服しかけた桜だが、抱きついて思いっきり頬ずりしたくなる衝動を抑え、何とか耐え凌ぐ。
「……ふう……なんて末恐ろしい。将来、数多の女性を無自覚に篭絡する様が見えるようです……これはいよいよ教育をしっかりせねば……!」
「あの……桜さん?」
「ああ、何でもありませんよ。ええ、ショタの魔性にお姉さんは堕ちかけてなんかいません!」
「戯言を言っている暇があれば早く進めろ」
耐え凌いだもののダメージはあったらしく言動が不安定な桜だが、統真は容赦なく斬り捨てて進行を促した。
「おっと、そうでした。
えっと、それでですね、駄目という訳ではないんです。でも最初に言ったように、単純に
「身体づくり、ですか? 昨日も聞かれたとおり、ぼくも自分なりにやっていますけど……」
昨日聞かれたというのは、あの桜による風呂場への強制連行のことであり、普通の子供とは筋肉の付き方が違っていた一輝の身体を目敏く見抜いた桜に、一輝が顔を真っ赤にしつつも答えた、というあらましだった。
「ええ、そうですね。少なくとも同世代の平均からしたらかなり鍛えられてはいます。
でもそういう意味じゃありません。というより、今の一輝さんがそんな風に鍛え続けたら逆に成長の妨げになってしまいます」
「え?」
思わぬ駄目出しに一輝は目を丸くする。当然だ、今までの彼の行いが否定されたようなものなのだから、驚くなという方が無理である。
「一輝さんはきっと一輝さんなりに頑張っていたとは思います。何よりその心掛けは本当に立派ですし凄いです。でも、それとこれとは別です。
同じ子供の私が言うのもなんですが、子供は成長期の真っ盛りです。特に一輝さんのような年代は、正に肉体の基礎とでも言うべきものが仕上がっていく頃合で、そういう時期に無茶なトレーニングをすると骨や筋肉に負担が生じて成長を妨げかねないんです。
ここまではいいですか?」
桜の丁寧な説明に一輝はコクコクと頷き、統真も真剣な桜の講義に口を出す気は無いらしく、真面目に傾聴していた。
「そんな一輝さんに、身体を限界まで酷使していくなんてしたら、最悪伸びる前に壊れてしまいます。
統真様、そこら辺の加減、分かります? あ、『やってみせる』は無しで」
「分からんな」
「でしょうね。だから『今』はまだ駄目なんです。
何事も全力投球とは言っても、それは『全力を放てる身体』が出来上がっていればの話。そうでない人間、ましてや一輝さんのような小さな子供がやれば確実に悪影響を起こします」
「はあ……」
頷きはするが、子供である一輝がただ言われただけで分かるはずも無く、返事は戸惑い気味な曖昧なもの。
しかし桜もそんなことは承知の上であり、更に言葉を続ける。
「もちろん、あくまで『身体の下地ができるまで』です。それに肉体を酷使する鍛錬以外、今の段階でできる剣や理論などは統真さんに教わっても構いません。複雑ですが、その程度には身体ができているのも事実ですしね」
その言葉に、今度は一転してあからさまにパアッと顔を明るくする一輝。歳相応の子供らしい反応に桜も苦笑を漏らしてしまう。
そこで桜は膝を折って一輝と視線をなるべく揃え、真っ直ぐに一輝を見据える。
「という訳なんですが、どうでしょうか一輝さん。とりあえずでいいので、私を信じてみてはもらえないでしょうか?」
「……えっと………」
間近から向き合う形となり赤面して視線を泳がしてしまう一輝だが、その後隣に座る統真へと目を向ける。
統真との鍛錬への未練もあるが、それ以上に申し出てくれた統真への申し訳なさや後ろめたさを感じているらしい。
そして、そんな一輝の視線にあるものを統真が見抜けないはずも無く――――
「俺を気にする必要など無い。一輝、これはお前が成していく『
「選ぶ……権利と、責任?」
「そうだ。
俺は確かに、自分の身体を限界まで酷使することを己の常の努力としている。だがそれは『
そこに
「マコトの……想い……」
これまで同様の真摯な熱を込めた言葉が一輝に向けられ、それを一輝も受け止めて、その言葉を意味を理解しようと、ゆっくり反芻する。
そんな、ある意味で二人の世界にトリップしてしまっている統真と一輝に苦笑し、話を本筋に戻すべく梃入れをする。
「いや、かなり大事なんだって話なんですけどね、その手法と道筋が……しかしまあ、選ぶのはあくまで一輝さんです。
それで、どうしますか? もちろん今すぐに答えを出す必要なんてありません。統真様が言った通り、これは一輝さんがご自分で決めることなんですから」
「…………」
桜の問いに、一輝が顔を俯かせる。しかしそこに落胆といった類いの感情は無く、必死に何かを考えている真剣な表情が浮かんでいた。
考えているのだろう。会ったばかりとはいえ真摯に自分を見てくれている桜の言葉に応じて『自分の努力』をするべきか、それとも、それでもと兄の背中を今から追いかけて『統真の努力』を求めるのか。
黙考は十分にも及ぶが、統真も、そして桜も急かす様子は微塵も見せない。根気強く耐えている風でもなく、ただ自然体で一輝の出す答えを待っていた。
そうして、ようやく顔を元の位置まで上げた一輝は、真正面の桜を見ると、次に隣に座る統真を見る。しばらくその状態で統真を見つめていると、最後に桜へと視線を戻した。
そして――――
「桜さん――ぼくに『兄さんを追いかけられる強さ』を持たせてください」
「……はい! もちろんです!」
答えは出た――黒鉄 一輝は、『我武者羅に突き進む
そんな一輝の答えに、桜は満面の朗らかな笑顔を咲かせ、統真も静かに頷いた。
まあ流石にいきなり努力馬鹿の地獄特訓はダメだろうと、桜さんの梃入れ。五歳児に限界突破の特訓とかそんな鬼畜じゃあるまいしHAHAHA(ヲイ しかし実はタイムリミットまで後三年、果たしてそれまでに一輝は兄の訓練を受けられるのか。
そして前半部の一輝の回想ですが、ここは本来原作で龍馬が出てきて一輝を助けるシーンです。しかしここで一輝が出逢ったのは統真だった。それがこの超克騎士への分岐ルートみたいなものですね。
龍馬さんは今後違う形で出ていただく予定です。
五歳児の生活習慣とかは一応調べましたが独自解釈が強いですね。自分がどうだったかなんてまるで覚えてませんし、資料によるとこういう具合だそうで。
ちなみに統真の朝のジョギング。原作時点での一輝が20キロだったので、統真なら倍+10キロ+魔力による自己負荷くらいはせねばならんかな、と。やっぱり実際に運動してないにわかが格好つけようとするとダメですねOTL 走るか(書け
この話で描きたいのは、本編でも触れている『努力の形』と『己』です。それに一輝、そして統真も向き合えるのかが話の軸です。
しかし思わずにいられませんね――お前らみたいな子供がいるかァッ!!!