超克騎士の前日譚<プリクォール>   作:放浪人

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 今回はかなり迷走気味です。凡愚がDies風味なぞ出そうとしたらどうなるのかが身に沁みて分かりましたOTL 作者的には最後まで書き上げるのも必死でしたが、内容には矛盾や訳分からんことが書かれてるかも知れません……いつもどおりか(白目

 なお、前に桜の祖父を「日下部某」としていましたが色々織り込んだ結果「母方の曽祖父」として苗字が違います。後ほど変更しておきます。
 今回のオリキャラは三人。日下部家の曽祖父と母親登場。ぶっちゃけ書いてたらこうなりました。モチーフは……あからさま過ぎるかな;

 そして最後の一人は――――

 それではどうぞ。


邂逅篇 Ⅳ:強さと 弱さと 己と  破

 強者の定義は何か――それを語るには、そも強者だけでなく弱者の定義にも触れねばならない。

 膂力に優れた者と膂力が劣る者。知能の高い者と知能の低い者。心の強い者と心の弱い者――特定の項目を一つずつ比較するなら、なるほど強弱の付け方は容易い。ただ比べ、優れた方を選べばいい。

 

 では、『人間』はどうだろう。否、そも『強い人間』とは何を以て定義するのか。

 膂力が優れている? 知能が高い? 心が強い? しかし所詮それらは一つ一つの要素でしかない。何かでは優れていても、別の何かで劣っていたりする。中には全てにおいて優れた人間もいるが、これはこれで、ある点に特化した人間に敗れることもある。

 

 そう、それが人間だ。『弱さ』を持つのが人間だ。

 生まれは弱く歳を取れば衰える肉体も、最初は無知で老いれば白痴となる知能も、様々な誘惑や妥協により堕落する精神も、等しく人間が人間たる証。

 しかしそれは、人間を悪しき存在と語っているのではない。その『弱さ』があるからこそ『強さ』を求めるのも人間なのだから。

 人間とは、強くはなれても(・・・・・・・)、最初から強くはあれない(・・・・・・・)存在なのである。

 

 ――では。

 

 『生まれながらに強い人間』とは、果たして人間足りうるのか。

 屈強な肉体、優れた知能、不屈の精神――その全てを兼ね備えた存在は、『弱さ』など知らない。生まれながらの強者が歩むのは、畢竟強者の道。そこに『弱さ』はない。

 例えその人間が己を人間と定義し、そうあろうとしても、誰もが認識する――あれ(強者)自分達(弱者)とは違う、と。

 

 何故なら、強者(英雄)弱者(人間)は解らないのだから。

 

 

 さあ、前日譚(プリクォール)を廻そう。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 日下部 桜――その名は母方の曽祖父、大戦の英雄が一人である益荒男『雷凰(らいおう)』こと大鳥 雷峨(おおとり らいが)によって名づけられた。

 込められた意味は『日の下に咲く桜の如くあれ』という、基本的に難しく物事を考えることが嫌いな、ざっくばらんな曽祖父らしい命名であった。

 

 彼女の身分というのは、少なくとも当人の認識からすれば『普通』である。

 曽祖父こそ彼のサムライ・リョーマと共に戦場を駆けた偉大な英雄の一人だが、それ以降はこれと言った業績は残していない。そもそも、大鳥 雷峨は黒鉄のような歴代の名門の人間でも何でもなく、彼一代にて才能を開花させた『一代限りの英傑』である。

 

 加えて祖父も母も伐刀者の素養は持って生れたものの、揃ってその道に進むことはなく、片や英雄である父が戦場で稼いだ報奨金を下地にそれなりの事業を起こした実業家で、片や惚れた男に嫁いだ極々普通の専業主婦である。父に至っては伐刀者でもない上、年中を家で療養している病持ちだ。

 桜自身こそ『雷凰の再来』と周り――何故か親族ではなく他所の家が――に持て囃されてはいるものの、その身は『英雄の血』は流していても『英雄の家』ではない。英雄の孫娘が嫁ぎその才能を受け継いだ曾孫が生れただけの、一般家庭の娘なのである。

 

 そんな彼女の感性は、なれば一般人やそれに毛が生えた程度の伐刀者と変わらぬもの――かと言えば、それもまた違う。

 

 と言うのもこの英雄の曾孫、頻繁に日下部家に出入りする住居不定な曽祖父に矢鱈と可愛がられ、しかもどうやら生まれ持つ人間としての性質にも通じるものがあるらしく、その影響を少なからず受けていた。

 父親からは丁寧な言葉使いと人を思い遣る人柄を、母親からはいざという時の冷静さを、そして曽祖父からは物事の外面に囚われずその本質を見抜く『眼』を、それぞれ与えられて育った桜は、中々に成熟した子供にはなっていた。

 

 

 そんな彼女が、いつも通りふらりと日下部の家に遊びに来た()愛なる――残念ながら()愛ではない――曽祖父に『ある提案』をされたのは、ちょうど心気も一転する中学生となった年のことだった。

 

 

「桜よぅ。お(めぇ)、色々と悩んどるみてぇだな。そこで一つ相談なんだが、ちとダチの孫の世話役、やってみねえか」

 

 

 真昼間から酒かっ喰らって何を言っているのか、この飲んだくれは――と、桜が第一に思ったのは仕方のないことである。

 

 とはいえ、雷峨の指摘は事実だった。中学生になったと言うこともあり、桜は漠然とではあるものの、所謂『自分の将来』について少なからず思いを馳せることが多くなっていた。

 大方直ぐ隣の、無理矢理酒につき合わせて酔い潰れさせている父にでも聞いたのだろう。母が鬼の形相で曽祖父の脳天に稲妻落し(踵落し)をぶち込むまで、あと何分となることやら。

 そんな、桜のせめてもの気遣いを余所に、酒を注いだ枡を飲み干しながら雷峨は話を続ける。

 

 

「ほれ、アレだ。お前も聞いたことあんじゃねえのか? 龍馬(リョウ)んとこの孫の、(あの堅物)(わけ)ぇ頃にやらかして生ませてたって言うガキ。ありゃあとんでもねえ化け物(バケモン)だったぜ?」

 

 

 その話は当時の桜も聞き及んでいた。

 黒鉄 統真――日本有数の伐刀者の名門・黒鉄の血脈にて生まれた、推定魔力Aランクオーバーという前代未聞の存在。妾腹の子でこそあれ、その才能は、父は元より彼の大英雄すら凌ぐと誉めそやされている人物。

 しかし、その絶大な力を振るい幼くして父親を始めとした黒鉄の大人達と反目しているとされる異端児。

 

 ランクBの魔力を持ち伐刀者としても総じて優秀な資質を持つ桜は、曽祖父の代からの付き合いや「優秀な人材は抱き込んでおきたい」という大人の思惑も含まれた先方(黒鉄家周り)の申し込みから、その道場で武術を習うこともある。なので、そうした黒鉄内部の噂もある程度は耳にしていた。

 もっとも、噂など話半分の面白半分くらいにしか扱わないようにしている桜としては、「そういう人もいるのか」程度にしか思わなかったのだが。

 

 

「これがなあ、自分(てめぇ)に溺れてるようなそんじょそこらの餓鬼なら俺もリョウも放っといたんだが、ありゃあいかん(・・・)。あれぁ、踏み間違えたら(・・・・・・・)とんでもねぇこと仕出かすぞ?

 っつー訳で、ちと頼まれてくれや。ほれ、人生経験兼ねてよ」

 

 

 

 何が「っつー訳」だ、この酔っ払い――と、桜が口にするまでもなく案の定、母必殺の稲妻落しが炸裂、偉大な益荒男は酒を注いだばかりの枡に、その精悍な顔面を叩きつけることとなった。

 

 それでも、酔っ払おうが腐ろうが英雄は英雄らしく、顔面を撫でながらも何事もなく起き上がり、雷峨は何事もなかったかのように話を続ける。顔には立派な菱形の痕が残っているが。

 

 

「ああいう奴ぁな、行き過ぎて忘れちまうんだ。自分(てめぇ)も人間だ、ってことをよ。

 人間ってのはな、桜。支えあうんだよ。寄り添うんだよ。どんだけ力があろうが心が強かろうが、んなこたぁ関係ねえ。人間はな、楽しいから(・・・・・)一緒にいるんだ。一緒にいるから(・・・・・・・)楽しいんだ。

 そういうのを忘れちまった奴ってのは、色んなモン踏みにじるようになっちまう。人間をやめちまうんだ。それ以外の『何か』になっちまう」

 

 

 そう語る曽祖父の顔は、いつも通りおちゃらけているようでいて、しかし真剣なものにも感じられた。そこら辺を鋭く察した桜も、黙々とその言葉を聞いている。

 

 

「だからよ、側にいてやらなきゃならねぇ。誰でもじゃあ駄目だ。ましてやあんな黒鉄家(阿呆共)なんぞ、揃いも揃ってビビッて碌に近づけやしねえ。ちゃぁんと、『(あった)けぇ心』を教えて感じさせてやれる奴が必要なんだ。

 俺ぁその点、お前なら適任だと思ってるんだがなあ」

 

 

 見つめてくる祖父の瞳に、ある種の切実さとでも言うべきものを桜は感じた。だから、彼の語る黒鉄家の異端児にも、少なからずの興味を抱いた。

 

 

「なぁに、どうしても嫌だって思えたんならその場で言やぁいい。

 んじゃあ早速明日行くかぁ! 酒は寝かせど善は急げってな」

「そんな諺ありませんよ」

 

 

 枡で飲んだくれの頭を叩きつつ、その時の桜は、既に未だ見ぬ仕える主のことを思い浮かべ、その姿を想像した。

 

 

 

 しかしその時に桜がどんな想像をしたにせよ、実物が彼女のその想像を絶する存在(怪物)であったのは、確かだった。

 

 前言通り、桜を連れて黒鉄本家に赴いた雷峨は、当主である厳と桜の顔合わせをさっさと済ませると、案件の当事者である統真が一人で暮らしている離れへと向かった。

 

 そして、その庭で素振りをこなしていたのが――――

 

 

「よぅ、坊主! 今日も精が出てんなぁ!」

「貴方か。匂いが酷いぞ、酒は適量にしておけと忠言したはずだが」

「ったく、相変わらず堅ぇ野郎だ。そういうとこは親父譲りみてぇだな」

あれ(親父殿)の息子であることは否定せんが、その比較は不快だな」

呵呵(カカ)、臆面もなくそれが言えるんなら上等だぁな。

 んでよ、前に言っといたろ、お前さんに世話役宛がうっつー話。ほれ、ウチの曾孫、桜っつーんだ。日の下の桜で日下部 桜。よろしくやってくんな」

 

 

 

 そう言われて統真と引き合わされた桜は、彼の目を見てこう思った。

 

 

 

 ――ああ――なるほど、これはダメ(・・)だ。このままにしたらダメになる。

 

 

 

 曽祖父が何を危惧したのか、中学生になりたての桜にそれを明確に表現できる語彙はなかった。しかしそれでも、彼女もまた祖父のように『何か』を感じ、彼女の魂魄は必死に訴えていた――この少年をこのままにしてはいけない、と。

 

 その眼に宿る光はあまりにも強く、気高く、孤高だった。

 強靭な精神と理性によって手綱を惹かれてはいるものの、そこには強烈な自我と魂が脈打ち、不浄なもの(堕落と妥協)の存在を許さない。故にこそ、多くの有象無象はその眼前から駆逐されていく。

 なれば畢竟、その行き着く先は誰もいない孤高。並び立つものはなく、そこに分かち合いはない。分かち合えるものなどいないのだから。

 

 故に理解した。彼に何が必要なのかを。

 

 だから――――

 

 

「日下部 桜と申します! 御爺様と黒鉄家ご当主様から、統真様のお世話役を仰せつかりました。よろしくお願いします!」

 

 

 それまでにない明朗な声を張り上げんばかりに出し、己を統真に示した。

 ニシシ、と悪戯小僧みたいに笑っている曽祖父を余所に、桜は統真の返事を待ち、そんな桜をしばらく見据えていた統真も、やがて一つ頷き返事を返した。

 

 

「黒鉄 統真だ。お前の主として恥じぬよう努めよう。故にお前も、俺の従者に恥じぬよう努めてみせろ」

 

 

 彼には誰かがいなければならない。彼が『人間』なのだと、人間はいつまでも『孤高』ではいられないのだと、気づかせてあげられる誰かが。

 

 己がそうであるのか、そうなれるのかは分からない。ただその瞬間、日下部 桜が彼女のそれまでの生において、何よりも強く渇望したのは確かだった。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

「……25……26……27………」

「…………」

 

 

 季節が春を迎えたことにより、尾を引いていた冬の寒気も完全に失せ、陽光と暖気が至るところを満たす頃。

 黒鉄 一輝は兄・統真と鍛錬を共にするに先駆けて、その従者である日下部 桜の手解きを受けながら、その日も彼女に言われたトレーニングをこなしていた。

 

 三人の邂逅から早くも一週間以上が経っており、その間、一輝の養成は不手際なくこなされている。

 身体作りや生活面の監督役は前言通り桜が主に務め、それを研修(?)も兼ねて自己の鍛練を終えた統真が時折引き継いだりする、という具合だ。

 

 そして現在は、三人で統真と桜がよく利用する運動場でそれぞれの鍛錬を行っている。

 一輝が桜の監修の元、無理のない速度で規定の回数をこなしていた。

 そんな一輝の気が散らないよう、統真は視界から外れて自己の鍛錬に努めていた。

 

 

「28……29……30」

「はい、そこまで。一端そこで終了です」

 

 

 桜が終了を宣言し、それに一輝は少しふらつきつつも危なげなく立ち上がる。物足りないのか、顔には戸惑いの表情が浮かんでいた。

 

 

「以前も言いましたが、一輝さんの歳の身体で過剰なトレーニングを行うと悪影響が出ます。これでも、今まで一輝さんが一人でこなしてきた鍛錬具合を鑑みて多くしている方なんですから、無茶をしてはいけませんよ?」

「は、はい」

 

 

 割と真面目な表情で桜に説明され、背筋を伸ばしながら返事をする一輝。歳のせいもあってか、教師と教え子と言うよりは姉と弟と言うべき構図だった。

 

 

「ではこれで朝の基礎トレーニングは終了ですね。少し身体を休めたら、統真さんとの稽古をしましょう」

「はい!」

 

 

 見るからに明るくなり張りのある声で返事をする一輝に、そんなに嬉しいのかと彼の歳相応な姿に苦笑してしまう。

 まるで、と言うまでもないのだが、本当に仲のいい兄弟のようだ。兄は無愛想ではあるが。

 

 

「一輝さんは本当に統真さんが好きなんですね。顔を合わせてから一週間くらいだなんて思えませんよ?」

「え? あ、その……兄さんは、凄いし、強いし、その……あこがれだから……」

「……憧れ、かあ」

 

 

 恥ずかしがりながらも答える一輝の姿に、桜は顔を綻ばせつつ何かを連想するように呟いた。

 

 

「羨ましいですね。それは、ちょっと私には分からない気持ちですから」

「……? 桜さんは、兄さんのことが羨ましいとか、思わないんですか?」

 

 

 思いもよらない桜の発言に、一輝は目を丸くして尋ねる。他ならない統真に仕えている彼女が、その主を羨まないというのはどういう了見なのか、と。

 そんな一輝の様子に桜は「ああ」と何かを納得するような顔をすると、今度は困ったような笑みになった。

 

 

「ええ、まあ……私は、統真さんを羨んだことは(・・・・・・)一度も無いですから」

「え? だって……」

「ああ勿論、ちゃんと主として敬っていますし、人間としても尊敬しています。あの人ほど物事に全力で努力家な人を、私は知りませんから」

 

 

 それなら何故、と、一輝の疑問は更に深まる。自分が問うたこと(憧憬)と、桜の答えたもの(敬愛)は違うものなのだろうか。

 そんな一輝の疑問を察したのか、桜がそれを口にした。

 

 

「一輝さん。一輝さんは統真様に憧れていて、私は統真様を敬っています。その共通点は、私も一輝さんも統真さんを慕っている、ということ。それは確かです。

 でも、きっとその二つは同じじゃないんです。何が、とは恥ずかしながら私も正確には答えられないんですが、違うと私は思っています。

 まあ、違うからと言って悪いという訳でもないんですけどね」

 

 

 そう言いながら、桜は一人で鍛錬に取り組んでいる統真に目を向けた。それに倣うように、一輝も彼を見る。

 

 今はちょうど棒らしきものを両手に一つずつ持っており、それを一定のスピードと感覚で上下に振っている。それがただの棒なら「バランスの鍛錬かな」とも思うだろうが、剣に見立てるなら鍔から先には、ベンチプレスに用いられるような金属の重石がいくつも足されており、周囲の人間は驚愕して立ち止まっているか、「ああ、またあの人か」と遠い目か乾いた笑いを浮かべながらそれを眺めている。

 ちなみにこの棒、二つ合計で凡そ250キロとなっている。言うまでもなく、まともな人間がすべき鍛錬では断じてない。

 

 とはいえ、桜は元より一輝ですらそれを当たり前のものとして見ている辺り、統真という人間にとってこれが日常的鍛錬であることは明らかだった。

 

 

「私は、多分これからも統真様を羨んだりはしないと思います。

 統真様を羨むということは、多かれ少なかれ「あの人のようになりたい」と思うこと――私は、それだけはしないと自分に誓っています」

「――――」

 

 

 そう語る桜の顔は穏やかでもあり、同時に決然ともしていた。

 

 そんな彼女を見上げながらその言葉を一人吟味する一輝は、何度も思考を反芻する。

 自分と桜。憧憬と敬愛。流れ出る感情は同じでも、本質は違う。なら、その差異とは、一体――――?

 しかし未だ幼い一輝に、一人でそれが分かるはずはなく。

 

 

「ん、終わったみたいですよ。ではそろそろ行きましょうか」

「あ、はい!」

 

 

 とりあえずは、目の前の事柄(稽古)に努めることにした。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 ――今更ながらではあるのだが、統真も桜も歴とした学生である。

 13歳となった統真は新入生として中学に上り、そしてその二つ上の桜は中学三年生となる。また、通う学校を同じくする後輩と先輩でもある。

 

 ともすれば、学校で学ぶ間、当然一輝はその庇護下から外れることとなる。

 これは、統真が一輝を教えると決めた段階からどうするべきかと抱えていた問題だった。

 統真による指導時間が減るのは仕方なく、その間は予め組んであるメニューをこなして自己鍛錬をしてもらうことになっている。

 問題は、黒鉄家の出方である。彼らとて馬鹿ではなく、統真達が学校へ行けば一輝が離れに一人になるのは明白だった。統真の住まいは、彼の存在性もあって猛獣の縄張りの如く慮外者の侵入を防いでいるが、もし何らかの指図を以て一輝を無理矢理にでも連れ出そうとしたら、あまり有効な手はない。もちろん、そんなことになれば統真としても黒鉄家との全面対決を辞さず一輝を奪還する所存ではあるが。

 

 そんな最悪の事態する想定していた統真だが、その解決は存外に簡単だった。

 

 

 

『学校に行っている間の一輝さんのお世話? じゃあウチにいてもらいましょう』

 

 

 

 場合によっては義務教育を放棄してでも一輝の鍛錬に臨もうとしていた統真だったが、桜の「そんなことしたら一輝さんが気に病むでしょうが!」という旨の却下と代案により、無事未遂に終わった。

 なお、統真の学歴が『小学校卒業』で閉ざされることを気にしない辺りは「卒業認定? あの人なら余裕で卒認検定合格しますよ」とのことである。

 

 

 それに際し、その日の朝の鍛錬を終えた統真・一輝・桜の三人は――――

 

 

「ようこそ、日下部家へ!」

「失礼する」

「お、お邪魔します……」

 

 

 その足で、桜の家である日下部家を訪れていた。

 黒鉄本家のような敷地などはない住宅だが、和洋折衷を程よく織り成し、そこそこの広さのある庭に小さめの庵まで備えている、ちょっとした屋敷にも思える体だった。

 

 

「どうですか? 流石に黒鉄本家の屋敷と比べるのは間違いですけど、趣があっていいでしょう?」

「あ、はい。何ていうか、暖かい感じがします」

「ふふ、ありがとうございます。ではどうぞ、中にご案内します」

 

 

 そうして二人を玄関に招き入れる桜。すると、早速そんな三人をある人物が迎える。

 

 

「おかえり、桜。そちらの子がそう?」

 

 

 桜のものにも通じる、濃い目の桃色の髪が特徴的な女性だった。風貌は朗らかな桜とは違い怜悧さを感じさせるが、微かに浮かべている笑みがその女性の暖かみを伺わせる。

 

 

「あ、母さん。ただいま戻りました。

 はい、こちらが統真様の弟の一輝さん」

「は、はじまめして。黒鉄 一輝と言います」

「これはご丁寧に。桜の母の桃歌(とうか)と言う。ようこそ、日下部の家に。

 統真くんも久しぶりだね。ゆっくりしていきなさい」

「お気遣い痛み入る」

「ささ、どうぞ上がってください!」

 

 

 

 

 母子二人に案内された兄弟二人は、通された居間に腰を落ち着けていた。

 統真は自身の住まいにいる時と何ら変わりはなく、正座し瞑目している。しかし流石に一輝は初めて来た他人の家に緊張しており、そわそわとしている。

 

 

「その、兄さんはここに来たことがあるの?」

 

 

 そんな不安を何とかしようと、一輝はそう統真に尋ねて見た。すると統真も瞑っていた目を開け、淡々と語る。

 

 

あれ()に誘われて何度か、な。少なくとも互いに顔を見知る程度には親睦も深めたつもりだ」

「そうなんだ……」

「随分つれない言い方だね。私としては甥っ子ぐらいには親しみを抱いているんだが」

 

 

 そう言いながら、居間にやってきた桃歌が盆に乗せて運んできた茶を二人の前に置いた。

 

 

「ご母堂、いつも痛み入る」

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。初めて足を運んだ一輝くんには難儀かも知れないが、二人とも寛いでいてくれ」

 

 

 そう言って微かな笑みを二人に向ける。それを受けた統真は軽く一礼し、一輝もそれに倣うように礼を返す。

 

 

「夫は病持ちでね、今日は部屋で臥せっているんだ。顔合わせはまた今度にさせてくれ」

「あ、い、いえ。どうぞお構いなく」

「ご病状は変わらずで」

「ああ、相変わらずだ。生まれつきだから仕方ないと言えば仕方ないが、このご時世でも直せない代物なのだから難儀だよ。

 まあ、本人がとっくに受け入れているし、死病でもないのが幸いだけどね」

「左様か」

 

 

 そこで会話が一端途切れるが、二人の間でそわそわしている一輝に視線を向けた桃歌がそちらに水を向けた。

 

 

「一輝くん、話は聞いているよ。今は桜の指導を受けているそうだね。あんな騒がしい娘だが、心魂はしっかりと育てたつもりだ。一つ宜しくしてやってくれ」

「い、いえ! ぼくこそ、桜さんには色々と教わっていますから……」

「ふふ、そうか……ところで、あれ()は何か不埒なことでも仕出かさなかったかな?」

「へ?」

 

 

 そこで突然、桃歌の雰囲気が若干変わり、目に凄みが宿ったのを一輝は感じた。

 

 

「例えば――一緒に風呂に入ったりとか」

「ブフゥッ!?」

 

 

 ピンポイントに恥辱の過去を言い当てられ、思わず噴き出してしまう一輝。それでも統真と桃歌に唾液が掛からない方向へと顔を背けた辺りが、彼の人の出来具合を伺わせる。

 そんな一輝の反応に桃歌は少し細めていた眼を更に細める。桃色の髪に覆われた額辺りに血管が浮き上がったように見えるのは見間違いだろうか。

 

 

「そうかそうか。またやらかしたのか、あの馬鹿娘は」

「あ、あの……桃歌、さん。その、桜さんは少し身体を洗ってくれただけで、その……」

「あぁなに、一輝くんがどうこう思う必要はないよ。しかし母親としては、娘が馬鹿をやらかしたら矯正してやらねばならないのでね」

 

 

 図らずも答えを言ったような行動をしてしまった一輝がせめてもの弁護をするが、真相を見抜き切っている母親には通じず。統真も己の従者の不行儀を庇う気はないらしく、再び瞑目して静寂を保っている。

 そして桃歌は、すっと立ち上がると、

 

 

「少し音がするかも知れないが気にしないでくれ。ウチ(日下部家)では日常茶飯事だ」

「え? あ、あの……」

 

 

 何やら不穏な気配を感じさせる言葉を残し、居間から出て行く桃歌。その手には茶を運んだ盆が握られたままだった。

 そして――――

 

 

『あれ、母さん? どうしたんですか……って、あれ、あの……その振り上げた盆は何でしょうか。しかも縦向き!?』

『桜、お前も今年で元服する身だ。必要以上にとやかく言う気はない。

 けれど――余所様の子に悪影響を与えるようなもの()を晒すんじゃない!』

『なっ、悪影響とは何ですか! こう見えてもそれ相応にちゃんと整えて――あ、あのお母様、とりあえずその(凶器)をあぎゃんっ!?』

 

「……えっと……兄さん……?」

「気にするな。ご母堂が言っていただろう、これが日常茶飯事だ」

「……えぇー……」

 

 

 閉じられた襖の向こうで繰り広げられているであろう『母子の触れ合い』に、一輝は何とも言えない顔で視線を送るしかなかった。

 

 

 

 

「うぐぐぐぐ……あの(母親)、まさか本当に盆の角で殴るなんて……これはDVです! 断固抗議します!」

「自業自得だ、戯け」

 

 

 自室の床に臥せっている父親への挨拶と母親からの折檻を済ませた桜は、統真達と同じように座り、殴られた箇所を擦りながら恨み節を述べている。もっともそれを、実態を知る統真はにべもなく斬り捨てるが。

 

 

「あの、大丈夫ですか桜さうぷっ!?」

「あぁっ、私の味方は一輝さんだけです。今日はもう一日中この抱き心地を味わって痛いです痛い痛い痛いっ!?」

「そうかそうか。では抱き(握り)締めてやろう、思う存分」

「違うっ!? これ抱きしめじゃなくて握り締めあばばばばばば」

「さ、桜さん!?」

「ああ気にしないでくれ。今ちょっと頭のネジを締めているだけだから」

「人の頭が緩んでいるような発言しないでくあいだだだだだっ!?」

 

 

 懲りてないのか、わざとなのか、いずれにせよ同じ過ち(暴走)を繰り返そうとする桜だが、音もなく後ろから近づいた母親の問答無用の愛の抱きしめ(アイアンクロー)によって敢え無く轟沈となった。

 

 

「全く……さて、馬鹿娘のせいで時間を取らせてしまったね、申し訳ない」

「お気遣いは不要だ、ご母堂。元より今日は頼みに来た身だ」

「くっくっ、君の言動は如何せん堂々しさに過ぎるけれどね。まあ、それは今更か。

 それで、話はそこの一輝くんのことだったか。まあ予め桜から一通りの話は聞いている」

「…………」

 

 

 今更ながら、今日日下部家に兄弟が訪れた理由は、今後の一輝の世話を頼むためである。

 統真が一輝と邂逅し彼を庇護下に置いてからのこれまでは一日中付きっ切りでも問題はなかったが、桜は間もなく春休みが終わり学校へ通わねばならず、統真もその直後には新入生として彼女と同じ中学へ進学する。そうなれば、二人が学業をこなす間、一輝は一人であり、そうなると色々な不安が生じる。

 

 そこで桜の提案の下、二人が戻るまでは彼女の家で面倒を見てもらおうという話になった。もちろん、一輝は桜の家にまで厄介になるのは忍びなく遠慮しようとしたし、統真も安易に人に頼ることを好みはしなかったが、桜の理屈攻めにより今に至っている。

 

 

「まあウチとしては何ら問題などない。それに幸い、一輝くんは礼儀正しい子のようだ。少なくとも、その年齢だった頃の桜よりは手が懸からなさそうだしね」

「なっ! 聞き捨てなりませんよ!? 私は当時も手の懸からない娘だったはず――――」

「少し黙ってなさい」

「はい」

 

 

 母親の発言に抗議するものの、その一言と睨むつけで桜も黙り込む。

 

 

「とはいえ、働かざるもの食うべからず。世話をする以上、一輝くんにも出来ることをしてもらうよ――と言っても、家の掃除か寝込みがちな夫の話し相手になってくれればいいくらいなんだが」

「だ、そうだが」

 

 

 桃歌の提示する条件を聞いて一輝に尋ねる統真。その一輝はというと、戸惑い気味に返答する。

 

 

「えっと……それくらいは全然……あの、でも本当に」

「いいのか、と言う質問なら不要だよ。言っただろう、桜から話は聞いていると。私は世辞や上辺の類が得意ではなくてね、嫌なことは嫌と言う。だから、君を預かることに問題はないという言葉に、何ら偽りも気遣いもありはしないよ」

「…………」

「それに、君の境遇も知っている。生憎私は伐刀者としての道になど興味はなかったし、ましてや人様の教育(・・)方針をどうこう言う気はない。しかし、娘に連れられてとはいえ自らの足でここに来た君を追い払う程、人間としても母親としても腐った覚えもないよ。

 ……まあとどのつまり、自分に素直になりなさい、ということだ」

 

 

 そう語った桃歌は、じっと一輝を見つめる。しかしそこに返答を急かすような様子はなく、ただ静かに彼を見守った。

 そんな桃歌の言葉に、しかしそれでも迷い、統真と桜に視線を向ける一輝だが、二人も何かを語ることはなく、ただ一輝の答えを待った。

 そうして――――

 

 

「……よろしくおねがいします」

 

 

 礼儀正しく頭を下げてくる一輝に、微笑ましげな笑みを浮かべながら桃歌も首肯する。

 

 

「ああ、こちらこそ。

 さて、それでは朝食にするとしよう。早速だが一輝くん、皿を運ぶのを手伝ってくれるかな?」

「あ、は、はいっ!」

 

 

 

 

 桃歌が一輝をキッチンに連れて行き、居間には統真と桜だけが残される。

 するとそこで見計らったかのように、統真が口を開いた。

 

 

「不安か?」

「…………」

 

 

 するとそれまでの朗らかだった顔が崩れ、統真の指摘したように不安を宿した、心配げな表情がそこに浮かぶ。

 

 

「……一輝さんの気持ちは、察しているつもりなんですけど、ね」

 

 

 二人が指し示しているのは、一輝の内心のことだった。

 

 桜の監督の下で身体作りに励んでいる一輝の改善は、今のところ順調だ。本人は今一つ自覚できていないかも知れないが、身体にはちゃんと疲労が溜まり、睡眠も10時間以上摂れるようになっている。食事なども負担が生じない範疇で滋養を与えており、成長を着実に促している。この調子なら、桜の当初の想定よりも早く下地は出来上がるだろう。

 

 しかし、それで一輝自身が満足できているかというと、それはそうでもなく。

 桜の説得に応じて彼女の指導を受けてはいるが、本人が幼い子供であること、彼の目標が統真という規格外であることが、本人に現状への不満を無意識に抱かせている。

 それは非難することではない。そうした感情は言い換えれば向上心であり、彼が強くなっていく上では必要なものだ。ましてや家に抑圧されてきた一輝には、むしろそうした欲求の発露も必要である。

 

 問題は、そうした意識が一輝にまた無理をさせないか、ということ。子供とは本来自制が利かないものであり、一輝は生まれ育ちの環境ゆえに他の子供よりは自分を抑える術を持つ――持たざるを得なかった――が、それはもちろん、彼が自分を完全に制御できているという訳ではない。

 表層では理屈や感情で納得できても、深層の部分にある『強さへの渇望』は、現状に甘んじることを善しとしない。そうなれば、不満は蓄積され、どんな形で噴き出すか分からない。

 

 

「分かってはいたんですけど、やはり道場や学校の後輩を鍛えるのとは全然違いますね。自分の未熟さを痛感します」

「後悔しているのか?」

「まさか。一輝さんをあのままにはできないという気持ちは変わりませんし、後悔なんてしてませんよ。ただ自分の力不足を痛感しているだけです」

「ならばより精進すればいい。お前もあれ(あれ)も、そして俺も。

 その想いが真であるならば、あれ(一輝)にもまた届くだろう」

「――――」

 

 

 そう言って統真は立ち上がり、食卓へと向かっていく。ちょうど、一輝が桃歌に言われて皿を運んだりしていた。

 

 

 そんな主の後姿を、しかし桜は悲しげな目で見つめる。

 

 ――彼と行動を共にするようになって3年。結局、桜は未だに彼に伝えられずにいる。彼に知って欲しい『当たり前』の事柄を。

 それは、彼が『人間』である上で必要なものであり、しかし今の彼にとって恐らく、最も理解から遠いもの。彼の『瑕』とでも言うべきもの。

 

 『それ』を口で言うだけなら簡単にできる。だがそれでは意味がない。『それ』は、統真自身が見て感じて、その心で想わなければ解らないものなのだから。

 

 だから、桜はその背中を見ながらポツリ、と語るしかなかった。

 

 

 

「どうか気づいてくださいね。人には、弱さを受け入れる強さ(・・・・・・・・・・)もあるんだということを」

 

 

 

 それを知らなければ、恐らく彼は――――

 

 そんな『想像したくない結末』を振り払い、桜も食卓へと向かう。いつも通りの朗らかな笑みを浮かべながら。

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 逢魔が刻を経て黄昏も沈み、遥か天の夜空では太陽に代わって月と星々が輝き、世界を照らしていた。

 かつては焚き火などを除けば、唯一夜の闇を照らし人を導いてくれていたであろうそれらも、人間が自力で夜にも光を生み出せるようになったこの豊穣の時代においては、よくて風情の一つくらいにしか取り扱われないだろう。

 多くのものが満たされ、それでいてそれを自覚できる者の少ないこの現代では、それ自体が消えて無くなりでもしない限り、人はその意味と有難さを思い浮かべることすら難しかろう。

 

 あれから後――日下部家で持て成された後の三人は、普段と何ら変わらなく鍛錬と勉学に励み、一日の終わりを迎えた。

 元より、そうそう変わったことが毎日起きる訳でもない。それがある意味で正しい『日常』の形でもある。

 

 今日も一輝はその日の鍛錬により早くも寝つき、今現在この離れで起きて活動しているのは統真だけとなった。時刻は間もなく十二時となるが、統真にとっては普段からの活動時間なので全く問題は無い。

 ただ、違いはある。本来ならこの時間は夜の鍛錬を行っている最中なのだが、今日はそれを早めに切り上げ――減らしたのではなく、こなす速度を速めたのだ――、こうしてらしくもない月見に洒落込んでいる。

 

 月夜の風情を感じられない訳ではないが、余程の、桜に言わせれば奇跡レベル――統真が聞けば当然斬り捨て説法が始まる――の気紛れか、誰かが強く誘わない限りは自主的にそうすることはない。その光景も、桜が見れば口を大きく開けて驚愕することだろう。

 

 そして、統真自身もそんな己の心境の変化に、いささか程度には訝しさを感じていた。

 原因があるとすれば、ほぼ間違いなく一輝の存在だろう。

 

 この黒鉄の家に来て以来――否、それ以前の、統真の14年というまだ短い生涯に於いて彼が価値あるものと見出せたのは、早逝した亡き母か、彼のような取っつき難いことこの上ない人間に仕え、蟠りなく接している桜の二人を含めても極めて少ない者達だけだった。

 

 そこに突然現れた、しかしそれまでの人間とは異質な存在()。母や桜のように才能がある訳ではなく、あるいはかつての統真よりも悲惨な環境にありながら、しかし、単なる悪足掻きだったかも知れないが、それでも(・・・・)努力し諦めなかった存在(可能性)

 

 だからこそ、黒鉄 統真はその存在に目を向けた。その努力が生み出す光を、諦めずに突き進み貫いた果てにある可能性を、見てみたいと思った。

 

 何のことはない。

 黒鉄 一輝が統真の在り方()に憧れたように。

 黒鉄 統真もまた、一輝という存在()に惹かれたのだ。

 

 まだその度合いこそ強くはない。その輝きを見極めてもいないのに「~であるはずだ」などと決め込むのは、信頼と言えば聞こえはいいが、統真にしてみれば、そこに注ぎ込まれる過程と努力を見ていないに等しい。

 あるいは、世の中には『そういうもの』もあるのかも知れないが、しかし、その身で見聞きも学んでもいないものを「ある」と仮定するのはともかく「あるはずだ」と決め付ける気には、統真にはなれなかった。

 なればこそ、一輝が必ずそうなる(・・・・)とは思わない。折れるかも知れない、諦めるかも知れない。

 そうなって欲しくはないし、そうならないように全力を注ぐが、しかしとどのつまり、選ぶのは一輝なのだ。彼が今日、統真と共に来ることを選んだように。

 

 故に、今はただ見守り導く――自身にあるだけの力で、知識で、光で。

 その光が、一輝()をより照らしてくれることを願って。

 

 あるいは、その(可能性)こそが、統真を――――

 

 

 

 

 

 

「春夜に月見とは随分と風流じゃないか。思わぬ光景で驚いてしまったよ」

 

 

 

 

 

「……貴様か」

 

 

 その瞬間、世界が断絶された――そう、表現するしかなかった。

 

 統真という人間がいた地点――その場所だけが、まるで次元の異相をずらされたかのようになり、彼を異質な世界へと引きずり込む。

 否――場所自体は今さっきまで彼がいた場所と何も変わらない。黒鉄家の敷地内にある、統真の住まいである離れ、その縁側。周囲の光景も何もかも、そのままだ。

 

 ――そのままだが(・・・・・・)そのままではなくなっていた(・・・・・・・・・・・・・)

 

 言うなれば、背景をそのまま模った異界。実際にはそこには何もないか、あるいは、全く異質な『何か』があるかも知れない――そう思わせる、異常な領域だった。

 

 ――そして、

 

 

「やあ、まどろみの君。相も変わらず――(いや)、いつにも増して健勝なようで何よりだ。私としても嬉しい限りだよ」

 

「貴様こそ、相も変わらず煩わしい物言いだ。おかげで、なけなしだった風情が欠片も残さず散った」

 

「それはそれは、何とも申し訳ないことをしてしまった――しかしまどろみの君? 嘘は感心しないね。君が感じ入っていたのは、たかが月光ではあるまいに」

 

「………………」

 

 

 ――こんな異界において平然と語り合う彼らもまた、正常であるはずは無かった。

 

 

「黒鉄 一輝――その存在は凡庸、生れ持つ(運命)に到っては、語るべくも無く。

 ふふ、いやはや。ここまでくればなるほど、名と血に縋り付く者達ならば、存在ごと否定したがっても可笑しくはない。

 その辺り、あれ(黒鉄 厳)にはまだ、あれなりの親の情愛があるのかも知れないね――まあ、どうでもいいことではあるのだがね、それは」

 

あれ(一輝)に何かをするというのなら、それ相応に手向かうが」

 

 

 そう言うと同時に――統真の周りから音が響く。まるで、何かが罅割れていくような、なんとも耳障りな音。

 そして、別段に体を構えるでもなく、それまでと同じく自然体でいる統真を、何かが包む――否、違う――その体から、何かが漏れ出る。

 液体でも気体でも固体でもない、そういったものとは全く異質な何か――それが、まるで収まり切らずに、と言わんばかりに、溢れ出ていた。

 

 

「はは、滅相もない。君が(黒鉄 一輝)を見出したからこそ私も興味を向けたのであって、私自身が彼を買っている訳ではないよ。強いて言うなら――あれ程に彼を買っている君に新たな興味を抱いた、というところかな。

 しかし、あぁ――君という人間を知る以上、この流れにも納得だよ。なるほど黒鉄 一輝は、正しく君好みの(可能性)だ。

 諦めない、諦めたくない――どれ程に否定されようとその心にある渇望(ねがい)までは否定できない。何故なら、それはその人間の根源であり起源であり本質だ。それが簡単に捻じ曲がるようなら、そんなものは端からそこらに漂う塵芥に過ぎないのだから。

 そして彼は、終ぞその(可能性)を手放さなかった。そして、(黒鉄 統真)と言う、より大きな(理想)を得て更なる輝きを放とうとしている。唯一つの場所を目指す、一途な輝きをね」

 

「……それで。言いたいことがあるのなら率直に言え。俺と相応に付き合いがあると自負しているのなら、その物言いを好まないことも理解しているはずだが」

 

「くっくっ、重ね重ね失礼した。いや、こう見えて愉しいのだよ、君との語り合いはね。

 さて――しかしながら、まどろみの君。心苦しくはあるが、本日は少々諫言に参った次第だ」

 

 

 その言葉に、しかし統真は何かを問い返すことはなく静聴の姿勢にある。ただその瞳には、いつも以上の強烈な光を宿したまま、前方を見据えている。

 

 

「まどろみの君、君は自覚せねばならない。君が抱く『それ』が、如何に傲慢で無知なものであるかを」

 

「…………」

 

「一つ問おう、まどろみの君。君は、己を『強者』と見做しているかな?」

 

「無論だ。他ならぬ俺自身が、そう在らんとしたのだから」

 

 

 黒鉄 統真は、常に強者たらんとし、そして実際に強者になってきた(・・・・・)

 世界を渡り歩けば無論、己より高みにあるものいるだろう。しかしそれとは別の話。相対比による強さではない、『己が定めた強さ』に、常に己を至らせてきた。そして、その更に高みを目指していく。

 故に、統真は誰彼に恥じる事無く、宣言してみせる。己は強者であり、また強者になり続けると。

 

 黒鉄 統真は、常に進み(努力し)続ける。それが、彼自身の定めた彼の在り方なのだから。目指した場所に至れたのなら、その更に次へ。そうしてまた次へ――延々と続く無限求道。果てなど、終着点などありはしない。

 それでいい。人間とは歩み、進み、走破していくもの。その身に宿す可能性を、どこまでもいつまでも輝かせ続けられる生き物なのだから。

 

 だからこそ、己は――――

 

 

 

「――ククッ」

 

 

 

 ――しかし、それに返されたのは不覚気味な嗤いだった。

 

 

「ああ、すまない――いやはや、なるほど。

 これは想像以上だ、重症だな。傍観気味だった私にとやかく言う資格はないのだろうが、これは些かに酷過ぎる」

 

「…………」

 

 

 そんな嘲りにも、しかし統真は沈黙と静観を貫く。その顔に憤懣を耐えているような様子はなく、ただ相手の言葉の続きを待っていた。

 それは、相手が元よりそうした言動の人間であるからなのか、それとも、そうした言動に何がしかの意義があると思うが故か。

 いずれにしても、統真は沈黙を保つ。

 

 

「あぁ、宜しい――ではまどろみの君。『輝き』を見出せた君への祝いだ。改めて、本日は君に忌憚なき諫言を送ろう」

 

「いいだろう。余さず存分に享受して見せよう」

 

 

 見下し、嘲るような相手の言葉にも統真は揺るがず、ただ応じる。

 そして――――

 

 

「では申し上げよう。

 まどろみの君。君は理解しなければならない――君は強者になった(・・・)のではない。君は、生まれたその瞬間から強者であっただけ(・・・・・・)なのだと」

 

「――――」

 

 

 その言葉に、微かに目を見開いた。

 

 

「君は知らねばならない――そう在れるのは、君だからこそ(・・・・・・)なのだと。

 誰しもが君のように在ることなど、出来はしないのだと。

 人間に、可能性に果てはなし、歩み続ける限りその輝きは絶えず無限である――あぁ、素晴らしい。その気概や見事、それを真に信じ貫ける人間は、その業績は二の次として讃えられて然るべきだろうね。

 だがね、まどろみの君――君の輝き(可能性)に至れる人間などいはしないのだよ、残念ながらね」

 

 

 

「ほざくな」

 

 

 

 ――世界が激震した。

 

 それまでと変わらず座ったままの姿勢でいる統真だが、その存在は大きく変質している。目を見開き、その瞳に宿すのは溢れんばかりの激情。表情こそ保っているが、そこには先程までには見られなかった色がある。

 

 その身からは、もはや「溢れ出る」では済まない『力』が放たれ、それにより彼の周りは悲鳴にも似た『軋み』を上げていた。

 

 されど、そんな怒れる者の怒りを真に受けてなお、嘲りを隠さない。

 

 

「あぁ、恐ろしい。そして素晴らしい。その覇気、その波動、その暴威。いまだまどろみの中にありながら、なおそれ程までに。

 君が至った(・・・)時が楽しみでならないよ」

 

「黙れ。人の可能性を貶め輝きを否定することなど、この俺が許しはしない」

 

 

 一句一句の言葉――それすらもが世界を揺り動かす。そこには、黒鉄 統真という人間の純然たる激情があった。

 

 突きつけられた言葉は、それに値するものだった。可能性の否定、誰も己と同じ領域には来れない? 何の戯言だ、それは。

 ああ理解しているとも。己は才に恵まれた。だがそれが何だ? 才による差があるなら、それ以上の努力をすればいい。無論己も努力している、そうそう差を縮めさせはしない。しかし、『たかがその程度』で人の可能性は――――

 

 

 

「――それこそ、君の『(きず)』だ」

 

 

 

「――――」

 

 

 そんな統真の深奥を覗いたかのように、あっさりと言い当てた。

 

 

「君は知らねばならない、己という存在(強者であるということ)を。そして、遍く人は誰も彼もが皆等しく、君にとっての『弱者』なのだと。

 違うと言いたいかな? しかしその言葉は無意味だ。何故なら、それは『強者』である君の言葉だから。『弱さ』を知らない君が語ったとて、それは文字通りの虚ろな戯言でしかないのだよ」

 

 

 楽園喪失を招いた悪性の蛇の如く、弄される言葉は絶えない。

 

 

「思い返すといい。君の前で膝を屈した者達の姿を。解りはしないだろう? 彼らが何を胸中に抱くのか。思い浮かべて見るといい、そこに自分の姿を。描けないだろう? 敗北し逃竄する己など。

 それが人の弱さ、それが君の強さ。君はこう思っているのだろう?『それでも必ず、立ち上がる』と。彼らは違う。彼らは挫折し、こう思うのだよ――『もういい、自分は頑張った』と。『所詮才能には勝てない』と。

 君は違うのだろう。ああ、違うとも。君は決して諦めない。その命ある限り、精神ある限り、魂魄ある限り、決して諦めはしないだろう。断崖の果てをも飛翔し超越するのだろう。何故なら、君は『強者』なのだから」

 

 

 黒鉄 統真は強者である。

 黒鉄 統真は、生まれながら(・・・・・・)の強者である。肉体、魔力、そして精神――その全てが、常人には及べないもの。

 最初から、救いようのない落差はあったのだ。

 それは、『努力』などでは変えられはしない、絶対の(限界)

 

 

「君に理解できない、その『弱さ』――それが『人間』なのだよ」

 

 

 絶望し、挫折し、逃竄し、堕落する――人間は弱い。

 それが、黒鉄 統真には解らない。何故なら彼は『強者』だから。絶望などせず希望を生み出し、挫折は立ち上がり、逃げること無く立ち向かい、常に向上し続ける。

 そんな、生まれながらの英雄(強者)

 

 

「…………」

 

 

 軋みは続いている。しかし『力』がそれ以上に広まることはなく、状況は停滞していた。

 

 

「例を語ろうか」

 

 

 そんな彼に、大人が子供を言い聞かせるような、教師が教え子に薫陶するような風に、言葉が紡がれる。

 

 

「例えば、黒鉄 厳。

 君は彼に言った。努力に不要はなく、廃れさせず伸ばし続けるのは当然である、と。

 君は彼に突きつけた。大義(秩序)のためには犠牲も止むなしとする前に、何故その限界を超えようとしないのかと。

 簡単だ、出来ないからだよ。別に彼が無能なのではない、それが人間としての『当たり前』なのだよ。限界を知り、だからこそ『全てを求めて全てを失う』のではなく、『本当に求めるものをこそ追求する』という選択と覚悟、君には解し得るかな?」

 

 

 思い浮かべる。

 今や殆ど関わりを持たなくなった実の父親。自らの目指すものの為に己が身をも削ることを厭わないその覚悟には感銘し、しかしそれ以外を最初から切り捨てるその在り方が、統真(強者)には受け入れられなかった。

 真っ向から反駁した己を戒めようとし、しかし終ぞ出来なかったあの男は、何を想っていたのだろうか。

 

 

「例えば、黒鉄 一輝。

 君自身が語ったはずではないのかな? 『理解も共感もしてやれない』と。しかしそれは黒鉄 一輝が劣り過ぎているからではない、君が強くあり過ぎるからだ。

 思い浮かべてみるといい、彼が置かれた苦境を。今まさに君を追い続けている彼の心境を。ああ、解りはしないだろうとも。君が追い求め続けるのは常に『己自身』なのだから」

 

 

 思い浮かべる。今まさに生活を共にし、己を師として教えを仰ぐ、未知の可能性たる弟を。

 まさに己が口にした通り。黒鉄 統真に黒鉄 一輝の苦痛も悔しさも奮起も、理解などできはしないし共感などできはしない。ただ感銘し、願うしかない。『どうかもっと輝き続けてくれ』と。己にとっての『当たり前』であるそれが、果たして彼にとってどんな意味を持つのだろうか

 彼が見る己の背とは如何に大きいのだろうか、如何に遠いのだろうか。常に『己の定めた己』を求道する統真に、それを知る術は無い。

 

 静かに瞑目し、蛇の諫言(甘言)を吟味する統真は、やがてその瞼を開いた。

 そこにあるのは――――

 

 

「理解して――否、知って(・・・)もらえたようだね」

 

「――ああ。お前の言う通りだ。俺にその『弱さ』は解らん」

 

 

 蛇は笑う。愚かさを嗤わず、無知を哂わず、ただ好ましげに笑う。

 

 

「それは重畳。して、君の答えは如何なるものかな、まどろみの君?」

 

「知れたことを」

 

 

 そして――世界は崩壊を始めた。

 

 絶大な『力』――伐刀者がその身に背負う運命に等しい大きさを持つとされる魔力、そのAランクオーバー(測定不可能)の具現たる超大質量のエネルギーが、統真から無造作に解き放たれる。結果、彼を取り巻く異界は破壊され、押し退けられ、その奔流に飲み込まれていく。

 

 

 

「ならば、理解できるようになるまでだ(・・・・・・・・・・・・・)

 ああ認めよう。俺にお前の語るその『弱さ』、()の俺には解らん。それが『瑕』であると言うのならば甘んじて受けよう。そして――ならば、今度はその『瑕』を乗り越えるまで」

 

 

 

 ――結局、黒鉄 統真の至った答えは、常と変わらず。されど、同時になればこそ。

 これぞ黒鉄 統真なのだから。そう、彼こそが――――

 

 

「ふふ、君ならそう言うと思ったよ。ああ、しかし安心した。やはり君は『変わらない』のだね」

 

「無論。これは俺の『意志』だ。誰彼かに斯くあれと指図されたものではない、徹頭徹尾この俺が目指し、求め、至った結果だ。俺が(黒鉄 統真)である限り、それを変えさせはしない」

 

「――あぁ。それでこそ」

 

 

 そして遂に――膨張し続ける魔力に耐えられず、世界は破裂した。

 

 

「では、またいつかの夜にでも、まどろみの君」

 

「ああ。今日の諫言、感謝する。そして約束しよう、俺は諦めなどしないと」

 

「その約束、しかと――英雄殿」

 

「ああ、刮目していろ――ザラストロ」

 

 

 

 斯くして――月夜の異界にて為された英雄(黒鉄 統真)魔人(ザラストロ)の邂逅は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 気づけば、世界に変わりはなかった。

 空には変わらず月が浮かび、夜の世界を照らしている。己がいるのは先程までと同じ離れの縁側、時刻も変わらず。

 あるとすれば――統真自身が立ち上がっていたことだけ。先程と一秒たりとも(・・・・・・)変わらないにも関わらず、彼だけは世界でただ一人(・・・・・・・)動いていた。

 

 しかし当の統真は、それを然したることとも見做さず、数秒ほど月夜を見上げると、月見の気も失せたのか縁側から離れへと入っていく。

 

 そして――――

 

 

 

 ――最後に()を一瞥してから、その戸を閉じた。

 




 そういう訳で(?)ニート登場。嘘です、ニートっぽい何かです。
 今更、本当に今更ですが、ニートじみた前書きなんかはそれっぽく書きなぐっただけの戯言ですので、あまり置きになさらず。一応内容にリンクするようにはしていますが;

 一話にして三人ものオリキャラ、最後に至っては黒幕と言う(遠い目
 タグにも「Dies風味」と入れたので本格的に取り組もうとしましたが、敢え無く絶賛破綻。意味解らん内容になってますね。うん、作者も途中から「何書いてたっけ」となりました。

 改めて、今回も桜周りの話に、そして統真という人間の「歪み」に触れました。生まれながらの強者であるのにそれを半ば自覚していなかったという事実。今後はそんな己にも向き合っていくこととなります。
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