超克騎士の前日譚<プリクォール>   作:放浪人

9 / 12
 誰でもいい、俺に速さをくれ。
 ⇒意訳:遅れてごめんなさい(土下座

 という訳で今回も一ヶ月を夕にぶっちぎっての更新となりました。週一なぞ夢の彼方ですな(遠い目

 今回は密かに追加されていたタグ『原作キャラのオリジナル化有り』の第一被害者(!)が登場します。と言っても原作では「いる」というだけで名前すら出ていない人物ですが。誰なのかはどうぞ本文にて……まあタイトル読めば丸分かりですけどねOTL。


珠雫篇 Ⅲ:黒鉄の母と娘

「ただいま戻った」

 

 

 ガララッという古風な音を伴いながら玄関の引き戸が開かれ、黒鉄 統真は自身の帰宅を告げた。

 

 

「兄さん!」

 

 

 帰宅した統真を真っ先に迎えたのは一輝だった。玄関へと駆け寄ってきたその顔には、不安と心配の色が強く浮かんでいる。

 そんな弟の出迎えに、しかし当の統真はいつも通りで、至極落ち着き払っている。

 

 

「ああ、今戻った」

「あ、うん、お帰りなさい……じゃなくて! 兄さん大丈夫なの!?」

「落ち着け。何をそう慌てている」

 

 

 そう言われ「ご、ごめんなさい……」と謝るも、その様子に変わりはなく、不安げに兄を見上げていた。

 しかし彼には彼なりに、そうならずにはいられない理由がある。

 

 

「でも、その……兄さん、会ってきたんだよね?……母さんに」

「ああ、今し方な」

 

 

 おずおずと尋ねてくる一輝に対して統真の方はと言うと、やはり落ち着いて淡々と頷くのみだった。

 

 

 そう。

 一輝が離れの一室で目を覚ました妹・珠雫に対して自身の胸の内を述べていた頃。統真は離れから足を運び、その一輝達の母親たる人物と会っていた。

 

 

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 

 

 ――遡る時間は、一時間にも満たない。

 黒鉄 統真はある人物と対面していた。

 

 

 場所は黒鉄家本邸、その居間。和洋折衷の様式が拵えられた広い室内で、テーブルを四方で囲うようにしている高級感のあるソファーの一つに統真は腰を下ろしていた。

 屋敷全体や家具などから醸し出される雰囲気に呑まれることなく堂々と構えており、泰然自若を体現している。

 むしろ、統真という『異物』を招き入れたばかりに、その場こそが彼の存在感に呑まれていた。

 

 そして黒鉄 統真という存在の無意識の『圧』に最も晒されているのは、この場で彼と向き合っている人物だろう。

 その人物――美麗な銀色の髪を品のいい髪形で整えている女性は、緊張を孕んだ声で統真に問いを向けた。

 

 

「……では、珠雫はそちらにいるのですね」

「ああ。今頃は目も覚めているだろう」

 

 

 統真の返答に、その女性――現黒鉄家当主・厳の妻である黒鉄 瑞輝(みずき)は「……そう」とだけ返すと、目を伏せるという形で、彼女にとって義理の息子である少年から視線を逸らした。

 

 

 なぜ統真が黒鉄の本邸で一輝達の母親である彼女と対面しているのかというと、事は黒鉄 珠雫の一連の行動に起因する。

 簡単な話で、そもそも珠雫は母親や屋敷の使用人に何も言わず離れに赴いていたのであり、そんな彼女の行方が分からなくなって慌てた家の者が、統真の元を訪れた。

 そして案の定、珠雫が離れにいたことを知り彼女を連れ帰ろうとしたのだが、そこで統真が待ったを掛け、代わりに自ら屋敷に足を運んだのである。

 

 「黒鉄 瑞輝と話がしたい」という申し出と共に。

 

 

 それからしばしの沈黙の後、再び瑞輝が口を開く。視線は変わらず、統真を視界に入れないようにしている。

 

 

「……この度は娘がお世話になりました。今後はこのようなことにはならないよう言い聞かせますので――――」

「家に反目する慮外者と落伍者には関わらないように、か?」

「…………」

 

 

 取り繕うような、あるいは感情を押さえ込んでいるような彼女の言葉に、統真はそう返した。

 その言葉を受けた瑞輝の顔が微かに歪むが、何かを言い返すことはなく沈黙を通す。

 その様子を見た上で、統真は更に言葉を続ける。

 

 

「そちらの養育方針にどうこう口出しをする気はない。たった13年しか生きていない餓鬼が、3人もの子を産み育てた母親に意見したところで知ったかぶりもいいところだ。

 その上でも思うところはあるが、そちらにはそちらの苦悩もあるのだと察してもいるつもりだ」

「…………」

「だが、言い聞かせるというのならあれ(黒鉄 珠雫)の意思を知った上ですることだ。

 生来臆病だという娘が、忌み恐れる相手()のいる場所に兄会いたさ一つでやって来たのだ。親と言えどそうそう容易く説き伏せられるものではないだろう」

 

 

 そう言ってのける統真の顔は一見それまでと変わらないように見えるが、そこには微かながらも『笑み』と呼べるものが浮かんでいた。

 

 ――もっとも、この場にその区別をつけられる人間()がいないので、ただの無愛想顔にしか見えないのだが。

 

 

「……随分と評価するのね。ほとんど知らない娘でしょうに」

「そうだな、あるいは軽薄と思えるかも知れん。が、少なくとも自ら見聞きした分には見込みある気概の持ち主だと思ったのも、紛うことなき事実だ。

 俺のようなつまらん男が他人をどうこう語るなど、烏滸(おこ)がましいかも知れんがな」

 

 

 そう己を貶すような言葉で締め括るが、そこに卑しさや皮肉、見掛けだけの謙虚さといったものもない。

 どこまでも堂々と、ただ本心で語っている。偽り憚るところなど、何も無いのだから、と。

 

 そんな統真の言動に、彼の義母はそれまでとは違う反応を相手に向けた。そこには、堂々とし過ぎている統真への『呆れ』が見て取れる。

 

 

「外見もそうだけれど、貴方って本当に子供とは思えないわね……私が知っている人達よりはよっぽど大人に見えるわ」

 

 

 そう述べる彼女の声と表情は幾分か緊張が和らいでいた。それ程に統真の言動に呆れたのか、あるいは彼女がそれ相応の胆力を持っているからなのか。

 

 一方で、瑞輝のその言葉に統真は「フン」と不服気に小さく鼻を鳴らす。眉間にも僅かにだが皺が寄っている、所謂『仏頂面』だった。

 

 

「よく言われるが……見てくれはともかく、俺は俺が為すべきと思ったことを為さんと努めているに過ぎん未熟者(子供)だ。

 そんな俺が大人と思えるのなら、そちらの知り得る周囲の者達が大人足る所為を為せていない輩だということなのだろう。嘆かわしいことだがな」

「……そう断言できるのは、貴方だからよ」

 

 

 そんな義母の『何かへの嫌悪』を込めた呟きに、しかし統真がそれを追求することはなく、居間には沈黙が流れた。

 

 ――その沈黙の中でふと、黒鉄 瑞輝は逸らしていた視線を義理の息子へと向ける。

 

 

 現当主の妻である黒鉄 瑞輝と、彼女にとっての義理の息子である黒鉄 統真の関係は、決して良好ではない。

 それは、当然と言えば当然の所為と成り行きによる結果だった。

 

 黒鉄 統真は黒鉄家に迎えられて程ない内から、父親や家のあり方に真っ向から反駁を示した。しかも周りは彼の隔絶した力故に弾圧することも放り出すことも適わず、結果として最低限の接触で『飼い殺す(目を背ける)』ことになった。

 それは当時、当主の座を息子である黒鉄 厳に譲りながらも所謂『大御所』として君臨していた先代当主・黒鉄 玄馬の決定であり、当然、厳とその妻である瑞輝もそれに従った。

 

 しかしそうした『名家の事情』を抜きにしても、瑞輝自身のある感情が両者の疎遠を促していた。

 理由は至極簡単。統真が夫と顔も知らない昔の女との間に生まれた子供だから――早い話が『嫉妬』だった。

 

 夫が自分以外の女性と関係を持ち、子供まで儲けたと知って何も感じない妻は先ずいない。例えそれが、己と出会うよりずっと前のことであり、夫は子供がいたことすら知らなかったとしても、大差はないのだ。

 そして生憎と、黒鉄 瑞輝はそんな夫の不義――に当て嵌まるのかは微妙なところだが――を知って、それを即座に許せるような聖女でも、何も感じないような鉄の女でもなかった。

 

 ましてやその子供は、一体どこの性悪な運命の神(■■■■■)の悪戯か、前代未聞の絶大な魔力を持ち、その他の能力においても尽く超人的素養を発揮するという有様。

 母親にしてみれば、当時はこれから生まれ来るであろう我が子の栄光すら簒奪されたようなものだったろう。

 

 それでも、妻として我が子の母として、忌むべき妾腹の子供(怪物)を虐げることはなく、その内心と本音はどうあれ形だけでも息子として受け入れただけ、彼女は人並み以上の忍耐力と自制心があった。

 そしてそんな苦境を招いた夫を、しかし詰ることもなくそれまで同様に妻として振舞える程、彼女は夫を愛していた。

 

 むしろそうした部分を褒め称えるべきだろう。彼女は聖女慈母の類ではなかったのかも知れないが、浅ましく短慮な悪妻でもなかった。

 少なくとも今彼女と向かい合っている統真も、その点は認めている程には。

 

 まあ厳密には、統真を虐げられなかったのは瑞輝の人間性の他にも純粋に彼女もまた統真を恐れたためでもあり、夫への愛以外にも、瑞輝もまた黒鉄家縁者の人間として『名家の人間として(目上への)の振る舞い(服従)』が身に染みていたからでもあったのだが。

 

 

 ――そんな、あらゆる意味で忌み嫌うべき相手を、しかし今の瑞輝はそれとは違う感情も伴って対している。

 

 

「……一つ、教えてもらえないかしら」

 

 

 沈黙を破ったのは瑞輝だった。

 その視線は再び伏せられ、統真を視界から外している。

 

 

「俺に答えられることなら偽りなく答えよう」

「……貴方は、何故あの子を……一輝を手元に置いているの?

 あの子が、理不尽な仕打ちを受けていたから? だから助けようとしたのですか? それとも、あの人達(黒鉄家)への当てつけ?」

 

 

 己が息子の名を口にした際に表情を翳らせながらそう尋ねる瑞輝に、統真はしかしすぐには答えず、彼女を見据えたまま沈黙を通す。

 まるで「まだ続くべき言葉があるのだろう」と言葉の続きを促すように。

 

 それを察したのか、瑞輝は統真の答えを待つのではなく、更に言葉を続けた。

 

 

「……今更と思うかしら。夫や親族が実の息子を見放すのを黙認していた母親が、何を今になって――って」

「自らがそう思うのなら、俺が答えるまでもないことなのではないのか?」

「……フフ。ええ、そうね。その通り……本当、ろくでもない母親だわ。

 あの子(珠雫)からも嫌われていて当然ですね。自分の子供が、魔力があるとかないとか、多いとか少ないとか――そんなくだらない(・・・・・)理由で虐げられているのに、それを見て見ぬフリをしているのだもの」

 

 

 自嘲を浮かべる瑞輝に、言い回しながらも辛辣に指摘する統真――それを受けて、しかし瑞輝は怒るでもなく、ただ自嘲を深めるだけだった。

 

 そんな彼女の語った言葉を他の者達が聞けば、果たしてどんな顔をするのだろうか。

 

 

「でもね、これが私なのよ。

 黒鉄の家の一員に生まれて、その在り方を叩き込まれて、その次期当主になる人に嫁いで……それだけの、虚ろでつまらない、空っぽな女。

 あったとすれば、(黒鉄 厳)を愛せたことだけ。だから、夫や周りが息子を否定するのなら、自分もただそれに従う――そんなくだらない人間なの。

 ……貴方のような人には分からないのでしょうけれど、ね」

「ああ、その通りだ。

 知人に言われて最近自覚できたことだが、俺にはそうしたもの(弱さや諦め)が分からんらしい」

「……そうでしょうね」

 

 

 統真のその返答に、瑞輝は予想通りと言わんばかりの感想を述べ、そして初めてその顔に嫌悪の色を浮かべた。

 

 もっとも――それが誰に向けての(・・・・・・)嫌悪かは、判別に難しいが。

 

 しかしすぐにそれを表情から消し去ると、努めて落ち着いた様子で再度問いを向ける。

 

 

「それで? どうして一輝を助けたのか、教えてはもらえないのかしら」

「そもそもその問い自体が誤りだ、ご母堂」

「……? 貴方が乗り込んできて、あの子の部屋のドアを蹴破るとそのままあの子を連れ去った、と聞いたのですけど」

「俯瞰した事実だけを述べるならそれも強ち間違いではないのかも知れんが、前提が違う。

 俺は黒鉄 一輝を助けてなどいないし、この家から黒鉄 一輝を連れ出して(・・・・・)もいない」

 

 

 そんな統真の言葉を理解できず、瑞輝は怪訝な表情を浮かべる。その視線は、彼女も無自覚の内に相手へと向けられていた。

 その視線を受け止め、そして見据え返しながら、統真が語り出す。

 

 

「総ては黒鉄 一輝が自ら選んで(・・・)勝ち取ったもの。

 あの日、俺は気になることがあって偶さかに一輝の元を尋ね、それを本人に問うただけだ――『それでいいのか』と」

 

 

 統真がかつて一輝に向けた問い――それが何を指したものであるかを察したらしく、瑞輝は顔を歪め、再び統真から視線を逸らした。

 

 

「……それで、あの子はなんて?」

「俺の口を通したものでよいのであれば」

「……聞かせてちょうだい」

 

 

 その答えに、統真はこの屋敷で一輝と初めて会った時、彼が自身に吐き出した言葉を語り聞かせた。昂ぶった情動で出た言葉だったのでそのままそっくりという訳ではなく、程よく纏め上げながら。

 それでも、あの時の一輝が真に抱いていたものは余さず含まれ、瑞輝に伝えられる。

 それを、彼らの母親は静かに聞いていた。

 

 

 そうして、一通り語り終えた後――――

 

 

「悔しさ、強さへの渇望、そしてそのための努力を続けたいという想い――誰しもが抱き得る、当たり前で何ら特別ではない感情だ。

 だがだからこそ、尊いと俺は思っている」

「…………」

「確かに俺は手を差し伸べはしたが、俺に手を差し伸べさせたのも、そしてその手を取ったのも、紛うことなく一輝の意思に他ならない。

 あの部屋から出たこととて同じ、黒鉄 一輝自身の意志と足で成されたこと」

「…………あの子の、意志」

「然りだ。それが何某かへの影響を受けたものであったとしても、黒鉄 一輝という一人の人間が諦めず、努め、その結果として勝ち得たもの。

 俺などという存在は、ただの切欠に過ぎん」

 

 

 讃えられるべきは黒鉄 一輝という人間が示した気概と努力。

 一度は折れ掛けたのかも知れない、統真という憧れと目標を見出したからこそなのかも知れない――だからどうしたと言うのだ。大いに結構、何を恥ずるべきところがある。それでもなお立ち上がり、何かを目指して足を踏み出したのは本人の意思に他ならない。

 

 故に、(黒鉄 統真)の存在や助力など偶さかの代物。例え己が存在しなかったとしても、あの少年は屈せず立ち向かっていった筈なのだと――そう黒鉄 統真は信じている。

 

 

 その言葉で会話は一旦締め括られたが、一拍の沈黙の後に統真は新たな話題を口にした。

 

 

「ところでご母堂。折り入って一つ頼みがある。そもそもここを訪れた理由はその為だ」

「……何かしら」

 

 

 黒鉄 統真が自分に『頼み事』をする――そんな事態など思いもしなかった瑞輝は一瞬瞠目するが、動揺しつつも努めて冷静に要望の内容を尋ねる。

 

 

貴女の娘(黒鉄 珠雫)のことだ。唐突なのは承知だが、今日一日こちらで預からせていただけないか」

 

 

 そんな彼女に対して統真が提示した内容、それもまた思いもしなかったものだったので、瑞輝は怪訝な表情を浮かべて統真を見た。

 疑問の視線を向けられた統真はというと、やはり何ら臆せず淡々と言葉を語る。

 

 

あれ(珠雫)には以前(一年前)、こちらの不注意で厭な思いをさせている。そして今回、その上で(一輝)に会わんと立ち向かったのだ。ならば相応に報いてやるべきだろう」

「……だから、今日一日はあの子(一輝)と一緒にいさせてやれと?」

「無論、当人がそうしたいと言うのであればだがな。尋ねて嫌だというのなら、今日中に責任を以てこちらへ送り届けよう」

「…………」

 

 

 統真のその申し出に沈黙する瑞輝。その顔にはどう答えるべきか悩んでいる様子が見て窺える。

 それに対し、統真は目を閉じ相手の返事をただ静かに待つ。

 

 一分、三分、五分……と時間は過ぎていく。統真と瑞輝のそれぞれの呼吸と居間にある大時計の振子の音だけが、沈黙の中で息づいている。

 

 そして――――

 

 

「……分かりました。今日一日、娘のことをよろしくお願いします。

 こちらに戻りたがったら連絡をください。迎えの者を送りますので」

 

 

 思案の後に瑞輝が出した答えは、統真の要望を受け容れるものだった。

 それを口にする顔に

 

 

「ご許諾感謝する」

「それと、厳には私の方から全て話しておきますから、後からの申開きは無用よ。また胃を傷められても困るもの」

「そうか」

 

 

 頭を下げて真摯に感謝の礼を示す統真に、瑞輝は若干の疲れと呆れを含んだ顔でそう釘を刺した。その言葉が冗談の類ではないのは、彼女の表情が物語っている。

 黒鉄 厳にとって黒鉄 統真は、顔を合わせただけでも胃を傷めさせる存在となっているらしい。

 

 そんな瑞輝の割と容赦のない発言に、しかし統真は特に反応を示すこともなく頷き了解の意を示す。彼女の言葉を事実と自覚しているからなのか、それとも父親がストレスで胃を痛めようが頭髪が禿げ散らかろうがそんなことに微塵も関心を持てないからかは、さしたる問題ではないので割愛する。

 

 

「では、これで失礼する」

 

 

 何はともあれ用事を済ませた統真は、自身がこの屋敷では歓迎されざる身であることを自覚していることもあり、別れの挨拶を述べてはこの場から去ろうとし、

 

 

「――一つ、お願いできるかしら」

 

 

 背中越しに向けられた瑞輝の言葉に、退出する直前で足を止めた。

 両者は相手に振り向かず、背中を向け合う状態となっている。故に、互いの表情を窺い知ることはできない。

 

 

「あの子に――一輝に、一言だけ伝えて欲しいことがあるの」

「自分で伝える気はないのか」

 

 

 瑞輝のその要望に、そう問い返す。それは、自分で伝えるべきではないのか――と。

 しかし、

 

 

「……ええ、私は言わないわ(・・・・・)

「そうか」

 

 

 そう、きっぱりと断言した――『言えない』ではなく『言わない』という、明確な意思を込めて。

 そんな彼女の答えに統真はそれ以上何かを口にすることなく、しかしその場から立ち去ることもなく、瑞輝に背を向けたまま沈黙を通す。

 

 それが了承の意であると、直接確認した訳でなくともそういうことだと勝手に解釈することにした瑞輝は、託すべき言葉を口にした。

 

 

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 

 

「兄さん?」

「……気にするな。案ずる程のことは無い」

「う、うん……?」

 

 

 本邸でのことを想起していた統真を訝かしむ一輝だが、当人は何でもないとあしらい、視線を別の方――一輝がいる玄関より奥の、廊下の方へと向ける。

 

 

「黒鉄 珠雫」

「ひぅっ!?」

 

 

 その名を呼ぶと、廊下の角から何かが動いた気配が発せられる。すると、銀色の物体――珠雫の銀髪で覆われた頭が、角の壁からおずおずと姿を見せた。

 その翡翠色の双眸が、強い恐れと警戒の色を含んでいる。

 が、それらを向けられている統真は一顧だにせず、それを見据え返すと口を開いた。

 

 

「ご母堂から許可は貰ってきた。今日は一輝と共に過ごしていくといい」

「へ?」

「ふぇ……?」

 

 

 思いも寄らなかった統真のその言葉に、一輝と珠雫の兄妹は共に目を丸くし、呆けたような声を漏らす。

 

 

「あちらに戻りたいのなら言え。使いを(よこ)してもらうなり送り届けるなりする」

「え……?……え?」

 

 

 いきなりの展開に追いつけず、珠雫は統真への警戒も忘れて目を白黒させていた。

 

 

「えっと、あの……兄さん? それってどういう……」

「うむ」

 

 

 同じく理解が及べずにいる一輝が問い質したことで、統真も自分の説明が足りなかったことに気づき、改めて説明を口にした。

 

 その内容を聞くと、珠雫が表情と目をパアッと明るくし一輝が困惑するという形で、今度は兄妹の反応が分かれる。

 

 

「でも――――」

「言ったはずだぞ。案ずるほどのことなど無い、と」

 

 

 なおも心配そうな一輝にそう言い聞かせ、「それに」と言葉を続ける。

 

 

「今回の一件において、そもそもお前を連れて来てからその辺りの考察を怠ったのは俺の不明だ……が、慕ってくれている者の存在を失念していたのはお前の不明でもある。

 それにお前に会うために単身ここまで来たのだ、贖いと報いも兼ねて相応に持て成すべきだろう」

「うっ……」

 

 

 そう言われてしまえば自分でも申し訳なかったと思っている一輝に言い返せる言葉などなく、後ろを振り返ると、不安と期待が込められた瞳で見つめてくる妹が一人。

 前門の兄、後門の妹とでも言うべき状況に、一輝も頷くしかなかった。

 

 

「今日は一日付き添ってやるといい」

「……うん」

 

 

 とはいえ、慕ってくれる妹と一緒にいられることに不満がある訳でもなく。

 一輝はそれ以上不安を示すことはなく、嬉しそうに返事をした。

 

 

「おかえりなさい、統真様」

「ああ、今戻った」

 

 

 そうしていると奥から桜も姿を見せ、統真を出迎える。

 愛用のエプロンをしているところを見ると、料理の最中だったらしい。

 

 

「ああ、今ちょうど仕込みの途中なんです。

 一輝さんの時はありあわせになってしまいましたからね。幸い昨日買い込んだばっかりですし、今回は前回のリベンジも兼ねて豪勢なものを作りますよー! 三人とも期待していてください!」

「張り切るのは構わんが、作り過ぎないようにしろ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと統真様が食べてくれますし♪」

「食べ物を粗末になどできんだろう」

「またまた~。素直に「お前の作る料理は美味いからな(キリッ)」とか言っていいんですよ――すいません調子に乗りました。ですからそのアイアンクロー執行五秒前の手は下ろしてください」

 

 

 そんなやり取りをしながら、統真と桜は中に入っていく。そしてその後ろを、一輝と彼に手を繋いで珠雫が追って行った。

 

 

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 

 

『そうか、珠雫が』

「断るべきでした?」

『……いや、君がそう判断したのなら構わない。留守中に苦労を掛けるな』

 

 

 夜の黒鉄邸の一室。シーリングライトではなく幾つかのランプでいい塩梅に室内が照らされたその部屋は、この屋敷の主である当主夫妻の寝室である。

 その部屋にあるソファーに身を委ね電話越しの相手と言葉を交わしているのは、当主不在の現在は唯一の部屋の使用者であるその妻・瑞輝だった。

 

 そして彼女が受話器で会話している相手こそが、当主の黒鉄 厳に他ならない。

 

 

「夫がいない間の家を守るのは妻の務めでしょう?」

『……そうか』

 

 

 夫の不在に挫けず、健気に家庭を支える妻――台詞だけならそんな偶像を連想させるものだが、実際にそれを口にする瑞輝の声は淡々としたもので、そういったものからは程遠かった。

 もっとも、それが愛情の無さに因るものかと言えば、そういう訳ではないのだが。

 

 夫の方もそういう感想を抱いたのか、返す言葉には僅かながら苦笑の色が聞いて取れる。

 

 

「珠雫に言って聞かせますか? もう関わらないようにと」

『……いや、あれ(統真)が珠雫に目を掛けているのなら下手に刺激しかねない。今のところは放っておいた方がいいだろう』

「そう」

 

 

 親というにはあまりにも事務的な判断を下す夫を、しかし妻もまた淡々と受け止める。

 元より質問自体が確認行為に過ぎず、夫の下す判断がどういうものかなど最初から分かりきっていたのだから。

 

 ――それでも。

 

 

「――あの子は」

『ん?』

「一輝は、頑張っているそうよ」

『…………』

「毎日早起きして、ちゃんとご飯も食べて、(統真)から手解きを受けて、寝る時はぐっすりと寝て……。

 大鳥様の曾孫さん……日下部のお嬢さんにも随分とお世話になっているみたい」

 

 

 そんな話題を口にした辺り、瑞輝に全く思うところがない訳でもなかったらしい。

 

 ――それが夫に向けられたものなのか、それとも自分自身へのものなのかは、彼女にも分からなかったが。

 

 

『……捨て置けばいい。あれ(黒鉄 統真)の傍にいれば、嫌でも己の分を弁えるようになるだろう』

 

 

 そんな瑞輝の報告に返されるのは、感情を伺わせない夫の冷淡な言葉。

 

 その胸中の意図がどんなものであれ、実の息子に「何も出来ないお前は何もするな」と言い放ち、ある意味で一輝の黒鉄家における冷遇を決定付けた張本人なのだから、出てきた言葉がそんなものであるのも、ある意味では自然なものなのかも知れない。

 

 ――そんな厳に、しかし妻が返した反応は意外なものだった。

 

 

「……そうかしら」

『ん?』

 

 

 僅かなりとも異議を含んだ瑞輝の呟きに、受話器越しの厳は戸惑いの声を漏らす。

 夫の無愛想顔に困惑が浮かんでいる様子を容易に想像できてしまい、小さく苦笑を浮かべつつ瑞輝は言葉を続けた。

 

 

あなた(黒鉄 厳)の息子ですもの。分かり難いかも知れないけれど、あの子頑固者なんですよ、あなたに似て」

『…………そうか』

 

 

 妻のその指摘に、戸惑いの入り混じった返事を厳は口にする。

 その戸惑いは、妻が異議を口にしたことに対するものなのか、それとも父と子の類似点を指摘されたことによるものなのか。

 

 しかしそのことにはそれ以上触れることなく、代わりに瑞輝は新たな問いを向けた。

 

 

「ねえ」

『どうした』

「もしあの子(一輝)が、本当に一人前の伐刀者になれたら……あなたはどうするの?」

『……知れたことだ』

 

 

 そんな妻の問いに一拍の間(・・・・)を挟んで後、はっきりとした声で厳は答えを示した。

 

 

伐刀者として(・・・・・・)のあいつを認めることはない――()が黒鉄 厳である限り、決してな』

 

 

 どこまでも冷徹に、冷厳に――“鉄血”という彼の二つ名に相応しい断固たる物言いで、黒鉄 厳はそう断じる。

 

 そしてそれもまた、妻である瑞輝にとっては既知のものだった。

 

 

「……そう」

『瑞輝――――』

「フフ、安心してくださいな。あなたを恨んだりなんかしてはいないわ。

 そもそもそんな資格、私に無いもの。そうでしょう?」

『…………』

 

 

 口にしようとした言葉を先取られ、しかしそこに怨嗟の類は微塵もなく。

 代わりに自嘲の色を含んだ妻の声に、厳は沈黙で応じるしかなかった。

 

 

『……まだしばらくは帰れそうにない。その間も家のことは頼む』

「ええ、あなたも身体には気をつけてくださいね。

 “鉄血”ともあろう夫が胃を傷めて倒れたなんて連絡を聞きたくはありませんから」

『…………善処する』

 

 

 最後にそんな冗談めかした言葉を交わして後、どちらからともなく通話は終えられた。

 

 会話する相手がいなくなり必然的に静寂に包まれた部屋の中で、瑞輝は座っているソファーの背凭れに身を沈めるように委ねる。

 

 

「本当、不器用なんだから……なんて、私に言えたことでもないわね」

 

 

 そう呟いた独り言の後に、瑞輝の顔には自嘲が浮かんだ。

 

 その胸中に浮かぶのは今更ながらに想起してしまった、己自身と夫のこと。

 

 

 本家の嫡子と分家の娘という差異こそあれど、自分も彼も、黒鉄という家の呪縛の下に生まれ育った人間だ。

 そしてその結果として、今の自分達がいる。

 

 ――この国の騎士の秩序を体現すべく、実の父親や分家の長達から徹底した(クロガネ)の規律を刻み込まれた男と、黒鉄という家の役に立つ為の道具(母親)となることを義務付けられた女。

 ――肉親への情よりも背負わされた義務と規律に徹するしかない父親と、子への愛情よりも夫への慕情を選んだ母親。

 

 その生い立ちも歩まされた道筋も、同情や批難を受けることはあろうとも多くの人間に理解されることはないであろうもの。

 

 そこに、少なくとも黒鉄 瑞輝に後悔はない。

 『あり得たかも知れない可能性(普通の妻/母としての人生)』へ馳せる思いが無いかと言えば、嘘ではあるが――それでも、黒鉄 厳という男の妻となり、彼を愛せたことには真実、彼女に悔いはない。

 

 

 ……ただ、それでも――――

 

 

「……本当、どの口で言えたのかしら。あんなこと」

 

 

 数時間前に託した我が子への伝言を思い出して、自嘲の笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 

 

「――『好きなようにしなさい』ですか……」

 

 

 夜の黒鉄家の離れ、その縁側に腰を下ろしたまま、桜はポツリとそう呟いた。

 その隣には仕える主である統真がおり、桜が淹れた茶を口にしている。

 

 二人はちょうど、統真が黒鉄本家で瑞輝と交わした対話について語っていた。

 

 

「どんなお気持ちだったのでしょうね、その時の奥方様は」

 

 

 複雑な面持ちで、誰にとなしに疑問を桜は口にした。

 

 好きなようにしなさい――その一言が、統真に託された一輝への言伝だった。

 果たして彼の母親は、どういう想いでその言葉を託したのか。息子を突き放す否定の意思か、「せめて言葉でだけでも」という彼女なりの後押しだったのか――その胸中は知りようのないものだった。

 

 

「さてな。察するだけならいくらでもできるが、所詮はそれだけだ。

 黒鉄 瑞輝が自らそれを語らぬ限り、誰にもその胸中にあるものは真実分かるまい」

「……いつか来るといいですね、その時が」

 

 

 普段と変わらず堅苦しい物言い。しかしそれを、親子が向き合って話せる日が来ることを彼なりに願うものと勝手に解釈することにした桜は、切なげな微笑と共にそう返した。

 

 ――願わくばそこに、統真もいることを思いながら。

 

 

 それからしばしの沈黙の後、桜がその場から立ち上がる。

 

 

「さて、それでは私はお風呂の準備をしてきますので――」

「……本人が嫌がるようなら――」

 

 

 そう言いながら統真は己の右手をゴキゴキと鳴らす。それが指すのは、彼の黄金の右手が繰り出す無慈悲な断罪(アイアンクロー)への秒読みである。

 

 

「……い、いやですねー統真様~。嫌がる珠雫さんと一緒にお風呂に入ろうとかする訳ないじゃないですかヤダー! ちゃんと本人と合意の上ですよ~?」

 

 

 それでも冷や汗を浮かべながら視線を統真から逸らす辺り、疚しいモノがない訳ではなかったらしい。

 しかしそれ以上統真に追求される前に「そ、それでは失礼しますね!」と強引に会話を打ち切り、その場から走り去って行った。

 

 なお今更ながら、桜は本日この離れに泊まっていくこととなっている。理由は珠雫の存在であり、統真と一輝だけに任せるのは不安があるからという、以外にも(?)真っ当なものだった。

 

 

 そんな桜の後姿を見送った後、

 

 

「行ったぞ」

 

 

 そう、自身の背後に向けて統真が声を掛ける。

 すると、

 

 

「……!」

 

 

 奥の障子から銀色の物体が、恐る恐るという感じで姿を見せた。

 障子を壁のようにして顔半分だけを覗かせるそれは、つい今し方にも話題に上がっていた珠雫本人。

 どうやら統真に何某かの用があったようだが、今日一日で早くも苦手な相手に分類されてしまった桜がいたので、彼女がこの場から離れるのを待っていたらしい。

 

 桜がそれに気づいていて、わざと席を発ったのかどうかはさておき。

 

 

「俺に言いたいことがあるのだろう。遠慮は要らんぞ」

「ひぅっ……!」

 

 

 はっきりと己を見据えてくる統真の目に怯えてしまい、銀色の髪が引っ込んだ。

 しかし少しすると再び顔を見せ、おずおずと、しかし自身を見据えてくる統真を必死に睨み返しながら出てくる。

 

 ビクビクと身体を恐怖に震わせつつも、彼女にとっての最大近接距離まで歩み寄る―それでも数メートルと距離があるが―と、翡翠色の瞳が潤んでいて今にも泣き出しそうな目を統真に向ける。

 

 そして、

 

 

「あ、」

「?」

 

 

 

「あり……がとう……ご、ござい、まひっ!」

 

 

 

「…………」

「……まひひゃ(ました)……」

 

 

 そう、感謝の言葉を統真に述べた。

 最後の部分で噛んでしまい目の端に涙が浮かんでいるのは流すことにしたが。

 

 唐突な感謝の言葉に内心で首を傾げつつ、反応を返さない自分にも何故か威圧されてプルプルと震えている妹に、統真は率直な疑問を向けた。

 

 

「……礼を言われるようなことをした覚えは――――」

 

 

 と、そこまで言いかけて一つだけ思い当たる節が脳裏に浮かび、思わずそこで言葉を濁してしまう。

 

 

「お、お兄ちゃんが、い、言ってたから……」

 

 

 そんな統真の間を縫うように、珠雫が言葉を続けた。

 

 

「……今日いっしょにいられるのは……に、兄さんが、お母さまに頼んできてくれたからだよ、って…………。

 だから……その……あ、ありがとう……って……」

 

 

 そう言ってぺこりと、ぎこちない動きで珠雫がお辞儀をする。

 その様子を見ながら、自身の推察が当たっていたことで統真は一人得心していた。

 

 要は、今日一日の兄妹水入らず―になるのかは疑問だが―の場を作ってくれたことへの御礼らしい。

 統真にしてみれば日中に瑞輝や一輝に語った通り、自身の不手際に対するせめてもの償いだったのだが、わざわざこうして御礼を言いに来たらしかった。

 もしかしたら一輝がちゃんと御礼を言うようにと言い聞かせたのかも知れないが、そうだとしても恐怖の対象に近づく辺りは、やはり統真が見込むだけの気概の持ち主らしい。

 

 表情は一切変えることなく、胸中ではそんなことを思いながら、彼の従者くらいにしか判らないような微笑を口元に浮かべる。

 

 

「……そうか。ああ、その礼、確かに受け取ったぞ」

 

 

 故に、その心意気を無碍にするような言葉は口にせず、素直に受け入れる。

 

 

 ――が、お辞儀を解いて顔を上げると、彼の妹は相も変わらない怯えの多分に含んだ表情で、しかしキッと統真を睨みつけた。

 

 

「で、でも……」

 

 

 どうやら続きがあるらしい。

 再び口ごもり躊躇してから言い放つ。

 

 

「お、お兄ちゃんをつれて行ったことは……ゆ、許してない、から……!」

 

 

 出し得る限りの眼力らしい睨みつけを統真に向ける、珠雫の翡翠の双眸。しかし如何せん当人が愛らしい子供な上に現在進行形でプルプルと恐怖に震えているので、向き合う相手が統真でなくとも、その姿に気圧される相手など同い年の相手でもいないだろう。

 

 珠雫のその言葉を受けて、しかし統真は――――

 

 

「……ああ、なるほど。道理だな」

 

 

 今度は珠雫にも分かる笑みを、その口元に浮かべた。

 

 そんな統真のその反応が余程に意外だったのか、「へ……?」と間抜けな声を漏らすと、涙が未だ溜まっている目を白黒させる。

 

 

「その通りだ、黒鉄 珠雫」

 

 

 狼狽している珠雫を他所に縁側から立ち上がると、自身の背丈の半分にも及べない妹を統真は見下ろす。

 圧倒的な身長差により見下ろされる形となった珠雫はそれだけでも威圧され、全身を跳ね上げて顔には恐怖の色を再び浮かべるが、それに構わず、統真は眼前の妹を見据えながら言葉を続けた。

 

 

「俺には俺の、一輝には一輝の譲れぬものがある。そしてお前にも、お前の譲れぬもの(兄への想い)があるのだろう。

 ならばそれでいい。己の大事なものを奪われて、それであっさりと心から納得(放棄)するようなら、元よりそれだけの想いしか無かったということなのだからな」

「……?……怒って、ないの……?」

 

 

 幼い子供には咀嚼し切れない言い回しに困惑するも、少なくとも相手が怒っている訳ではないことだけは理解でき、恐る恐る訊ねる。

 

 

「無論だ。気概を示した者を讃えこそすれ、叱責する理由がどこにある。少なくとも俺は今のお前を詰る言葉など持ち合わせてはいない」

「え……うぅ……」

 

 

 難しい言葉は、黒鉄 珠雫の言語理解力の許容外。しかし、相手が己に向けているものが賞賛の眼差しであり、その言葉に含まれた熱意は虚偽なき本物であることだけは、彼女も理解し得た。

 

 実が伴わない虚飾と欺瞞で溢れつつある黒鉄という家、そこに群がる有象無象の奴原共――それらに囲まれ、上辺の阿諛追従を嫌と言うほどに言われてきた彼女だからこそ持ち得る、そうした偽りを見抜く幼き者の心眼。

 それが否応無く認めてしまう――眼前の男の言葉に、真実偽りはないのだと。

 

 

「故にその想いを貫くといい、黒鉄 珠雫。そして、その道を進む(一輝を想う)上で今のお前だけでは抗い得ない理不尽がお前の歩みを阻むのなら、遠慮なく言え。

 俺は俺の持ち得る全身全霊を賭して、お前の力となろう」

「――――」

 

 

 変わらず難解なその物言いをまだ幼い珠雫が理解することはやはり出来なかったが――それでも、黒鉄 統真という男が言わんとしていることは不思議と分かることができた。

 

 ――そして同時に、最も分かりたくなかったことも(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「うぅ~……!」

「……?」

 

 

 呆然となっていた珠雫の、統真への恐怖心から血の気のなくなっていた顔。それは急激に赤みを帯び、先程よりもキツい視線で統真を睨みつけてくる。

 そこには、それまでには無かった感情が浮かんでいた。

 

 それは――いわゆる嫉妬である。

 

 

「お、」

「『お』?」

 

「お兄ちゃんは……わ、渡さないんだから……!!」

 

 

 ――黒鉄 珠雫は、極めて漠然としたものとしてではあるが、理解した。理解してしまった。

 

 目の前にいるこの(怪物)が、真摯に自分や(一輝)を見ているのだということを。

 目の前にいる怪物と恐れ止まない(黒鉄 統真)こそが、彼女の知る誰よりも気高く正しい神魂の持ち主であるということを。

 

 そして――そんな彼だからこそ、最愛の兄(黒鉄 一輝)は焦がれ、その背中を追い求めて止まないのだということを。

 

 

 だから――――

 

 

「――らい……」

 

 

 ――そんな事実が、しかし今の彼女には認められなくて。

 

 だから、せめてもの抵抗として、

 

 

 

「お……お前なんか、だいっ嫌いだぁぁぁぁ~~~~!!!!」

 

 

 

 そんな言葉を残して、その場から走り去っていった。

 

 走り去った先の部屋から「シズク、大声出してどうしヴェッ!?」と、一輝が腹に頭突きでも喰らったかのような奇声を上げたが、兄妹の触れ合いを邪魔する気は無かった統真がその場へ向かうことはなかった。

 

 

「嫌われちゃいましたねー珠雫さんに?」

 

 

 そんな統真の隣にはタイミングを見計らったかのように戻ってきた桜が立っており、悪戯っぽく顔をニヤけながら統真を上目遣いで見上げてきた。

 

 それに対し、妹からの「大嫌い」発言にショックを受けてその場に棒立ち――なんてはずもない統真は、桜の茶化しには一瞥を遣るだけでスルーする。

 

 

「それほど一輝を強く慕っているということだろう。俺一人が嫌われる程度であれが気概を高められるのなら、憎まれ役になることくらいに否やはない」

「……そう言うと思いましたよ。

 一人だけの可愛い妹さんなんですから、そこは仲良くなるようにしましょうよ」

 

 

 案の定なその返答に桜がガックリとうなだれる。彼女の名を体現したかのような桜色の髪も、心なしかへにゃりとポニーテールが萎れた風になる。

 

 別段に進んで嫌われたい訳ではないのだろうが、如何せん統真という人間は眼鏡に適った相手には献身的なきらいがある。それこそ彼自身が口にした通り、見込んだ人物の為になるのなら嫌われ役を負うことなど苦に感じたりはしない程だ。

 

 それ自体は、まあ良くはないが一概に悪いとも言えないので置いておくとして、しかし桜としてはその意気込みを関係修復に注いでもらいたいところだった。例え、それが一輝や珠雫の成長を思うが故であるとしても。

 

 

 しかしそれを語ることはなく、代わりに胸中にあった別の問いを口にした。

 

 

「……言わなかったんですね、一輝さんのこと」

「一輝自身が言わなかったのだろう。ならば俺が安易に語っていいはずもない。それは黒鉄 一輝の心構えを穢すことだろう」

 

 

 桜の曖昧な問いかけに、しかし統真は彼女が指すものを察して思うところを述べる。

 

 黒鉄という家が――自分の父が最愛の兄に行った仕打ちを、珠雫は知らされていない。

 元より彼女にその事実を知らせる気のなかった一輝だけでなく、統真も桜もそんな一輝の気持ちや諸々の理由を鑑みての選択だった。

 

 

「一輝さんは、できれば一生知らずにいて欲しいと思っているみたいですけど……」

「聡い娘だ、歳を重ねて見識が広まれば戯け共の所業も自ずと知るだろう。その時に何を思い行動するかは、彼女自身が決めるべきことだ」

 

 

 いつかは知ることになるのだろう。しかし如何に聡明さと見込みがあるとしても、まだ5歳の幼い少女でしかない。

 兄が才能に恵まれていなかったという理由だけで虐げられていたという事実や、それに気づけず才能に恵まれている自分は周りに持て囃されていたことへの罪悪感を抱いた時、それを受け止めきれず心に傷を負うのは明白だった。

 

 だからせめて、その心が出来上がるまでは。

 いつか来るその時、彼女がそれに屈することなく、その内に抱く想いを貫けることを願って。

 

 

 

「――俺は信じよう、黒鉄 珠雫もまた乗り越えられるはずだと。

 己が身の周りの歪みも自らの無知も知り、それを克服して自らの見出した道を進むのだと。

 ならば俺は、俺に出来得る限りの尽力をするまでだ」

 

 

 

 故に、黒鉄 統真がそう明言するのは、彼という人間にとっては当然の帰結。

 人の可能性を信じ、歩む続ける者を何よりも尊ぶ彼の、偽らざる想いだった。

 

 静かに、しかしそれに反する烈しい熱が込められた言葉を真摯に述べる統真に、桜は「やっぱりなぁ」とでも言いたげな苦笑を浮かべ――しかし自身もそんな彼の言葉に相槌を打った。

 

 

「……そうですね。その為にも、私達ももっと精進しませんとね」

「無論のことだ。己が未熟を承知で先達を気取るのだからな」

「あ、すいません、やっぱり統真様はもう少し自重してください。やってることが当に無茶苦茶なんですからホントマジでお願いします」

 

 

 ――今は未だ誰かの支えの元で生きる幼い彼らも、やがては自分の足で立つだろう。

 その時の彼らが、力強い足取りと挫けることのない意思で、それぞれが見出し希求する道を歩み貫けることを、兄妹の喧騒を遠めで見守りながら主従は共に胸の内で願った。

 

 

 

 

 もっとも――。

 

 この兄妹がやがて後、片方()片方()に対して肉親としての枠を超えた想いを寄せていくなど、桜は元よりさしもの統真にすらも想像に及べなかったのではあるが。

 

 ――まあ、知ったとしても禁忌を恐れず想いを貫かんとする妹の姿に統真がどんな反応を示すかは、また別の話である。

 

 

 

 

「さて、それじゃあ私は珠雫さん()と一緒にお風呂に入ってきますので♪」

「……達ということは、一輝もか?」

「勿論ですよ! せっかくなんですから、こういう触れ合いの思い出を作っていきませんと!

 あ、あと今日は四人で川の字で寝るので、統真様もご一緒ですからね?」

 

 

 それはそれはご満悦な笑顔を咲かせる桜に対して、統真が向けるのは呆れの視線。

 “鉄血”たる父親やかの大英雄すら辟易させる男にこんな顔をさせるなど、この娘くらいなものではなかろうか。

 

 

「ぐへへへ……さあ~一輝さぁん、珠雫さ~ん。お姉さんと一緒に洗いっこしましょうね~」

「…………」

 

 

 荒い息遣いとワキワキと動く両手が何とも不審極まりない。美幼女な珠雫もいるためか、今日の馬鹿娘はなかなかに狂しているらしい。

 どこぞの牢にでもぶち込んでおくべきだろうか。

 

 

「では不肖・日下部 桜、行って参ります――ひゃっはー、もう我慢できませんっ! お二人ともー、お風呂の時間でーすよぉ~~!!」

 

 

 キリッとした凛々しい顔になると何故か軍隊式の敬礼を惚れ惚れとするような再現度でやってのける桜だが、次の瞬間には一転、それはもうアレな笑顔で一輝と珠雫がいる部屋へと吶喊していった。

 するとその直後には「えぇっ、またですかぁ!?」「来るなぁ~っ!」という兄妹の悲鳴が聞こえてくる。

 案の定な事態に武力鎮圧に乗り出すべきかとも思った統真だが、二人の声に戸惑いはあっても嫌悪の類はなかったことから、ドタバタと騒がしい向こう側の喧騒は放置することにした。

 

 やがて三人とも風呂場へ向かったらしく喧騒は遠のき、統真の周囲には静けさが訪れる。

 周囲の事物が静止したことによる寂寞の沈黙ではなく、微かに聞こえる桜達の喧騒が程よい心地よさを感じさせる穏やかな静寂。

 それに身を任せていた統真は、特に何をするでもなく、しばらくはその余韻に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フ――フフ……我が最愛なるまどろみの君と(しとね)を共にするなどと……なんとも羨ま()しからん。弟御と妹御は百歩譲って善しとするが、小娘(日下部 桜)お前は駄目だ。

 ……がしかし、おかげで英雄殿が兄弟仲良く川の字という至高の瞬間を記録できたのだから、今回は見逃すとしよう。だが次に不埒な所業に及ぶことがあれば、想い人と絶対に結ばれないという呪いでもくれてやろうか」

 

 

「まあそんな瑣事はさて置くとして、しかし、フフ……我が英雄殿は今日も今日とて麗しくも雄々しくあらせられる……いや、いつもとは違う陽だまりの安らぎに身を委ね、心を和ませている穏やかな姿は、常日頃の堂々たる威容とはまた一味違う……――――。

 ……嗚呼、いかんな。その素晴らしさをいくら口にしたとて陳腐な言葉に成り果ててしまう。我が身の蒙昧さが呪わしく思えてならんよ。

 否、それこそが我が英雄殿は至高の存在であるという証左なのだろうね。あぁ、未だまどろみに揺蕩(たゆた)う身でありながら、既にこの身をこうも魅了してやまない貴方こそが、やはり私の――――おっと、いかん。まどろみの君に悟られたか。

 彼の寝姿を見守る(覗き見る)のは我が至福の一時ではあるが、鬱陶しがられて罵倒されようものなら――なんだ、正にご褒美ではないか。

 しかし口惜しいが、まどろみの君の安眠を邪魔するなど言語道断、今宵はこれにて幕引きとしよう」

 

 

 

「――さて、この前日譚に新たな助演が加わった訳だが、ああ、案ずるには及ばんとも。我が英雄殿が目を掛けているのだ、踊るに(あた)うならば来る我が歌劇にても相応の役割は与えよう。兄妹共に五体投地して歓喜に噎び泣くといい。

 

 ……ふむ、しかし妹といえば、『あちら』にも中々に使えそうな候補がいたな。まあ今の時点では取るに足らぬ“星辰”の走狗ではあるが、さて……『あちら』の経過も兼ねて観てみるとしよう。

 我が歌劇で踊りたくば、せめて『先代』くらいには役者としての才気は示して欲しいものだ」

 

 

「では、どれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きりきり走らんか、この馬鹿娘が! 焼き払うぞ!!」

「うわぁぁぁぁん~~~~!!!」




 最後の辺り書いてて死にそうになった(死目 「こういう奴だから」って設定だと分かっていても自画自賛感が半端無い。いやリスペクト元は最高なんだが如何せん;
 え? ストーキングの相手が違う? 金髪巨乳の女神をつれて来い?
 ……やめろよ……やめてやれよ……既にコズミック変質者に追い掛け回されてるんだぞ、この上で似たようなパチモンが増えてみろ、(女神の夫が)発狂するぞ。
 なおBLには当て嵌まりませんので悪しからず(ヲイ


 という訳で今回のお題目は黒鉄ママ(オリジナル)の登場、珠雫の小獅子咆哮(!)、そしてまさかのウザラストロ節。でもおまけ程度に過ぎないはずの最後の奴が全部持ってった気しかしない(白目

 詳しい解説などは活動報告にて『あとがき』として後ほどに掲載しようと思いますので、もしよろしければ読んでやってください。


 次回は以前記したように統真達からは離れ、しかし彼らとは重要な関わりを持つ人物達(オリジナル+原作)を描きます。どんな人物かは……まあ、最後の部分見たら分かりますよね(目逸

 今回もお読み頂きありがとうございました。次回もゆるりとお待ちくださいませ。
 それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。