「こ、これ、夢だよね。あはは」
まどかは、ジリジリと迫りくる異形の者を見ながらそう呟いた。
なんでこんなことに?
誰か助けて
そんなことを思いながら、震えて動きにくい足に活を入れる。
なんとか体勢を立て直し、走って逃げようと動いた瞬間、足を何かに取られた。
見ると、足に異形の者がしがみついている。変形させた顔には、これまた肉を食いちぎるのに最適そうな牙が並んでいた。
ダラダラとヨダレを垂らすその様子に、まどかは全身から血の気が引いた。
「いや、嫌だよ!」
そんなまどかの叫びも虚しく、相手はこちらへとかぶりついてきた。
「何してんのよアンター!」
そんな怒鳴り声と共にやってきたのは、はぐれた筈のさやかだった。
隣には見たこともないゴシック調の少女がいる。
さやかは突っ込んで来た勢いをそのままに、異形の者へとサーベルを構えて突撃する。
異形の者、ここでは“魔女”と呼ばれる存在は、さやかへと噛みつこうとしたが、一歩遅く叩き斬られた。
魔女が消滅すると、空間がグニャグニャと歪み、見覚えのある町景色へと戻った。
「さ、さやかちゃん……」
「大丈夫?ごめんね、まどか。怪我はない?」
「ひゃあっ?!」
ペタペタと全身をまさぐるさやかに、まどかは驚きの声を上げて抗議する。
そんな光景を微笑ましく見ながら、もう一人の少女――マミはまどかへと言った。
「初めまして。私は巴マミ。貴女が、鹿目まどかさん?」
「は、はい」
「そう、間に合ってよかったわ。……、貴女は魔法少女じゃないの?」
魔法少女の持つ代表的な物、ソウルジェムの姿がないことを知り、マミが不思議そうに訊ねた。
が、さやかがまだ願いことを決めてないことを教えると、マミは納得が行ったように微笑む。
「ねぇ。良ければこれから、私の家に来ない?魔法少女のことについて知ってることを教えるわ」
夕飯も御馳走するわよ、と付け加えると、さやかは目を輝かせた。
「えっと、お邪魔じゃないなら」
「やりぃ♪お腹すいてたんだよねぇ」
「ふふ、なら行きましょうか」
マミの後ろをついて、二人は路地を進んで行った。
「――はい、覚えています」
あの時の恐怖も、嬉しさも、ドキドキも。その時感じたもの全て、今でも鮮明に思い出せる。
「そう、なら良かったわ。……鹿目さんが体験した恐怖は、魔女の結界に迷い混んだ全ての人が体験してるの、その迷い混んだ人を助けるのが、私達魔法少女の役目」
何も反応が無かったのか、ソウルジェムを指輪へと変型させると、マミはこちらへと向き直った。
二人とも、魔法少女の姿から普段の見滝原中学の制服へと戻っている。
「でも……」
「心配なのは分かるけどさ、魔法少女の私達と、今のまどかじゃ全然戦力が違うでしょ、だから」
「なら私、魔法少女に――」
「ちょっと良いかしら?」
そう言いながらその会話に割り込んだのは、見滝原の制服に身を包んだほむらだった。
魔力を使ったのか、頭上のビルの屋上から落下して、ふわりと着地する。
それを見て、さやかが「かっけー……」と呟いていた。
「何かしら、暁美さん」
「最近、この近辺で変な波長を感じたことはある?」
「それって、魔女の波長ってことよね。……ごめんなさい、分からないわ」
「そう。……近いうちに、得体の知れない能力を持った魔女がこの見滝原に来るらしいわ。用心して」
「ね、ねぇ。ほむら。得体の知れない能力って、何なの?」
さやかの言葉に、ほむらは少し考えて口を開いた。
「キュゥべえが警戒しろと言うほどの魔女らしいわ。……最悪、ワルプルギスの夜クラスの魔女」
「ワルプルギスの夜ですって?!」
ワルプルギスの夜
超巨大台風であるそれは、一度都市を襲えば、その被害人数は想像を絶する魔女。
そして、暁美ほむらにとって、一番因縁がある魔女ともいえる。
「――えぇ。だから、何か変な魔女、または使い魔を見たときは、下手に刺激せず連絡を取り合いましょう」
「分かったわ。……しばらくは、個人での行動は止めておきましょう、美樹さん」
「分かりました。ほむら、アンタも気を付けなさいよ」
「言われなくても分かっているわ。……鹿目さん。先ほど聞き間違いかと思う言葉が聞こえたのだけど、それは私の勘違いであってる?」
立ち去る直前、ほむらはまどかへとそう訊ねた。
その言葉にまどかがドキリと跳ねるのを見て、軽いため息をつく。
「で、でも、私。このままじゃダメだと思って」
「それは前にも聞いた。そしてその答えに、『貴女のような甘ちゃんでは出来ない』と、答えた筈よ?」
「そ、そんなの、やってみないと分からないよ」
「分かる。現に今、私との会話に尻すぼみしてるのが良い例よ」
ほむらの言葉が、ナイフのようにまどかへと突き刺さる。
予想していたとはいえ、ほむらには口論じゃ敵わないとまどかは感じた。
「魔法少女は、さやかの様な短絡的な人間がお似合い。貴女のように、小さなことでウジウジと考える人は、すぐに死ぬわ」
そう言い残して、ほむらはふわりと跳躍した。ビルの壁を数度蹴り上がると、屋上へと消えていく。
「えへへ。私、魔法少女に向いてるって言ってましたね。ほむらの奴、やっと私を認めたのかな」
「……そうね、美樹さんは向いてると思うわ。物事を簡単に見れるから」
後ろでそんなやり取りをしている二人の声が、まどかには遠い残響のように聞こえていた。
◆
「……何だ、アイツ」
まどか達より少し離れた場所で、今夜のパトロールを行っていた佐倉杏子は、見慣れないものに目を細めた。
食べていた板チョコを懐に仕舞うと、ソウルジェムの探知を作動させる。
「チッ、逃げやがった。……鏡みたいな奴だったな。この反応は使い魔か」
舌打ち混じりに、もう今夜は獲物はないなと立ち上がる。
少々の食べたりなさを感じ、腹部を抑えると目を閉じて思案する。
「マミの所で、飯でも食うか」
思い立ったがなんとやら、魔力を足に込めると、マミの住むマンションに向かって跳躍した。