今回で早くも一段落です。これでモヤモヤしていたモノが無くなる人もいるんじゃないでしょうか。
それでは、どうぞ。
「ありがとうございました~」
新しい土地、内浦。
ここに引っ越してきてからはや数日が経ち、俺はじいちゃん同伴の元研修をしていた。
と言ってもやる仕事は車の運転や荷降ろしなどの肉体労働が主で、店仕事はまだ全然だ。
それらしいことをするといえば、今のように買いに来てくれた方に購入のお礼を言うぐらいだろうか....
店仕事をするにも、魚ごとの捌き方や特徴、値段とかも覚えないといけないから勉強することは山積みだ。
そんな今もじいちゃんの魚の処理の仕方を教わっている最中だったりする。
...へぇ、こいつがサバ折りってやつなのか。
「どうだシンちゃん、出来そうか?」
「...やり方は分かったけどじいちゃん見たく手際よくとは行かないと思う」
「そりゃ慣れるしかねぇな!...そうだ、今度釣り行かねぇか?」
「釣り?俺何も知らないけど」
釣りなんて川を通った時に『あ~釣りしてる人がいるな』程度の認識しかなかった。そんな俺がいきなり釣りに行くと言われても困ってしまう。
「安心せい、ちゃんと教えたげるわ」
「こっからだとどこらへんで釣るんだ?」
「すぐそこの堤防んとこでサクッとよ」
「へぇ....」
この魚屋は表に出えば目の前に内浦港があり、内浦湾を一望できる。
そして釣れる魚も多いらしく、休日には港の堤防にチラホラと釣り人が態々車に乗ってまで訪れる場所のようだ。
「今見せたのはもう食えねぇからしょうがねぇけどな、その釣りんときにサバ釣ったら〆てみぃ」
恐らく鮮度がすこぶる悪いのだろう。さすがの俺もサバが腐るのが早いというのは知っている。
「わかった...釣り道具貸してくれよ?」
「任せとき、シンちゃんの為にとっておきの用意してるからな!」
「ははは....お手柔らかにな」
いよっしゃ!とガッツポーズをするじいちゃんに俺はただ苦笑いをするしか無かった。
なんせ定休日なんて無いんだから、何時になるのかと考えるとそんな反応しかできない。
....にしても暇だ。人もあまり通らないから仕事をすることもない。
いや待てよ?そういえば親父が送ってくれた書類に確か教員募集リストがあったはず。
「なぁじいちゃん。ちょっと裏行っていいか?」
「ん?どうした?」
「お客もいないし、少し教師方面のやることをしたいんだ」
「そうか。おっと、ならついでにこいつを母さんに渡してくれ」
そう言われて渡されたのは店の売り物になっていたシロギスだった。
「ん、どうすんだこれ」
「夜にでも食べようと思ってな。塩焼きでも美味いが...まぁ母さんに任せると言ってくれや」
「あいよ」
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「...さてと」
ばあちゃんに魚を渡した俺は、そのまま2階の自室に戻って布団に座った。
それと同時に鞄から大きめの茶封筒を引っ張りだして中身を出してみる。
「えっと....2校だけか」
入っているのは各学校ごとの大まかな体制と募集理由の書類だった。
本当はもう少し多いものだと思ったが、流石にそんなうまい話はなかった。
だとしてもされど2校だ。倍率が高いから確実に採用してくれるとは思えない。
「んーっと....こっちは仙徳高校?...中々距離があるな」
真っ先に目に止まった1枚目のプリントには『私立仙徳高等学校』と記されていた。地図によれば沼津寄り、だからそれなりに栄えている所らしい。
そしてもう一枚には『私立浦の星女学院』の文字。
「...ん?」
浦の星。この字面に俺は覚えがあった。なんせこれは――――。
「千歌ちゃんの通ってる学校だったはず...」
それを思い出すと俺は仙徳高校は目にもくれず、浦の星女学院の書類を良く目を通し始める。
「...少ないな」
別に給料体制がという意味ではない。チラッと見た仙徳高校に比べ格段に在学生徒数が少ないのだ。ざっと見で100人ちょっとしかいない。
相場を知らないからわからないが、あの廃校寸前にまでなった音ノ木坂学院でさえ200人はいたのだ。しかもあれは国立だが、こちらは私立....先行きが怪しいのは明白だ。
「......」
念のため、一度避けた仙徳を見るが、やはり人数は全然違うし、学科コースまで充実していると来た。中々に大きな高校らしい。
どうしたものか。片方は廃校を匂わせる学校、もう片方は上手く行けば安泰な学校になる。俺は思わず唸り声を出してしまった。
「普通なら...安全な方を取るべきだよなぁ」
俺がまだ千歌と出会ってなくて、通っている学校を聞いていなければ即答で仙徳を選んだと思う。
けれど俺はもう繋がりが出来てしまっているし、まだ見ぬ学校よりも色々と学校での話を聞いている浦の星の方が、とても俺に合っている――そんな気がしたんだ。
「.........」
どちらを取るか。その鬩ぎ合いをしばらくの間続けていると、テーブルに置いておいた携帯がバイブした。
「....もしもし?」
『お、神綺か。一樹だ』
「...どうしたの?」
スマホの画面を下にしていた為画面を見ること無く応対したが、驚くことに相手は父だった。
『なぁに、ちょいと休憩で暇になったからな。そっちの生活がどうか聞きたかったんだ』
いいや嘘だ。性格から考えて休憩ならばどこか静かな休憩スペースで煙草を吸いながら電話してくるはずの一樹が今日に限って作業音をバックにしていた。
明らかに仕事を中断してまでの電話といえるだろう。
でも敢えてそのことには触れず、気にしていない風に振る舞う。
「...上手くやってるよ。じいちゃん達にも良くしてもらってるし、こっちの人が皆優しいから大助かりなくらいだ」
『お、なら良かったぜ。お前をそっちに送ったのも悪くなかったってわけだな』
「どういう意味だよ」
『お前、最近余裕なかったろ。だから静岡に送ったんだよ...俺も子供ん時はそっち住んでたからどんな感じかはよく知ってる』
「...何が言いたいんだ?」
『あー...上手く言えないんだが、俺もちょっと前までは単なるリーマンだったわけだ。だから新卒のお前がどういう風に見られるかも想像つく』
「.......」
『それでだ、いつも仏頂面で大人ぶってるお前だが...意外とメンタルとかが弱いのも知ってる』
「俺はもう23だぞ...」
『俺からしたらお前は一生子供だ。...いいか、神綺。率直に言うが、お前は表に出すぎたな』
ここで言う表と言うのは十中八九、μ's関連のことだろう。
「...それは俺も十分わかってる。けど、だからと言って後悔した覚えはないぞ」
...俺は出来る限り、表に出ることを嫌った。なぜなら俺はマネージャーで、影であるべき存在だったから。でもメンバー達はそれを聞かずに俺を強引に表へと出してしまった。
唯でさえ注目されるμ'sの、しかもそれを育てたとまで紹介されてしまった俺は一躍有名人になってしまったのだ。
それで大学在学中も動物園の看板よろしく好奇の目で見られるし、連日のスカウトで疲弊していた。
そしてそれは会社に移っても同じ。
流石に上司にあたる人達の年齢にはヒットしなかったが、比較的同年代の同僚や、先輩には色眼鏡で見られ、とてもじゃないがいい気分ではなかった。
『だろうな。...けれどそう自分に言い続けても人間辛いものは辛い。何れ限界が来る』
「...でもそれは自己管理がなってないだけじゃないのか?」
『じゃぁお前は自己管理がなってないってわけだ。...大学がそうだったろう?』
「それは....」
『そういう所が子供だって言ってるんだ。経験したことは決して忘れるな。それがいいこと、悪いことであってもな』
「....あぁ」
『あの時はヒヤッとしたが、その後はもっと驚いたんだからな?』
「なんかあった?」
『お前が教師にならなかったことさ。なんで態々リーマンになったんだよ』
「...別にそこまで思い入れがあるわけじゃないしな」
『...本当か?』
「....?」
ヘラヘラとした軽い言い方から一変。一樹の声が低くなった。
まるで本心を見透かすような、そんな感覚さえ感じた。
『それは嘘だな。お前は教えることが好きなはずだ』
「な、何を根拠に...」
『希ちゃん達がいい例じゃないか。俺は踊りとか歌とかはわからん、なんせ音痴だからな。でも人に教える難しさは...俺もよく知っている』
「......」
『それでもお前はめげずに最後までやりきった。...これが如何に凄いことか自覚してるか?』
「それは希達だったからだ。あれは――――」
『特別?違うな。お前は嫌いなものはとことん嫌ったり、自ら労力を使おうだなんて思わない。なのに教師の免許をシッカリと取得した』
「......」
そんなことはない。心ではそう思っている。でも....言葉には出来無かった。
俺の事は、俺が一番知っている。ちょっと思い出しただけでもう証拠が出揃ってしまった。
一時期は徹底的にアイドルを遠ざけて視界にも入らないようにしたし、小さい確率に掛けて突っ走るなんて危ない橋もわたらなかった。
『図星だろ?』
「...そうだね」
『だから俺はお前が教師に向いてる、そう思ったんだ。...まぁこれを言いそびれたりしてタイミングを逃したが、いい時にじいさんが連絡をくれた』
「...俺がここに来るとわかってて?」
『いいや?賭けだったぜ。なんなら言っちまった以上、俺が本当に静岡に帰ることも考えた』
「なっ.....」
『馬鹿な、って声してんな。...でもお前は俺の息子だぜ?お前がすることは、俺もする。...お前がより良い生活を送れるのなら、俺はそういう覚悟だってしてる』
「......馬鹿げてる」
『なんとでも言え。...でも結果お前は静岡に移った。俺は賭けに勝ったわけだ』
「だとしても親父が俺に電話してきた意図がわからない」
『んぁ?んなのお前のことだから生活が安定して余裕ができた今ぐらいになれば書類に目通すかと思っただけよ。...迷ってんじゃねぇのか?好条件を取るか、悪条件を取るか』
なんということだ。...本当に一樹は何者だ?頭がキレすぎとかじゃない。予知とかのレベルだ。
「...なんでそこまでわかるんだ」
『そりゃ俺が2校に厳選したし、ワザと悩むだろう2択にしたからだ。お前なら絶対悩む。なんせ片方はお前が自身で経験した廃校が絡むんだからな』
「...やっぱ雲行き怪しいのか」
『おぅよ。でもま、そっちの学校がいくら怪しいったって職員不足は本当だから安心しろ。お前を嵌めるためにワザと席を空けてるとかじゃない』
「んなことまでは思ってないさ」
『ん、そうか。...それでだ。お前はどうしたい?一度経験をした廃校寸前の学校へ飛び込むか、安全な学校か』
そんなこと改めて聞かれなくても......答えは出ている。
「そんなの勿論、浦の星女学院に行くに決まってるじゃないか」
『ほぉ?その理由は?』
「確かに廃校寸前ってのは引っかかるよ。でも...俺は聞いちまったんだよ、浦の星の中を」
『....は?』
「近所に通ってる女の子がいてね、ちょっと親しくなったんだ。それでその子が色々と校風とか教えてくれてね....」
『なんだ、早速浮気か?』
「なに言ってんだか...今茶化す所か?」
『はぁ?お前こそ希ちゃん達がいながら何そっちで女の子と仲良くなってんだぁ?しかも高校生とかお前年下好きなのかよ』
「....切るぞ電話。俺がいつその子のこと好きだって言った?」
『ばっ ちょっと待てって!...はぁ、悪かったよ。...んで?教えてもらってどうしたんだ』
「俺に合ってると思って。とても楽しそうでね」
『...そんな理由でか?』
「それこそ今更だと思うぞ。俺があいつらを手伝ったのも笑顔を見たいからって理由だけだからな」
『...そうかよ。ただ一応言っとくぞ。生徒と教師じゃ全くの別もんだからな』
「んなの言われなくてもわかってるっての。...ただ、教師になる上で大事なのは、生徒への熱意だから。ちゃんと自分の気持ちが上向きになるような学校のほうがいいだろ?」
『そんなもんかねぇ....ま、決まってんなら俺から言うこともねぇか』
「なら切るぞ、そっちだって仕事切り上げて電話してんのわかってんだからな」
『流石にわかるか』
「当たり前だろ?...でもお陰で踏ん切りがついた」
『なら良かったぜ。可愛い可愛い息子のためだからな』
「へいへい...それじゃな」
通話を終わらせると、俺はスマホを置いて部屋に付いている窓を開けて海を眺める。
「思い出しちまったもんな....」
一樹に言われて思い出した。俺はなぜ最後までやり遂げられたのか。そして何を動力にして突き進んだのか。
「取り敢えず、やってみればいい。やりたいからやってみる...それでいいんだ」
大層な理由なんて必要ない。今の俺には魚屋という保険があるんだから...まずはやってみればいいんだ。それこそ廃校になった時、経験を活かして生徒をケアできるならそれでいいじゃないか。
「斎藤さ~ん!!!」
「ん?」
心地いい潮風に目を細めて昔を懐かしんでいると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。
視線を下ろせば見覚えのあるみかん色の髪をした手をこちらに振っている少女、千歌と....もう一人制服姿の女の子がいた。
「そういえば...幼馴染を紹介するって言ってたか。 今行く!!」
どうするか、彼女達に試験に応募すると言うべきだろうか。
そう無意識に口角を上げながら俺は軽い足取りで千歌達の元へと向かった――――。
閲覧有り難うございます。
どうでしたか?親父が神綺に静岡へ行かせた理由がわかりましたね。
これからはそこまでシリアス?な暗めの描写は少なくなると思います。
感想、ご指摘お待ちしております。