Galaxian 2279   作:TOKAS

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PHASE 1 <ALIENS>

 人類が次元跳躍機関であるワープ・ドライブを現実のものとし、太陽系外への開拓の手を伸ばし、自らを銀河人――ギャラクシアンと呼ぶようになって約八○年。

 宇宙においての幾多の戦いを経て、何時また襲い来るかわからない外敵に心の底で怯えながらも、人々は幾億の星々が瞬く宇宙という海を己の庭の如く自由に行き来していた。

 既に領星が六○を超え、人口も四○○億を超えているという銀河連邦にとって、銀河系はまさに人類にとっての新たな庭という認識であっただろう。

 それは『ギャラクシアン』の自称からも伺えることだ。

 見方によっては一種の慢心であり、傲慢であるかもしれないが、未知の存在への恐怖を隠し自らを奮い立たせるために縋るモノとしては『ギャラクシアン』の呼称は充分なものでもあった。

 複雑な思いを抱えながらも、銀河人らは何事もなく宇宙の海を飛び交っていた。

 そう、何事も無いはずだった。

 奴等が襲い来るその瞬間までは……

 

 

 宇宙空間を見ているとポール・M・オーリアットは思い出す事がある。

 この黒い海を閃光で染めた三六年前の戦いだ。

 敵による地球破壊を阻止するべく、UGSF全艦隊を敵の囮とし、この戦いの為に開発された戦術用重戦闘艇を単機突入させる事により敵機動要塞兵器を破壊するという作戦。

 その『囮』のうちの一つの艦にポールは砲手――ガンナーの一人として乗員していた。

 作戦の内容からして、生きて帰れる保障は何もなかった。

 事前のブリーフィングにおいても、暗に『死を覚悟して挑め』と言われた程だ。

 軍隊に所属した以上、いつ死んでもおかしくないものとポール自身も認識はしていた。

 しかし、その『死』を間際にして僅かに『逃げたい』とも思った。

 それでもポールが逃げる事はなかった。

 自分一人が戦いに加わったところで戦果が変わるとも限らない

 だが、自分一人が逃げたところで何かが変わるわけじゃない。

 何も変わらないのであるのなら、今自分がやれる事をやるだけだ。

 他のガンナーやクルー、艦長……。全てのUGSF隊員もそう思っている事だろう

 そう考え、ポールはそのまま作戦に参加した。

 言葉通りに死を覚悟して。

 そしてポールは心の中で叫んだ。

『全てはUGSFのために!』

 誰に言うまでもない、自分への決意を表す言葉だった。

 

 無我夢中だった。

 ただ目の前に映った敵に向かって引き金を引き続けていた。

 囮ではあるが、可能な限り敵を倒す。それがガンナーとしてのポールの役目であった。

 艦が揺れ、狙いがズレようと、外れようと、とにかく敵に向かって撃ち続けた。

 黒い宇宙が光線で瞬き、爆発が黒を一瞬白く染め、また閃光の宇宙に戻る。延々と回り続ける万華鏡のような、一種の幻想の世界がそこには描かれていた。

 視界を縦横無尽に飛び交う敵……UIMSの数々。

 多くがのっぺりとした表層をした、無駄という無駄が省かれているかのような、色がそのまま形になっているとでも言うような、異形の機体。UGSFの艦と全く違うデザインをしていて、一目で敵であることがわかった。

 存在そのものが兵器だという奴らにパイロットやクルーは存在しない。目に見えている物自体が奴らであり、敵だ。どこか人間離れしたデザインになるのも道理だった。

 そんな奴らに対し、互いに情けなどという言葉も存在しない。必要が無い。倒すか倒されるかだけだ。

 どこから沸いてくるのかわからないほどにポールには意気込みだけはあった。

 しかし、ガンナー一人の気持ちだけで勝てるほど戦いは甘くは無い。

 肝心の戦い自体はUGSFの劣勢であった。

 敵の艦が一つ落ちる度に、味方の艦が二隻、三隻と宇宙の藻屑となって姿を消した。

 そしてまた一つ、二つ……。

 敵に数に押され、UGSF艦艇は次々と姿を消していく。

 まだ数の上では全体の半分以上の艦が残ってはいたが、勢いは明らかに敵側にあった。

 やがて敵の前衛艦隊は機動要塞の後背に周り、守りを固め始めた。

 艦隊の陣形の維持すら困難になり、もはや絶望かと思われたその時だった。

 空間に僅かな揺らぎがあった。

 星々が歪み、どこからか白い閃光が発せられ、何かの形を形成していく。

 一つの形が出来上がると、その光が剥がれるように消えていき、一つの艦が姿を現した。

 ワープアウトだ。

 そう、一つの艦が発進し、ワープ……次元を跳躍してやってきたのだ。

 戦いの最中に姿を見せたのは、既存のUGSF艦艇よりも小型ながら、全身に甲冑を装着した騎士のような凛々しさを感じさせる白いカラーリングの機体。この作戦の為に作られた『竜騎兵』の名を持つ戦術用重戦闘艇だった。

 様々な事情から『竜騎兵』は作戦開始時においても完成しておらず、ギリギリまで開発が続いたのだが、どうやら開発が間に合ったようだ。

 出現した『竜騎兵』は、ワープ後の勢いそのままにUIMSの前衛艦隊へと突撃した。

 機体の中央に在る砲台から、言葉通り四方八方に光を発し、UIMSを蹴散らすその姿は、『竜騎兵』の言葉の響きから想像される姿そのものだ。

 『竜騎兵』が敵艦隊の旗艦を撃沈すると、劣勢な状況ながらも喚起の声すら上がった。その名前が伊達ではない事を『竜騎兵』は自らの力で証明したのだ。

 全が奮い立つ中、『竜騎兵』は敵機動要塞へと突入していった。

 作戦の全ては『竜騎兵』にかかっていた。機動要塞内の詳細は実際に戦ったか上層部以外は知るよしもない事だが、『竜騎兵』により一度かき回された戦場の勢いはUGSF側にあった。

 囮としての役目は果たしたが、まだ戦いは終わっていない。地球が救われるその時まで作戦は終わらない。だからUGSF全艦隊は戦った。懸命に戦い続けた。『竜騎兵』に全ての思いをかけながら。

 そのうち、敵機動要塞の様子が一変した。

 要塞全体が赤く染まり、そこらかしこに爆発が発生していた。

 そこに全艦隊に一つの通達が入った。

 『M8774D 成功』。

 どうやら『竜騎兵』が敵目標の破壊に成功したらしい。地球は救われたのだ。

 続いて全艦隊の緊急撤収命令も通達される。どうやら敵要塞の様子が異常な事にも関係があるようだった。

 命令に従い、全ての艦は要塞近辺からの離脱……ワープ準備に入った。

 空間が歪み、ポールの乗っていた艦が白い光の中を駆けようとしたその時、敵要塞から脱出する『竜騎兵』の姿が見えた。

 ほんの僅かの間だけだが、その姿はポールの目に焼きついてはなれなかった。

 やがて、敵機動要塞は崩壊し、敵UIMS艦隊も殆どがその爆発に巻き込まれた。

 この機にと、UGSFは反撃に転じた。

 奴らに感情があるかは定かではないが、旗艦も失い、いま要塞も落とされたUIMS艦隊の勢いは衰えを見せていた。

 『竜騎兵』の帰還が確認されてからも、UGSF艦隊の戦いは続いた。奴らUIMSを全て倒すまでが作戦だからだ。

 要塞跡周辺のUIMS艦艇の駆逐を完了すると、残ったUIMSは集結し、現星系外周へと移動を開始し始めた。どうやら撤退行動らしかった。

 これがUGSFの勝利と確信する証明になったようで、まもなく司令部から作戦の完了が宣言された。

 これらが三六年前……二二四三年の『オペレーション・キャノンシードデストラクション』だ。それから二年後の二二四五年の惑星コーネウスの戦いと共に、UGSFにとってUIMSとの戦いは忘れる事はできなかった。

 

「オーリアット艦長」

 不意に聞こえた呼び声にポールは現実に戻った。

「……ああ、すまない。何か?」

「いえ、特に用事ではないのですが……」

 目を逸らした部下を見て、ポールは心配されている事を察した。

「私は大丈夫だよ。まだまだ」

 こうは言ったものの、妙に昔の事を思い出すのは年のせいかとポールは思っていた。

「『キャノンシード』の英雄ですからね、艦長は」

「年寄りをからかうものじゃない」

 あの作戦に参加していて未だにUGSFに所属している事から、よく話の引き合いに出されはするが、ポールはあくまで囮のうちの一砲手でしかなかった。それが偶々生き残り、家庭を育み、UGSF隊員としての使命を全うしているうちに、小さな艦の艦長という役職に落ち着いていた。『二つの戦いに参加しただけの軍にしがみ付いている年寄り』と嫌味を言う者もいたが、それはごく一部の者だけであり、大抵の場合はポールを心配する部下のように、多くの隊員に慕われていた。それに、艦長という立場であっても、銀河に跨るUGSFの幾千もの艦隊のうちの、さらに一つの艦の長でしかない。ポールの気持ち的には、昔から何も変わってはいないつもりだ。

「とはいえ……もうすぐ私もお役御免だろうね」

「そんな、艦長はまだ」

 部下がポールを思ってくれているのはよくわかっていた。

 しかし、老体にムチを打ち続けるのもそろそろ限界だとも思っていた。かつての地球の軍でならとっくに退役している大佐という階級と年齢だが、平均寿命も延び、銀河を航行するような時代にそんなのはただの言い訳でしかない。それでも、ポールはもう自分の限界が近いものと感じていた。

「年には勝てんさ。この遠征が終わったらゆっくり息子夫婦や孫と仲良く暮らすつもりだよ」

 そう言ってポールは視線を写真立てに移した。画像データを表示するデジタルなフォトフレームなどではなく、本当の写真を入れてある写真立てだ。大した理由はなく、ポールの趣味である。

 写真には、中央にポールが立ち、その右隣にポールの息子とその妻が立ち、左側にはランドセルを背負った少女が立っていた。いかにも幸せそうな家族の写真だった。

「今、お孫さんお幾つでしたっけ」

 ちらりと写真を見た部下がポールに尋ねた。

「今年で一六になるはずだ。だが、今でも私にとってはこの頃からずっと可愛い孫だよ」

 古い写真の入った写真立てを手にして、ポールは孫への思いを馳せた。そして、あわよくばこの小さな幸せが続くのであれば続いて欲しいと思った。

「君も早くこういう家庭を作る事だね」

 先ほどのお返しとばかりにポールは年頃である部下に言う。

「その時は是非艦長に仲人をお願いします」

「ああ、楽しみにしているよ」

 口約束ではあるが、できることならそれを現実にしたいものだとポールは思った。

 心の底で、本当に思っていた。

 だが、ポールと部下の願いが叶う事はなかった。

 まずその警告と言わんばかりに突如として艦全体に警報が発せられた。

「……なんだ!?」

 ポールは思わず叫んだ。

 音からして緊急度の高い警報である事はわかったが、今までにこんな事は無かった。

「わかりません! あまりに突然で」

 当たり前だが、近くにいた部下も同じく状況が理解できていなかった。

 ポールがスクリーンを見ると、艦隊全体で攻撃を受けていると思しき光景が映っていた。

「一体何なんだ……」

 攻撃と思しきと表現するしかない程に、ポールには今の状況が理解できなかった。

 どこからか光線が発せられたかと思うと、それが艦を貫き、爆発し、一つ、また一つと姿を消していく。

「これはまるで……」

 ポールの脳裏にかつてのUIMSとの戦いが思い返された。

 だがそんなはずは無い。この攻撃が奴らだと言うのなら、UGSFが先にそれを確認しているはずだ。幾ら末端の艦とはいえ、知らされないなんて事は無い。

 そして、この攻撃がUIMSであるのなら、奴らの姿がどこかにあるはずだ。

 それなのに、奴らの姿は見えない。

 敵と思しき存在の姿が見えない。

 そう、何も見えないのだ。

 確かに何かがいるはずなのに見えなかった。

 見えるのは、僅かに瞬時に発せられては消える光と、やられていく味方の艦だけだ。

 周辺の爆発の衝撃に揺れる艦だが、その揺れはどんどん激しくなってきた。

 状況を確認しようとはするが、どこもかしこも混乱していた。

「脱出だ! この宙域から逃げるんだ!」

 ポールは叫んだ。

 艦長として、全てのクルーを守る為に、現状出来る事を判断し、それを叫んだ。

「は、はい!」

 部下がそれに答えた、その刹那。

「うわぁっ!」

 艦全体が激しく揺れた。

 続いて爆発の音が聞こえ、そしてまた艦が揺れる。

「わからない……」

 ポールは立ち尽くしていた。

 火災も発生し、どうにか生きているコンピュータの表示にもエラーなどの情報が錯綜し、どこもかしこも赤い色で染まったブリッジで、読み込めない今の状況にただ唖然となっていた。

 どこからか聞こえる奇妙な音がブリッジ全体に鳴り響いていたが、今のポールの耳には何も聞こえていなかった。

 もはや、艦の事も、部下の事も、孫の事すらも頭に思い浮かばなかった。

 突然の事が全てを消し飛ばしたからだ。

 そして、その事の詳細がポールには理解できなかった。

 何があったのか。何故こうなったのか。何がやってきたのか。

 頭の中が交錯するポールは、最期に見えたものを思わず呟いた。

 目に焼きついたその存在を形容する言葉を。

「虫……」

 それはポールが本当に見たかは定かではなく、幻か何かだったかもしれない。

 だが、今となっては確認する事も証明することもできない。

 この銀河に彼の居ない今となっては。

 

 二二七九年初頭、遠征艦隊はそのまま消息を絶った。

 後日、艦隊が消息を絶ったと思われる宙域に調査艦隊が派遣され、直前のデータと艦艇の残骸から事故ではなく、何かしらの勢力による攻撃行為の結果と分析された。とはいえ、データが殆ど無い状態のため、憶測の域は出なかった。しかし、敵はUIMSとは別の存在である事は状況のデータからしても伺えた。

 新たなる脅威が確認されたことによりUGSF全体が揺れた。

 二度のUIMSとの戦いから数十年。かねてから開発の為に開発を続けられてきたような『D計画』に日の目が当たると不謹慎ながらも喜ぶ者さえもいた。

 だが、現状では『姿の見えない未知なる敵』という認識である為に、有効な対抗策が浮かぶ事はなかった。

 いつまた襲いくるかわからない脅威に、全銀河のUGSF隊員は緊張で張り詰めていた。

 そんな中、とある銀河連邦領星にある基地で一つの小さな式が行われた。

 ポール・M・オーリアット大佐を含めた遠征艦隊の隊員たちの合同葬儀だ。

 かつての公式の戦いであるキャノンシードデストラクションでの戦死者とは違い、大々的に公表される事もないが為に有志たちにより基地内部で行われた、とても小さな葬式である。

 どこか甘美なムードを漂わせる曲が流れる中、隊員たちは亡くなった者を弔っていた。明日はわが身かとも思いながらも、何故今と多くの隊員が思っていた。

 

「……何の曲だ?」

 UGSF隊員の一人であるユウキ・サワムラは隣の隊員に尋ねた。夢幻的な香りを漂わせながらも、どこか悲壮感を思わせる曲がなんとなく気になったからだ。

「シバの女王。確かかなり古い曲だよ」

 ユウキの親友でもあるライアン・ニックスはその疑問に答えた。

 大佐が自分が死ぬ時にはこの曲を流してくれと言っていたという事も教えた。だが、本当にその時が来るとはライアンも思ってはいなかった。

「あの人らしいな」

 分け隔ても無く多くの隊員に接し、皆から良く思われていた、どこか古いものが好みであった大佐を思い出し、ユウキはつぶやいた。

 基地に配属されているユウキと、艦長である大佐とは、立場が立場なだけに直接話す事自体はあまりなかったが、大佐の人柄の良さだけは感じていた。

「ああ、自分と同じ名前を持つ奴が演奏した曲だともよく言っていたよ……」

 なんでもない時に聴けば良いメロディである曲が、大佐との思い出や多くの隊員が亡くなったという事実と重なり、弔う隊員たちの目に涙を呼んだ。

「英雄でもやっぱり死ぬんだな……」

「……人、だからな」

 ユウキとライアンの二人は泣きはしなかった。

 しかし、他の隊員と同じ、いやそれ以上に悲しみを感じていた。

 今の気持ちを表す言葉がうまく出てこないくらいに。

 ただ、とても重く、苦しかった。

 

 葬儀を終え、皆で片づけをしていると、ユウキは上官の一人に声をかけられた。彼が今回の葬儀をやろうと言い出した発起人でもある。

「……これは?」

 厳重に包まれた何かを手渡されて、ユウキは一体何かと尋ねた。

「オーリアット大佐のものだ」

 つまりは遺品だということらしい。

「これが……何か」

 物が何かがわかっても、それを渡された理由がユウキにはわからなかった。

「大佐の家に届けてもらいたい」

「俺がですか」

「そうだ。おれが行きたい所だが、そうもいかなくてな」

 上官は先ほどまでの葬儀の場を指差し、暗に後始末をする必要があると述べた。どうやら葬儀を行う自体結構無理をしたようだ。

「了解しました」

「じゃあ本当に頼んだぞ」

 そう言うと上官は軽く手を振って、『後始末』へと向かった。

「はっ」

 ユウキの方も軽く敬礼をした。

 そして、改めて手渡された大佐の遺品をじっと見つめた。軽く了解はしたものの、かなり重たい事を頼まれたのかもしれない、とも思った。

 

「……で、なんでオレまで一緒なんだ? 今更な事だけどよ」

 助手席に座るライアンがユウキに聞いた。

 今、二人で宇宙の基地から地上に降り、大佐の家へと向かっている所だった。

 基地のある星と同じ所にオーリアット大佐の家族が住んでいるということもあり、上官の頼みでもあったのだろう。

「UGSF隊員とはいえ、見知らぬ男が一人で行っては怪しいだろう。だからといって大人数で行くような事でもない。二人で行くのが一番だ」

 ユウキは持論を述べた。実際のところは一人で行くには気分としては重たかったからだ。

「素直に一人じゃ寂しいと言えよ」

「一人じゃ寂しい」

「……本当に言う奴がいるか」

「ここにいる」

「そういう意味じゃないっての」

「……さて、ついたぞ」

 二人で軽口を叩いているうちに、車は大佐の家に到着した。

 適当なところに車を止め、二人で閉じられている門へと向かった。

「へぇ、さすがは立派な家だ」

 立派な家構えを見て、ライアンは感心する。

「ほら、こっちだ」

 インターホンを見つけたユウキはライアンを引っ張る。

 そして、二人してカメラのついたインターホンの前にきちんと並ぶと、ボタンを押した。

 電子音によるチャイムが鳴り、少し間が空いてから声が聞こえてきた。

『はい、どちらさまですか』

 透き通るような女の子の声だった。

「あ、えっと……」

「UGSFです」

 思わず慌てふためくライアンと、そんな事関係なしに敬礼をするユウキ。

『UG……もしかして、祖父の事ですか?』

 察しが早いのか、彼女は二人に問いかけてきた。

「はい。オーリアット大佐の遺品を届けにきました」

「お、おい」

 ストレートに言うユウキを抑えようとするライアンだが、もう遅かった。

『……今、開けますから。お入りください』

 彼女がそう言うと、門が自動的に開いた。

「さ、行くぞ」

 門が開くが間もなくユウキは足を踏み入れた。

「お前って奴は……ま、いいけどさ」

 連れて来ておいてさっさと行くユウキに呆れながらも、ライアンはその後ろをついていった。門から少し歩き、玄関まで着くと、改めてインターホンを鳴らした。

「ようこそ」

 開いた玄関の扉の向こうには、先ほどの透き通った声をしたボブカットの少女が立っていた。美少女と言うのがしっくりくる彼女の姿には、オーリアット大佐の写真の面影が確かにあった。

「お、あ……どうも」

 ライアンは彼女に見とれ、思わず頭を下げた。

「お邪魔します」

 一方のユウキはそんな事は気にせず、ずかずかと家の中に足を踏み入れた。

「あ、おい……」

 ライアンが止める間もなく、ユウキは先に行き、むしろ中から早く来いと呼んできた。

「どうぞ」

「……すいません」

 彼女もそう言ってくれた事もあり、ライアンはまた頭を下げ、大佐の家の敷居を跨いだ。

本当に色々な意味で申し訳ないと思いながら。

 

「改めて、UGSFのライアン・ニックスです」

「ユウキ・サワムラです」

 まず、二人で彼女に自己紹介をした。

「ノシカ……ノシカ・M・オーリアットです」

 敬礼する二人に彼女、ノシカは小さく頭を下げた。

「あー、えっと……」

「これが、遺品です」

「お、おい、だからお前……」

 どう切り出すか迷っていたライアンを余所に、ユウキは手渡された包みをノシカの前に差し出した。ライアンの小声の注意なんてお構いなしだ。

「コレが……」

「どうぞ」

 ノシカが包みを手に取ると、ユウキはそれを今ここで開けてもかまわないと伝える。

「いやだからお前なあ……」

「いえ。……失礼します」

 頭をかくライアン。それに大丈夫だと言い、ノシカは二人に断り、包みを開けた。

 何十にも包まれていた、包みを開け終えると、三人とも一瞬言葉を失った。

「……写真立て」

 最初に口を開いたのはノシカだった。

 一緒に手紙が同封されており、それによると、艦隊の残骸が漂う中で奇跡的にそこに残っていたのがこの写真立てだと言う。放射線だのの処置はしているので問題は無い、とも書いてあった。

 若干色あせながらも、その写真はオーリアット大佐が生きていた時と同じように、そこに在った。何も変わらないままに、笑顔のオーリアット大佐を写したままに。

「おじいちゃん……」

 搾り出したような震えたノシカの声。

 そこに込められた思いは、二人も嫌と言うほど感じた。

 重くなった空気の中、ユウキは立ち上がり、言った。

「……それでは失礼します」

「おい、ユウ……!」

 さっさと帰ろうとするユウキを、ライアンは止めようとはするが、その歩みは早かった。

「いいんです、今日は本当にありがとうございましたニックスさん」

「いや、ほんとすいません……本当に」

 互いに謝り合うノシカとライアン。

 二人が謝って済む事ではないが、お互いにそうしなければ気が済まなかった。 

「それでは、その……お邪魔しました」

 ノシカに挨拶をして、ライアンはユウキを追いかけて玄関へと向かった。

 それからノシカも急いで玄関に向かい、二人を門まで送り、家に戻ってきた。

 父も母もまだ帰ってきていないこのオーリアット家に居るのは、ノシカだけだ。

 だが、祖父が生きていれば、寂しい事はなかったはずだ。

 祖父が生きてさえいれば、こんな悲しい事を覚える事もなかったはずだ。

 二人がいる間は押さえていた気持ちが、一人になり、凝られきれなかった。

 ノシカは泣いた。

 祖父を呼び、ただ泣いた。

 祖父のくれたプレゼントのオルゴールを手に、ひたすらに泣いた。

 幻想的な曲を奏でるそのオルゴールを祖父がくれたあの日を思い出して、泣いた。

 もう、祖父はいないのだから。

 

「あれでよかったのかよ」

 オーリアット大佐の家を後にして、基地へ戻る途中、ライアンはユウキにさっきの態度について突っかかった。

「いいわけはない」

 それにそっけなくユウキは答える。

「だったら何故」

「今はこうするしかない、今は」

 唇をかみ締め、眉をしかめるユウキ。その顔はとても苦々しい。

「今は?」

「多くの仲間を殺した奴らが、もしUIMSだと言うのなら俺は今すぐにでも出撃して倒したいと思っている。だが、今はまだ敵の正体がわかっていない。だから俺には何も出来ない。何をする事もできない。戦うべき手段がわからないんだ。今はまだ、UGSFの隊員として訓練を続けるしかない。命令を実行するだけでしかないんだ……!」

 ユウキの不器用な怒りが声として吐露された瞬間だった。

 オーリアット家でも、何も考えずにぶしつけは事をしたわけじゃない。ただ渡せと命令されたからそれに従ったまでだとユウキは言っていた。

「……悪かったな」

 長々と語ったユウキに対してライアンは謝罪した。

「……いや、俺も悪かった」

 ユウキの方も謝った。

「多分、お前の今の気持ちはUGSFの皆が思ってることだよ」

「だが、気持ちだけでは戦えない」

「……そうだな」

 やるせない気持ちを抱える二人。

 その気持ちも、多くの隊員が抱えてるであろう気持ちのはずだ。

 UGSFも未知の脅威への対策を講じたかった。

 しかし、データが足りない以上、何もわからない以上、手も足も出なかった。

 規模は違えど、まるでかつてのUIMSとの戦いの状況の繰り返しであった。

 今のUGSFは、とにかく敵のデータが欲しかった。

 たとえ僅かのデータであっても。

 

 

 謎の敵により艦隊が消息を絶った宙域からほどなく近い所に銀河連邦領星の一つがあり、その星でテラフォーミングが行われていた。

 銀河連邦が発見した当初は荒れ果てていた星だが、今では言葉通りに緑の星と生まれ変わっていた。だがまだ完全に環境の調整ができていない為、今のところ民間人はおらず、主にUGSF地上部隊によって星の管理・警備が成されていた。

 暫く前の『新たな脅威』についての事は、この星の隊員たちにも伝わっており、日々警戒を怠ってはいなかったが、緑以外はまだ何も無いような星でやれる事は何もなかった。

 この星に何かあるとすれば、地球と同じくらいに美しい夕焼けくらいだろう。

「ふぅ……」

 このUGSF隊員も、その夕焼けを見る度に不思議な気持ちになっていた。

 空だけでなく、遠巻きに見える山をも赤く染める、この星系の太陽の光。それにわずかに照らされて見える、地球で言えば月に当たる近くの衛星。地球と同じような感じがありながらも、どこか違う風景。

 夕焼けの陽は人の心に訴えるものがあるのか、地球生まれではない彼にも何かを思わせるものがあった。

「……ん?」

 彼が見つめていた空に何かが見えた気がした。

 隕石か何かだったのだろうかと思ったが刹那、明らかに空で何かが光るのが見えた。

「なんだ……?」

 光の加減からして何かが爆発したかのようだった。

 ちょうど彼が見た方向には衛星基地があったような覚えがあった。

 まさか、とは思った。だが断言は出来なかった。

 続いて奇妙な音が彼の耳に入った。

 まるで何かの音色のような、鳴き声のような、今まで聞いた事もない音だった。

 どこからともかく響いてくるような音は、少し前まで安らいでいた彼の心に不安を生んだ。

 奇妙な音は近づいているようにも聴こえたし、変わらないようにも思えた。

 音の距離感が掴めない。それが不安を大きくしていった。

 思わず彼が夕日から目を背けた瞬間、新たな音が響いた。

 かなり遠くからの爆発音だった。

「なっ!」

 驚き、彼はその方向を見ると、煙が立っているのが見えた。

 あの辺りには確か彼の所属とは別の地上基地があったはずだ。それが一体何故。

 彼の頭に疑問が渦巻いていった。

「……また!?」

 また奇妙な音が聴こえてきた。

 今度は彼の方に近づいているようだった。

 だが、本当に近づいているのかはわからない。本当にわからない。

 彼には何もかもがわからなかった。

 思わずうろたえ、視線が泳いだ。

「そうだ、連絡……」

 彼が通信機に手を当てたその時だった。

 上空mからの、奇妙な、甲高い音が彼の耳を貫いた。

 防音機能もあるはずのヘルメットを付けていながらも、その音は彼の頭に響いた。

 意味は無いものの、思わず耳を押さえて頭を上げると、彼の目に信じられない物が映った。

「む、虫……!」

 そう、巨大な虫だった。

 大きな二つの眼がついた頭に、箱のような胸部、そこから団子のように丸い形が幾つも繋がって伸びた身体。四つの足を生やし、複数の翅で空を飛ぶ、どこか彼が小さい頃に何かで見た地球の虫――トンボを思わせる存在。その姿は『虫』と言うしか他がなかった。

 そんな巨大な虫が、いま彼の目の前の空を飛んでいたのだ。

 この星に居るはずのない。いるわけのない、巨大な虫が。

 『巨大虫』は、先ほどから聴こえていた奇妙な音を発しながら彼の頭の上を飛び越えていった。そして、何かを投下……いや、発射したようだった。

 その『何か』はまっすぐに、彼の目に映る建造物へと向かい、当たると爆発をした。

 どうやら小型のミサイルのようだった。

 彼が動かない、いや動けない間にも新たに『巨大虫』は空から飛来してきた。

 この星の空。つまり宇宙からの侵略だった。

 宇宙から次々と現れる『巨大虫』。

 緑、緑、そしてまた緑。

 夕焼けで染まっていた惑星の空は、『巨大虫』と、その『巨大虫』らが発射するミサイルにより、あっという間に書き換えられた。

 星一面に広がっていたはずの緑が、爆発火災により赤く燃え上がる。

 空には黒煙が広がり、赤くも灰色の空になっていく。

 敵の照準は甘いものではあったが、敵自身の速さと、縦横無尽に撃たれるミサイルが、しらみつぶしに惑星全体燃やしていった。

 彼自身の記憶もそこで途絶える事になった。

 『巨大虫』の姿が脳裏に刻まれたまま。

 その領星からの連絡は、その日から途絶える事となった。

 

 

 後日、遠征艦隊消息途絶時と同様に派遣されたUGSFの調査艦隊によって惑星の調査が行われた。艦隊の時と同じように、全滅に等しい惨状ではあったが、数名の生存者を確認、即時に保護・治療が行われ、『彼』共々事についての査問が行われた。

 

「一体何があった」

「虫……。巨大な虫が、襲ってきたんだ」

 余程のショックだったのか、彼は殆どが『巨大な虫』の事しか口にしなかった。

 それから時間をかけ、当事者のうちでもっとも敵の事を知っていそうな彼に設問が続けられた。

 

 UGSFとしては、奴らに対するデータがとにかく欲しかった。

 基地や惑星も限りなく破壊され、殆どのデータが残っておらず、今頼れるのは不確かながらも、証言という情報だけだった。

 流石のUGSFでも、人間の脳からデータだけを抜き出すような技術も無く、そんな事をするつもりも今のところはなかった。

 だからこそ粘り強く、様々な方法で彼から情報を引き出した。

 

「……では、色は?」

 一人の隊員が彼に尋ねる。

「緑……そう、緑だった」

 彼は頭に浮かんだそれを答えた。

 隊員は情報端末を操作し、彼の言うように画面に映っているスケッチに色をつけた。

「なるほど……。では、こういう感じだったか?」

 そう言って、隊員は彼に情報端末を見せた。

 その端末には、彼の証言を元に『巨大虫』の姿が描かれていた。

 つまりは想像図だ。

 あくまで想像である為に、実際に彼が見た物とは違うものではあったが、大方の形は彼に言う形そのままに描かれたはずであった。

「う……」

「どうした? 違ったのか?」

 頭を抱える彼に隊員は問いかけた。その瞬間。

「……う、うわああああああああああああ!!」

 彼は突然に叫んだ。発狂だった。

 そのスケッチは、実物とは違う『虫のような戦闘兵器』という絵ではあったが、彼の恐怖を思い出させるには充分な出来だった。

「救護班! 今すぐ彼を!」

「虫だ! 虫だ! 虫が! がああああああ!!」

 彼は入院を余儀なくされ、彼からの情報の引き出しは中断された。

 

それからも情報を引き出す事は続いたが、有用な情報はあまり引き出せなかった。

 不確定な要素が多いながらも、残されたデータや彼から引き出した情報を元に、UGSFは敵をUIMSとは別の、新たなる脅威として認定した。

 我々とは異なる、適性外宇宙生命体の戦闘兵器による二度の襲撃。これだけでも外敵として考えるには充分な事だった。

 一度目の襲撃に関しては、初のUIMS遭遇時同様に油断していた事や、敵の特性と思われる高速機動性にUGSF艦艇が対抗できなかった為、と考えられた。かつてのWW2における戦艦と航空機の戦いのように。

 二度目についても、敵が艦艇に比べて小型ではあるとはいえ、人間と比べれば流石に巨大な存在であり、それに対する方法も軍内部で考えられてはいただろうが、あくまで机上の空論レベルであり、実際にその対策方法が無かったが為に、あんな結果となった、とされた。

 表沙汰になれば問題ではあっただろうが、詳細は秘匿され、ただ新たなる敵が確認された事だけが公表された。

 コードネームは『エイリアン』。

 そう、UGSFの新たな敵は地球外生命体。エイリアンだ。

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