Galaxian 2279   作:TOKAS

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PHASE 3 <GALAXIAN>

 

 銀河人。かつての人類が地球人と名乗っていた時と同様に、自称はしているものの普段はそれほど意識せず、まず呼ばれる事の少ない呼び名である。

 しかし、今の銀河連邦……いや、UGSFの全ての人間の心の奥底にあるであろう、自らの存在を主張する名前だ。敵エイリアンに立ち向かう銀河人――『ギャラクシアン』として。

 UGSF隊員のユウキ・サワムラにとっても、自分が銀河の人間……ギャラクシアンであるという自覚はあったが、呼び方としては馴染みが薄いものだった。

 だが、これから敵と……『エイリアン』と対峙する自分を何者かと問われれば、その答えは『ギャラクシアン』でしかない。今ここに居る自分を確立するキーワードとして、『ギャラクシアン』が一番しっくり来る言葉だった。

 UGSFの航宙母艦に搭乗して見る宇宙がユウキにそんな事を考えさせた。

 作戦前だという事で不安になっているのかもしれない、とユウキは我ながら思った。

「サワムラ隊員……だったかな」

 そんな時、ふとユウキは誰かから声をかけられた。

 その声を聞いて、ユウキは現実に戻った。

「……はい?」

 返事をして振り返ると、白衣を着た男が立っていた。

「あんたは?」

「ギャラクシップ開発スタッフの一人だ」

 男はユウキの問いかけに大雑把な自己紹介をした。自分は名乗るほどの事でもないとでも言わんばかりだが、一応名札を傾けて見せた辺りは名乗るだけの名前はあるようだった。まあそういうタイプの男なのだろう、とユウキは納得する事にした。

「で、スタッフさんが俺に何か」

 改めてユウキはスタッフの男に尋ねる。

 大した理由は無いだろうが、一応聞いておこうと思ったからだ。

「なに、ちょっとした世間話だ。作戦前に不安を抱えるパイロットの心を解きほぐすのもUGSFに所属する者の役目だろうからね」

 スタッフはさらりと答えた。要はなんとなくといったところだろう。

「機体だけでなく隊員のメンテまで出来るなんて優秀だな」

 事実、話しかけられた事により不安の比率の大きかったユウキの気持ちは幾分か違ったものにはなっていた。彼なりに思うものとして、そんな言葉を返した。

「お世辞を言うならギャラクシップ自体に言ってくれ」

 そう言うとスタッフは小さく指で招く仕草を見せた。

「作戦前に乗る機体ぐらい見ておいて損は無いだろう」

 

 スタッフに連れられ、格納庫にまで来たユウキはギャラクシップを見て一言こう言った。

「……変な形だな」

 ユウキなりに思って、そのまま口から出た言葉だった。

 作戦開始時刻まで特にすることもなく、スタッフの言うがままに見に来てみたものの、

いざ実物を目にしたら、そう言うしかなかった。ユウキも一応データには目を通してはいたが、実際に見るとやはり感覚が違っていた。

「言うねえ。ま、確かにそうなんだが……」

 スタッフが少し体を傾けて頭をかく。

 ギャラクシップが変わったデザインである事は自覚しているようだった。

「それでも性能だけは保証する。今のUGSFでは間違いなく最速の機体だ」

 自信ありげな声でスタッフは言う。

 しかしユウキにはどうにも信じがたかった。

 UGSFで現在使われている航宙機の何れにも似つかないギャラクシップ独特の形状とサイズがスタッフの自信の大きさに値すると思えなかった。

「そうか」

 とはいえ、UGSFが使うと決めた機体である以上は、何かしら応えてくれるものなのだろう、とユウキは思うことにした。

「アレはレーザーか?」

 ユウキは気持ちを切り替えるべく、ギャラクシップ本体の下部から飛び出したように突き出ているモノについてスタッフに聞いた。

 槍か何かのようにも見えなくもない、長い棒状の何か。砲塔としてもやはり変な形だと思ったからだ。

「いいや、ミサイルだ」

「ミサイル……あれが?」

 改めてユウキは突き出たものを見てみたが、翼らしきものは無く、まだ特殊なレーダーのアンテナか砲塔だと言った方がしっくりくるものだった。

「ああ、間違いなくミサイルだ」

「一発限りの特攻機か」

「いや、ちゃんと弾も補充されるから心配は不要だ」

 ユウキの皮肉とも言える言葉ではあるが、スタッフの自信は少しも揺るがない。

「……ま、詳しい事はお偉いさんが説明してくれるさ」

「そういうものか」

「そういうものさ」

 二人でそんな受け答えをしていると、艦内に警報が鳴り響いた。

 唐突に艦内に鳴り出した音に気づき、スタッフは格納庫の出口を指す仕草を見せる。

 鳴り出した音からして、集合しろとの事らしかった。

 その直後、ご丁寧にユウキを含めたパイロットたちを名指しで呼び出し、作戦会議室に集合しろとの放送がなされた。

「ほら、急がないと大変だぞ」

 スタッフは急ぐようユウキに促す。

「ああ。すまなかったな」

 そう言って、ユウキはスタッフに背を向けて格納庫を後にした。

「……ま、なるようになるだろう」

 その姿を見たスタッフはただ頭をかいていた。

 

 艦内放送のままにユウキは急いで作戦会議室に向かい、出来るだけ早く辿り着いた。

 部屋に入ると、既に他のパイロットは直立して待機しており、ユウキが一番最後であった。

「遅れて申し訳ありません」

 ユウキは深々と頭を下げ、侘びの言葉を入れた。

「今か始めるところだ。いいから付きたまえ」

「は」

 上官の言葉に従い、ユウキは他のパイロットの横に並びついた。

 他のパイロットは、心の底でどう思っているかはわからないが、表向きには特にユウキの事には何も反応はしなかった。

 では、全員そろった所で作戦についての説明を開始する」

 その言葉を聞き、。みな上官の方に注目する。

「皆も一応知ってはいるだろうが、今作戦は我が銀河連邦が初遭遇したETI……外宇宙生命体、コードネーム『エイリアン』の掃討作戦である」

 一度言葉を区切ると、上官は端末機器を操作し、大型スクリーンに映像を映し出す。

 表示されたのは、様々な所で使われているエイリアンの想像図だった。

 周りには憶測ではあるが、エイリアンのデータも表示されていた。

「奴らエイリアンは、我々UGSFの艦艇や居住惑星を強襲し、度重なる偵察・接触行動においても我々に意思疎通を見せる事なく、敵対行動しか見せない事から、銀河連邦の敵として認定された」

 上官は続けて端末を操作し、スクリーンの映像を切り替えた。

 エイリアンの想像図と比較するように、かつての敵であるUIMSと『竜騎兵』が映し出された。

 その比較図は、エイリアンがとても小さな存在である事がよくわかるものだった。

「二度の前例に従い、GUSFではドラグーンの使用も考えられていたが、今回の敵であるエイリアンは小型で尚且つ機敏な動きをする存在であり、ドラグーンでは不利であるということで、D計画に基づき開発された新型機が今回投入される事となった」

 ギャラクシップの映像とデータが映し出される。

 UIMS等と比べても小さく、想定されるエイリアンとのサイズと同じ程度であった。

「GFX―001a、ギャラクシップ。これが今回使われる航宙機だ」

 上官の台詞を聞き、初見時にユウキが変な形だと思ったように、他パイロットもそれを目にした瞬間少し……わからない程度ではあったが困惑したような態度が見られた。

「搭載武装はコスミックミサイル一基。このミサイルは特殊精製による構造により、発射後にミサイルが再生……装填され、再発射が可能となっている。ただし、装填時間にはバラつきがあり、その点を考えた上での作戦執行が君たちに求められる」

 スタッフが言ったようにミサイルについての解説があり、ユウキは何か首が痒い感じになった。それでも確かにわかりやすい説明ではあった。

 ミサイルについての説明が終わると、機体についても説明がされた。

 その辺りはユウキがスタッフに教えられた事と大体同じであった。

 とにかくギャラクシップが妙な見た目によらない航宙機であるらしい事は他パイロットにも伝わっただろう。

「君たちはこのギャラクシップに搭乗し、エイリアン集団に強襲突撃をしての撃退をしてもらう」

 上官はそう言うと、作戦ルートの解説図をスクリーンに映した。

 進攻予想ルートが含まれたその図を見る限りでは、太陽系に近づいており、最終的な目標は地球であるようだった。

「奴らエイリアンは虫と同じような生態で行動しており、実際の虫が明かりに引かれてその周りを飛び回るように、エイリアンも同じく人類や惑星に引かれ飛び回り、その一番引かれているものが地球自体であると予測されている」

 上官が言うには、それが正しいかは未だ不明であるが、奴らの進攻予想は今の所外れてはいない為に今回の作戦もそのまま決行されることとなったそうだ。

「この作戦が発動された時点で君たちは特別昇任されることとなる。その意味は言わずともわかっているだろう」

 上官は暗に『生きて帰る事が出来る保証は無い』とユウキたちに告げた。

 作戦内容からして無茶もいい所で、死んで当然であるかもしれない。

 現に作戦終了時についての事は何も語られていないからだ。

 だが、ユウキを含めたパイロット達はUGSFの隊員として居る以上は覚悟の上だった。

 『全てはUGSFのために』。かつてのオーリアット大佐が心の底で叫んだように、UGSF隊員の心の根底にある言葉。

 未知なる敵への恐れや怯えが無いわけではない。

 それでも、UGSF隊員として逃げるわけにはいかない。

 ユウキは今ここで逃げるわけにはいかなかった。

 彼女からの、ノシカから託された僅かな思いのせいもあった。

 それ以上にユウキは自らの手で奴らを、エイリアンを倒したかった。

 他の隊員も多かれ少なかれ思うことは同じはずである。

 だから皆は逃げずに其処に居た。これから開始される作戦の為に。

「……質問があるものは挙手を」

 皆の顔を見て上官は尋ねたが、誰も何も言わなかった。

 疑問など無い。もはやあるのは覚悟だけだった。

「……よろしい。ではこれより当作戦……オペレーション・エイリアンエクスターミネーションを開始する」

 二二七九年一一月一日 銀河標準時間一○:○○、作戦は開始された。

 作戦名の呼称された瞬間、その場の空気も変わった。

 もはや逃げる事は許されない。

 ただ敵に立ち向かうだけだった。

「総員、出撃」

「はっ」

 その言葉と共にユウキたちパイロットは敬礼をし、了解の合図をした。

 敬礼を終え、部屋の中のパイロットは一人ずつ急ぎ足で退室していった。

 ユウキは部屋に入ったのも一番最後だったこともあり、出ていくのも最後という形になっていた。

 出撃するべく格納庫へ急ぐ途中、ユウキは先ほどスタッフに見せてもらったギャラクシップは三機しか用意されていなかった事を思い出した。

 だが、今回の作戦に選抜されたパイロットはユウキを入れた上での『予備隊員を含めた』四人。

 作戦開始直前まで何があるかわからない以上、もしもの事を考えておくのは当然ではあるだろう。しかし、先ほど集まったのも四人であり、ユウキ共々皆何も問題はなさそうに見えていた。

 こういう場合、一人は残るように言われたりするのかもしれないが、特に何も言われることはなかった。

「……あいつにでも聞いてみるか」

 足を急がせながら、ユウキはぼそりと呟いた。

 あのスタッフにでも聞けば何かわかるだろうと思い、ひとまず急ぐ事にした。

 

 ユウキは自分なりに急いだつもりではあったが、皆行く場所も同じである以上、部屋から出た順番そのままの格納庫への到着となった。

 既に他パイロットがヘルメットを被り、装備を付けて搭乗の準備をしている所だった。

 つまり、ユウキが乗るべき空いた機体が見当たらないという事だった。

「ようやく来たな、サワムラ隊員」

 ユウキが横からの声に顔を向けると、例の開発スタッフの男がそこに居た。

「あんたか」

「ああ、早く君も準備しないとドヤされるぞ」

「機体も無いのにどうしろって言うんだ」

 スタッフの台詞に、ユウキは他パイロットや他のスタッフが群がっているギャラクシップに視線を向けてぼやいた。

 そんなユウキにスタッフはこう言ってのけた。

「君の機体は今用意してるところだよ」

「……用意だって?」

 ユウキは自分の耳を疑り、その言葉を聞き返した。

「そう、用意だ」

 スタッフは格納庫の奥の方を指した。

 ユウキの居る場所からではあまり見えないが、確かに何かしら作業をしているようだった。

「UGSFはこの作戦において、ギャラクシップが損傷もしくは途中撃破された場合も見越して母艦内で航宙機建造をしながら作戦決行をするプランも考えてたらしくてね。ギリギリまで実行するかしないか決まらなかったそうだが、作戦に投入できる機体は多い方がいいということで、自分を含めたスタッフが動員されたのさ。小型で建造し易いであろうというお言葉もついてね」

「無茶苦茶な話だな……」

 スタッフの言い訳のような説明にユウキは思わず顔をしかめた。

「軍はいつだって無茶振りをしてきた、そうだろう?」

「まあ、そうだな」

 ユウキは以前調べた過去の戦いの詳細を思い出して、スタッフの言葉に納得をすることにした。

「とにかくサワムラ隊員、君の乗るギャラクシップは今造っている。準備だけして待っていてくれ」

 急に真面目ぶった口調で言うスタッフ。

「了解した」

 それに応えてユウキも真面目に返す。

 続けて一つ気になった事をスタッフに聞いた。

「それで、あんたは何もしなくていいのか」

「自分の担当箇所は既にやってある。それに言っただろう、パイロットと会話するのも大事な役目だ」

 要はこのスタッフが今する事は無く暇ではあるらしい。

「……了解した」

 気になっていた事は聞くだけ聞いたので、ユウキはとっとと出撃の準備をする事にした。

 準備といっても、機体が無い以上は出来る事はあまり無い。

 念のため、着用しているパイロットスーツの不備を確認したが、特に問題は無かった。

 まがりなりにもUGSFで採用されているだけあって、耐久性はかなりのものだ。

 作業していると思しき格納庫の奥の方にユウキが足を向けると、確かに造りかけのギャラクシップの姿がそこにあった。

「かかりそうだな……」

 まだ完成しそうにない状況を見て、ユウキは諦めて待機し続けることにした。

 待てば必ず完成する。そして機体に搭乗して、戦うに行ける。

 だからユウキはとにかく待つ事にした。

 あともう少しだ。もう少し。

 

 実際の時間からすれば僅かな時間ではあったが、その間はユウキにとっては何十分にも何時間にも感じられた。

 だが、その長い時間もスタッフの言葉により、ようやく終わりを告げた。

「待たせたな、ユウキ・サワムラ隊員」

「やっとか」

 ユウキが俯けていた顔を上げると、視線の先に作戦発動前に見せられたギャラクシップと同じモノが完成していた。

 唯一の武器であるコスミックミサイルを搭載した独特の形状の航宙機。これからユウキが乗り、出撃する機体だ。

 ユウキは横に置いておいたヘルメットを手に取り、機体のコクピットへと向かった。

「健闘を祈るよ」

 スタッフの激励にユウキは小さく手を振って応えた。わかっているさと言う代わりに。

 ギャラクシップの所まで行くと、ユウキは梯子……いや、脚立だろうか、とにかく急ごしらえの足場を登ってコクピットに入った。

 別に横たわるわけではないが、まるで棺桶のように思える航宙機のコクピット。

 飛んで戦うというモノの性質上、操縦場所は狭く苦しいものであるが、特殊なセンサーなどの搭載がされているが為に余計に狭いものであった。

 ユウキは出撃ではなく出棺でもするかのような気分になってきた。

「まあいい……」

 その思いを払拭すべく小さな声を出してから、ユウキはヘルメットを被った。

 それに続いてヘルメットに内蔵されている各種機能を機体のセンサー等と同期させる。

 各種テストも行ったが、どれにもエラーの表示は無かった。何も問題は無い。

 ユウキがコクピットで調整をしている間にも、機体はリフトにより移動させられていた。

 ギャラクシップはリフトによって母艦の中を上昇していく。

 出撃準備を終えたユウキは、右手で操縦桿を握りながらキャノピー越しに様子を見ていた。

 この母艦の上部に急造されたカタパルトまでリフトは上昇する。

 それまでに見える構造から、艦一つにも複雑に入り組んでいる事がよくわかる。

 やがてリフトの駆動音が止まった。

 よくよくユウキが目の前を見ると、一面の黒にまばらに輝く光点の数々が広がっていた。

 一言で言えば宇宙だ。

 機体が母艦の上部……外にあるカタパルトの所まで上がってきた証だ。

『機体。カタパルト接続開始……』

 耳に響く無機質な声が、ようやく出撃である事をユウキに感じさせた。

 カタパルトに上がってくるまでにも何かしらの声が聞こえていたのかもしれないが、ユウキはただこれから立ち向かう敵の事と、宇宙を行く事だけで頭が一杯であった。

 ギャラクシップは僅かに前方に移動させられ、カタパルトに乗せられる。

『カタパルト接続完了……』

 その声に合わせて、ユウキはギャラクシップのエンジンに火を入れ、出力を上げていく。

 コクピットにいる限りでは何も音は響かないが、ディスプレイに表示されている現在のエンジン出力は他UGSF航宙機と比べると並外れたものであった。

『カウントを開始します……』

 出撃カウントの声。ギャラクシップのディスプレイにも数字が表示される。

『3……』

 発進ということでユウキも思わず固唾を呑む。

 この先に奴らがいる。そして奴らを戦える。そう思うと、僅かにも心臓は高鳴った。

『2……』

 数字は順当に減っていく。

 慣れているつもりの発進だが、ユウキは体が震えそうなほどだった。

 だが、その気持ちを押し殺した。

 もはや逃げられないと己に言い聞かせて。

『1……』

 そして、この作戦には銀河連邦の……銀河人としての誇りがかかっている。

 直接言葉にする事ではないが、UGSFの皆が思っているであろう事。

 その思いと共に、ユウキは今行く。

『0……』

 カウントが終わった瞬間、ユウキの体全体に力がかかる。そして視界の下部に見えていた母艦が姿を消した。

 ユウキの乗ったギャラクシップは今、母艦から出撃したのだ。

 

「ぐッ……」

 出撃時の勢いから来る一時期的な息苦しさからユウキの口から声が漏れる。

 スーツや機体のおかげで幾分軽減はされているが、それ以上の瞬間的な加速により視界までもが潰れそうなほどに圧力がかかった。

 母艦から見れば、ギャラクシップは砲弾や光学兵器のように瞬時に飛び出していったように見えただろう。

 だが、今のギャラクシップの中からすれば何も音は聞こえない。勢いも感じさせない。

 果ての無い宇宙の海を独り静かに漂っているようにも感じさせるだろう。

 ユウキには首絞めの後に窮屈な棺桶の中に座り込んでいるような気分を覚えさせていた。

 だが、ギャラクシップのディスプレイに表示される速度の数字と、ユウキの視界を流れては消えていく遠くの星が、今確かに宇宙を飛んでいる事を証明していた。

「……おかしいな」

 ディスプレイに映るレーダーを見て、ユウキは少し首を傾げた。

 作戦進行のルートの確認の為にと確認してみたのだが、何も映っていなかったからだ。

 速度が速すぎるせいでまともに動作していないのかと表示を切り替えたりしたが、動作自体はちゃんとしているようだった。

 既に他の機体……三機のギャラクシップが先行している以上、何かしらの反応があるはずなのだが、何も表示はされていない。

 それに敵……エイリアンも、どこかに居るはずなのだが、それらの姿も映っていなかった。確かエイリアンは生物らしいそうだが、それでレーダーに反応しないなんて事もないとは思いたかった。

 しかし、現に何もレーダーに映らず、敵も味方も位置のつかめない状況ではどうしようもない。

 仕方なくユウキが他ギャラクシップか母艦と連絡を取るべく通信機に手をかけようとした瞬間だった。

「んっ……!?」

 急にユウキの耳に妙な音が聴こえ始めた。

 聞いた事のない奇妙な音だった。

 何かの呼吸音のような、心臓音のような、何かしらのリズムによって奏でられている低い音。

 それが段々と、段々と、大きくなっていく。

 聴こえると表現したものの、まるで頭の中に伝わっているかのような音だった。

 わからない、これは一体なんなんだ。ユウキは困惑した。

 思わずヘルメット越しに耳を押さえようとしたその時、微かにレーダーに反応があった。

「これは……!」

 レーダーの光点の数は、2……8……16……。どんどん増えていった。

 その反応の数が増えるごとに奇妙な音もより大きく響いてくるようだった。

 そして約40の反応が確認できたところで、ユウキも遠目ながら反応の正体が確認できた。

 群れを成し超高速で宇宙空間を飛行する謎の生物。

 今ユウキが確認できただけでも緑色をした個体と紫色の個体……奇妙な造詣と相まってまさにエイリアンと言うにふさわしい姿をしている存在だった。

 奇妙な音もおそらくはあいつらが発している音なのだろう。理屈まではわからないが、奴らに近づく事により、それがユウキに聞こえているのかもしれない。

 だが、今はそんなことはどうでもよかった。

 ユウキは今ようやく敵と対面……正しくは、群れで飛ぶ奴らに追いつく事ができたのだ。

 今乗っているギャラクシップによって。

「ついに……!」

 ユウキは意を決して操縦桿を強く握り締めた。

 続いて、奴らを目視し適度な距離をおけるところまでに機体の速度を合わせる。

 奴らと相対速度が合ったところでトリガーを引いてミサイルを発射しようとした刹那、低い奇妙な音とは別に甲高い奇妙な音がユウキの耳に響いた。

「くぅ……!」

 唐突な事により思いがけずユウキは操縦桿を倒してしまう。

 ギャラクシップが僅かに左に傾き、真っ直ぐエイリアンに向かって飛んでいたのが反れていく。

 機体の姿勢を戻そうとした瞬間、キャノピーに何かの影が横切った。

「……ぬッ!」

 よく見ると、その影は緑のエイリアンだった。

 一匹の個体がこちらの方向に向かって飛んで来た……いや、間違いなくユウキのギャラクシップと相討ちするつもりで飛んできたようだった。

 甲高い音もどうやらあいつらの飛行時……攻撃時に発せられる音のようだった。

 その証拠に、また次々と音が聞こえては、緑のエイリアンが曲線を描くような動きでギャラクシップを目指して飛んできていた。

 先ほどの操作は偶然にもユウキの命拾いとなったようだ。

 だが、もう偶然は無いだろう。ユウキ自身もそう思った。

 敵も反撃に出た以上、もはやレーダーを見て悠長に敵を狙ってはいられない。

 UGSFの隊員として、己の経験と勘に頼るだけだ。

『行くぞ!』

 ユウキは心の中で叫び、目に映るモノだけに集中した。聞こえる奇妙な音など関係ない。惑わされるわけにはいかない。

 目視だけでエイリアン自身による体当たりやミサイルを完全に回避できるわけじゃないが、奴らがするであろう動きを読み、それに合わせてギャラクシップを操作した。

 速さを追求した機体であるが為に旋回性能……避ける動きは厳しいものではあったが、そこはユウキ自身の勘によって補われた。

 そしてこちらからの攻撃としてコスミックミサイルを発射するべくトリガーを引いた。

 音も無く発射されるミサイルではあるが、電子音による擬似的な発射音が再生されることにより、何時発射されたかは確認できた。

 コスミックミサイルの当たったエイリアンの個体は一発で爆沈した。

 宇宙から消滅した奴らを哀れだと思う余裕はユウキには無い。

 次の瞬間には自分も同じ運命になっているかもしれないからだ。

 もしかしたら他のギャラクシップは既にそういう運命を辿っている可能性は高かった。

 それでもユウキはとにかくトリガーを引き、ミサイルを撃ち続けた。

 今はただ、戦うだけだった。

 目の前のエイリアンを倒す為に。

 ただ、ひたすらに。

 

 エイリアンの数自体は多かったが、ギャラクシップの前では多勢に無勢などという事はなかった。

 一発一発を確実に当てていけばエイリアンは間違いなく戦力を減らしていったからだ。

 時折体を反転させたり、思いがけない挙動をしたりもしたが、今のユウキには読めない動きではなかった。

 上官から聞いたように装填時間にはバラ付きはあったが、ユウキはその時間をも読んでは機体を操作してミサイルを発射し続けた。

 ミサイルに当たっては消滅していくエイリアン。

 だが、それ以上に幾百幾千もの銀河連邦の人間が、銀河人がエイリアンの攻撃によって命を散らしていた。

 彼らの仇を取るというのであれば、これだけではまだ足りない。まだ足りなさすぎた。

 だからユウキは今この宇宙にいるエイリアンを駆逐するつもりでいた。

 作戦名である『エイリアンエクスターミネーション』の通りに。

 そしてレーダーにも映っている最後の一匹に向けて、ミサイルを撃ち込んだ。

 最後のエイリアンは避けるような動きをしたが、それすらも読んでユウキの操縦の前には無意味であった。

 ミサイルが命中し、爆沈、消滅するエイリアン。

 この瞬間、ギャラクシップのレーダーからエイリアンの群れは消失した。

 低く響く音も聞こえない、高い音も無い、宇宙の静寂が訪れる。

 ユウキはこの戦いに勝ったのだ。

 戦いを観測していると思われるUGSFでは歓喜の声が上がったかもしれない。

 しかし、ユウキは安心していなかった。

 一度レーダーに反応が無かったのに、ある時を境に姿を見せたエイリアンの事だ。まだ何があるかわからない。

「んッ……」

 ユウキの予感が的中したのか、また奇妙な音が聞こえてきた。低く響き渡る奇妙な音だ。

 まさかと思い、レーダーを見るといつの間にか複数の反応……エイリアンの反応があった。

 ただ宇宙空間が広がるだけだった前方にもエイリアンの群れが出現していた。

「……やはりか」

 あくまでユウキ自身の推測でしかないが、奴らエイリアンは超高速で移動しているだけでなく、擬態機能と思しき能力を持っているではないかと思われた。

 エイリアンがその能力を使う事により、レーダーにも反応せず、目視すらもさせないのではないかという推論。

 光速での移動……もしくはワープ能力を持っているかとも思ったが、それなら予兆らしき現象が現れるはずだからだ。

 何にしても、奴らの群れはまた現れた。それだけのことだ。

「いいだろう……」

 何度現れようと、何匹出てこようと、奴らが目の前に居るのであれば戦う。戦ってみせる。ユウキの心はそう決まっていた。

 この狭い棺桶の中で言葉通りに最期を迎えようとも、エイリアンを倒せる限り倒す。

 銀河人の一人として……ギャラクシアンとして……!

『さあ来いエイリアン!』

 心の中の叫びと共に、ユウキの戦いが再開された。

 その叫びに呼応したかのように、エイリアンもまた攻撃を開始してきた。

 甲高い快音、弧を描くような動き、音もなく撃たれるミサイル。

 それらを避け、ミサイルを撃ち、奴らに当てる。

 単純なようで一瞬たりとも気の抜けない小さな宇宙戦争。

 何時終わるともしれない戦いが、また始まった。

 

 

 

 


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