飛来するのは万の氷柱群。逃げ場などなく密集するように放たれる絨毯爆撃に等しいソレらに立ち向かうのは一人の少女だ。自身が危ない氷柱だけを斬り捨て、それ以外は最小限の動きだけで躱し続ける。切り傷が出来ていくが、そんなのは関係ない。この程度ならば戦いに支障はきたさないのだから。だが、幾ら斬り捨てても、躱しても、されど終わらない一斉掃射。それに対して少女────東堂刀華は瞬時に理解の色を示した。即ち、この氷柱群を放ち続ける黒鉄珠雫が、放ったと同時に新たな氷柱を生成しているのだと。
最早、感嘆するしかない魔力制御能力だ。このリング上に展開している『水色結界』を維持しながら氷柱を放ち続け、放った所から生成し続けている。舌を巻くしかない。魔力の多さもさることながら、やはり特筆すべきは驚異的な魔力制御能力に他ならない。想像の上を行っていた。最強の水使い。珠雫をそう評して、刀華は悪く言えば練習台代わりにしようとしていたのだ。これ程の水使いと戦える事はそうそうない。だからこそ、七星剣武祭に向けて、彼女のような水使いが出るかもしれないと思い、それを想定して戦いを始めた。
だが、結果はどうだ? 今、休む事なく攻撃をするのは彼女で、自分は受けるのに回っている。幾つもの策を張り、しかも真正面から難攻不落だった『雷切』さえも攻略された。黒鉄珠雫の実力は、自分が想像したものより遥か上だった。楽しくてクスリと笑みを溢す。心の奥で少し侮っていたのだろう。練習台とは言え、戦いは全力。そう思っていたのに。
まだまだ、修行不足だと刀華は胸中で呟き────次の瞬間。全身から雷電が迸る。もう、侮りはしない。この戦いを練習台とすら思わない。目の前に居る偉大なる魔女に対してソレは侮辱でしかない。彼女は全開でこちらに挑んできているのだ。ならば、こちらも挑まなければ黒鉄珠雫に失礼というもの。故に、全身全霊で、持ち得る全てを持って貴女を倒そう。
『雷切』が攻略された? だから、なんだと言うのか。自分には『雷切』しかないと思われるのは実に心外だ。見据えるのは
────『疾風迅雷』
自身の体を雷によって身体能力を上げさせる彼女の伐刀絶技。その速度は正しく雷速の如く。一瞬にして珠雫の元に駆けていった。未熟な伐刀者ならば、視認する事さえ不可能な領域での移動は、しかし、身近で規格外の兄を見続けていた少女はしっかりと捉えていた。
「来る事は分かっていましたよ‼︎」
『水色結界』により、東堂刀華の飛び出すタイミングなどを知っていた彼女は焦る事なく対処する。如何に速く動こうとも自身の『水色結界』がある限り、全てが分かる。このリングを包み込む水分は全て自分の触覚なのだ。相手の筋肉の動き、息遣い、体を動かそうとするあらゆるものを黒鉄珠雫に知らせてくれる。ソレは一種の未来予知に等しい伐刀絶技だ。珠雫は刀華の動きを、より先に予測している。
氷柱を放ちながら設置していた罠を発動させる。バチリと雷鳴を響かせて迫る刀華の足元から氷の棘が発生した。だが、ソレは刀華に傷を付ける事はない。珠雫はすぐさま視線の向きを変える。すると、そこに刀華の姿があった。
「…………やはり貴女もっ‼︎」
「近付けました」
ポツリと呟く刀華に、珠雫の背中に怖気が奔る。と、同時に彼女の次の動作を理解した。そして彼女は納刀された刀の鯉口を切る。抜刀。放たれる二度目の『雷切』。しかし────その刃は珠雫には届かない。だが、関係ないとばかりに刀華はより一歩を踏み出した。幾つも放たれる斬撃の嵐。ソレを躱して迎撃する珠雫。お互いがお互いに相手の行動を読みながら動いていく。もう、ここまでくれば珠雫は察した。
東堂刀華もまた、相手の先を視るナニカを持っているのだと。先の読み合い。読み切った者がこの場の勝者となる。至近距離でのぶつかり合い。視線を外す事なく二人は相手を見据える。その内に宿る想いは、二人共同じだ。
─────勝つッ‼︎
彼女には負けないと。勝ってみせると気焔を吐いた。一歩も退かないその攻防に、観客たちも見入っていた。
『…………す、すげぇ』
『なにこれ………?』
『あの二人だけレベルが違い過ぎるぞ』
無意識に漏れる賞賛の言葉。剣術とか余り知らない彼等でも、彼女たちの技量が凄い事は分かる。
「………シズク凄いわね」
「えぇ、破軍学園最強の伐刀者と渡り合ってるわ」
同じく観客席に居るステラと有栖院も見入るように視線を外さずに会話していた。リング上で繰り広げられる達人同士の斬り合い。互いに先を、先を読み一歩も引かない。いや、引ける訳がない。この相手に一歩でも引いてしまったら負けると本能が訴えていた。故に────前に、より前に踏み込むのだ。刀と小太刀が弾き合い火花を散らす。少女たちが奏でる剣舞。我武者羅にぶつかり合うソレは、観客たちにとって綺麗に映った。
(まだ、もっと読み切れッ────‼︎)
(もっと、もっと疾くッ────‼︎)
珠雫はこの戦いを完全に読みきる為に、全神経を集中する。刀華は早く、速く、もっと疾くと全身をフル稼働させた。読み切れれば珠雫が勝ち。珠雫が追い付けない程の剣閃が振れれば刀華が勝つ。まだ、互いに勝利の可能性が残されている。剣の技量なら刀華に軍配があがる。しかし、珠雫には『水色結界』がある。足りないモノを自身の伐刀絶技で補い、刀華と拮抗するまでに至った。互いの実力が拮抗しているなら、勝負を分けるのは────
意思を燃やせ、想いを昇華させろ。一人は兄の後ろを追い掛ける為に、一人は彼と競い合いたい為に。違いはあれど、何処か似ている少女たちの想い。斬り結ぶ二人は視線を鋭くしたまま再度、
だが、関係ないとばかりに防壁ごと一閃するが、そこには珠雫の姿が何処にもない。と、首筋が寒くなった刀華はすぐさま危険を察知した場所に刀を置いた。そこには『緋水刃』を振り抜いている彼女の姿があった。されど、刀華は見抜いていた。これも囮だと。本命は─────
「…………こっち‼︎」
背後に『鳴神』を一閃した。何時、近付いていたのか、気配を消して迫っていた
「………どうやって気付いたんですか。私の奇襲は完璧だった」
「えぇ、確かに貴女の奇襲は私の意表を突きました。だから今のは私の勘です」
「勘? これだから剣士はっ‼︎」
珠雫の疑問の声に、勘で攻撃を防いだと告げる刀華に毒付く。勘は勘でも、剣の達人の勘は馬鹿にならない。それを珠雫は知っているからうんざりする。それほどまでに剣士の戦闘勘は異常なのだ。珠雫は生粋の剣士ではない。確かに兄を見て剣術の鍛錬はしたが、彼女の戦いは剣ではなく魔力を使う魔法使いとしての戦いが合っていた。故に、剣士の勘などサッパリ分からない。さっきの攻撃が防がれたのは痛いが、すぐに切り替えて、新たな策を考えようとした珠雫は、そこで刀華がなにかをする事を察した。
「………行きます」
瞬間────加速した。刀華の前に雷で出来たトンネルが作られ、そこを刀華は駆け抜ける。『疾風迅雷』によって強化された自身を雷のトンネルを以て一つの弾丸として射出する。見た事もない技に珠雫は大きく回避行動を取った。しかし、その一撃の威力の範囲は距離を取っても意味をなさない。射出した刀華は突きを解き放ち、それを確かに距離を取って躱した珠雫だったが、バチバチと雷電が周囲を奔り、それらが珠雫を襲う。
後から襲う轟雷になんとか対処しようとした彼女であったが、刀華の突きを避けた後で態勢を立て直しきれていない珠雫は間に合わない。雷の余波が珠雫を激しく打ち付け、苦悶の声を漏らす。だが、すぐに立て直さなければ刀華が迫ると、激痛を意思の力でねじ伏せて刀華を見据えるが、彼女は来る事はなかった。
「……………来ない? なんで?」
疑問を口にする。数秒程度であったが、あの時、珠雫は動きを止めていた。狙うには絶好のチャンスだ。なのに、来ない。それに珠雫はすぐに当たりを付けた。
(行きたくても、来れなかった? …………原因はあの技ですか)
見た事のなかった伐刀絶技。何故、今まで試合では出さなかったのか。新しく作った切り札で七星剣武祭まで隠し通したかったから? それとも『雷切』で充分だったから? いや、違う。珠雫は彼女が自分と同じく余力を残さず全力で来ている事に気付いている。それにここで負けてしまえば、七星剣武祭にも行けない。だからこそ推測した。あの伐刀絶技はまだ未完成な代物だと。それ故に、負担がかかり彼女は追撃出来なかったのだと。
(……………うっ)
珠雫の推測は正しくその通りだった。
────『
雷のトンネルを作り、そこを『疾風迅雷』の自身がレールガンの弾丸となって突撃し、刀で突きを放つ伐刀絶技。これは実戦で使うには余りにも未完成な技であった。自身の体に大きな負担がかかり、追撃出来なかったのだ。絶好の機会を逃してしまった事に刀華は口惜しそうに表情を変えるが、それも一瞬の事。全身が重いが、まだ動けない程ではない。行けると彼女は戦意を漲らせる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────ッッッ‼︎」
声を張り上げ、刀華は瞬時に肉薄した。肉体が痛みを発するが、気にせず足を動かし、より加速する。だが、近づかせるつもりなど珠雫にはない。終わりはもう近い。自身の体調を確認して黒鉄珠雫はそう断じた。それは恐らく刀華も同じ考えの筈だ。だからこそ、彼女はこうして自身が得意とする距離まで近づこうとしているのだから。遠距離戦では魔力で戦う珠雫とは分が悪いと判断しての行動である。
とはいえ、無事に珠雫の元に辿り着ける訳がない。広範囲に繰り出される巨大な氷塊。ソレを迫り来る刀華に向けて撃ち放った。質量が違うだけで、その威力は変貌する。ならば、直径五十メートルはくだらないこの氷塊には、どれ程までの威力が秘められているのか。考えたくない事だ。氷塊が徐々に視界内で大きくなっていくに連れ、刀華は思考を巡らす。
(どっちに躱す? 右、それとも左? ………くすっ、いや────考えるまでもありませんね)
そう────考えるまでもない。右や左に避けたとしても動きが失速してしまう。そうなれば彼女に付け狙われるだろう。ならば、やはり、考えるまでもない。
(…………ふぅ、私は一つの刀)
パチンっと鞘に納刀させ、ゆっくりと息を整える。
(私は一筋の雷鳴)
バチリと雷電が全身に奔る。考えるのは一つ。自身は何者にも捉えられない『
「────『雷切』ッッッ‼︎」
鯉口を切り、三度目のその一閃は解き放たれた。
巨大な氷塊を撃ち出し、刀華が避けるのを珠雫は魔力を練った状態で待ち構えていた。何処から現れようと瞬時に狙い撃てるように。彼女の脳内には刀華がどうやって躱すのかが記されており、どういう行動を取っても対処出来る万全な態勢だった。しかし、それなのに何故だろうか。こんなに胸騒ぎがするのは。こんなに冷や汗が流れるのは。右か左か、はたまた上か。躱すとしたら、それらのどちらかだろう。
(ですが……彼女なら真正面から来るはず)
だが、珠雫は断言するようにそう胸中で言い放った。右や左に東堂刀華は避けない。あの騎士ならば、この氷塊をどうにかして正面から来るだろうと珠雫は断定した。彼女は自身の兄と似ている所がある。兄ならばこの氷塊をどうにかした上で、相手に肉薄するだろう。とはいえ、半ば断定しているとはいえ、それでも保険として珠雫はちゃんと罠を設置していた。
なのに、ここまで万全を期しているのに、彼女の心の奥底で何者かが囁く。これではまだ足りないと。なんだ? なにを見落としているんだと珠雫が考え始めた瞬間───ピキリ、と。そんな音を、珠雫は氷塊から確かに聞いた。すぐに考えを打ち消し、今の事に集中させる。考えている状態で戦える程、相手は弱くないのだ。
眼前に撃ち出された氷塊がピキピキと亀裂が入っていく。そして────
「─────なっ!?」
亀裂が入った氷塊が遂には砕け散り、その奥から───雷の暴威と呼べる程の余りにも荒々しい雷撃が珠雫を襲った。すぐに純水で作り上げた水の壁で防ごうとするが、轟ッという音と共に破砕し、作り上げた水の壁が消え去った。驚愕に眼を見開く。もう、この程度の水壁では、この雷撃の大質量を防ぐ事は出来ないと悟ると、このままではいけないと判断し、その場から離れようとした珠雫であったが、しかし、彼女の耳朶にバチリと雷電の音が鳴った。
「…………え?」
「────捉えました」
「─────ッッッ!?」
耳朶に響いた雷電の音に反応した珠雫は、次に聞こえた少女の声に戦慄が襲った。そちらに視線を向けると、お下げの髪をしていたであろう少女が、スラリとお下げ髪が解かれた栗毛を流して腰を落としていた。左手には鞘が握られ、刀はもう鞘の中に納刀されている。そしてその柄は右手で添えられていた。次になにが起きるかなど、容易く理解出来た。
キンッと刀華は鯉口を切る。感じるのは、今までにない程の殺気。やばいッ!? そう思った時には『水色結界』で先を読む。抜刀された刃が逆袈裟に放たれ、ソレを珠雫は頭を下げて躱す───そこまで読んで数瞬。珠雫が予測した光景をなぞるかのように抜き放たれる『雷切』を、予測した通りに頭を下げて珠雫は躱して見せた。
ギリギリのとこで躱せた事に安堵の息を吐くと同時に、刀華を見据える。『雷切』は確かに強力だ。しかし、『雷切』や抜刀術には弱点が存在する。避けられてしまえば後はガラ空きになってしまうのだ。今までは避けたとしても、瞬時に刀華が足を動かして躱してきたが、先程の伐刀絶技により負荷が掛かったその体では躱す事が出来ないだろう。踏み込む、『宵時雨』に水を鋭利にさせて振るう。
避けられない。異常な負担が掛かっている彼女は避けれる筈がない。
(これで、私の勝ちですッ‼︎)
勝利の確信。珠雫の『宵時雨』が刀華に迫る、これを防ぐ事は彼女には出来ない。完全に抜刀術の弱点を突いた一撃。振り抜かれた刀を、如何に達人であろうとも引き戻すのに数秒もの時間が掛かる。そして戦いに於いて、数秒もあれば充分なのだ。最早、急いで刀を引き寄せても間に合わない。故に、確信を込めて珠雫は自分の勝ちだと胸中で叫んだ。
その勝ちを確信したという、明確なまでの───油断。戦闘に於いて、時には意思のチカラで勝利を掴む者が居る。勝利に執着し、危機的状況でも諦めず、意思を、想いを燃やす者。その者に────
『宵時雨』が刀華に一撃を与える寸前、メギィッと黒鉄珠雫は腹部から激痛が全身に駆け巡った。
「───かはっ!? な、にが………っ」
突然の痛み。そこに視線を向けると、自身の腹部を一つの鞘が強打していた。
「ッ、鞘ですってッ───!?」
つまり、どういう事かというと。東堂刀華は『雷切』で振り抜いたと同時に左手に持っていた鞘を珠雫の腹部に繰り出していたという事に他ならない。
「二段構えの抜刀術ッ!? そんなモノがあるなんてッッッ!?」
油断したところに来た打ち抜かれた一撃に、吐血して珠雫はそこで見た。『鳴神』を鞘に納刀する彼女の姿を。その光景を見て『
「あぁあぁああぁあぁあああぁぁあ─────ッ‼︎」
限界に近い体を叱責し、動きなさいと声を張り上げる。しかし、体を動かすには余りにも時間が足りなかった。
「…………やっと、貴女に追い付きました」
刀華が口を開く。
「────『雷切』」
そして、五度目の『雷切』が鞘から抜き放たれ、一閃した。だが、今度は避ける事が出来ず、予測しても珠雫の反応速度が追い付けない程の斬撃が、彼女の体を斬り裂いた。血が噴き出し、珠雫の膝が折れる。視界がゆっくりと動いている中、彼女は、悔しさと、自身に対しての苛立ちを考えながら遂には意識が暗転して崩れ落ちた。
倒れた音が響き、観客たちは固唾を呑んで見守る中、刀華が拳を天に掲げたと共に実況の少女が言葉を告げた。
『勝者、東堂刀華選手ッ‼︎ 凄まじい攻防の果てに、彼女の代名詞たる伐刀絶技───『雷切』で『
実況の発言に数秒後、訓練場を震えさせる程の喝采が上がった。それ程までに凄い戦いだった。観客である生徒たちが、勝者である東堂刀華に感嘆の声を上げ、彼女に対して接戦した珠雫にも彼等は拍手で讃えるのだった。
リングの上には拳を突き上げた一人の少女が、照明の光に照らされていた。
勝利に執着し、危機的状況でも諦めず、意思を、想いを燃やす者。その者に────勝利の女神は引き寄せられる。
主人公よりも激しい戦いを繰り広げるとは。そして、成長する二人の少女。
では、また次回会いましょう。