第四訓練場。模擬戦が開始して、先に仕掛けたのはステラ・ヴァーミリオンだった。勢い良く駆け抜け、大火炎を纏わせた大剣を振り下ろした。一輝はそれに対して『陰鉄』で受け止めようとして、しかし、途中で辞めて後ろに回避する。ヴォォォンン‼︎ と大剣が通り過ぎて、地面を斬り付けて焦がした。いや、溶かした。
「いい判断ね‼︎ あたしの『
続けて大剣を横に振るった。だが、それも当たる事はなく頭を少し動かすだけで避ける。チリッと三千度の高温が肌を刺激した。
「────はぁっ‼︎」
次いで、裂帛の気合いと共に大剣を頭上から振り下ろした。三千度の高熱を持つ火炎が纏われた一撃を、彼は一歩足をズラし、そして『陰鉄』で大剣を横を滑らせいなした。一輝のすぐ隣に火炎が奔る。だが、まだ終わりではないという風に、ステラは『
観客席から見ていた何人かの生徒達は、やっぱりこうなったかと、分かり切った言葉を言い出した。彼等には、今、行われている攻防がどれだけ凄まじい事なのか理解出来ていない。そもそも、FランクがAランクに対して、数十秒以上も持っているのだ。その口々に言われる言葉を聞きながら、黒乃はリングに視線を投げていた。すると、彼女の横から声が響く。
「全くもぉ、くーちゃんったら………こういう事は、教えてくんないと」
視線だけを向けると、そこには頬杖を付く黒髪の着物を崩した一人の小柄な女性がいた。
「どの道、嗅ぎつけてくるだろう? お前は」
それに呆れた風に告げる黒乃である。対してクスリと笑みを浮かべた女性は、違いないと答えた。そして、視線を戦う二人に向け直した。
「それにしても、やっぱり
「………………」
着物の女性が、結果が分かり切っていたという風に言った。黒乃は女性の発言になにも答えずに、無言で二人を見るのだった。
数十回目の攻防。この時になって、ステラ・ヴァーミリオンは、黒鉄一輝に違和感を覚えた。
(受け流されてる⁉︎ いや、それよりも他になにか…………ッ)
初めての攻防から己の剣が、綺麗に清々しい程に完璧に受け流されている事に気付いた。最初に内心で驚いた物だが、しかし、彼女にはそれ以上の違和感を感じていた。そして今、その違和感の正体に気付いて絶句する。動いていない。あの最初の斬撃を最後に、彼は一歩もそこから動かずに、ステラの剣を受け流していたのだ。あり得ない。彼女は歯を噛み締めて、炎を大剣から放出させ、全方位攻撃を放った。流石のこれには動かざるを得なく、一輝は退避する。
続いて、彼が居た場所を大火炎が焼き尽くした。胸中で、凄ぇと感嘆する一輝である。お互いに距離が離れて、見合う形になると、ステラが大剣を向けて口を開いた。
「成る程ね。回避だけは凄いじゃない。でも、避けてるだけじゃ、何時まで経っても終わらないわよ」
「それはごもっともな発言だな。だけど、しょうがないだろ? あんな綺麗な剣を見せられたら、さ。才能だけじゃない、紛れもなく努力した人の剣は、やっぱり綺麗だ」
「っ、な、中々見所あるわね。あんた」
まるで、これまでの努力を認められたかのような錯覚を覚えて、赤くなる顔を抑えて、大剣を構え直す。
「けど、褒められたからって手を抜く程、あたしは優しくないわよ」
「あぁ、手を抜いてもらっちゃ俺が困る。…………ステラさん。今度はこっちの番だ」
『陰鉄』を青眼に構えて、彼は次は攻撃すると答えた。それに視線を鋭くさせる。次の瞬間。彼女の視界から、一輝の姿が完全に掻き消えた。
「────っ⁉︎」
驚愕して眼を見開く。瞬きなど一瞬たりともしていなかった、にも関わらず、彼の姿が消えたのだ。すると、膨大な剣気を感じて直感に従い『
しかし、そう簡単にやられる彼女ではない。咄嗟に全身から高熱度の炎を放ち、彼を引かせた。一輝が離れたのを確認すると、急いで彼女も距離を取る。あの一撃を受け止められたのは、マグレに近い。黒乃に言われた、決して油断はするなという発言を忘れずに、心にとどめていたからなんとか対処が出来たのだ。
もしも、Fランクと侮っていたらと考えて、ステラは首を振る。
「あんた、本当にFランクなの」
「残念な事に、俺はFランクだよ。それは覆しようがない事実だ」
ステラの言葉に、肩を竦めて一輝はそう返した。と、同時に一歩、踏み込んだ時にはステラの目の前に居た。
「じょ、冗談じゃないわよっ⁉︎」
突然現れた一輝に、大剣を振るうも軽く身を低くして躱し、より懐に潜り込んだ。そして刀を腹部めがけて一閃させる。だが、ステラは振るった大剣を強引に引き寄せて、間に入れる事でなんとか受け止める事に成功した。ギャギィッと火花を鳴らし、一輝の斬撃が強く数メートルもの距離を押し出される。
だが、無事だった事に安堵の息を吐こうとするが、それもすぐに辞める。何故なら一輝が肉薄していたからが。休む暇さえ与えられない。先程と打って変わって攻防が逆になった。一刀、一刀を彼女は受ける、受ける。受ける事しか出来ない。というより、それ以外の事に集中出来ないのだ。余りに鋭く疾い一刀は、少しでも集中を切らせば、なんとか保っているこの均衡が崩れる事が分かった。
(くっ⁉︎ なんなのよ、このスピードは⁉︎)
内心でステラが毒づくのも分かる。上段からの一刀を受ければ、次の瞬間には一輝の姿は背中に現れ、『陰鉄』を横一閃に振るっている。それをなんとか受け止めたとしても、また忽然と消えて死角に現れるのだ。しかも、徐々に速度が上がってきているのだから、ふざけるなと叫びたい気分である。現に、周りの観客からは一輝の数が数十人程に見えていた。
縦横無尽に駆け抜けて、ステラを翻弄する。果てには、宙を蹴って移動していた。最早、攻撃など考える暇が皆無。本来なら彼の刀では、ステラの体を傷付ける事は出来ない。『
「…………もう終わりか? 違うのなら、もっと見せてくれ‼︎ ステラさんの努力の結果をっ」
「………っ⁉︎ な、めるなぁぁぁぁぁぁッッッ」
彼女の叫び声と共に、地面から幾つもの火柱が登る。それに危なげなく、一輝は離れた。火柱はステラを守るように六つ登っていた。
「いいわ。なら、見せてあげるわよ。貴方に最大の敬意をもって、放ってあげる」
「あぁ、来い。全身全霊を持って、思いの全てを乗せて、俺に己の最強を示せ‼︎ 俺はその全てを打ち破り、自身の
笑みを浮かべて、黒鉄一輝は宣言した。真正面から、正々堂々と打ち破ると。彼の全身から濃密なまでの剣気が放たれる。ただの気だというのに、相対するステラは、体が鉛の如く重く感じた。押し潰されそうだ。質量を伴う程の剣気に、総毛立ち、冷や汗が吹き出す。しかし、ステラ・ヴァーミリオンはそんな事で怖気付いてはならない。自分の大剣『
すると、六つの火柱が大剣に集まり一つの柱に変わった。いや、巨大な火炎の刃に変化した。余りにも大きく膨らんだソレはリングの上にあるドームの天井を吹き飛ばす。
「蒼天を穿て煉獄の焔。────『
天空まで伸びた巨大な焔剣を、次の瞬間────容赦なく振り下ろした。しかも十二回という数を息も切らさずに。人間相手に過剰という言葉が何個も使う程のレベルだ。天災レベルの煉獄が、眼前に居る少年を情け容赦なく呑み込んだ。瞬間。ステラは見た。
「……………え?」
黒鉄一輝の口元が笑みを作るのを。そして全ての焔が悉く斬り裂かれて、霧散した。果たして、今、行われた彼の動きを視界に収められたのは何人居ただろうか? 一輝は呑み込まれる直前、笑みを浮かべて、左腰に差している空の鞘に『陰鉄』を納刀してすぐさま抜刀した。と、思いきやキンッと鍔鳴り音が響いたと同時に、焔の周囲の空間が斬り裂かれた。
一回しか鍔鳴り音は鳴っていない。しかし、彼は都合十二回抜刀した。それに気付く事が出来るのは、審判役の黒乃と隣に居る着物の女性二人だけだろう。だが、その二人でも霞む程だったが。一輝の抜刀を見て、着物の女性が冷や汗を掻いて口を開いた。
「以前よりも速くなってない?」
「あぁ。なんの冗談か。黒鉄の奴は如何やら、まだまだ発展途上らしい」
なにやら引きつった顔の女性に、黒乃はやれやれと呆れたように、そう付け加えた。それにいっそう、絶句する女性であった。
呆気なく、焔の全てが斬り裂かれた事にステラは呆然とした。自身の最大の必殺技だったのだ。それがたった一太刀で? 彼女は一太刀と勘違いする。だが、当然とも言えた。まさか、鍔鳴り音一回で、十二回も斬撃を放った神業に、誰が気付くというのか。
「はっ⁉︎ そうだ、立ち止まっていられ…………ッ⁉︎」
呆然として数秒、まだ模擬戦の最中だと思い出して、すぐに行動を起こそうとして硬直した。ステラの眼前に、近い距離に一輝が居た。やばい⁉︎ 逃げなくては、と考えるステラの耳に、静かな声が届いた。それは模擬戦の終わりを告げる言葉。
「ステラさん。そろそろ終わりにしよう。これは、最強の一撃を見せてくれたお礼だ。………受け取ってくれ」
そう言うや否や、彼は『陰鉄』を構えた。しかし、それは何時も見せる青眼ではない。柄を両手で掴み、自分の顔の横まで持って行き、刀の切っ先をステラに向けた。脳裏に浮かべるのは、とある剣豪が一生を費やして作った秘剣。
そこで彼は考えた。ならば、長さが関係ない距離まで近付けば良いのだ、と。そうすれば、 剣豪の秘剣を再現出来る。一輝とステラの距離は手が届く範囲だ。目の前で逃げようと、必死になる彼女を見据えて、一輝は解き放った。
「────秘剣『燕返し』」
一輝の体がブレた。頭上から股下を断つ縦軸の「一の太刀」。一の太刀を回避する対象の逃げ道を塞ぐ、円の軌跡である「二の太刀」。左右の離脱を阻む払い「三の太刀」。それらが一瞬にして出来上がり、剣の牢獄が完成した。ステラが見たのは、“同時”に迫る三つの斬撃だった。“ほぼ同時”ではなく、“全く同時”に放たれる円弧を描く三つの軌跡は、一人の少女が逃がす事など許さず、三つの太刀が叩き込まれた。
「…………あ」
そこで彼女の視界は暗転した。
ドサリとステラが倒れ込む。訓練場に静寂が舞い降りる。誰もが信じられない思いだ。あのAランクの天才を、Fランクの劣等生が倒してしまったのだから。しかも、圧倒してだ。
「ふぅ」
一輝は『陰鉄』を消して、ゆっくりと息を吐いた。すると、黒乃が声を上げた。
「そこまで。勝者。黒鉄一輝‼︎」
模擬戦での勝利を獲得した少年の名前が告げられる。誰もが硬直する。誰もが呆然とする。誰もが呆気に取られる。ここに一人の生徒の名前が知れ渡る事になった。漸く始まるのだ。黒鉄一輝の物語は、ここから始まりを見せる。彼の名が表舞台に上がる時が来た。
しかと、その名を刻め。剣戟の極致。黒鉄一輝の名を。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
模擬戦が終わって数時間。辺りがオレンジ色になる頃、医務室で彼女は窓から外の景色を見ていた。すると、自動ドアから神宮寺 黒乃が入ってきた。
「ヴァーミリオン。具合は如何だ?」
体の具合の事を聞くと、ステラは笑みを浮かべて返した。
「久しく忘れてました。負けるって、こういう気分なんですね。あいつは?」
「あいつなら、恐らく鍛錬だろう。鍛錬バカだからな。ま、黒鉄の事だ。もう少ししたら、見舞いに来るだろう」
苦笑してから言い終えると、ステラがギュッと手を握り、意識を取り戻した時から気になっていた事を尋ねる。
「…………理事長先生。一体、なんなんですか?」
「………なにっとは?」
「とぼけないで下さい‼︎ あれ程の男が、Fランクなんておかしいわ」
記憶に焼き付いている。自身の技が容易く斬り裂かれた出来事を。それになにより、最後のあの斬撃。“全く同時”に三つの斬撃が襲うなど、悪夢としかいいようのない技。まだ、気になる事なら沢山ある。しかし、今、一番気になるのは、そんな常識外の剣を使う男がFランクだという理由だ。
真剣に見てくるステラに、黒乃は話し始めた。
「ランクとは
そうそれこそが、黒鉄一輝という怪物がFランクに居る理由。
「でも、落第なんて」
だが、彼女は納得出来なかった。あれだけの力の持ち主が、授業を受けれず、落第する事が。しかし、それにも理由がある。黒乃は一息、はぁ、とため息を付いて最初に「複雑な事情があってね」と続けた。
「いや、単純に古典的な事情というべきか。………ただ言えるのは、何度もチャンスを不当に奪われながら、それでも自分を信じ、自分を高める事を辞めなかった」
そこで言葉を切って、また続けた。
「あいつは、そういう男だという事だ」
ステラは黒乃は言葉を、一つ一つちゃんと聞いた。黒乃は視線を投げると言った。
「ヴァーミリオン。今朝、君に聞いたな? 何故、留学を望んだのかと」
思い出すのは、学園に来る前の空港での出来事。確かに、あの時、車内で彼女は聞かれて、こう答えた。
『あの国に居ると、上を目指せなくなるからです。………天才という枠の中に押し込められて』
完全に思い出して、黒乃に彼女は視線を向けた。
「とりあえずこの一年。黒鉄の背中を、全力で追い掛けてみろ。それはきっと、お前の人生に置いて無駄にはならない筈だ」
そこまで言って、黒乃は医務室から去って行った。その背中を見届けてから、ステラ・ヴァーミリオンは、窓から覗く夕陽に顔を向けて、ポツリと呟いた。
「……………黒鉄一輝、か」
小さく呟かれた言葉は、静かに医務室の中に溶け込んでいくのだった。
ステラの焔を斬り裂いた剣技は、空間斬りです。決して次元斬ではありません。そして、原作との大きな違い。『一刀修羅』を使いませんでした。
また次回もよろしくお願いします‼︎