多くの作品の中の一つとして、無聊の慰めに、いくらかの時間つぶしにでもなれば幸いです。
鈴木悟が中国共産党について知っていることは、多くない。
せいぜいが、新聞かネット、ニュースに載っている程度のこと。一般人以上の情報は持ちえない以上、その内実に関する知識など持つわけがないし、己にどれだけの影響があるものか、想像さえつかない。
しかし彼は、会社の都合で、中国で半年ばかり働いていた時期があった。現在の中国は治安も安定しているから危ない目にあった覚えはないが、それでも時折流れる関連ニュースには気を付けている。
だから、その記事を見かけたときも、目にとめて熟読するくらいの関心はあったのだ。
――元国務院総理【
外国人である鈴木悟にとっては、どうということはない一文である。
22世紀の現代も大陸を支配する、中国共産党の重鎮は、今も健在だと。そう伝えているだけだ。
だが、現地の人々にとってはそうではない。分割された中国という国家を、まがりなりにもまとめてみせたのは、彼の存在あってのことである。知識の少ない彼であっても、世界のVIPである人物の名前と功績くらいは耳にしていた。
――たしか、分裂した中国を統合したのが現在の中国共産党で、彼はその最前線で功績を立てたとかなんとか。
具体的な事績は思い出せないが、彼がいなければ中国はいまだ内乱を続けていた、とまで言われる偉人と聞いている。漢王朝における光武帝のような人物といって、よいのだろう。
二十一世紀末から、中国という国は分裂した。原因は様々だが、中華の歴史上ではよくあることである。そして再統一の流れもまた、自然に起こり、結果として再度、中国共産党が中華圏を取りまとめることになった。それが三十年ほど前のことである。
政治体制も色々と変わったらしいが、詳しく知ろうとは思わなかった。前世紀とは名前が同じだけの別物、という話と、『いにしえの秦の暴虐を許さず。中国は時代を逆行せず』というスローガンを聞いた覚えはあるから、きっと昔よりは良くなったのだろう。
――周大鸞総理といえば、子供の頃はよく聞いた名前だった気がするけど、体を悪くしたのかな。
そんな偉人も、十年以上前に党の職からは引退し、最近は音沙汰がなかった。かなりの老齢であるから、死亡説はそこから出たのだろう。
半世紀以上前の大陸の戦乱で、相当な無茶をしたらしく、多くの民から支持されつつも、敵も作っていた。暗殺未遂事件もあり、隠棲後の所在は極秘事項である。
――ウォン・ライさんなら、もっと詳しい情報も持っているんだろうか。
鈴木悟は、中国人の友人がいる。ゲームを通じての交流に過ぎなかったが、とても濃い付き合いをしていたと、自信をもって言える。
それはユグドラシルというオンラインゲームで、当時における最新の技術を詰め込んだ人気作品だった。
その中で、彼はウォン・ライという人物(異形種)と知り合い、共に同じギルドに所属して楽しみを分かち合った。ギルドメンバーの中では唯一の中国人であり、外国人でもあったので、交流そのものが刺激的で面白かったことを覚えている。
鈴木悟という男には、中国に対する満足な知識がなかった。そしてそれ以上に、偏見というものも持ち合わせていなかった。
無知の純真さを大人になっても持ち続けている男であり、だからこそ異国の相手にも、無理なく対等に接することができたのである。
――結構、お世話になったなぁ。話していて疲れないし、面白いし、外国人とは思えないくらいに接しやすい人だった。
ウォン・ライ自身が話すところによれば、日本への留学経験があったらしい。
実際、日本語に不自由はなく、日本文化と歴史にも豊富な知識を持っていた。人格的にも、紳士といってよい。
日本人の感性をよくわかっていて、和を重んじてメンバー間の調整を行ってくれた。彼がログインしてくれている間、鈴木悟は人間関係の面倒な部分について、忘れることができたのである。
それでいて楽しむことを忘れず、上手に仲間を楽しませることを心掛けていた、気遣いの人。それが、鈴木悟の知るウォン・ライという人物だ。
――でも、そんな会話ができる機会なんて、もう――。
ユグドラシルは、本日、サービスを終了する。明日以降、このゲームで遊ぶことはできなくなり、そうなれば必然的に、ウォン・ライという人物との交流も途絶えてしまうだろう。
本人との個人的なメールのやり取りができればよいのだが、彼は一切の個人情報を秘匿していた。
相手には相手の事情があるのだから、これは当然の備えではある。だが、一抹の寂しさを覚えてしまうのは、それだけ惜しむべき人物であったから。
一応、ゲームの中からキャラクターを通じて、メールを送ることはできる。ユグドラシルの運営を通じての連絡になるので、おそらく、これが最後の機会になるだろう。
――最後に、もう一度だけ会って、話をしませんか。
それだけを伝えて、鈴木悟は待つことにした。サービスの終了時刻まで、まだ時間はある。
他のギルドメンバーも含めて、顔を合わせるのが楽しみでもあり、悲しくもあった。
それはきっと、皆も同じであろうと、彼は信じたかった――。
老人は、己の命数が尽きつつあることを自覚していた。
周大鸞という老人にとって、死は恐れるようなものではない。中国はいまだ暗雲の中にいるが、すでに現役時代から環境は整えてあった。以後のことは、後継者たちに任せるべきだと割り切っている。
「少し、歩くか」
齢は数えて九十三。その年になっても、足腰は未だ壮健である。頭も明晰であった。
最新の医学の賜物だが、それでも死が迫ってくることを自覚できてしまうのは、理屈ではなく、感覚の領域である。
そして、唐突に歩きたくなったのは、死から遠ざかりたいという本能が、体を動かしたがるからか。
――どうでも、よいことだ。
生き汚く、よくここまで生き延びたものだと思う。
特に近年は、晩節を全うすることばかり考えて、政治的なことから身を遠ざけていた。己も保身を考える年になったかと、年月の流れの無常さに、感ずるところがあった。
もっとも、暇ができたのは悪いことではない。新しい遊びも知れたし、堪能しきったという満足感もある。散歩しながら思うのは、そんな他愛もないことばかりである。
「兄さん。今日もお元気そうで、なによりです」
「ああ、お前か。……今日は、気分が良くてな。少し、散歩に付き合わないか」
周大鸞には、弟が二人いる。話しかけてきたのは、上の弟の周大葉だった。
九歳も年下で、父が亡くなったときはまだ三歳だったことを覚えている。
己は長兄として、弟二人を養育する責任を、十二歳にして背負ったのだ。その当時のことを思い出して、つい懐かしくなる。
「今日は、調子がいいようですね。いつもは、部屋にこもりきりなのに」
「そうだな。今日くらいはいいだろうと思ってな」
「……医師たちは、呼ばなくていいですか?」
「気にするな。自然に従えばよい。無理をする必要など、どこにもないのだ」
さすがに、そろそろ死ぬぞ、とは言えなかった。弟たちには苦労をかけたし、葬式を取り仕切ってもらうことにもなる。
大鸞は男子を得なかったから、周家は弟の家系が継いでいかねばならぬ。その心労を思えば、今から不吉な言葉で煽ることもないだろう。
「無理を、なさらないでください。今でも北京から相談事が舞い込んでくるのです。まだこの国には、兄さんが必要なのです」
そんなわけがあるか、と即座に否定してやりたかったが、これは弟なりの気遣いなのだと、理解してもいた。
必要とされているのだから、長生きしてほしい。その感情を理解せぬでもないが、老人の院政は前世紀の悪習として、絶つべきことである。
だから、大鸞は政治的な相談事を、個人的な相談として、あくまでアドバイスするだけにとどめていた。実際に行動したり、させたりすることはない。
もちろん、言葉だけでも強制力が発することはあるが、そうした政治的行為を彼が嫌っていることはすでに周知されていた。
――まったく、私はお前たちの父母ではないのだぞ、と何度言わせるのか。
要するに、ただ愚痴を聞いていただけである。いい歳をして、いつまでも甘えにくる次世代の首脳陣に、いくらかの不安を感じざるを得ない。
とはいえ、正面から泣きついてくる子供たち(ただし還暦を超える)を無下に扱うこともできなかった。これを優しさと取るか、甘さと取るかは、判断の分かれるところであろう。
「自分で出来ることは自分でやれ、と言い返してやっただろうに。まあ、隠居暮らしの暇潰しにはなったが、不毛なことだ。今にも死にそうな老人を捕まえて、ご機嫌伺いも何もないだろう。何度も言うようだが、かつての悪習は、次の世代に残してはならん。わかっているな」
せっかく初期化した党内を、黒い政治学で塗りつぶしてはならない。大鸞はそれを肝に銘じており、後任たちにもきつく徹底させた。
彼は、後継者の育成もせず引退するほど、無責任ではなかった。後の世代のためにできることはやりきったのだから、不安はないはずである。が、それはこちらの意見であって彼らの意見ではない。
今、中国の中枢にいる人々にとって、彼は父親であり、母親のような存在なのである。民を慈しみ、衆を教育し、人々を生かすために戦い、広く恩恵を施した。
彼らにとっては、そんな聖人君子を絵にかいたような人なのである。いずれ失うとわかっていても、なるべく長生きしてほしいと思って何が悪いというのだろう。
「もちろんです。中国は、少しずつ良くなってきています。再統一が成ってから、餓死者は出なくなって久しい。治安も日本並みとは申しませんが、大平だった前世紀の水準を取り戻しました。民衆に奉仕する。その原点を取り戻した中国の未来は、明るいものと信じています」
「ふん。原点、再統一、か。お前が言うなら良いが、子供たちまでその妄言を真に受けるようなら、問題だな」
大鸞はわずかに顔をしかめた後、皮肉気に笑みを浮かべた。――そして、ふいに真顔に戻り、頭を振って答える。
「昔は昔、今は今だ。……自然環境の悪化が懸念事項だが、こればかりはどうしようもない。気長に付き合っていくように。経済の重要性はわかるが、これ以上の悪化は避けるように――と、今更私があれこれ言うのも蛇足だな」
せっかく上手に描いた蛇の絵である。余計な足をつけ足しては、台無しというもの。
今の世に老人は必要ないのだ。過去の遺物は、ただの匹夫として死ねばよい。
「風通しは、だいぶ良くなったはずだ。それも善し悪しだが、若者はたくましい。なんとか、なるだろう」
「そうですね。……中華の空に、明るい日差しを取り戻してやりたい。その想いは、次世代の若者たちも同じでしょう」
大鸞が住む邸宅は、極めて厳重に保護されており、汚染された空気や水が入り込んでくることはない。こうして歩いて中庭に出ても、平気で植物を愛でることができる。これは一種の特権であり、本人も後ろめたさを感じずにはいられない。
そも、一般の大衆は、この汚された大地で生きていた。人間の生命力と医療の進歩が、さらに汚染された環境に敗北する日がくるかもしれない。
ゆえに、美しい自然を取り戻すことは、もはや世界共通の悲願と言っても過言ではないのだった。
「いかんな、少し歩いただけで、疲れてしまう」
「部屋で横になりますか? 何度も言いますが、無理をなさってはいけません」
「まあ、待て。昨日、大彭から手紙が来ていただろう。せっかく調子がいいんだ。今のうちに見ておきたい」
大彭とは、下の弟である。兄弟の末っ子で、大鸞より十歳以上も年が離れている。
生まれて半年とたたぬ間に父母が亡くなったから、おしめを替えるのも、離乳食を与えるのも自分の仕事だった。あの頃よりも、年を食ってからの方が、手間がかかっているような気がする。いつまでも成長せぬ奴と、苦笑した。
――まあ、せっかくの手書きの手紙だ。今のうちに目を通してやらねば、もはや機会もあるまい。
彼はいまだに北京におり、政治の中枢に食い込んでいたが、己が死ねば引退を考えるだろう。あれが好き放題にしているのは、自分が尻拭いをしてくれると思っているからなのだ。
たとえ、大鸞自身が『あいつに甘い顔を見せるな。容赦しなくていい』と発言しても、やはり家族である。危ない目にあってほしくはないし、長生きしてほしいと思う。
そうした大鸞の本心が透けて見えるので、周囲も自然と手加減してしまうのだ。結果、老害が居座ることになる。
決して無能な人間ではないのだが――と、余計な気を回しつつも、適当な椅子に座り、大葉が持ってきてくれた手紙を見る。
――相変わらず、汚い字よ。
手書きの上質な手紙は今や珍しく、それだけに美しい字で丁寧に記せば好感を買える。
長兄として、それなりに教育したつもりだったが、最後まで汚い癖字は直らなかった。しょうもない奴、と苦い顔をしながら目を通す。
「……なんとも」
内容はといえば、他愛のない社交辞令に近況報告。それだけならばまだしも、政治的な話をこれでもかと盛り込んでいた。
「あいつは、私がまだ百年は生きるとでも思っているのか?」
「……兄上がいなくなることなど、考えもしないのでしょう。もう孫がいる歳だというのに、無邪気なことです」
「私にできることには、限りがあるというのに。私はそろそろ死ぬから、いい加減自制を覚えよと――ああ、いや、それではいかんな」
つい無神経なことを言ってしまったが、それを打ち消すように応える。
弟というより、出来の悪い息子を見ているようだった。そして多くの親が感ずるように、手間のかかる子供ほど、かわいく思えてしまうのは、どうしようもないことだった。
「お前が落ち着かねば、お前の家族はいつまでも気をもむことになる。そろそろ家族を慈しむだけの人生を送っても、良いころだろうと。それだけ伝えてやってくれ」
心得ました、と大葉は応える。そういえば、この落ち着いた方の弟は、あまり面倒を起こさなかったな、と今更ながらに思う。
老いた兄弟が、同じ邸宅で暮らすというのも、改めて自覚すると妙な気分だった。前半生が色々と立て込んでいただけに、穏やかな暮らしに違和感を持つことも、たまにあった。
――もっとも、そんな風に感じられるのも、今だけのことだ。
己の余命について考えると、やり残したことはないかと、気になってくるものである。死への恐怖はすでにない。そうしたものを抱えていたのは、自分以外の命を背負っていた頃の話で、今は己以外のものに責任を負ってはいない。
だからこそ、気楽な気持ちで自分の楽しみを漁ることができるのだ。自室へと戻り、弟を下がらせる。
「もう、一人にさせてくれ。……そうだな、明日の朝まで何もなければ、用意だけはしてくれると嬉しい」
「――は、いや、それは」
「書付けは、机の二段目の引き出しにある。私の希望通りに行うように」
「……はい。では、また」
暖かい視線だった。大葉は聡い。理解してくれているのだろうと思う。
兄と弟である。すでに言葉は尽くした。なるようになるだろう。きっと何も問題は起こらないと、信頼できる程度には共に生きた。
――酒でも入れば、もっと陽気になれるものかな。いや、逆効果か。
食事は必要ない。体が必要としていないのだ。睡眠は別だが、その求めに応じれば、二度と目覚めないと、なんとなくわかっていた。
なんとなく。何気なく、今を生きている、という現実が惜しくなった。これも寿命なれば、受け入れるのが人生というもの。
だが、まだわずかな時間があるのなら、何かしら娯楽で気を紛らわせたいと、気まぐれに思う。
部屋を見渡せば、いくつものゲーム機が、新旧を問わず周辺機器と共に転がっている。彼は、この手の遊戯が大好きだった。中国共産党の幹部というイメージからは、なんとも似つかわしくない。
――知ってしまえば、戻れぬことがある。一度上げた生活の質を、かつての水準まで下げることが困難なように。一旦娯楽にハマってしまえば、抜け出すことは容易ではなくなる。
幸い、周囲の目を気にするような立場ではなかった。政治の場を退いて十数年。暇を持て余していた彼が見つけたのは、今や古典へとなりおおせた、ビデオゲームの山だった。
大鸞はもともと読書が趣味であったが、そればかりでは飽きが来る。中国といえば、古典の名著だけでも五つの車に山ほど積んで、なお余るほどの量があるのだが、読んで面白いと感じるものは多くない。
積極的に面白い本を新書から探るとなれば、これがなかなか疲れるのである。必然的に、手っ取り早く楽しめそうな娯楽に寄りたくなり――結果、電脳的な遊戯に行き着くのである。
特に好んだのが日本製のゲームで、RPGやSLGをやりこんだ。基本的に、彼は経験値であれ資源であれ、数字を積み重ねるのが好きだった。付け加えるなら、優れた物語性があれば、なお良い。
――とはいえ、今から新たに発掘するのも、機を逸した感がある。手元にあるものはだいたいやりつくしたし、さて。
と思いを巡らしたところで、別の発想に行き着いた。
やりつくしたといっても、それは個人の感想に過ぎない。自分だけで完結するオフラインのゲームではなく、広い舞台で不特定の人々と関わりあう。そんな作品について、ようやく思い至った。
――ユグドラシル。一年前に病気療養を理由に、離れてしまって以来、か。
ただのビデオゲームに飽きてしまった頃、DMMO-RPGというものの存在を知った。基本的に大鸞は一人用のゲームしかできない。
囲碁や将棋なら、相手もいる。しかし、ビデオゲームとなると屋敷の者たちは、どうにも肌に合わないらしい。
だから、オンラインで不特定の人々と交流し、共にゲームを楽しむという形態は、ひどく彼を喜ばせた。
そこに中国共産党元総理にして、国家を復興させた元老の周大鸞はいない。ゲームプレイヤーの、ウォン・ライがいるだけである。
――そうだ、ウォン・ライ。あの世界での私は、そういう名の『鬼』であった。
ユグドラシルは、日本製のゲームであった。わざわざ国外の作品をプレイしたがったのは、仮想空間だけでも、現実のしがらみから離れていたかった、という感情的な理由である。
そしてウォン・ライという名は、個人的に尊敬する人物が由来である。日本語読みにして、少しもじってあるが、気づく人は気づくだろう。
それとて、中国人であればいかにも『らしい』と思われたであろうし、不審に受け止められたことはなかったはずだ。
異形である鬼種を選んだのは、己を皮肉って、自虐を楽しむためである。自己分析するなら、私は人でなしだ、という悲観を、娯楽で塗りつぶしたかったのかもしれない。
――まあ、自虐する以上に楽しませてもらった。本当に、楽しかった。悔いなど残しようもないほどに、堪能させてもらった、な。
プレイスタイルは、いわゆるタンク。前衛で敵の攻撃を受け止め、仲間を守る役割を好んで担った。守りたいものを、全力で守りに行くスタイルを貫く。現実では容易ではない行為こそ、仮想空間では実現したかったのだ。
ともあれ、大鸞はユグドラシルという世界を存分に楽しんだのだ。一人ではなく、大勢の仲間たちと共に。
――あの頃は、良かった。皆は、元気でいるだろうか。
一度意識してしまうと、たまらなくなった。時間はある。アクセスして、かつての己の分身を動かしてみるのもいいだろう。
現役だったころの元気が、戻ってきたようだった。病気療養と称して、一年前から引退同然の状態となってしまったのは、何も事実無根というわけでもない。実際、彼は死を間近に迎えた老人なのだから。
もっとも、療養の意味はすでになく、病は現在進行形で命を食いつぶしている。去年はまだ足掻いていた時期であり、生きる意欲を捨てきれていなかったから、娯楽を捨ててでも治療に専念せねばならなかったのだ。
――モモンガには、悪いことをしたな。会えたら、謝っておこう。
だが、いまや生存の可能性は絶たれ、死を待つだけの身である。一度割り切ってしまえば、精神的にはむしろ楽になる。こうして再び、ログインするだけの力を絞り出せているのも、それだけ心に余裕を持てたからだろう。
久々にユグドラシルを起動すると、すぐにメールが来た。モモンガからのものである。
――ああ、久しぶりに話したいな。きっと、私がやり残した、最後のことだろうから。
ウォン・ライは、嘆息しつつも、ログインした。僅かな待機時間も、物思いにふけりながら待つ。
ここでしかできないことは、存分に楽しむべきである。悔いを残してはならないと、改めて思った。