○相良衆
相良良晴……本編の1年半前に江戸城近くの幻庵の本陣に落ちてきたヤンデレを引き付けてしまう主人公。猿顔だが、信奈がそれを喧伝するより前に来てるし、第2次国府台合戦とその前後でそれを吹き消す活躍をしたので、それが表にあがるのは少し後から。
ヤンデレに刺されてから自分の性格を変え、なるべく大人しく生きようとしてるので、本編のように騒ぎ立てる事は無いが、それが更なる魅力になってる事は自覚していない。
朝霞永盛……武蔵で人気を誇った義賊の頭領だった男。第2次国府台合戦の前に良晴につけられ、彼の戦い様を見ていく内に認める。ちなみに、綱成との一騎討ちで捕らえられた。
宮ヶ瀬梅千代……元は小太郎の配下の普通の風魔だったが、江戸城に落ちてきた良晴の監視を命じられ、それをしている内に彼に惹かれていく。
吉川良経……寡黙な青年。前名は『千法師』。
本来の吉川家の後継者だったが、元春曰く「戦略眼や政治力に乏しく、当主としての器量には欠けておったし、その時々の情勢で尼子と大内を渡り歩くいけすかん奴」である父・吉川興経のせいで、主家の大内家や家臣団からも見放されて追放される。
繁平を介しての尼子家からの誘いにのって挙兵するが、それに失敗。相良良晴の家臣団となり、相良衆の中の安芸グループの纏め役になっている。
小早川良平……熱血漢な少年で潔い性格。前名は『繁平』。
父親が月山富田城の戦いの最中に討ち死にしたため、まだ幼かった彼が継ぐが元来病弱な体質なので、それでは……と考えた義隆が隆景に継がせ、彼は寺の方に入れた。しかし、すくすくと育っていき、尼子家からの誘いにのって挙兵する。だが、失敗して相良衆安芸グループの突撃役になった。
○北条家
北条氏康……紫の髪をそのまま垂らしている北条家第3代当主の姫武将。紫、だと思ったのはカラーの絵から。
父・氏綱の愛情を受けて育っていき、河越城の戦いの前に家督を相続し、その戦いで上杉・古河を壊滅させるが、上野・厩橋城を攻めている時に上杉憲政の助けに応じた長尾景虎がやって来る。彼女が帰った後、それに警戒しつつも関東の要衝を次々と制圧していき、古河公方を攻めようとした時に良晴が落ちてきた。
次第に内外共に活躍する良晴の信頼度を増していっているが本人は気付かない。
北条幻庵……氏綱の弟で氏康の最年長のおじ。外見幼少期に出家したが、その才覚から氏綱に乞われて僧籍ながら武将として動き回る。
良晴が江戸城の近くで落ちてきたため捕らえ、良晴の落ち着き払った性格や「未来から来た」という彼の言葉などで家臣の1人にしてみた。また、彼に配下である風魔の一部を預けるなど、何かと関係は深い。
北条綱成……氏綱の弟の養女。茶髪を肩までのショートカットで維持してるけど、最近変えてみようかなと思ってたりする。
元々は福島家という家の娘だったが、家督継承を巡る今川家の内乱に敗れて小田原に落ち延びた所を、氏綱が氏康と同年齢である事や武勇が素晴らしい事から北条一族にさせた。相模国鎌倉郡玉縄城主。
伊勢盛時……室町幕府の内務省にあたる政所の執事《頭領》だった伊勢一族の1人であり、今川家を経由して相模に根を張った名将。当初は、主君とその勢力に仇打つ堀越公方を攻めていたが、その過程で敵対する事になった鎌倉公方・関東管領とも戦を。
彼の姉妹が今川義忠の室となり今川義元の祖母であるのは有名だが、彼の娘が筑後高橋氏から流れてきた高橋高種の妻になり、その子・北条綱高が北条軍の赤備えを率いている事はあまり知られていない。また、高種の弟・長種には子がなく、高橋家家臣は主だった大友家に養子を要請し、大友義鑑は、分家の一萬田親宗に鑑種と名乗らせた事も。
北条氏綱……関東伊勢家としては2代目、北条家としては初代の武将。盛時が築いた体制を固め、愛娘の成長を見守るが……。
北条氏良……史実の北条氏政。足利良氏の偏偉を受けて名乗る名前を変えた。姉からは少しだけ愚痴られた。
北条《大石》氏照……活発的な姫武将。自分が認めるまでは『北条』は名乗らないと決めている。
ちなみに、大石家や氏照の拠点は今の八王子市の辺りであり、史実では滅亡後は大石家は八王子千人同心という甲州街道や日光の護衛を担う職の一員になる。この千人同心の一員が、後の近藤勇である。
北条《藤田》氏邦……冷静だけどあまり沈着ではない姫武将。氏照と同じような気持ち。
藤田家は常陸から移ってきたと見られ、元々は猪俣家、更に遡ると小野家に至ると言われている。遣隋使の小野妹子、閻魔大王の裁判を手伝ってたらしい小野篁《たかむら》、愛知県春日井市のカントリーサインに出てくる書の達人・小野道風、そして『人に逢はむ 月のなきには 思ひおきて 胸はしり 火に心やけをり』などの和歌で知られる小野小町を輩出した小野家である。
北条元規……今川義元が(相良良晴の仲介で)駿河守に任じられた時に、彼女から『元』を与えられて『氏規』ではなく。その後、金沢文庫の の所に氏康から手紙がきた。
史実において、彼女の血筋が河内北条家のそれとなる。高野豆腐を特産品にしてたりしていた。
遠山綱景……江戸城城代。史実では富永と共に第2次国府台合戦の初日に討ち死にするが、幻庵から良晴を経由しての撤退命令と嫡男・隼人佐が止めたためしなかった。この最中に康景と名前を変えた。
ちなみに遠山の金さんの祖先は、この頃は美濃にいるので別系統であるが、良晴はそれを知らない。
遠山良景……隼人佐と呼ばれていた少年で綱景→康景の嫡男。第2次国府台合戦やその後の動きっぷりから良晴に憧れており、江戸城の城下町も彼の鎌倉改造に似せようとしている。
○佐竹家
佐竹義重……甲斐源氏嫡流佐竹家当主。本編では荒武者のおじさんだが、桶狭間の時で15歳なので姫武将にした。鬼と呼ばれるほど武勇に優れる。なので、家臣からは『怖いお方』という評価だったが……。
佐竹義昭……義重の父親で、第2次国府台合戦の前に彼女に家督を譲った。常陸北部を統一し、宇都宮氏の内紛に介入して同盟を結び、浜通りに進出しようとするほどの名将だが、その実は病弱な体質で、中々愛娘と会えない。
○足利公方家
足利晴氏……第4代古河公方。将軍家とは尊氏で同じ祖先になる由緒正しい血統。河越城の戦いで上杉家と手を組むが氏康に敗れ、氏康のおばを継室として迎える。
そして、一縷の望みを持ちながら古河御所で挙兵するがあえなく敗れる。それを機にして、氏康から求められた彼女のおばとの間に産まれた娘・梅千代に家督を譲ることを認めるが、第2次国府台が始まったため延期になるが戦後に無事に。娘の恋心を応援している。
足利梅千代→良氏……晴氏の長女。母親は氏康のおばなので、氏康とは母方の従姉妹にあたる。
○越後
長尾景虎→長尾輝虎→上杉謙信……上杉謙信という名前が一番知られている姫武将。年は16歳で良晴と同年齢。真紅の瞳に白銀の髪、そしてアルビノによる白い肌という日本人離れした容姿を持つ。
憲政に頼まれて起こす関東遠征を前にして、大きく変わった鎌倉を訪れ、自身も変わっていく。北条家や武田家との戦を経て心は溶けていき、同時に相良良晴への恋心を抱き始める。
直江兼続(樋口六代)……史実では『樋口与六』という幼名の姫武将。戦火にあって孤児になっていたが、景虎が彼女の才能を見抜き、自分の近くに侍らせ、主に内政で活躍する。
上杉憲政……鎌倉の山内に屋敷を構えていた事から山内上杉家として知られる家の当主で、鎌倉=古河公方を補佐する関東管領だが、河越城の戦いで敗れ、越後に落ち延びた。30代くらいの男性。
○里見家
里見義尭……新田氏流里見家第14代当主。父親が本家に殺され、その復讐のために氏綱と結び達成。しかし、氏綱が房総を目指そうとすると、足利高基・晴氏父子と対立する足利義明と共に国府台で戦うが敗戦。義尭は義明を見捨ててさっさと本国に帰り守備を整える。
以降は徹底的に北条家と対立しまくり、太田康資が謀反するとその要請に応じて嬉々として因縁の地・国府台に向かう。2日目に北条・佐竹連合軍の奇襲にあい、本陣での討ち死にを覚悟するが、安西実元に気絶させられ、国府台合戦を機に挙兵した足利藤氏らの軍に助けられる。
○足利藤氏
足利藤氏……梅千代の姉で晴氏の長子。母親が北条家ではなく簗田家だったため追放され、今回を契機に挙兵する。
史実では、謙信が関東にやって来た時に主家の千葉胤富と共に挙兵したが、胤富は上杉らの攻撃を受けて翻ったので今回は北条家に反抗しなかった。ちなみに千葉家のこのときの居城は、千葉市内ではなく香取郡東庄町の森山城である。
史実では、親子関係が悪かったので、小田原征伐に敗れてから居城に戻れなかった。
小田氏治……
また5度にわたり落城を経験するが、領民や譜代の家臣の団結力が強いことからその度に奪い返す。しかし、佐竹家によって6度目の落城を経験してからは復帰できず、最後は無理やり結城家の養子にさせられた秀康の家臣になった。
大掾家は従兄弟の将門討伐に活躍した平貞盛の末裔の嫡流で、分家も数多くある。義重に仕える真壁氏幹、足利義輝や山本勘助などに教えた剣豪・塚原
小山高朝……
源頼朝の乳母である
太田資正……
壬生綱雄……
元々は宇都宮駅から出る日光線が通る鹿沼市内の鹿沼城にいたが、宇都宮城を乗っ取った父・綱房がその城内で殺され、佐竹・宇都宮連合軍に落とされ、更に佐竹家が北条家と協調し始め、南の小山高朝が味方になり更に南の
壬生家の元は
・この地域では北条綱成、佐竹義重、足利良氏、上杉謙信が今の所、です。