相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第75話 手前までの話

2月16日 朝四つ(午前10時頃)

和泉・大鳥郡 堺

 

 千利休がやって来たこの時、相良良晴は旧ザビエル邸で事務仕事をしていた。

 久米田三好軍に加えて堺市外大和衆の戦後処理も一部とはいえ莫大な量が北条軍に加わり、それに追われていたのである。

 頼次に教えられて中の中まで成績を盛り返したものの、複雑なのを出来ない事は自覚している彼なので、簡単な計算と決済以外は風魔の中の事務が得意な者達に任せている。

 

「郡司様」

 

 一息ついて、利休が手配してくれたそれほど高くない茶を呑んでいる時に、その利休が会いたいという報告が来た。

 報告しに来た 派の者と事務方の者達の視線の応酬には気付かず、良晴は少し考えてからそれに応じる。

 

「晩御飯、一緒に食べような」

『は、はい!』

 

 襖越しに聞こえる歓声に首を傾げていると、利休が待つ部屋に先導している風魔が不機嫌そうなオーラを出している事に気付く。

 姉が鎌倉だから甘えたい年頃なんだろうな、と三食ほぼ毎日共にして大まかにだが覚えた個人情報から推測した良晴は、目の前のさらさらとした短髪の頭頂部を撫でる。

 

「あ、ありがとうございます」

「おうっ」

 

 良晴に撫でられて嬉々とする風魔は、珍しく足音をたてながら部屋へ向かう。

 

「利休様、郡司様が到着されました」

 

 そして、良晴が入る。

 下座に座る彼女は、ここ1ヶ月でバリエーション豊かになったゴスロリの服の1つを着ていて、それの紅色と肩より下にかかる彼女の黒髪が、美しさを際立たせていた。

 今までの装いに驚き、そして1つの予感を抱きながら、良晴は変わらない位置にある上座に座る。

 

「それで、用ってなんだ?」

 

 一息ついていたと言えども、まだ少なくない量の仕事が残っているので、良晴は早速本題に入る事にした。

 利休も、彼が来た時から体が熱くなってきたので、宴を楽しむためにも早く済ませたかったので、良晴の思いは丁度良くそして優越感に浸れるものだった。

 胡座(あぐら)をかいた良晴の上から下までサッと見た彼女は、それを記憶に深く刻み込んでから本題を話す。

 

「4日後、一緒に京の方に行かない?」

 

 と。

 それに対する良晴の答えは、言わずもがなだろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

2月20日 昼七つ(午後3時過ぎ)

摂津・住吉郡 熊野街道

 

 時は平安時代、末法思想が広まり、京の姫巫女様や公家は紀州の山奥にある熊野三山に何度も詣った。

 その中で、京から大坂へは淀川の舟に乗るとして、大坂から終点までいくつもの目印の役割がある王子を置き、やがてそれらを結ぶ道が街道になった。

 今は公家の天下ではなく武家の天下になり、ナウで三好軍と畠山軍の抗争が起きているため公家などの姿は無いが、今では商人や町人といった一般人が使っている。

 

「やっぱり舗装されてないんだな」

「……したのですか?」

「…………」

 

 そして、一般人が使うとなれば武家の者達も使っている。

 本道は石山本猫寺の真ん前を通るので、特にけんにょがトップになってからは表立って使えないが、武装を最低限の物にすれば許される。

 なので、昔は難波津と呼ばれ史書でも度々登場していた渡辺津という本猫寺に近い寺に向かう一行も、腰にかけている日本刀ぐらいしか持っていなかった。

 

「まあ、それよりかはだ。出るの遅くないか?」

 

 鎌倉郡司ながらここ1ヶ月は西で暴れまわっている袴姿の相良良晴。

 

「これぐらいが丁度良い」

 

 わずか数年で堺どころか畿内では名の知らぬ者はいないほどの茶人になり、1ヶ月ほど前に新しい流派も開いた4日前と同じ服装の千利休。

 

「なのです」

 

 良晴と同じ未来人であり、三好家の諸将から足軽まで絶大な人気を誇り、実は蝮と好色漢が協力し合っている関係を起こしている土岐頼次。

 

「なの?」

 

 史実では次の幕府の剣道指南役になるが、今はまだ頼次に可愛がられ、彼女から天然理心流という新たな流派を学んでいる柳生宗矩。

 

「らしいですね」

 

 そして、良晴とその他の護衛を任された風魔の代表である宮ヶ瀬梅千代。歴戦の彼女の服装が少し乱れているのを見た時、頼次は敬意をあらわしたとかしてないとか。

 5人+散らばって目が血走っている風魔達ら一行は、昼ご飯をゆっくり食べてから出たのだが、良晴の言う通り遅すぎである。

 だが、冬至に近いので陽が沈むのを計算に入れた()人にとっては、この時間帯が丁度良かった。

 

「あの茶屋は私が行きつけの場所。あそこで休憩しよう?」

「そうだな、歩き疲れた所だし」

 

 堺から約10キロ。歩き慣れたこの時代の人々にとっても少し長い距離を一気に歩いたので、まだ慣れたばかりの良晴にとっても休憩は丁度良い提案だった。

 それに、風魔にマッサージしてもらっていたが、あまり運動していなかった良晴にとって山口発津和野・吉田郡山城経由厳島行き4連戦付きの強行軍は辛く、公家達よりは早かったが回復したばかりで、そこに堺市外の戦いなので、更に体は疲れていた。

 そして、利休が行きつけだと言い、彼女と店主らしき壮年の男性の会話のテンポも良かった2階建ての建物の茶屋『花乱(からん)』は、四天王寺の近くにあった。

 

「四天王寺?」

「ええ。聖徳太子は覚えてます?」

「………………………………奈良時代?」

「古墳時代から飛鳥(あすか)時代の人です」

「飛鳥? …………ああ、桓武天皇が奈良から移った所か」

「桓武天皇は奈良の平城京から京に都を移した天皇。飛鳥京は平城京の前」

「あり?」

「さて、勉強しましょうか」

「…………はい」

 

 納豆(710年)食べよ奈良時代の1つ前が推古天皇が即位した前後を始まりとする古墳時代で、その前が箸墓古墳(奈良県)などが出現した辺りを始まりとする古墳時代にあたる。

 古墳時代の末期、今の中国から朝鮮を経由して日ノ本に仏教が伝来した。

 その外来宗教を受け入れるか否かで当時の政治は揉めたが、その中で「仏教受け入れようぜ!」と活躍して、13歳の時に河内の物部守屋を滅ぼすまでしたのが厩戸皇子こと聖徳太子である。

 

「その物部家を滅ぼす時に、仏様に戦勝祈願をして、無事に勝ったから建てたのが四天王寺です。

 そして、聖徳太子は母方のおじである崇峻(すしゅん)天皇を殺し、父方のおばである推古天皇を即位させ、彼女に自分を摂政にさせて色々動き回りました。

 何かわかります?」

 

 目の前の机に置かれたお茶に手をつけながら、良晴は飛鳥時代の事を思い出す。

 

「…………遣隋使、冠位……憲法…………法隆寺………………」

 

 お茶を飲んだ直後から、良晴は自分の頭が回らなくなってきた。

 その中でも必死に思いだそうとするが、すればするほど眠気は増してくる。

 

「正解です。後は蘇我蝦夷(えみし)さんと共に燃えた『天皇記』、『国記《こっき》』、『臣連(おみむらじ)造國(みやつこくにの)百八十(ももあまりやそと)(ものおを)(あわせて)公民(おおみだから)(どもの)本記(もとつふふ)』を(あらわ)した事でしょうか。

 そんな事はどうでも良いとして、四天王寺の辺りの今は知っていますか? 知らないですよね?」

 

 顎を机の上に置くことで、なんとか目の前の頼次の表情を見れていた良晴だが、彼は思った。

 

「2日前、堺の納屋衆が四天王寺周辺の店を共同で傘下におさめ、四天王寺が中間あたりにある本猫寺と本格的な連携を始める協定を結びました。

 三好家も加わったその協定の中で、1つの条項が急きょ加わりましてね」

 

 見たことのある表情だ。

 

「神崎、蟹島、吹田、江口。この4つと四天王寺。これらはどんな繋がりがあるか知ってますか?」

 

 どこで見た? と考える。

 

「正解は、未来ならご主人様と私の年頃なら合法的に行けず、問題になっている所です。まあ、この時代でもそうかもしれませんが」

 

 こんな楽しそうで、だが哀愁が漂う表情はどこで見た?

 

「そこを1ヶ所に纏める事にしたのですよ。堺でも三好家でもそして彼女達でも場所が分散しているのは、色々と問題になっていましたしね」

 

 嗚呼そうだ。

 

「そして、ここは堺の商人が買い取った無人の家だった所です」

 

 あいつの時だ。

 

「さあ始めましょうか、宴を」

 

 俺が貰う時に手伝ってくれた表情だ。

 

「だから、御休みなさい。良晴」

 

 また、やらかしてしまったんだな、と。




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