3月13日 昼前
常陸・筑波郡 小田城城下町
風魔の1人
昨日の朝に結城城を出たご主人様一行は、驢馬の馬車と共に進み、下妻城を通って小田城にやって来ました。
予定通りで、下妻城とこの城の間から敵地に入ることになり、相模の の代わりに米を売りながら歩きます。
北条家のみならず結城家からも補給しましたが、この南常陸の飢饉は深刻なようです。売れ行きが凄く、商人に扮する事が多かった先輩も驚くほどです。
「ありがたやあ。これで今年が過ごせる」
不自由ない武家なら1ヶ月で消費してしまうそれを、買っていった人達はまるで神様のように大切に持って帰ります。
そして、その比率は相模や武蔵、それに甲斐が理想郷だと思えるぐらいらしいです。
武将になったらまずは考える武功ではなく、内政改革に着手して、鎌倉郡だけとはいえども順調に成功し、更に土岐殿の献策も取り入れ、一方で軍は必要最低限のみで済ましているご主人様の尊さを、改めて認識しながら売り
そして、全てが終わったのがこの時間で、
「お疲れ。どうだった?」
「やはり買うぺーすは結城城や下妻城などより早かったです。下級武士達の比率も多く、予想以上に契約がとれました」
「目録は?」
「こちらに」
「ふむふむ……。城主の家族までいるのか……小太郎さん、やっぱり下野と同じ?」
「ですな。南常陸に限定すればそれ以上かもしれませぬ。北の佐竹家との交易が途絶え、味方は臨戦体制になりましたゆえ」
「それ以上、かあ」
……本当にわからなかったです。小太郎様のあの瞳から伝わってくる事は、快くそれを受ける所存です。
最初に小太郎様に耳打ちされたときに何故か青ざめていたご主人様は、まったく警戒心がない状態でおもむろに立ち上がり……利休様からお茶を貰います。
下級武士も使っていそうな欠けた茶碗に入ったお茶を持ったまま、ご主人様は元の所に座り…………えっ?
「疲れただろう?」
屈託のない笑みのご主人様の目の前でこらえながら、直接差し出してくださったお茶を呑みます。少し塩が効いています。
そして、ご主人様は私めから茶碗を受け取ると、ごく自然に私のぼさぼさの頭の上に手を乗せてくれました。
「今までもありがとうな。これからも頼むぜ」
ぱさ、ぱさ。
その音が頭の上から聞こえてきた時、声を出せないほど限界に来ていました。
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3月13日 夕方
相模・下足柄郡 小田原城
北条 氏康
夕暮れも差し迫った頃、私は何時ものように決済に
伊豆、相模、武蔵、それに上野や下総の一部。それらの家臣から送られてくる書状は膨大で、3ヶ月前から相良の言う『戦時体制』に入っているからか余計に増えた。
名目上、私の上に良氏がいるけど、彼女がいる鎌倉府は出来立てで職員も振り分けている最中なので、必然的にこっちの所に送られてくるわけだ。
「お館様」
太陽を背にして書いている私の目の前に、常陸から帰ってきた小太郎が降り立つ。
お祖父様と主従関係を結んでからずっと北条家に寄り添っていてくれている丹沢の忍の頭領が帰ってきた事を区切りにして、私は筆を置く。
「どうだったかしら? ひどかった?」
「はい。伊豆の方がましだと思えるほどに困窮していました」
山と峠と港しかない伊豆なみとは、想像以上ね。彼らが書いてきた実状は本物、ということか。
「また、これを臣従の証にと」
「これは……」
南常陸の者達の詳細な動きと、他の奴等の大雑把な動きが書かれた紙束。一目見て嘘ではないとわかるそれは、予定を変えるには充分な物だった。
幻庵や綱成に準備させないとね、と思った所で、もう1つの指示の事を聞く。
「それで? 確定かしら?」
「確定でございます」
「そう……」
相良が鎌倉にいた頃から、綱成が女の子から恋する女の表情になった、と風魔から報告が来た直後、私は彼女を召還した。
すぐに駆け付けてきた彼女は、相良が旅立った後よりも、相模が帰ってきた直後よりも、より大人の女らしい表情を隠そうとはしなかった。
だから小太郎に調べさせたけど、やはり相良が手を出していた。
「お館様」
どう処分を下すか考えていると、頭を伏せた小太郎の声が聞こえた。
「相良良晴は風魔の若者だけではなく、中堅層にも人気が高い者ですから、追放などをすると大きな影響があると思われます」
……ふふふ。
「小太郎が個人の肩を持つなんて珍しいじゃない。それほど人気なのかしら?」
「はい。
崇拝されているなんて、まるで本当の神様のような扱いね。
まあ、綱成からも恨まれるでしょうし、他の弟妹達ならともかく彼女に嫌われるのは……。
「わかったわ。但し、作戦に少しでも遅れたら、ね」
「はっ。相良良晴にも伝えます」
さて、白い子兎は間に合うかしら。
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3月13日 夜
越後 坂戸城
長尾 政景
「なるほど、電光石火で関東を制圧していくのか」
「ああ。そうじゃないと越後の奴等が更に飢えるからな」
ほぼ確定した山越えの日を前に、越後一帯でその準備が進められていた。
そして、俺はというとほぼ全ての準備が終わり、今は従軍する御輿・上杉憲政に関東攻めの段取りを話している。
鎌倉時代以来の名家であり関東管領であるこいつを戦場に連れていくのは、当初は景虎も反対していた。しかし、憲政は頑なに従軍することを譲らず、ついに景虎が折れた。
「政景殿」
「んっ? 怖じ気づいたか?」
「まさか。此度の戦、恐らくは私達の価値観を変えるような、そして不幸な戦になりそうで気が気でないのさ」
「価値観の方はわかるが不幸な戦、か?」
相良良晴と足利良氏が結ばれ、それは暴走ではなく、足利家などの承諾つきときた。そして、それを聞いてから景虎や兼続の様子がおかしくなっている。
その段階でえらいことになっているが、そこに不幸な戦だと?
「ああ。里見家はともかく、古河の奴等は
「……それに
「私は本陣についていく事しか出来ないが、注意しておいてくれ」
「おう」
……綾や に充分甘えなければいけないな。