3月15日 朝
常陸・稲敷郡 土浦近くの湊
結城家のライバルの1つである小田家のお膝元で商売した彼らは、現地交渉担当の風魔にその辺りを任せ、小田氏治の重臣・
馬より小さいとは言っても驢馬は川船に載せるには大きいので、彼とはここでお別れとなる。
「また世田谷で会おうね」
「グーヒー」
すっかり仲良くなった吉良頼康が乗り込み、船団は北条家に内通した者達に囲まれながら出港する。
この日は、何日か続いていた晴天が過ぎて、雲が出ていたが、低気圧は南岸の遠い所を通り過ぎるだけで、幸い大きな嵐にはならなかった。
しかし、その低気圧による北風は関東平野に吹き付け、幾分かは霞ヶ浦を荒らす。
「うー」
相良良晴は真鶴~堺~博多の船旅で、風魔はその船旅と訓練で馴れているが、他の者達は舟に乗ることがあまりなく、特に吉良頼康と結城晴朝はひどかった。
晴朝は良晴と重経の間に座っているが、ますます顔色が青くなり、遂には良晴によって場所を交代した。
近江の6分の1の面積を誇る琵琶湖に次ぐそれを持つ霞ヶ浦の西の端から東の端まで行くので、道程は遠く、しかしその間に波が弱くなる事はなかった。
「この牛堀からは湿地帯を馬で行くか歩いてもらう事になります」
「らしいけど……無理そうだな」
美少女が苦しんでいる姿を見て何時もより早く舟は着いたが、最悪にはなっていないにしても、晴朝と別の舟の頼康の顔色は酷いというよりヤバかった。
しかし、小太郎から敵の動きを知った良晴にとっては、これ以上遅れたくはない。
なのでーー。
「梅千代。固定出来るか?」
「…大丈夫です!」
彼は頼康をおんぶする一方で、重経の方を見る。
見られた彼女は、一瞬きょとんとしてから顔を赤らめ、そしてあらぬ方を見る。
「あーあ、やっぱり当主が頼れるのは自分の家の人なんだろうなあ」
「…わかったわよ!」
我ながら酷い棒読みだと思っていた良晴を小突いてから、重経は晴朝をおんぶする。
「……重経……良いの?」
「今回は危急の事態だからよ! 軟弱者なんだから!」
「ありがと、ね」
「ふんっ!」
テンプレだ、と刺されてから友達や知り合いの恋愛には鋭くなり、何組か仲人《なこうど》をした事もある良晴。
だが、自分を見る様々な視線とその意味には気付く事は無かった。
時々足をとられかける事はあったが、それ以外は大したトラブルもなく、北浦も渡り、昼過ぎには目的地の城の外壁が見えてきた。
「でっけえなあ」
左右いっぱいに広がる外壁を見て良晴は声をあげるが、実際彼らの目的地の鹿島城は結構でかく、近くの鹿島神宮の二の鳥居まで及んでいた。
その鹿島神宮の惣大行事職も勤める家柄でもある鹿島家の者と連絡をとっていた良晴だが、指定の時間である
首を傾げながらも、良晴達は大
「ご主人様」
高取が良晴に近付いてから声を上げたのは、夕暮れも深くなり、特に風魔達の怒気が増してきた時だった。
重経の微笑みと、彼女の膝の上に頭を乗せてぐっすり寝ている晴朝に癒されていた良晴は、彼の方を向く。
「城内で刀を交えあう音が」
それに意識を手放している晴朝を除く一行全員が警戒心を強め、それぞれが動く。
晴朝が後頭部をおさえ、重経がおろおろとしている間に、それ以外は自分の武器を手に持っていた。
そして、残る2人や庄屋の者達も同じようにした直後、音が連続して響き渡る。
何かが爆発する音。
刃を交えあう連続した音。
そして怒声。
「最悪か、最良か」
静かに良晴が呟いた直後。
重い城門が乱暴に開かれ、中から女子供達に老人が出てくる。
「蛇は! 蛇はおらぬか!」
蛇……三つ盛鱗の北条家。
意味を理解した良晴はいの一番に飛び出し、後ろに多くを引き連れながら、叫んだ老人へ走る。
年齢を感じさせない切り筋で相手の腕を体から離した老人は、加勢してきた良晴を見て、そして重経を見る。
「おお、結城の小娘ではないか!」
「相変わらず! ですね!」
重経と知り合いの老人は、勢いを増して城内から出てくる奴等に拮抗しつつ、女子供達の避難を彼女に願う。
「じいさん! 心当たりは!?」
「…神宮じゃ! 神域なら用意に手出しはせぬじゃろう!」
相手の顔面を殴った良晴が、高取に指示して、彼が中心となって、何処かから飛び出してきた老人の仲間達と共に逃げていく。
一方、残った風魔や腕に自信のある者達は、城内から出てくる奴等と切りあうか、いかんせん数が多かった。
遂に、良晴達の陣営の中では珍しく甲冑を着ていた若武者が、相手の剛力に刀を落とし、上から切りかかられる。
「ふんっ!!」
だが、それを良晴が渾身の力で相手の両腕に木刀を叩きつけた事で、微かにそれる。
左耳の風切り音と骨が折れる嫌な音に目を開けた若武者は、
「じいさん! 俺達も逃げるぞ!」
「じゃのう!」
その後は、怒声の中を神社の出入り口の1つへ走る者達に紛れながら走り、最後に苦無を後ろを向かずに投げた与一が入ってから門が閉ざされる。
その門にもたれかかるように良晴が背をつき、隣の若武者や晴朝達も同じようにする。
「ありがとのう」
息は少し乱しただけの老人が、門を閉じた神社の人に礼を言い、その人は答える。
それを朧気に聞いていた良晴だが、隣で甲冑を脱ぐ音が聞こえ、そっちの方を見る。
深緑の髪を前は眉毛に掛かるぐらいかで、後ろは首もとまでで切り揃えている若武者の横顔がそこにあった。
「……大丈夫か?」
「んっ? ああ、大丈夫だ。愛刀を置いてきちまったけどな」
そう笑顔で応える若武者を見て、良晴は綱成に似ていると思った。
だから、何となしに言う。
「美少女なのによく頑張ってるな」
と。
対して若武者は、少しキョトンとしてから、喜びを顔一杯にーー。
「わかったか!」
いや、初対面の良晴を抱きしめて表した。
それに良晴達が驚き、固まっている間に、老人がその若武者に気付く。
「おやおや、ようやく運命のお人が現れたか、鹿島のお転婆娘にも」
その意味を理解した良晴ら一行は、門の向こうの者達も動きを止めるほどの大声を上げた。