3月16日 夕暮れ
常陸・
土岐家、と言えば美濃だが、色々と分家は散らばっていた。
幕臣の1つとして京にいる 家や 家などは名前を変えているが、この江戸崎城を本拠とする土岐家は土岐原家から戻した特異な家だ。
その理由は1つ。斎藤道三という蝮に負けた土岐頼芸が、土岐原家に養子入りしていた弟に系図と家宝を譲り、形式上は弟・治頼が継いだからだ。
「ほうほう。そうか、見松はそこまで…………頑張っとるのう……情けないのう」
そして、この日の頼芸は何度か涙を流し、それを弟やその家族が暖かい目で見ていた。
彼に土岐頼次という少女の事を伝えるのが、同じ立場で彼女を見守ってきた結城忠正であり、教興寺や堺で行動を共にした相良良晴だった。
そして、その良晴は頼次に宿る明智さんの父親と同じような人だ、と感じた。責任感が強く最後まで投げ出
「ありがとうっ、ありがとうっ」
ここの土岐家の貰い泣きもありながら2人の報告は終わり、ここからは相良良晴と前当主の娘婿・土岐治頼の間の話である。
霞ヶ浦南岸の鞍替え、東岸の内紛、西岸の更に西の動き、そして北岸とそれに対抗する更に北の家。話題は多く、2人を中心とした話は日が変わる頃まで続いた。
「頑張れよ?」
「ああ! 絶対に取り返してみせる!」
そして、3月17日。
北条側の鹿島家代表である少女と別れ、良晴らは更に南へ向かった。
そして、彼らが下総に入った頃、1人の男が故郷に帰っていた。
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3月18日 昼前
上総・
里見 義頼
3ヶ月前の第2次国府台の戦い。あの戦いで、父上は落ち延び、正木や など重臣も戦場の塵となった。
そして、急
「義弘、義頼よ。俺がいない間、この里見家を代行したこと感謝するぞ」
「有り難きお言葉でございます。先日には鹿島家が我らに同調する英断を行い、それには父上の健闘があったこと聞いております」
「うむ。これで江戸家との繋がりもでき、千葉家を半包囲する事が出来た。
……皆の者、北条には先手を打たれたが、これは逆に好機である。事前に教えた通り、我らは奴等の後ろを襲い、八幡さまを奪還しようぞ!」
『おう!!』
里見家お得意の水軍による急襲。
その作戦が成功すればまさに金星に近付くが、相手はあの虎。それに相良良晴という新しい者が現れたというのに、予測していないわけはない。
「予測してたとしても浦賀は我らの物。あの大船が近付けばわかるし、内海は我らの庭よ」
兄上はそうおっしゃっていた。
しかし……どうにも、成功するとは思えない……。
「父上」
「んっ? 義頼も出陣だろう?」
「それですが……海戦の最中に北条の支援を受けた千葉の者達が攻めてくるかもしれませぬ。それゆえ、城に残る者達の指揮を取りたく……」
まあ、恐らくは無理だろうが。
「ふむ…………よし、わかった。お主はこの城に残れ」
「…………はっ?」
「どうした? お前の望み通りだろ?」
「はっ、はい。あっ、と、ですが……」
「……国府台で俺は因縁を知ったし、男達の時代はあの『鬼』を見て終わったと思っただけさ」
そう言い残して、父上は休む間もなく城外へ向かう。
出陣していく父上と兄上を、まだ気持ちがおさまっていないまま見送っていると、後ろに気配を感じた。
「やはり御屋形様は変わられてましたな」
感慨深く言うのは、千葉家の南下という懸念を教えてくれた上総武田家からの亡命者。
身を隠すために出家して『無人斎』と名乗るその老人は、1ヶ月前にふらりと現れ、城下をぶらついていた私に話しかけてきた。
つい先日、兄上に嫡男が産まれる悩ましい事があったばかりの私は、無人斎に心の内を明かし、そして協力する事になった。
「さてさて、北条家の関東制覇を、そしてそれ以外の進出を止めれるか。この戦にかかっておりますな」
「……ええ。そうですね、武田
私は、何を守りたいのだろうか。
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3月20日 昼過ぎ
上総・君津郡 小糸城
里見家の本拠地である久留里城と、里見水軍の拠点である佐貫城。その間に、小糸城という城がある。宇都宮家の分家の秋元家が治めてるので、秋元城とも呼ばれてる。
その小糸城で、里見義
「明日には佐貫城、そして
「はい。そこから、北条軍の反撃をかわし、古河様と連動しながら鎌倉を奪還します」
「家臣達には強行軍を強いるのう」
「しかし、父上のご帰還と此度の大作戦によって士気は上がっております。それに今回が成功すれば、下総の奴等を下し、房総全土を支配出来ます」
「うむ。里見家は房総、大
「ほう。……この関東を統一すれば、承久の乱や永享の乱のように京から狙われる。それを、執権様の家を称するあの家はわかっておりませぬ」
「今度の戦でわかれば良いのう」
「ですな」
その公的な話を終えると、次は私的な話だ。
「あの臆病者は久留里に留まりましたな」
「まだそう言うか。お主の……いや、梅王丸が産まれたか」
「はい。手紙にも書かせていただきましたが、しっかりと、強い子に、育っております」
義弘の強調した言い方に、梅王丸の祖父にあたる義尭は苦笑いを浮かべる。
そして、義尭の胸中は複雑な親子関係の里見家を思い、また表情を変える。
義尭と後妻の上総・
土岐為頼はまあ問題ないとして、足利義明は国府台で義尭が見捨てた男であり、その息子の
「それに、義頼はこの里見家にそぐわぬ者。あいつが領土を持つとなると、虎の餌食になるだけです」
里見義頼は20代になったばかりという女性であり、鹿島家などと同じくずっと男が当主になってきた里見家家中には反対意見が根強い。
それに……。
「それに、私の妻は絶縁したとはいえ前古河公方の
という事である。
しかし、義尭の思いは変わらなかった。それは、義頼の卓越した外交の才能という稀有な能力が、正木など勇将が減った里見家に必要であり、それより火急な事があった。
「義弘。お主、体調はどうだ?」
「…………」
「梅王丸を産むため頑張ったと聞く。そして、今まで里見家を代行し、休む間もなくのこの出陣だ」
「……やはり父上は
「元よりそのつもりだ」
義尭は外を見る。
薄く雲が混じり始めた青い空を見つめながら、彼は思いを言う。
「此度の戦に勝ち、国府台で墜ちた権威を復活させ、北条家のような体制を作らなければならんのだ」
その父親の万感の言葉に、息子は力強くうなずき、同じように外を見る。
だが、その思いはすでに叶わない事を、彼らは知らない。
佐貫城、すでに落城。
北条・佐竹・
その2つの悲報が届いたのは同時であり、義尭は天に向かって