3月21日 未明
北条 松千代
風魔さんが飛び込んできたのは、何時もの時間になって私が起きようとしていた頃だった。
上座でずっと目を瞑っていたままだった御姉様は、目を開けて、音なく現れた風魔さんから書状を受け取ります。
「風魔が佐貫城を落としたわ」
『おお!!』
配下の忍という裏方の人達が単独で城を落とす、という日ノ本初の偉業を成し遂げたにも関わらず、御姉様は表情を変えず、部屋の中の沸き具合を見ます。
おさまってきた所で、ようやく御姉様は口を開きます。
「風魔は佐貫城を落とした。後は久留里城を落とせば、上総は私達の物になるわ。
それに、裏方が落とせて、本業が落とせない。それがいかに無様な事かわかってるわよね?
私から言うことは以上よ」
後は……と、言葉を区切った御姉様は、上座に一番近い所に座っている相良良晴の下に近付きます。
胡座をかいていた相良は正座になり、御姉様から軍配を獰猛に笑いながら受け取りました。
「後は、この猿に従いなさい」
御姉様は一族でもない相良良晴に、この重要な戦の軍配を譲りました。
忍だけによる佐貫城攻めを考案し、鎌倉という古都を笑顔が溢れる町に導き、綱成さんなどとも仲が良い相良。
吉良と結城の当主と日ノ本にその名前が響きわたる剣豪を持ち帰ってきた彼は、御姉様の横に立ち上がり、口を開く。
「皆も実感してると思うが、去年は空梅雨で飢饉があった。俺達が行商した下総もそうだが、山がちな房総や北関東は特にひどいらしい。
俺は別に武功が欲しいわけじゃない。ただ、飢饉に苦しむ農民達を楽にするために、この戦を早く終わらしたいだけだ。
そんな奴が総大将だけど、みんなついてきてくれるか?」
『おう!!』
野太く、少し高い声が本丸に響き、相良は笑みを深くした。
皆の様子を見て初めて表情を変えられた御姉様は、副将である幻庵おじいさんに何か言ってから、部屋を出ていき武蔵へ向かいます。
それを見送った相良は、今まで御姉様が座っていらっしゃった上座ではなく、その真ん前の下座に座り、皆を手招きします。
「最後の話し合い、しよっか」
『おう!!』
幻庵おじいさん。
相良良晴。
佐竹義重。
吉良頼康。
結城晴朝。
南国の少女。
そしてそれらの家臣。
意気軒昂な人々が丸くなって座りながら話す様は、まさに熱気に溢れていて、やっぱり場違いだと実感した。
「千代」
だから、その円の外から静かに見守る事にした私を、相良良晴が呼ぶ。
少しだけ『小弓城』という名前だった生実城で、いきなり御姉様に「ついていきなさい」と言われた相良だけど、彼には馴染めずにいた。
元盗賊団、故郷を追われた者達、それに若き風魔。異色の者達を率いる彼は、私にも普通に接してくれた。
「入るか?」
「……入るわ」
強制するものではない。けれど、何故か参加する気になれた。綱成さんが言うように、体を預けたくなる雰囲気があるかもしれない。
私が自分の横に座ったのを見てから、彼は久留里城攻め前の最後の打ち合わせを進める。
幻庵おじいさんが説明して、相良が絵図にその動きを書き込んでいく。立場が逆転しているような気がするけど、誰も気にしないのは相良がなせる技か。
「じゃあ時間もったいないし出るか」
『御意』
事前に段取りがすんでいたから、夜が明けるまでには会議も終わり、私達は真理谷城を出る。
大物の武将なら自分の馬で
「どうかの? 相良良晴は」
まあ、幻庵おじいさんに抱えられている私もそうだけど。
「嫌な人では無いです」
幻庵おじいさんは御姉様と共に風魔を担当する人なので、嘘をついてもすぐに気付く。
だから、正直な思いを言うと、感慨深そうに「そうかそうか」と幻庵おじいさんは言った。
「名将の器を持つお主がそう言うのであれば、私も相良に任せよう。相良がお主を気に入れば、人徳も広がるしのう」
「……なんの事でしょうか」
「ほっほっほっ」
やっぱり、御姉様と幻庵おじいさんの目は欺けないですか。
彼は……相良は、私をどう思ってくれるだろうか。