相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第92話 久留里と南九州の話

3月20日 朝

上総・望陀(もうだ)郡 久留里城城下

武藤 喜兵衛

 

「人は城、人は石垣、人は堀」

 

 僕は、馬上で相良殿が先程の軍議でおっしゃった事を思い返し、また体を震わせた。

 その言葉は、敬愛する御館様が口癖のようにおっしゃっていたそれであり、武田家家臣なら誰もが心に刻んでいるであろう物だった。

 それを相良殿は使い、それ故に今回の作戦を思い付けたという事を話した時、僕だけではなくほとんどの人が目の色を変えた。

 

「城を攻めるが落としはしない」

 

 一見矛盾している事のように聞こえるが、この戦いにおいてはばっちり当てはまっているだろう。

 

「御主人様。『線』を越えました」

 

 里見義頼、という想定外の詰めの武将が久留里城にいたけど、どっちみち城は本気攻めないので関係ないのだ。

 最重要の目標は、その久留里城救援に来た男達だ。

 

「皆に『切り替えろ』って伝えてくれ」

「はっ」

 

 証拠に、本陣は城の方を向いていなくて、真反対の方を向いている。

 その本陣に堂々と座っていた相良殿は、指示から少し経って立ち上がり、傍らの軍配をゆっくりと(かが)げた。

 

 直後。

 ひゅー! と鏑矢(かぶらや)が勢いよく天に昇り、本戦の始まりを告げた。

 

 最初に動いたのは、御館様と同じ家紋を旗印とする上総武田家の武田清信殿の軍勢。

 里見家から北条家への寝返りを決断し城門を開けたが、北条家から信頼を得るにはまだ不充分だということは彼らもわかっている。

 忠義を示すために、相模守様が指示したのが、一昨日までの主家を攻める事だった。

 

「予定通りに止まりました」

「よし。火矢を放て」

 

 清信殿が里見家とは川向かいの位置で止まり、静かににらみ合い始めると、相良殿はすぐに次の指示を出した。

 それに従い、前の志願者の混成部隊である人達が火矢を放ち始め、城の一部が燃え始める。

 城にこもる敵達からは、普通の矢による応酬と消火があり、戦の本格化の感じを醸し出していた。

 

「里見軍、両翼出ます!」

 

 見下ろす先で、燃える自分達の城を見て、敵の本隊が動き始めた。

 川を渡ろうとする彼らを清信殿はおさえようとするが、彼らの勢いには(こら)えられなかった。

 

「清信さんに後退を!」

「はっ!」

 

 最適の時機に相良殿は命じ、すぐに清信殿は応じて、徐々に退(しりぞ)いていく。

 それを見た里見軍は、更に意気軒昂となり、本陣と見られる中央も前に動き始め、その中央を守るように両翼が近付いていく。

 

「圧迫!」

 

 今度は、本陣と城攻め部隊の間にいた北条軍が分解して、左右から里見軍の両翼を圧迫していく。

 すると、後ろは川なので、里見軍が向かう先は前しかなく、そもそもそっちの方が目的なのだ。

 

「撤退!」

 

 相良殿が叫び、清信殿率いる軍勢が(きびす)を返して、こっちに走ってくる。

 それを見た里見軍はーー。

 

「引っ掛かりました!」

 

 その瞬間の相良殿と島津殿が目を合わせ笑いあった光景を、僕は忘れる事はないだろう。

 敵から見れば敗走しているようにしか見えず、川と城の間にある高台にある本陣を、清信殿とそれを追撃する里見軍が目指す。

 それは、普通に考えれば僕達の危機だけど、今は普通ではない。

 

「佐竹軍、出ます!」

 

 進路の林から、精鋭達で構成された佐竹軍が出てくる。

 九州の修羅が得意とし、薩摩からわざわざやって来た島津殿が教示した『釣り野伏せ』。

 ここでは未知の戦法が、この久留里城下の戦いで完璧に成功した瞬間だった。

 

「北条軍は後ろに!」

 

 そして、目標は里見義尭という男なので、退路を徹底的に防いでいく。

 釣られた事がわかり死に物狂いで里見軍は周りを突破しようとするが、こちらも負けられないので中々穴を開けない。

 その戦いを見下ろしていく中で、僕の胸の中が抑えきれないほど沸き立ってきた。

 

「幻庵さん。本陣からも割いて、最後の一押しをしてほしい」

 

 その最中の相良殿の声に、思わずそちらを勢いよく見てしまう。

 

「わかりました。まあ、見ているだけは示しがつかないでしょうしなあ」

 

 その幻庵殿の言葉に、僕は顔を赤らめ、同じような表情の妹達と笑いあう。

 そして、自慢の妹の1人である源二郎を置いて、僕達武田軍も戦場へ突入していく。

 

「武田大膳大夫(晴信)様が家臣、武藤喜兵衛! ここにいざ参る!」

 

 僕の言葉と共に50人の武田軍は一塊になって、戦場に突入していく。

 すぐに乱戦になる中で、早速僕の所に清信殿が来た。

 

「援軍かたじけない!」

「いえいえ。大役を果たしたのですから当然ですよ! それに私は今、沸き立っていますので!」

「拙者も戦でこんなに楽しめるのは久しぶりよ。やはり、北条について正解だった!」

「御館様への依頼、しかと伝えさせていただきます!」

「よろしく頼む! 後もう一暴れしてくる!」

 

 そう言い残し、清信殿は乱戦に再び復帰していく。

 僕も御館様から授けられた刀を馬上から振り、敵を次々と減らしていく。

 数はこっちの方が少し少ないが、奇襲に近い作戦が成功したので押せるようになり、所々では降伏する者達も出てきた。

 そして、佐竹殿の軍が里見家に本陣に差し掛かろうとしたその時だった。

 

 2つの法螺貝の音色が戦場に交互に鳴り響き、僕達は動きが鈍くなった。

 何故なら片方の音色は、僕達への『戦闘停止』を命じる物だったからだ。

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