相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第94話 近付く距離の話

3月21日 午前0時過ぎ

武蔵・大里郡 鉢形城

 

 北条氏康が二度寝を始めた松山城の北にあり、東武鉄道の東上線という路線とバスで行き来する事が出来る所にある鉢形城。

 その歴史は比較的浅く、室町将軍が の頃の長尾景春が山内上杉家に復讐するために建てた城である。太田道灌が落とし、扇谷の上杉定正はこの城を攻めている時に死に、その定正と一緒に動いていた男の孫娘である北条氏康が河越の後に攻めとったという濃厚さがある。

 河越城の戦いの勝利で武蔵国の覇権を確立した氏康は、上野国を攻める時の重要な城としてこの山城に自分の妹を置く。といっても去年、長尾景虎に元々のその妹の居城だった天神山城(埼玉県秩父郡長瀞町)を落とされてから、だが。

 

「戦だー!!」

 

 その鉢形城の本丸で叫ぶのは、期待以上に早く来てくれたからという理由で相良良晴を気に入った北条陸奥守氏照。

 彼女を鋭い目でジトッと見るのが、1つ上の実姉より色々大きく、姉に唯一似ていると言える銀髪をポニーテールで太股(ふともも)の所まで垂らしている藤田安房守氏(くに)である。

 彼女と松山城に預けようとした隣の松千代らの姉である北条氏康に、氏邦に似たジト目で見送られた相良良晴は、その2人を見ながら苦笑いを浮かべていた。

 

「何時出る? 一刻(2時間)後!?」

「最低でも夜明けよ」

 

 戦好きである氏照に比べて、氏邦は()()冷静な方だ。

 

「臆病風に吹かれた!?」

「ああ?」

 

 しかし、堪忍袋は破裂しやすい。

 氏康と2人の間の妹である松千代から聞いていた良晴は、氏康と幻庵というストッパーがいないので代わりに仲介する。

 喧嘩しようとすれば大体は止められる事は2人はわかっているので、銀髪の2人も良晴が間に立つと大人しくなり、松千代をチラリと横目に見ながら座る。

 

「はうっ」

 

 一瞬だけだが、敏感な松千代はその視線に反応して可愛らしい声をあげ、顔をうつむかせた。

 聞いてた通りだな、と実感した良晴だが、今は氏康が言ってた通り「それどころではない」ので、介入はしない。

 代わりに、自分が進行役をして、3人を指揮していく事にした。

 

「藤田さん……で良いか?」

「ええ。よくわかったわね」

「氏康さんに似てるからなあ」

「……似てる?」

「ああ」

 

 そんな会話の後、現実的な作戦をたてていく。

 氏邦の見解では、景虎の性格的に明日には長尾方の最前線である厩橋城に来る。そこで北条から裏切る「糞野郎共」の合流を待ち、それから松山城へ向かうとの事。

 対する彼女の対案は至極簡単で「利根川水系を使って合流を断ち、逆にこっちの合流を整えて、厩橋城に向かう」という物だった。

 

「けど、利根川の北は渡良瀬川を渡れば良いだけだから、そっちは防げねえだろ?」

 

 という良晴の問いに対しては。

 

「下野は飢饉がひどい。だから集まる兵は少ないし、それなら名誉挽回しようとしてる宇都宮家に任せば良い」

 

 という氏邦の答え。

 

「武蔵で北条家に反旗を(ひるがえ)す輩が現れたら?」

 

 というおずおずとした松千代の問いは。

 

「大丈夫よ! そんな馬鹿はいないわ!」

 

 という、少し驚いた後の氏照の答えと氏邦の頷き。

 

「じゃあ、俺たちはどこに?」

 

 という良晴の問いには。

 

「ここよ」

 

 と絵図の1ヶ所を指す。

 その場所を思い浮かべた良晴は、少しだけ背筋が寒くなった。

 

「本庄城! 上野には神流川を渡れば良いのね!」

「ええ。今から行かないでよ?」

「えっ?」

「はっ?」

「あうっ」

 

 上野と武蔵の国境の東側を成す長い長い支流の川。

 そこは、本能寺の変がもたらした東国の大乱の戦いの1つがあった所である。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

3月21日 朝

武蔵・児玉郡 本庄城

相良 良晴

 

 目の前の藤田氏邦。気の強そうな彼女は、目に見えて不機嫌だった。

 

「落ち着いて。ね?」

「むー」

 

 今は姉である松千代が宥めて落ち着いているが、ここの城主と会った直後の彼女は酷かった。

 まあ、この城の城主である老将・本庄実忠は意訳すれば「なんで此処にアポも無しにやって来たんだ、ガキんちょ達め」というのをものすごく遠回しに言ってきたし、その意味を三姉妹の中では唯一すぐに理解出来た藤田さんが憤るのも納得出来る。俺も少しイラついてるし。

 ちなみに、言い回しを途中から右から左へ流していた氏照は、今は鍛練に(いそ)しんでいる。

 

「相良。風魔達は大丈夫?」

「ああ。ちゃんと間者(スパイ)が出てこないか見てるよ」

「そ」

 

 史実では養弟を目障りなので殺し、秀吉の小田原征伐の直接の切っ掛けを作った男の直属の上司である事から『短慮で熱しやすい』性格だと言われてたけど、実際の彼女は後半がまあまあ当てはまる年下の女の子だった。

 ちなみに、俺の考えが正しければどうやら氏康さん世代の人は氏綱さんの正室、氏照さん世代の人は氏綱さんの側室の子供のようだ。

 見た目は氏綱さんの正室の養珠院さん(名家の娘)の次子である松千代ちゃん……多分あの人……と同じくらいで、実際それぐらいらしい藤田さんは、異母姉が上目使いした事でようやく回復したようだ。

 1度大きく息をついて整えた『銀髪の真面目な生徒会長』の彼女が、前を見て、指示を出そうとした時だった。

 

「大変!」

 

 活発な狐を思い起こさせる氏照が、襖を蹴り倒しながら、評定の間にやって来た。

 悔しそうな梅千代ちゃんに気付いていない彼女は、珍しく血相を変えて、2人の姉の所まで勢いよく走ってきた。

 そして、恐らくは上野方面に出していた風魔から聞いた情報を、彼女は大声で言った。

 

「もう! 白龍が! 厩橋にいる!」

 

 ……はい?

 

「……厩橋?」

「うん!」

「坂戸じゃなくて?」

「うん!!」

「三国峠じゃなくて?」

「うん!!! 昨日の夜から強行軍でやって来たみたい!!」

 

 …………雪解けの季節とはいえ、まだ雪が残っているであろう三国峠を真夜中に越えてやって来た?

 ……昨日は20日だから、半月のはず。その月明かりの中を、彼女はやって来た?

 

「龍……長尾景虎だけよね?」

「いえ、違います」

 

 藤田さんの問いに答えたのは、氏照ではなく梅千代ちゃん。

 若い人達で構成される俺につけられた風魔の部隊の頭領である彼女は、真剣な瞳で見上げながら言う。

 

「越後兵7000人。噂によれば、縄を頼りにして、景虎からの直接の鼓舞を受けながら、1人も欠けることなくやって来ました」

 

 真夜中の山越え。

 現代でも危ない事を、この時代にやってのけた景虎ちゃんはまさに軍神で、彼女についてきた越後兵達はその加護に守られてやって来た。

 そんな噂がたっても不思議ではない事だと思い、そしてこの時代の人々は心神深い事を思い出す。

 そこから導き出されるのはーー。

 

「藤田さん! 今すぐーー」

「全軍前進よ! 長尾軍は山越えで疲れてる! だから倒せるっ!」

 

 そう叫んだ藤田さんの瞳は、徐々に赤くなってきていた。

 必死さと悲壮感をばらまく藤田さんに喉まで出ていた言葉が詰まるが、しかしここで言わなければ無駄戦をする事になる。だから、深呼吸をしてから言おうとする。

 

「相良」

 

 だが、それより前に、横から松千代ちゃんに呼ばれる。

 

「駄目。止めちゃ駄目。あの女が厩橋に来たから、もう駄目なの」

 

 後半の意味はわからなかった。

 だが、結局目の前の2人の動きを俺には止めれなかった。

 

 そして、それから数時間後。

 景虎ちゃんが厩橋城を出たという情報が来ても、藤田さんは本庄城を出る。

 結局、俺達は、神流川を越えることは出来なかった。

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