終期の戦場
北条 氏康
「運は天にあり、死して生命あり。敵中に打ち入れよ」
龍と名乗り始めた兎は、上州軍の真意を知ると、笑みを浮かべたままそう言い残し、愛馬の腹を蹴ったという。
一方で白龍がそんな事を言っていたのを知らない私は、当初の作戦通りに動き始めたのを見て、相良が言っていた事も忘れ、次の命を出した。
『上州軍も動き挟撃せよ』
遠くの旗印がゆっくりと動き始めた時、私は勝ったと思い、腰を浮かべた。
けど。
「前衛第2陣まで突破されました!」
相良は言っていた。
『景虎ちゃんが攻撃に特化したら危ねえ。やって来たらすぐに逃げてくれ』
と。
白龍から相良に宛てられた『会いに行く』だけの手紙。短い文だけど、相良を目指してやって来るというのは予想出来たはずなのに。
しかし、私は2人の仕返しが出来る事に浮かれ、あの戦いでの『常識を当て嵌めない』という教訓を忘れ、そしてその注進に次の行動が遅れた。
「氏康! 早よ逃げ!」
漸く体が動き始めたのは、本陣の前の陣である幻庵が声を張り上げた時で、直後にはゆっくりと崩れていくのが見えた。
相良衆は殿で、さっきまでの戦いで本陣より後ろで休憩してるはず。という事は、本陣でさえ通り道でしかない……。
「御姉様!」
馬に乗っても遅いし、私が退けば北条軍は崩壊し、氏照や氏邦が取り残されるーーいや、自分で残る。
だから、ここに居続けなければいけないけど……。
「北条氏康、覚悟」
なびく白髪が見えた。
鈍く光る刀が見えた。
赤い瞳が見えた。
そしてーー
「を決めるにはまだだな」
黒い甲冑と頭が見えた。
「相良良晴……」
「2ヶ月ぶりだな、景虎ちゃん」
殺気は霧散し、相良を挟んで馬の上にいる白龍は……長尾景虎は、1人の少女になっていた。
「ずいぶん乱暴な会いかただな」
「虎が上州に色々な歯の跡を残していったからね。それに、関東に平和を取り戻すためには必要な事」
「公方さんは復活したぞ?」
「もう1人必要。世襲は独立を産み出すしかないから、幕府からの目附は必要」
松千代や私の旗本がいる手前、話すのは公的な事だけど、目に見えて彼女の頬が色を帯びてきている。
「私は進む。前に進む」
「……そっか」
強く何か特別な物を欲しい者の瞳をする白龍の言葉に、相良は微笑みながら答える。
しばらく目を合わせていた2人だけど、先に景虎が馬を反転させ、元の所へ帰っていく。
「氏康さん」
振り返りながら、相良は言う。
「どうする?」
その顔は
「……本陣まで貫かれた」
私は知っている。
その声を、その顔を。
「突破力は想像以上」
伊豆の城で見た。
「籠るわ」
小田原で見ていた。
「全軍撤退よ」
そして、私もしている。
「了解っ」
何か大きな物を抱え込み、そしてそれが誰にも相談できないほど繊細なそれの場合の人の表情だと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3月28日
関東甲信越地方
北条家にとっての重要拠点。
本拠地である小田原城は当然として、歴史的にかつ現在進行形で重要な鎌倉とその近くの玉縄城、北条家の隆盛を決めた戦いがあり武蔵東部の拠点である河越城、そして武蔵西部の拠点である滝山城がある。
その4つの城と1つの町を除けば、北条家の家臣達はほぼ退くか少数でこもり、そのほとんどは氏康に確認をとってから降伏していった。
「ここが小田原城ね」
「はい」
一方、長尾軍は悠々自適と武蔵東部を進み、休憩や後詰めをしながらも相模に侵入。
そして、関東の南の関所・箱根を抑えれる地にある小田原城の城下に景虎らが着いた時には、上州や武州の者達を中心に色々な武将達が集まっていた。
「では行きますか」
「はっ」
そしてこの日、越後に残っていた直江大和守実綱も招集がかかり、軒猿などを残しつつ三国峠を越える。
「景虎は小田原に着いたか」
「では」
「行くぞ!」
『御意!』
北条氏康からの援軍要請を受けていた武田晴信は、すでに集まっていた1人1人が精強な者達に下知を出す。
「準備はまだですの!?」
「後もう少しです、義元様」
「堺に並ぶ第2の『ふりる』の生産地である小田原を失うわけにはいきませんわ! ですから早く!」
「承知しています」
一方で、東海道の3ヶ国全土に均等に招集命令が下り、特に三河からは色々な原因で遅かった。
「父上、これで10通目です」
「無視だ無視。毛虫は集めれたか?」
「はい」
一族が1人いなくなった家では、ある部屋に動物をばらまける準備を終え、それをすぐに行った。
そして。
北条一族とその家臣達は、それぞれの場所で息を潜める。
「長尾景虎は酒匂《さかわ》川の河岸に本陣を置きました」
「そう」
北条氏康は、幻庵や風魔小太郎と共に小田原城に。
「今回も絶対落とさせないわよ」
『おう!』
河越城には北条氏邦が。
「1ヶ月ぐらいの辛抱だからね!」
『はい!』
滝山城には北条氏照が。
「姫も代わったお人だ」
「それについていっている父上もですがね」
「……言うようになったな」
玉縄城には間宮康俊が。
「寝ても覚めても煩いねえ」
「ああ」
そして、鎌倉には北条綱成と相良良晴、それに足利良氏がいた。
特にこの鎌倉は特異で、良氏が にあたる足利 以来 代ぶりの鎌倉での公方になり、隆盛が戻り始めた所である。しかも、鎌倉の民政長官とも言える相良良晴の働きで、新たな時代が展開していた。
当然その鎌倉は長尾軍や上杉憲政、それに足利藤氏の三者にとっても涎が垂れる場所で、夜になってもそれらの使者が押し掛けていた。
「駄目だね、この比率、この計画じゃあ。また出直してきな」
しかし、彼らを妨《さまた》げ、使者達の胃痛の種になっているのは、確固たる敵対勢力である北条家の者ではなく鎌倉市民だった。
彼らは今かそれ以上の政策を彼らに求めるが、良晴が少し考えて実行した良晴がいた世界流のそれは、莫大な利益を狙う意図もある者達には難しい事だった。
長尾軍の対鎌倉代表で、暗黙の了解ながら全軍の代表でもある宇佐美定満の下に、主君からの書状が届いたのはこの日の夜の事だった。
「変わった?」
「はい」
翌朝、つまり3月29日の朝、寝起きの良晴は、梅千代からの報告に怪訝な顔を浮かべる。
しかし、3人で話し合うのは変わりない事なので、彼は鎌倉府の中の少し大きな部屋へ向かう。
鎌倉の中で一番権威が高く、良晴からも『反旗の心配なし』とされた足利良氏宛の書状は、彼女を含めた3人を驚かせるには十分な中身で、すぐに小田原城の氏康に風魔が放たれました。
「……どうしてだと思う?」
「大きくは凶作ですな。それに房総や常陸、下野の者達も中々集まらず、鎌倉も落とせていない。それによる離反を防ぐのもあるでしょう」
「幻庵 はどうすれば良いと?」
「 が考えている通り受けた方がよろしいでしょう。上杉家を神輿から引きずり下ろすためにも」
「……そっ」
氏康から許可状が出たのはその翌日の30日の事で、その日の良晴は鎌倉市民の代表達と話し合う。
そして4月1日。宇佐美定満の所に、条件などを付けた返事が届き、定満もそれに応じ、手続きは完了する。
4月3日。
長尾景虎ら関東連合軍は、堂々と相模を横断し、藤沢に到着する。