相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第101話 儀式の話

4月4日

相模・鎌倉郡 鎌倉・極楽寺口

 

 小雨がパラパラと降っているその日、鎌倉の出入り口の1つの前に色々な武将達が列を作っていた。

 先頭集団は関東連合軍の総大将である長尾景虎の他に関東管領の上杉憲政、古河公方を称する足利藤氏、それに現役の関白の仕事を放棄している近衛前久がいた。

 その後ろに、それぞれの国ごとに代表が並んでいる。そこには長野業正や新田家の末裔を称する由良成繁などがいた。

 

「開門!!」

 

 号令によって、綱成直属の武士である2人の男が、切通を仕切っていた最後の砦である太い木の棒を上げる。

 一夜のうちに障害物が取り除かれた切通を、景虎を先頭にして連合軍が進んでいく。

 切通を進んでいる間も、彼らには市民の視線があり、参列者の中で日記をつけていた者達は一様に「心休まらず」と書いている。

 

「上杉様ですな」

「その通り。初の顔だな」

「はい。三ヶ日を期に世代交代をいたしました」

「……そうか」

 

 約束の中に『住民を強制参加させない』というのがあり、前代未聞の行事を見ようと集まった人々は少なく、それ故にかおおむね厳しい表情で、粛々と列は進み鶴岡八幡宮に入る。

 その列の中でやはり最も異彩を放っているのは長尾景虎であり、次いで彼女の従者かつ進行役の直江兼続だろう。

 その景虎は、行事の片方の主役として 殿の前まで下馬して階段を昇った後、おもむろに振り返り深呼吸をする。

 

「良い空気。自然だけではない、人の活気も混ざった空気」

 

 真っ白な兎だと、彼女の後ろ姿を見ていた宮司は思った。

 微笑みの真の意味を悟った彼も大きく息を吸い、真剣に進行させる事を心に誓う。

 そして、その数時間後には、新たな伝説が生まれた。

 

「上杉政虎よ。私の養子として、そして新たなる関東管領として良い働きを期待してるぞ」

「はっ」

 

 初代から上杉家の血筋に引き継がれた関東管領を、歴代の管領の 人を討った長尾家の末裔の1人である少女が継ぐ。

 様々な意味を含むその大ニュースは瞬く間に広がり、様々な所で様々な反応をもって受け止められる。

 だが、この時に限れば、それほど大きな影響は無かった。

 ただーー。

 

「色々足りません」

 

 ただ、関東連合軍の撤退が当初より早くなったぐらいである。

 小田原城を包囲し始めて10日後の4月8日、特に下野や下総の食糧が危なくなり、北条軍も挑発に乗ることなく、山本勘助率いる武田軍が甲州の東部に布陣し、晴信の先鋒を任された真田幸隆率いる別の武田軍が海津城を川中島の近くに作り上げ、今川家の準備も終えた事から、長尾景虎は「これで充分」として撤退を決める。

 北条家を落とせなかった事に不満はあったが、現実的に戦いには勝ったが勝負には負けるというのになるかもしれないので、他の者達も解散に同意する。

 鎌倉の“外側”にある山内の管領屋敷跡で関東連合軍の者達を景虎が(ねぎら)い、一部は彼女の側の兼続がドン引きするほどの反応を見せたが、それ以外は何事もなく終わった。

 

「まずは鎌倉。次に小田原。武家だけではなく市井(しせい)の者達の笑顔が広がる世界を作ろう」

『ははあ!!』

 

 自分から名乗り出て頑固として譲らなかった近衛前久を、景虎の名目上の主で2日目からは脇腹を押さえていた足利藤氏がいる古河城に置き、関東連合軍の中核である長尾軍は関東から退く。

 その大敵が撤退していくと、すぐに氏康は鶴岡八幡宮に詣り、近くの鎌倉府で反旗を翻した者達の討伐の作戦をたて、良氏による若干の修正の後に実行に移される。

 その中で、その鎌倉を守っていた良晴は、綱成にそれらを任せて、降伏勧告に応じようとしない三田(みた)家の討伐に従軍する事になった。

 

「それじゃ行っくよ!」

「おう!」

 

 鎌倉に来ていた北条氏照と共に。

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