相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

132 / 256
『さんだ』ではなく『みた』ですのでご注意を。


第102話 討伐の話

4月6日

武蔵・多摩郡 高安寺

 

 鎌倉の南西に広がる由比ヶ浜。

 今は(なめり)川を挟んである材木座海岸よりも賑わっているその海岸は、日ノ本の中心が鎌倉にあった時代に流行った早歌(そうが)の撰集の1つ『宴曲(しょう)』の中の『善光寺修行』という演目の出発地になっている。

 また、源義経の男児が放られ、前北条家vs和田家の合戦場になり、そしてその前北条家を倒そうと新田義貞はこの浜を駆け抜けた。

 新田義貞を滅ぼす足利尊氏を建武政権から離れさせる切っ掛けを作った北条時行と、後に兄・尊氏に反し殺される足利直義が戦った井出の沢(東京都町田市)、ナウで武田晴信と上杉政虎が係争を繰り広げている川中島、そして、政虎の本拠地の近くにある越後国府まで。

 それらを結ぶのが、鎌倉幕府の公式歴史書である『吾妻鏡』にも記されている鎌倉街道の1つであり、相良良晴達が辿った道である。

 その街道が通るのが武蔵府中であり、その町の近くにあるのが高安寺という寺だ。

 

「この絶好の地形の上にある寺は、古くから戦の本陣が何度も置かれました。

 鎌倉幕府討伐に向かう新田義貞、小山義政討伐に向かう足利氏満、足利義満打倒を目論む足利満兼、小栗満重討伐の帰途の足利持氏、上杉軍に襲われた足利成氏などなどです」

「などなどか」

「などなどです。今回のこれも、その歴史の1つに刻まれるでしょう」

 

 自慢気な梅千代の頭を撫でた良晴は、奥多摩の三田(みた)家討伐の状況整理をしている総大将の氏照の前に座る。

 おっとりとした瞳を細め、ふんわりとした銀髪もポニーテールでまとめる彼女は、副将の彼を一瞬だけ目だけ上げて見てから、すぐに目の前の絵図に戻す。

 良晴も、広げたままだった多摩川沿岸の絵図を見下ろし、この世界に来るまでの記憶と整合させる。

 

「確か勝沼城から辛垣(からかい)城に移ったんだっけ?」

「うん。勝沼城は多摩川の渓谷の出口だからまだ攻めやすいけど、辛垣城はその渓谷の所だからねえ」

「そこでまた景虎……じゃなくて政虎さんが来るまで我慢か」

「色々な所に書状をばらまいてるらしいし、大方それ目当てだね」

 

 ということは、だ。

 

「さっさと落とす。これが一番だね」

「ああ」

 

 だが、言うは(やす)く行うは難しである。氏照は攻城戦よりかは野戦の方が得意だし好きなので、時間がかかりそうである。

 しかし、時間を浪費するわけにはいかない事情が、鎌倉での軍議の時に舞い込み、それを良晴は利用した。

 三田家攻めを前にしての最後の軍議でも方針に変わりが無いことを確認しあった北条家家臣の2人は、3人の武将達を呼ぶ。

 

「お久し振りです、郡司殿」

「おう」

 

 1人は、久留里城下の戦いの最中に自分の命と引き換えに良晴に下り、景虎=政虎の関東侵攻の時は小田原城内で軟禁されてた里見義頼。

 

「血がたぎりますなあ」

 

 1人は、武田信虎に拾われ、父子に重用され、小笠原家攻めで活躍した老将・原虎(たね)

 

「…………」

 

 最後の1人が、下総の当主で少し前の大乱でも一貫して親北条家の姿勢を貫いた千葉胤富の次男・邦胤である。

 この3人全員が攻城戦が得意なのではなく、虎胤だけが得意なのだが、後の2人はそれぞれの事情があって氏照に加わった。

 それは追々語るとして、二桁ぐらいしか手持ちが無い3人を含めた5人は、今まで通りの作戦で行くことを決める。

 

 4月7日、朝。

 全軍が高安寺を出る。

 

 武蔵南西部の広大な範囲にある多摩郡は、主に西から東へ降りていく形になる。

 なので、主に山城に籠る三田家の者達は、予想以上の早さで緩やかな坂をあがる北条軍を見下ろす事が出来、何千人規模の大軍の動きは、逐次本家に届けられた。

 武州の国人だが上野の山内上杉家に属し、長享の乱(山内vs扇谷)では奪い取った城の主になるほどだったが、扇谷上杉家が事実上滅んだ河越夜戦を経て、山内上杉家も没落すると、北条家に下り、その家臣になる。

 しかし、その山内上杉家の家督を1人の少女が継ぎ、少女は北条家を圧倒した。

 それを目にした三田家は、反北条の空気が瞬く間に広まり、古河城の足利藤氏からの書状もあり、その少女が帰っていた後も旗は翻したままだった。

 

「遂に動き出したぞ」

「鎌倉では『徹底的な討伐』を掲げたとか」

「降伏も今更だからな」

「となると……」

 

 しかし、北条家は攻撃してきた越後軍が休んでいる間に、反攻を始め、その最初の目標として三田家が選ばれた。

 越後や他の反北条家の同志達からの支援も期待出来ない状況での戦いに、早くも暗い雰囲気が漂い始めていた。

 辛垣《からかい》城の三田家当主・三田綱秀も、その空気はひしひしと感じていたが、既に引き返せない所まで来たのはわかっているので、明日には来るだろう本格的な攻勢に対する軍議に集中する。

 しかし、翌8日の未明、久しぶりに老いた頭をフルに動かし、ぐっすりと寝ていた綱秀は、廊下を走る音に目が覚める。

 

「殿!」

「何事だ!」

「辛垣城が攻められてまする!」

「なっ!?」

 

 まずは勝沼城、次いで辛垣城。

 その常道をはずした動きに、綱秀は少しの間止まるが、すぐに寝間着のまま、城下を見下ろせる櫓へ駆け登る。

 辛垣城がある山の頂より少し低い程度の櫓からは、良晴がいた世界ならば青梅線の二俣尾駅の辺りになる、多摩川沿岸を見下ろせる事が出来る。

 昨日まではポツポツと集落が点在しているだけだったその場所は、今や人がわらわらといた。

 

 その後ろの方、城とは多摩川を挟んで翻る旗は『月星』の紋。

 そして、その隣にあるのは藤氏からの書状にあった『二つ引両』の紋。

 その2つの家紋にあるのは、6つの梅鉢と5つの長剣が施された家紋。

 

 こうして、三田家討伐作戦の幕は日の出と共に上がった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。