相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

135 / 256
第105話 海津への話

信濃・更級(さらしな)郡 塩崎城

相良 良晴

 

 彼女は……スタイル抜群な武田信玄晴信は、深志城に着いてからの3日間を情報収集に尽くした。

 甲信の色んな人達の動き、駿河や上野といった周りの人達の動き、そして越軍の動き。

 それを見定め、昨日になってから急に出て、犀川の先の戦域へ何の害もなく出る。

 

「流石は武田軍。動いたら早いっ」

 

 氏照が興奮した様子で呟いたのを聞き流しながら、俺は太陽が出てきて見えてきた戦域を見下ろす。

 この時代は『善光寺平』と呼ばれる盆地には、ポツポツと集落があり、それは安芸の方で見た光景の広いバージョンと言える。

 相手は『軍神』という白龍で、こっちは織田信長を追い詰めた少女。だから、この戦でもゆっくりと進むんだろうなあ、と考えた。

 実際、そういった感じで、毎日3回朝昼晩の軍議の中でも、越軍の迎撃体制は完璧で幸隆さんも山本勘助さんも攻めあぐねていた。

 

「お館様。移りましょう」

 

 4月28日、この塩崎城から4日目の夜、山本さんの上奏がその場に響いた。

 このままここで過ごせば千日手にはまる、というのは前から言っていたが、ここに来て本陣を動かすという策に来た。

 その上奏に、信玄も興味を持ったようで、深志城の時とは違い黒糸(おどし)の鎧に緋色の袈裟(けさ)を羽織っている体を乗り出す。

 

「どこにだ?」

 

 2万2000という大軍だから、おいそれと崩れる事は無いだろう。しかし、その利を生かせない所に移らなければ意味は無い。

 俺はある予感を抱きながら、隻眼の軍師の指先を見る。信玄の前に置かれた、この辺りの絵図を差す指は、この塩崎城をスタートにして、右へずれていく。

 犀川が合流する千曲川の川沿いに進み、八幡原の辺りで川を渡る。そして、ある一点で旅は止まった。

 

「遠いからこそ、様々な策が練ることができ、練られます。それならば、練られぬまでに近付けば良い事」

 

 その勘助の指先を見て。

 信玄は、心なしか雰囲気が柔らかくなり、表情も緩んだ。

 

「『白龍』がいる妻女山(さいじょさん)の北およそ20町(約2キロ)にあり、今はか……高坂殿が籠られる海津城でございます」

 

 この世界では「逃げましょう!」が口癖らしい、史実の渾名は『逃げ弾正』という高坂昌信さんが信玄からの毎日4通の書状で「珍しく」逃げようとしていない海津城。

 関東での戦乱に少なからず関わっている武田家について調べている時に知った事の中で、今では別の名前でよく呼ばれている城。確か、そこは『あの戦い』で出てきたはずだ。

 徐々に膨らむ確信に苛(さいな)まれながらも、俺は目を閉じた信玄を見る。

 

「そろそろ、昌信も色々な意味で限界だろう」

 

 苦笑いが混じったその言葉で、武田軍の動きは決まり、氏照さんも頷いた事で北条軍の動きも決まった。

 戦ではないがようやく動き出す事になり熱が増したのを感じながら、この時に俺は確信した。

 

 塩崎城と海津城。

 小田原城の戦いの後。

 そして、鎌倉での彼女の言葉。

 

「次の()()()戦いで、信玄に全部開けてもらえるかどうかが決まる。それまではお預け」

 

 証拠は揃った。

 だから、俺は決める。

 

「全ての実を拾わねえとな」

 

 簡単では無いだろうけど、最低でも主だった武将は助け、恨みつらみを残さないようにしないとな。

 軍議が終わり解散してから、俺は氏照さんを呼び止め、梅千代に朝霞さんを呼ばせる。

 30分ぐらい経った時には、戦国時代の数少ないおやつの1つである『松風』を囲んで座っていた。

 

「隠し事は無しですぞ?」

「ですな」

 

 2人の老人も合わせて、だが。

 氏康さんから鎌倉で詳細な俺の事を聞いているはずの氏照さんが、目で「やる?」と聞いてきたので、それに首を振りながら、どうしたものかと小さく鼻で溜め息をつく。

 目の前の2人、山本勘助さんと真田幸隆さんは恐らく口が固い信頼に足る人だろう。けど、鎌倉で氏康さんから「私が許可した人以外には言わない」とお達しが来たから、言う事は限りなく出来ない。

 さてさて、どうしよっかねぇ。今から話す失敗する作戦を考案する人もいるし……。

 

「そういえば」

 

 沈黙に覆われかけた北条援軍本陣の中で声を挙げたのは、2人の登場に小さく舌打ちをしていた朝霞さん。

 

「ここに当事者がいらっしゃいますな」

 

 ?

 

「はて。当事者ですか?」

「ええ。山本殿。確かお主は土岐殿とお会いになられたとか」

 

 ……そういえば、明智さんもこの川中島に関わってたな。

 

「ほう。土岐殿の事をご存知で?」

「教興寺で共に戦った仲ですから。今日は、景気づけに陸奥守(氏照)様に、その戦について話そうと思っていたのですよ」

「あの教興寺の戦をですかっ」

 

 朝霞さんの横目に頷き、明智さんの川中島での事を山本さんに話させ、こっちは教興寺の事を話す。

 勝千代ちゃんが真田家の領地に援軍として入ってきた第3次川中島の戦いと、日ノ本最大規模の戦の1つと言われてるらしい教興寺の戦いの話に、老人2人より氏照ちゃんの方の目が輝き、2人が出ていってからは詳細な事も聞いてきた。

 結局、当初の目的は達せれたのに、本題を話す事なくその日の夜は終わる。

 

「側面、特に南側は要警戒だ」

『おう!』

 

 話す事にしたのは、翌朝の海津城へ移る時で、副将として馬に乗りつつ、銀髪が相変わらず輝いている氏照ちゃんの隣に寄り添う。

 

「この戦ってどうなるの?」

 

 どうやら、俺が言いたい事はわかってくれていたようで、前を向きながら静かに聞いてくる。

 対して、俺も前の武田軍を見ながら、簡潔にこれから起きるであろう『第4次川中島の戦い』の顛末について話す。

 

「武田軍の判定負け、か」

「その後、もう1回睨みあってから、それぞれの目標のために戦は起きなくなった」

「ていう事は、引きずり下ろせなかったの?」

「ああ。信玄は上洛のための戦の途中で死に、謙信は春日山城で亡くなり内乱を呼び起こした」

「……その内乱が、鎌倉で話した」

「そう。あの内乱だ」

 

 御館の乱。

 越後とその周りを巻き込んだ内乱は、氏康さん達の妹を自害させ、上杉家を滅亡寸前に追い込み、そして武田家を滅亡させる切っ掛けになった。

 更に、この内乱で武田勝頼が獲得し、真田家が管理する事になった城は、やがて北条家滅亡の契機になった。

 長い目で見て得したのは3人の天下人という内乱についても、俺は氏康さん達に話した。

 

「結局、負けっぱなしだね」

 

 氏照さんは、籠手に包まれた右手で、自分の太股を撫でる。

 越相同盟の実現に藤田さんと共に力を尽くし、御館の乱では弟を助けに越後に入ったけど、冬の到来で撤退した。

 最後の小田原城の戦いの時には、八王子城ではなく小田原城で籠り、伊達政宗に裏切られ、秀吉から主戦派と見なされ切腹させられた。

 これらだけを取り上げれば、氏照さんは負けっぱなしに見えるだろう。

 

「けど、氏照さんは北条家を勝たしていったよ。三田(みた)家、簗田(やなだ)家、そしてこの武田家。攻めたし守った。それが、北条家に不幸をもたらしたか?」

「……もたらしてない。けどっ」

「変えていけばいいんだ。氏照さんや氏康さんは、未来を知れた。だから、家族をまもるために、それを変えれば良い」

 

 それに、俺は鎌倉に、北条家に骨を(うず)める事に決めた。

 だから、影から支えていこう。大切な、大切な家族を。




先週は葬儀のため投稿できませんでした……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。