相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第111話 松代温泉での話

5月8日 夕暮れ前

信濃・埴科(はにしな)郡 松代温泉

 

 少し前は武田家内に公式に、今日は武田家にさえ非公式に。

 なので、男湯の丸みと女湯のそれの間に立つ仕切りや、それぞれの忍はいない。あるのは、オレンジ色になってきた湯から沸き立つ湯気か、最大でも膝ぐらいのでこぼことした岩ぐらいである。

 なので、相良良晴と山本勘助は、女湯とは逆の方に横並びに座り、片足の軍師から話を切り出していた。

 

「相良良晴。お主は常人とは違う物を感じる。お主は誰じゃ?」

 

 いきなり本題へと、である。

 

「……その前に質問を1つ。武田信玄に今日、何か作戦を進言したな?」

 

 対する良晴は、質問を確認のための質問で返す。

 今日の夜の定例軍議で言うはずだった戦法は、まだ自分かお館様しか知らないはず。なぜ目の前の少年は……とまでいった所で、勘助はある可能性に思い至った。

 しかし……と否定を繰り返しつつも、相良良晴がやって来た事の具合を思い出し、特徴である『頼りたくなるような人』という人柄の事も考え、そこまで行って目を見開いた。

 

「お主は……相良殿は……未来からこの時代にやって来たのか?」

「正確には違う世界、だな」

 

 良晴は、嘘1つない瞳で目の前の老人を見ながら答える。

 勘助は、戸惑いを多く含んだ瞳で目の前の少年に問う。

 

「お主は西の方で『滅びる家の子供達』と、『川が名につく者達』を助けたか?」

「……あの4人の事、どこで知った?」

 

 良晴から沸き立つ殺意。

 長年にわたり修羅場を経験してきた勘助にとっては、なんともないものだったが、研ぎ澄まされたそれに少し驚いた。

 はっきりしている少年よ、と評価した勘助は、自分が占星術を扱え、それで西の者の天命が動かされた事を知ったと正直に話す。

 

「陰陽道の類いか?」

「あれとはまた別だ」

「へー」

 

 そんな物もあるのか、と口の中で呟いた良晴に、勘助は問いかける。少し前にその結果が出てから、ずっと心を黒く覆っていた懸念を。

 

「此度の衝突、拙者は死ぬか?」

 

 対する良晴の反応は、無言でゆっくりと頷くだけだった。

 その良晴の返答に勘助は小さく溜め息をつき、少しだけ頭を働かせる。

 真田の子供達はまだまだ成長途中で、喜兵衛殿は相良殿に会ってから芽が急速に開いてきているが、それ故にまだ粗い。そして、幸隆殿は今のままだと無理だ。となれば……。

 

「相良殿。行きますぞ」

「……どこに?」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 良晴が首を傾げる少し前、女湯の方ではなんとも言えない空気が漂っていた。

 片方ははじめて会い、もう片方は数日前に会ったばかりなので、北条氏良は出来る限りの沈黙に撤する。

 一方、ライバルとも友とも言える微妙な関係の武田信玄と上杉政虎の2人は、今回は軒猿が敷くはずだった網の内側に3人も入り、その内の1人が自分達を見つめているので、積極的な会話というのが無かった。

 そんな進展の無い女湯にいた3人は、ほぼ同時に男湯から迫る気配に気付く。

 

「だーー」

「お館様!」

 

 信玄がいの一番に怒鳴り付け、鞘を持とうとした矢先に、彼女にとって聞き覚えのある 声が響いた。

 勘助は幼女にしか発情しないはず、と不思議に思った彼女が止まっている間に、片足の老人は腕を持って連れてきた少年を前に出す。

 

「見つけましたぞ! 『天命を動かす者』を! 私の跡を継げる者を!」

 

 興奮ぎみに叫ぶ勘助に、信玄はまず彼の様に驚き、次いで懸念していた真田の者達までの中継ぎが現れた事に驚き、そして横目の政虎の姿を見て一番驚いた。

 信玄が三重の驚きで珍しく思考が止まっている間に、良晴は何とか勘助の拘束から抜け出し、迷いなく男湯の方に帰ろうとした。

 

「待って」

 

 そのはじめの一歩を踏み出す前に、後ろから鋭い声が届き、彼の動きが止まる。

 

「恐らく外に出る頃には忍達が集まっているはず。話せる機会は今しかない。だからここにいて?」

 

 間髪をいれず、早口で白い少女は良晴に言う。その言葉に、彼が陥落するのは、数秒経ってからの事だった。

 ちなみに、鼻で大きく息をついた勘助は、3人に睨まれ、1人のすがるような瞳に後ろをひかれながら、さっさと元の湯へと戻っていった。

 そして、良晴は円形の女湯に3人が三角形に座っている中で、少し考えてから主君の妹と白龍の間に座る。

 さすがに武田信玄の横に座るのは心がもたない、という思いからだったがーー。

 

「(失敗した)」

 

 と、彼はすぐに後悔し、なるべく下を見ないように、真正面の信玄の警戒心満載の綺麗な顔を見る事にする。

 他には、武田信玄と上杉政虎の間に座るか、信玄と氏良の間に座り政虎に見つめられるかという選択肢があったが、選ばなくて良かったと心の底から思う。

 そのホッとした良晴の表情に、信玄は警戒より困惑の方が占める割合が大きくなってきていた。

 

 武田信玄という名は誰もが恐れるもの。そのはずなのに、あの安心した表情はなんだ?

 

 と。

 

 天才かつ秀才な彼女は、瞬く間に過去の事も合わせていき、理論を構築していく。

 だが、結局は名前は聞いているだけの関係だったので「これだ!」という結論には達せず、もどかしさを抱きながら目の前の少年の瞳を見つめる。

 そうして生まれた相良良晴と武田信玄の見つめあいを壊したのは、白い少女が動いたからだった。

 自分の中にいる毘沙門天がどの段階で動くか考えていた政虎だが、左右の2人の見つめあいを見ていてもたってもいられなくなったのだ。

 

「……政虎?」

「景虎って呼んで」

 

 幼名の虎千代でも無ければ、今の名前である政虎でもない。想い、そしてそれを深めていった時の名前。

 その言葉の意味と、堺の頃の頼次に似た瞳を見た良晴は、改めて呼び直す。

 それを見て、信玄と氏良は根幹は一緒だが、別々の嫉妬の感情に覆われる事になる。

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