相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第112話 啄木鳥の話

5月9日 午後9時

妻女山

直江 兼続

 

「煙が多い」

 

 政虎さまがぽつりと仰ったのは、夕方の頃でした。

 恐らくは海津か善光寺の町で武田信玄に会われた後、何故かすっきりとした表情を浮かべていた政虎さまですが、海津城を見ていた時に、何気なく仰ったのです。

 薄く笑みを浮かべた政虎さまは、すぐに諸将を集めさせ、本陣で軍議を開きます。

 

「奇襲、ですか」

 

 呼び集められた諸将の1人である父上は、政虎さまからの言葉を一言でまとめ、それから黙りこみます。

 一方、政景さまは獰猛な笑みをしながら政虎さまに問います。

 

「何時ものか?」

「……それもあるし、武田信玄ならそうするはずだから」

 

 しっかりした政虎さまの答えに、政景さまは更に笑みを深くして「で、どうするんだ?」と目で政虎さま問い掛けます。

 それに、政虎さまはさっきとは別の笑みを浮かべられながら、作戦を伝えます。

 神がかった勘と経験と相手を知っているからこそたてられるその深謀に、私達が異論を唱えるわけはなく、無修正でそれを受けました。

 

「直江大和と兼続は横山城に。そこで小荷駄を率いて」

『はっ!』

 

 元々、武勇はあまり強くない私達ですから、政虎さまと離れる事に不安はありますが不満はありません。

 そして、今。私は政虎さまと共に、義父上や政景さまが開くささやかな酒宴に参加しています。

 その酒宴の主役は、この死地にとどまる事を決めた勇士100人ほど。勇気ある武士(もののふ)達を、政虎さま自身が労っているという訳です。

 

「あなた達の名は軍記に残す。最後まで戦えとは言わない」

『はっ!』

 

 政虎さまはそうおっしゃいますが、恐らくは最後の最後まで戦い抜くでしょう。なので、政虎さま自身が100人の名前を記し、それを甲冑の中に入れてから動き始めます。

 私と父上は政虎さまと同じく半月の空の下、音を立てずに妻女山を下り、川を渡ります。

 

「では勝って戻ってきてくださいな」

「ええ。啄木鳥がやって来るまでに、武田を打ち払い、北条の大黒柱の1つを奪う」

 

 私も政虎さまに深く礼をしてから、父上と共に1500の兵を引き連れて善光寺に近い横山城に向かいます。

 時間にして亥子の刻(午後11時頃)に久しぶりに平たい所に降り、音を立てないようにですから、粛々とゆっくりと進みます。

 政虎さま率いる本隊が激突の地と定めた八幡原でとどまりますが、私達はまだまっすぐ進み犀川を渡ります。

 

「お疲れ様です」

「そちらこそご苦労様です」

 

 善光寺に程近い横山城に着いたのは、10日になって2刻も経った時ですが、士気は衰える事を知りません。

 

「そろそろ霧がかかります。そこから朝の決戦まで、交代して気を緩めないように」

『はっ!』

 

 政虎さまは「横山に強い気が近付いている」と仰っていたので、着いたらすぐに警戒態勢を敷いて奇襲に備えます。

 そして、川中島を知り尽くす山伏の言葉通りに、すぐに暗闇の中に白い幕が出てきて、やがてそれも薄らいできます。

 

「さて、正念場ですね」

 

  が呟いた直後。

 ()()()()大きな声が響き渡ってきた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

5月10日

信濃・川中島

 

 相良良晴は、啄木鳥作戦の顛末を知っている。

 だから、あの日の風呂の後、良晴は信玄と勘助にそれを言った。

 

「そうか」

 

 対する信玄の答えは素っ気なく、良晴は笑みを浮かべる彼女の真意を察する事が出来た。

 これまでの3回の戦い、武田信玄と上杉政虎は正面衝突を嫌い、規模の割には少ない被害で領土を変えてきた。

 しかし、政虎は関東で動き回るため全面戦争を決意し、段々と白龍を天から引きずり下ろしたいという気持ちが強くなってきた信玄もそれに応じた。

 

「そうした中の啄木鳥作戦と相良の上申、か」

「ああ。多分、空前絶後の正面衝突の機会だからな。景虎も作戦を見破られる事を前提にして動いているとは、流石に予想出来ないと思うしな」

「その正面衝突に、北条軍を巻き込ませたら、後々に問題が残る。だから、ここね」

「そう。横山城の奇襲だ」

 

 そして、勘助が読んだ通りの時間帯に霧が出てくる。

 その霧によって川中島は真っ白に覆われるが、比較的高めの山の上にいる良晴ら北条軍と真田家を中心とする武田軍の一部は、雲海もどきとして見ることが出来た。

 妻女山攻撃部隊と本隊に紛れて出た彼らは、大分南に大回りして、戸隠からの協力も得ながらここに布陣する事が出来たが、その疲れを吹き飛ばすような雄大な景色だ。

 

「皆の者!」

 

 少女の声が響き、緩くなりかけていた空気が再び引き締まる。

 瞬く間に全軍の注目を集めた北条氏良は、普段からは似つかわしくない笑みを浮かべながら言う。

 

「蹴散らすぞ」

 

 その単純明快な目的に、男女問わず頷き、同じような笑みを浮かべる。

 そして、時はやって来る。

 

「突撃ー!!」

 

 午前7時。

 八幡原と妻女山と時を同じくして、()()()()()攻めかかる。

 かくして、後々まで語り継がれる事になる第4次川中島の戦いの本戦は始まった。

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