北条 氏良
「上杉軍、まわり始めます」
風魔からのその報告を聞いて、私は思い浮かべる。
「この4回目の川中島の戦いは、簡単に言えば上杉軍一方で進み、それを武田軍が引き分けに持ち込む戦いとなるだろう」
昨日の夜、あの温泉の後、場所は海津城の本丸。
相良良晴は、武田軍の名だたる武将が揃う前でそう切り出し、早速不穏な空気を生み出しかけたけど、武田信玄と山本勘助がそれを止めた。
「攻撃を仕掛けるのはこっちから。それなのに、上杉軍優勢というのはどういう事?」
静かな口振りの中に若干の怒気を含んでいるのは、啄木鳥作戦を考案した山本勘助に
信玄殿の初陣の場で敵将を討ち取るなど活躍した彼女の問いに、良晴は臆する事なく答える。
「長尾……じゃなくて上杉政虎が、勘助さんが考案して現在進行で進んでいる啄木鳥作戦を察知し、それを利用するんだ」
「……どうやって?」
「晩御飯の量は何時もと違い多かったか?」
「…………炊事の煙、か」
「その通り」
相良の答えに、武田軍はもちろん氏照も「失敗した~」という感じの表情を浮かべ、次いで半分ぐらいの人は「分かっていてなんで?」という疑問半分、怒り半分を乗せた視線を送る。
対して、代わりに武田信玄が答える。
「今回の作戦、啄木鳥作戦・続は、そこまで進ませた上で、私達の動きを政虎の予想からずれさせる作戦だから、ここまで秘してたんだ」
なるほど、という納得の空気が流れ、相良は武田信玄に頭を下げてから、そのざわつきが収まるのを待つ。
「信玄さんが名付けてくれた『啄木鳥作戦・続』。まずは勘助さんが考案した『啄木鳥作戦』に沿って、本隊と別動隊を分けさせる。本隊は八幡原で待ち、別動隊は妻女山にいるはずの上杉軍を襲うっていう風にな。
けど、ここで質問。その奇襲があらかじめ分かっていて、かつ自分達の方が軍が多い場合はどうする?」
「なるべく……少ない方を打ってから……逃げる」
高坂昌信殿が一番前で答え、相良が頷く。
「正解だ。妻女山で待ち構えるのは愚策だし、お……政虎は信玄さんとの全面衝突を望んでいるはずだ。という事は、上杉軍の動向は決まる」
「ほぼ全軍での下山ですね!」
……一番前にいたのね。信玄さえも探してたけど、相良良晴すぐに見つけられたようで、高坂殿の隣に座る内藤昌豊殿に頷く。
「武田軍の別動隊が動いてるのは想定しているから、後詰として山か降りた先に猛将を置いているだろうけど、数の方は圧倒的にこっちの方が多い」
「ふむ。別動隊は妻女山ではなく、その後詰を蹴散らし、上杉軍本隊を挟撃する訳ですな」
「いや、違う」
赤備えの飯富虎昌殿の考えに、相良は首を横に振り、飯富殿と同じ考えをしていた人々がざわつく。
「それでは……どうするのですか?」
飯富殿の隣にいる高貴そうな少女が、困惑する武田軍を代表して聞く。
対して、相良はすぐには答えを言わず、逆に彼女にある事を聞く。
「あー……」
「飯富源四郎です」
「源四郎ちゃんは、車懸かりの陣を知っているか?」
「……存じません。上杉軍の陣形でしょうか?」
「正解。真田さん、お願いします」
「うむ」
大雑把な絵図で真田幸隆殿が、雪国の越後だからこそ実践されている陣形の概要を話す。そして、上杉政虎が率いる越後軍がそれを行えば、例え武田軍と言えども崩壊するだろうという憶測も。
その風車のようにぐるぐる回る特異な形と威力を初めて知った武田軍の諸将は、真剣さをより深め、ほぼ全員がしかめっ面になった。
「真田さんが説明した通り、車懸かりの陣というのは、全面衝突すればたぶん両軍が崩壊する危険な戦術だ。けど、越後軍は政虎のためなら我が身を犠牲にしてでも、躊躇なくそれを行うだろう」
「あー……つまり……負け戦の時には……」
その真価を発揮する。
「では、挟撃は両軍壊滅をもたらすという事は、一体どうするのですか?」
そう聞くのは、岩を削った十字を首にかけている少女。不安げな表情で聞いた後に、まだ相良に知られていない事に気付き、頭を下げながら自己紹介をする。
「伊那郡大島城城代の秋山善右衛門尉虎繁でございます!」
「…………なるほど、な。……秋山さん。この車懸かりの陣の
「……はい。途中で逃げ出す者がいれば崩壊しますし、勢いが無ければ……まさか、その勢いを……」
「ああ」
虎のような獰猛な笑みを浮かべた相良は、目を見開いた秋山殿から、飯富殿へと視線を移す。
「赤備えによる横槍、ですな」
「そう。なんとしてでも上杉軍に
「しかし、越後軍の者達は白龍の為なら命を投げ出す者だと」
「それが、上杉政虎ならどうだ? 越後に善政を敷き、反乱した者でさえ簡単に許す彼女なら」
「……なるほど」
部屋の中には納得したような空気が流れているが、まだ相良が考え、武田の頭脳が修正した作戦は終わっていない。
その終わりを語るのは、その啄木鳥作戦・続の最終段階の主役である武田信玄である。
「そして! 私と虎千代で一騎打ちをする! これが、私と幸隆と勘助と相良が考え付いた作戦だ!」
武田家当主のその宣言。
少しだけ無音の時間が通り過ぎた部屋に、驚きの声の大合唱が幾重にも響き渡った。
そして、今。
「
恐らくは、白龍の予想の範疇をこえた戦いが始まる。