相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

152 / 256
第122話 老人と若者達の話

6月16日

駿河・安倍郡 駿府

 

 ここで、相良良晴という少年の現状について整理しよう。

 未来から来た彼は北条一族や大物家臣のように、陪臣ではなく氏康のすぐ下の部下であり、今は三浦郡を領して必要最低限の軍勢を持っている。

 また多くの人々から高い評価をつけられており、それには北条家はもちろん武田家や三好家、京や堺の人々からも含まれている。なので、彼の名前を、そして『今猿田彦』という異名を知っているのはほぼ全国区であり、信玄や政虎といった同時代の名将達と並び賞されていた。

 良晴本人はそれは知らない、というよりかは気にも止めていないが、北条家の敵の者達にとっては、彼は氏康に並ぶ危険人物であろう。

 

「くくく、龍は遂に餌を定めたようじゃな」

 

 駿府の外れにある寂れた家に住む老人にとっても、また北条家は『将来の敵になりうるかもしれない家』として警戒してきた所であり、そして上杉家は『不倶戴天の敵』であった。

 駿河と畿内をその健脚で何度も往復している彼は、相良良晴という異質かつわずか8ヶ月にしてここまで重要人物となった少年によって動かされているにも等しいと考える北条家から抜き取ろうと策を巡らしたのだ。

 実は今ある力を使えば、その無防備な少年を暗殺する事も出来るが、しかしある戦いでの動きから、博打にも近いとわかっているこの作戦にかけたのだ。

 

「さて、残りは『飛ぶ猿』の始末よ」

 

 老人はそう呟き、その強堅な体を動かす。

 そして。

 奇しくもこの日、北条軍の攻勢から幕は上がる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6月16日 昼前

武蔵・大里郡 深谷城

 

 ほとんどが北条家の勢力圏である武蔵でも、上野に近いエリアにある城は上杉家の勢力圏であり、だから武蔵全土が平定されているとは言えない。

 北条氏康がいる本陣まで攻められた の神流川の戦いの後、その少し前に北条家に下っていたはずの者達の1人である上杉憲盛が寝返る。初代関東管領の山内上杉憲顕の6男以来の家である深谷上杉家当主である彼は、河越城の戦いの大敗後も守り続けていたが、政虎がやって来る直前に降伏したというわけだ。なので、戦い後の撤退の時に氏康の命令で深谷城の北条家の監視役もさっさと逃げて、彼もさらりと本家に寝返ったという訳である。

 武蔵東部を流れる荒川が作った洪積台地である櫛引台地の北端の辺りに建てられた深谷城だが、後にこの城の城下町を中心にして後の埼玉県深谷市が発展していき、渋沢栄一氏を産み出す事になる。

 

「さて、この戦が関東平定戦の火蓋を切るのね」

 

 その深谷城を、鉢形城(埼玉県寄居町)城主の北……いや藤田氏(くに)が攻めていた。

 

「それに、俺の戦もな」

 

 その乗馬している氏邦の隣に立っている良晴が答え、氏邦は北条家を前にした未来講義や川中島での動き、それに姉達に好かれている彼を少しだけ心配する。

 しかし、関東では今からするような戦が多い良晴は何も心配しておらず、彼女と生きて勝とうという契りを交わしただけである。

 深谷城を北条軍が包囲しおえ、憲盛がすぐさま援軍を求めた金山城(群馬県太田市)の由良成繁がまだ動いていないのを確認したこの日の夜、氏康からの命令を遂行するために相良良晴とそのお供12人は商人に扮して出発する。

 

「これが利根川です」

「ここから上野だな」

「はい」

 

 主に北に進んで数多くある船渡しの1つの便に乗り、難なく上州に入る。少し拍子抜けしながらも、西国や下総などで培った技術で『戦時バブルにあやかろうとする商人一行』は更に北へと進む。

 深谷城への氏邦による本格的な攻勢が始まったこの日の夜、彼らは太田市内の長楽寺という寺の門前町に泊まるが、そこでの夜明けの時に由良軍が出陣したという情報が舞い込む。

 予定通りの動きにほくそ笑む少女の頭を撫でた良晴は、こちらも予定通りに出発を命じる。見るからにごつい感じの『兄』と剣豪という感じの『弟』の郡山兄弟が付き添う一行を襲う馬鹿など現れるわけもなく、その日=17日の夜には男勢がいなくなり淋しくなった目的地に着く。

 

「『あの方』が押し込められているのはあの屋敷でございます。桐生助綱は上杉家に情報を出し、援軍として由良軍と共に動いています。代わりに養子であり、佐野殿()の実子である親綱が入っています」

「だがその親綱というガキは、佐野家から連れてきたのを重用して、評判は悪く、城内の空気は助綱さんの時と真反対か」

「はっ」

 

 着いたその日の夜、彼らは含めた簡単な会議をして、閑古鳥が鳴いていた簡素な宿に止まる。

 翌朝、新暦では7月にあたるので暑い太陽に照らされた宿の中で、良晴は右腕の重みで目が覚める。

 

「っ!?」

 

 危うく声を出しかけたが、騒ぎになるだろうし、綺麗な眉毛が1本1本わかるほどまで近い目の前の少女を起こすわけにはいかないので何とか我慢する。

 そして、改めて目の前の少女を見る。大和撫子を体現しているようなその少女は、良晴の右腕の上に頭を乗せ、右手は良晴の左腕をわずかに掴み、右足も良晴の左足の上に乗せている。それほど近付いているので、それなりにある彼女の胸も呼吸するごとに、当たってきている。

 無防備な、つまり全幅の信頼を自分に無意識にしてくる彼女を、良晴は見続ける。そこから動いたのは、梅千代が起こしに来た時だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。