6月22日 朝
下野・ 郡 唐沢山城城下町
唐沢山城。
珍しく高い石垣が築かれているその山城は、菅原道真の怨霊が京の都を襲っていた頃に築かれたとされる。その城を築いたのが、後に佐野家と名乗る武家であり、その佐野家、そして小山家に結城家に荒木家に波多野家に桐生家に蒲生家に大友家に少弍家に龍造寺家に立花家の先祖と称される藤原秀郷であり、彼が活躍したのがその頃だった。
そして時代を経て、鎌倉時代初期からしっかりと定着を始め承久の乱で勝ち、宝治合戦で負け、高師直の配下として畿内などで動きまわり、上杉禅秀による乱後に後始末を行い、享徳の乱では公方から管領・幕府方に鞍替えして生き残っていく。
佐野家第14代当主の豊綱は有力な人物で公方方として両上杉家と戦うが、その3つの家が結託した河越夜戦で惨敗してしまう。そして、長尾景虎が上州にやって来ると宇都宮家への攻撃許可を貰い、宇都宮家家臣の多功長朝を先陣で攻撃したが敗れ討ち死にした。
「ここはこのようになっています」
「ふむふむ」
その豊綱の弟が今の佐野家当主の佐野昌綱であり、城下町の防衛網を確認しているごつい男である。
彼のかたわらには、きらきらとした瞳で父親をずっと見つめている昌綱の嫡子・小太郎がついてきていて、昌綱とは昔からの主従である案内役は、彼がいるから余計張り切っているというのはわかっていた。
防衛網の確認という固い仕事なのに、どこか柔らかい空気が流れているその場のそれが変わったのは、相良良晴が声をかけてきた事からだった。
「佐野さんですか?」
殺気も敵意もなく近づいてきた彼に、昌綱の護衛達は反応が遅れるが、すぐさま2人を守ろうとする。
「お主は?」
「北条家家臣の相良三浦郡司良晴です。こちらが、お館様からの書状になります」
「…………確かに。者共、武器から手を離せ」
野太い昌綱の声に、護衛達もすぐに従い、すぐさま目の前の少年に頭を下げる。
それに応じた良晴は、秀綱や自分達の護衛を呼び紹介する。
「お主が小山殿か」
「はい」
「流れ、聞いてもよろしいかの?」
「当然でございます」
そして、真剣に鞍替えを考えている佐野昌綱は、実際に当主交代をした上でそれを行った小山家の当主と長い話し合いをする。
その間、一部では北条氏康に次ぐ北条家の重要人物と言われている相良良晴は、父親のようになりたいと思っている小太郎から質問攻めにあっていた。
その4人を主とした昼食の後、今度は昌綱は良晴と話し合う。
「この辺りまでは駄目か? この家の伝来の地なのだが……」
「いや、この辺りは向こうの物だろう? 佐野さんも……これだ、2ヶ月前に認めている」
「むう。ちーと遅かったか」
「だな」
慎重かつ時には大胆で人格者である佐野昌綱。そんな彼が、この山城の城主だったから、政虎さんと渡り合えたんだろうなと、詳細を詰めながら良晴は考える。
小山家の鞍替えの顛末、その小山家への鎌倉府というより北条家からのそれの認可の条件、自身が手に入れた下総などを含むおおまかな動き、良晴の北条家や主に対する態度……。それらを、良晴と話しながら考えていた昌綱は、この最中にある決断を下す。
「相良殿。俺の2人の弟たちは知っているか?」
「……確か僧侶になっていたよな?」
「ああ。
「……それで?」
「宝衍を
「…………人質の代わりか?」
「それもある。だが、お主は一軍の将でありながら小山殿と共にこの城にやって来た。それに、雰囲気から見て少し前に柄杓山城にも行ったであろう?」
「……」
「だが、新参者にも関わらず、北条家からは自由な行動を許されている。それどころか、鎌倉も任されている。となれば、かなり信頼されているのは明白だ」
それに、と昌綱は別の観点から見たことを言う。
「この詳細な記録と、戦った雰囲気もないお主達。それを掛け合わせれば、後ろに風魔、そしてその更に後ろに北条家の長老である幻庵辺りが関わっているのは明白だ」
「宝衍さんは、自分を『遠くにも行けない役立たずだ』と卑下している。だから、幻庵さんの下で道を見つけてほしい、と?」
「正解だ」
「……その宝衍さんの全部の名前は?」
「佐野天徳院宝衍房綱だ」
「天徳院宝衍……」
少し考えてから、良晴は思い出す。
武田家を滅ぼした織田信長の家臣、滝川一益が信濃の小
それぐらいしか彼は思い出せなかったが、宝衍を重要人物と定めて、昌綱には氏康に相談してから返答すると言っておく。
「それじゃあ、お元気で」
「そっちこそな」
さすがに2食連続で家臣なしのご飯は怪しまれるので、それより前に2人とその侍従達は出発する。
相変わらず雨が降り注いでいたので、今日の小山行きは諦め、昌綱が手配してくれた宿に泊まる。
そして、再び太陽がのぼる前に北関東を覆っていた雨は止む。
それによって、僅かに月が見えるが、唐沢山城から離れた城でそれを見つめる黒い瞳があった。