6月28日 夜
陸奥・
「お主は悪魔の眷属だな!」
結構失礼な事を叫びながら真っ暗な部屋から飛び出してきた少女。
京のついでに堺を訪れた奥州人が南蛮商人から貰えたふわふわな下のパジャマのズボンと、胸骨の辺りで前を止めているパーカー付きの外
首もとまでの綺麗な金髪をはためかせ眼帯をしている彼女を初めて見た北条氏照は、唖然として固まってしまっていた。
「あの時あのガキと相良をなんとしてでも引き離すべきだった」
後に姉にそう呻いたが、この時は氏照が回復する前に、良晴にターゲットを定めた少女は彼だけを見ていた。
「違うぞ」
「だが小十郎が父上の直接の配下だと見抜いたじゃないか!」
「……父上?」
小十郎の方も気になったが、良晴にとっては目の前の幼女に近い少女が言った『父上』という言葉の方が気になった。
「あっ」
「あー!」
やってしまったという少女の表情と、大声をあげた少年の反応からその言葉は正しいのだろう。
本名は小十郎というらしい彼の直接の主は、俺は伊達輝宗と推測した。その輝宗を父上と言っている事は、目の前の少女は彼の娘と決めて良いだろう。伊達輝宗の子供……眼帯をしている子供…………南蛮人との間に産まれたという都市伝説もある子供………………。
「伊達、政宗か?」
「にゃ!? 我が名乗ろうとしてた名前をなぜ!?」
「それじゃあ、君は片倉小十郎?」
「こらー! 聞くのだ!」
頭を押さえつけられ、ギリギリの所で縁側から落ちるのを防がれている主を見ながら、小十郎は思わずうなずくと、良晴は「そういう事かあ」と天を見上げた。
その辺りでようやく回復した氏照が目線で「有名人?」と聞いてきたので良晴は頷いてから、政宗の目線の高さにあわせるために腰を屈める。
「お前が伊達政宗かあ」
「まだ梵天丸だ! 名前を考えてくれた父上から家督を譲られると決めるまで、まだその名前は名乗らないにょだ!」
「わかった。梵天丸だな。
「やっぱり?」
「あっ」
やってしまったという表情を浮かべ話題を変えようとするが、神童の梵天丸はそんなことで惑わされない。
「眼帯をしているーー」
「どういう事だ?」
「眼帯の事か?」
「違う! やっぱりと言った事だ!」
「やっぱり、ていう眼帯は無いぞ?」
「だから眼帯の事じゃない!」
叫ぶ梵天丸の目は、怒ってはおらず逆にキラキラしていた。
こいつは奥州の者達と違う! 我を見ても気楽に接してくれている! 関東からだから、とも思ってたけど違うようだ!
そんな思いが彼女の中を渦巻いていて、それには小十郎も気付いていた。
一方、口を滑らせてしまった良晴はなんとか追及をかわそうとするが、梵天丸は自分の頭を押さえつけている良晴の袖を力強く掴んでいた。
「ま……梵天丸殿」
2人の攻防の合間に入ったのは、その2人を見ていた北条氏照で、梵天丸をいつもより鋭い瞳で見ながら呼ぶ。
「む、なんだ! というより誰だ!」
「北条陸奥守氏照。今回の使者の代表よ。私達はこれから夕食会に出なければならない。だから離しなさい」
「むー」
お姉ちゃん然した氏照の言葉に梵天丸は言葉を詰まらせるが、彼女の好奇心が容易に消える事はない。少し考えてから、小十郎の方を向いて宣言する。
「今夜の夕食会、我も出るぞ!」
「……はいっ!!」
なぜ小十郎が満面の笑みを浮かべながら答えたのか、この時の2人にはわからなかったが、一先ず追及が中断された方にすぐに気がまわり、梵天丸と小十郎から別れてあてがわれた部屋で3人が起きているのでひそひそ話をする。
「なるほど。奇人なのね」
「けど腕前は確かだ。産まれるのが早すぎるけど、輝虎さんが会津に来たりしているから驚かなくなったぜ」
「その前に相良は色々と変えてるでしょ」
「……あいつが産まれた時はいなかったぜ」
「相良のために用意された世界かもしれないよ?」
「…………怖いこと言うなよ」
そして。
結果的には、良晴は梵天丸に真実を全部ではないが話す事に決める。氏照も、彼女が中央からの討伐者がやって来た時に姉と彼女が同盟を組もうとしていたという史実からそれに同意する。
その旨が書かれた書状を持って、風魔が直線距離で200キロ以上離れた河越城へと走っている頃、輝宗が召集した伊達家家臣団も参加する夕食会が始まる。
「皆の者ご苦労ゆえ」
城内に数ある部屋の中でも大きなその部屋。そこは、久しぶりに満杯になって、話し声が絶えなかった。
だが、一番上に座る輝宗が喋り始めると、引き波のように静かになっていった。
「白龍の会津
「ありがとうございます。常陸より
「私は相模より御姉様の使者として派遣された北条陸奥守氏照だ。
私の隣にいるのが、駿河の今川家からの客将からである松平三河守元信殿、井伊引佐郡司直政殿、そして井伊次郎法師直虎殿だ。
そして、一番奥にいるのが……相良」
「……んっ?」
「自己紹介」
「俺だけ?」
「ええ」
既に北条家の娘から相良と呼ばれているので、ざわつき始めているが、良晴は氏照に促されて立ち上がる。
「えーと……北条家の家臣の1人の相良…三浦郡司良晴です。よろしくお願いします」
っていう感じで良いのか? と、良晴は目で問い、氏照もすぐに頷いたので良晴もまた腰を下ろす。
一方『猿顔の少年』という認識だった伊達家の家臣達は、将軍に次いで有名とも噂される相良良晴だとわかり、かなりざわつく。だが、当の本人はそれを気にかけることは無かった。
「
宴が始まった直後、唐突に良晴はそんな事を言いながら立ち上がり、急いでいるように早足で部屋の外に出る。
「なるほど」
そんな彼を見て、途中からそわそわしていた事に気付いていた家臣の1人は納得し、宴にのめり込んでいく。
一方、氏照には勘づかれている事はわかっている良晴は、大森城の女中に案内されて厠に向かう事はなく、すぐにある所へと歩みを進める。
「相良様?」
女中が驚くが、もちろん彼が気にすることはなく、密かに風魔が教えてくれた宴会場に程近い部屋の扉を開ける。
「にゃっ?」
「えっ?」
「へっ?」
三者三様の声があがり、直後に良晴は静かに閉める。
「さ、さ、相良殿!」
小十郎のドタバタした足音に、良晴が取っ手をを力強く握り始め、そのすぐ後からガタガタと音が鳴り始める。
「さすがにまだ早いと思うぞ?」
「違います違います違います!」
「違うのか……」
「姫は勘違いさせるような事を言わないでください!」
けどなあ、と良晴はさっきの光景を思い出す。
この時代風の普通の部屋の畳の上で、梵天丸が小十郎にしがみついていて、白い肌の彼女の顔が彼の目と鼻の先にあった。
……まあ、あれの前の光景だよな。
「あれは! えーと……あれは……」
……でも、梵天丸の表情は悲しげで、小十郎の表情は
小十郎の大声にあわあわしている新人っぽい女中を完全に忘れ、小十郎の今も考えていなかった良晴は、閉める方から暖める方へとベクトルを変える。
「えっ!?」
小十郎は扉を最大限の力で開けようとしていて、急に反する力が無くなった事にすぐに動けるわけはない。
という事で。
「わぁっ!?」
「うおっ!?」
必然的に、良晴に寄りかかる事になる。
箱根の時は膝まで水に浸かっていたが、今はすっかり歩き慣れた木の床の上だったので転ぶことは無かった良晴だが、小十郎との距離は縮まり、無意識に背中に手を回して抱き締める形になる。
抱き締められた小十郎はと言うと、その特異な生い立ち故にそうされるのはほとんどが梵天丸だけで、自分より身長が高いれっきとした男に抱き締められたのは初めての事なので固まる。
一方、抱き締めた良晴も後ろに転ぶのはなんとか耐えたが、まず小十郎が動かないと動けない体勢なので動けないし、自分の胸に微かに柔らかい感触があった。ちなみに、女中さんは顔を手で覆ってはいるが、2つの瞳はしっかりと前を見ている。
「な、なにをしとるのにゃ!」
硬直した状況を壊したのは、走ってきた梵天丸である。
彼女の大声に小十郎はすぐに自分の足で立ち、それに釣られるように良晴も気を付けをする。
だが梵天丸は止まることなく、小十郎の腰に手を回し、その横から顔を出して、自分のお気に入りを抱き締めた不届き者を見据える。
「えっ?」
眼帯をせずに、である。
「……あっ」
良晴に見つめられて、自分の醜態に気付いた梵天丸は、元の位置に戻ろうと動こうとするが、それより前に良晴に肩を掴まれ、自分の目線に顔が来る。
「オッドアイじゃねえか」
「お、おっどあい?」
「ああ。みら……中に入って良いか?」
思わず語り出してしまう前に、良晴は女中の存在に気付き、目の前の梵天丸に問いかける。彼の視線の先に気付いた彼女はうなずき、肩に置かれていた小十郎と同じように暖かい手を取って部屋の中に入る。
女中は小十郎におさえられもじもじとした時間を過ごす事になるが、梵天丸は既に彼女の存在を忘れ、座らせた良晴の
「で! みらの続きは何だ!?」
「……その前に、だけどこれから話すことは言わない事を約束してくれないか?」
「むっ。それほど重要な話なのか?」
「ああ」
「……わかった、約束する」
小十郎も頷いたのを横目で確認した良晴は、北条家や鎌倉公方家、小西ジョウチン隆佐、そして毛利家ぐらいにしか話してない事を目の前の少女に話す。
その上で、オッドアイはともかくとして未来では国際結婚はそう珍しい事ではなく、ハーフの子供に梵天丸みたいな少女がいる事も。
「相良。我のような者は未来でも人気者なのか」
「ああ、保証するぜ。眼帯してるし、その服装とか言動からして南蛮好きに黒魔術も
その時!
梵天丸は全身に強烈な稲妻を感じた!
「じ、邪気眼というのはどういう意味だ!?」
「……邪悪な気を放つ眼、ていう所か? 眼帯をしている方の瞳に恐ろしい魔力が宿っているやつだったけ?」
おお!
なんと
「それじゃあ! このおっどあいとやらはどうなのじゃ?」
勢いそのままに良晴に聞いてしまい、直後に梵天丸は激しい後悔と心配に覆われる。
さっきの態度からして可能性は低いかもしれないけど、もし相良が無理していたら自分はこの世界に絶望してしまうだろう。もしかしたら、2度と立ち直れず、母上や皆に愛されている竺丸に全てを譲ってどこかに消えるかもしれない。
そう梵天丸は短い間に考えていたが、すぐに良晴の答えは返ってきた。
「綺麗な可愛らしい瞳だと思うぜ」
……なぜ、こやつに手放しに絶賛されている?
「可愛らしい瞳、ですか?」
「ああ。まさかこの世界に来て、こんな真正のオッドアイを見ることになろうとは思ってなかったぜ。オッドアイは未来でも希少だしな」
哀れとも、かわいそうとも、恐れようともしないのだ?
もしかして、こやつは馬鹿なのか?
……腹が立つ。罵詈雑言を浴びせてやりたい。
けど、この胸の中の心地良い暖かさはなんだ?
「気持ち悪くないのか、相良は?」
「? 遺伝的なものなのに気持ち悪く思うわけないだろ?」
「位田?」
「漢字が違うような気もするけど、遺伝っていうのは親から受け継がれる外見とかの特徴だよ。宴会場に義姫さんがいたけど、あの人とお前は似てるなと思ったぜ?」
「祟りではないのか?」
「祟りぃ?」
「姫は義姫さまと南蛮商人の間に産まれた不義の子。だから、金髪におっどあいで産まれてきたのだと噂されているのです」
「なるほどな。まあ、この時代には遺伝の概念が無かっただろうしな。けど、祟りではない事は確実だぜ。義姫さんが惚れ込むほどの男だったら、相当の美男だろうし、猿顔の俺は羨ましいさ」
自分や小十郎、悪く噂する奴等はこの時代の人間だ。だから、その時代の迷信などから逃れる事はほとんど出来ない。
けども、相良良晴はそんな昔の迷信など歯牙にかけないし、視野に入っても気にも止めないだろう。だから、はじめから我が悩むべき理由などどこにも無かったのだ。
「梵天丸」
両手が伝わってくる暖かさは、胸の中よりも暖かく。
その瞳は、父上のように対等な者達に向けるもので。
その言葉は、南蛮商人が信じる神様や坊主が信じる仏からのそれよりも力強く、聴くべしという思いに駆られた。
「お前はお前で良いんだ。片倉さんや輝宗さん、義姫さん達に見守られながら自分の道を進んでいけば良い。そのオッドアイも迷信深い奴等への武器の1つにしたら良いんだ」
その時。
「それだ! 相良!!」
梵天丸は満面の笑みを浮かべ、心の傷が急速に
その変化に気付き、梵天丸の横に移っていた小十郎は、涙ぐみながらわしゃわしゃと主の髪を撫でまくるが、それさえにも気付かないほどに梵天丸の頭の中で次々とピースがはめられていく。
「独眼竜と名乗る予定だったが、相良のおかげでもっと良い通り名が閃いたぞ!」
「……あっ」
「我こそは奥州の覇者、邪気眼竜だ!」
目の前の少女が後の伊達政宗である事を、今更ながら思い出した良晴に向けて、今決めた事をもう1つ叫ぶ。
「竜は2人もいらない! これから決着をつけるぞ!」
と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6月23日 良晴が出て20分後
陸奥・信夫郡 大森城 宴会場
北条 氏照
遅い。
梵天丸という伊達家の後継者を探しに行ったのはわかるけど、それにしても帰ってくるのが遅い。
「ざわつき始めましたね」
「はい」
直政と元信がひそひそ話をしても気付かれないぐらいには、彼が帰ってきてない事に多くの伊達家家臣達が気付き始め、そして然り気無く話をする。
仕方ないけど私も行こうかと、箸を置いた直後、とてとてという可愛らしい走っている音が外から聞こえ、直後に輝宗殿から見て真ん前の が勢いよく開かれる。
「父上!」
部屋のほぼ全員が振り向くほど大声で父親を呼んだのは梵天丸。その筈だけども、あそこであった時より明るく感じた。
「梵天丸、どうしたゆえ?」
「お話があって来ました!」
輝宗殿が呼んだ事で、米沢で彼女の姿を見たことのない家臣達は「あの御方が!」「なんと可愛い事か!」「しかし……」と驚いている。
しかし、それを意に介さず、梵天丸は血が繋がっていないけど自分に愛情を注いでくれている輝宗殿に向けて真っ直ぐ歩き、その進路上にいる者達は自然と横に動く。
「話とはなにゆえ?」
「今回の戦の事でございますククク」
……嫌な予感がするのは気のせいーー
「上杉軍と戦いましょう、父上」
ーーでは無かったわね。
『ええー!?』
梵天丸の提案に伊達家の家臣達はもちろん、小十郎殿や義姫殿も声をあげ、輝宗殿も目を見開いている。
「梵天丸! それがどういう事かわかってるの!?」
「わかっております母上。といっても白龍と戦う訳ではございません」
「……はい?」
「刃を交えあうのは陸奥の者達のみです」
更に疑問符が増えた家臣達に、輝宗に対する正座から立ち上がった梵天丸は、透き通ったその声で朗々と自分の作戦を語る。
「なるほどなるほど」
「これならば白龍を追い返せる」
「梵天丸様は天才だ」
「このような作戦を思い付くとは」
「しかも、あのような可愛らしい容姿に透き通った声」
家臣達が梵天丸の才能に惚れ込み始めた直後。
「まるで塩
「んにゃ?」
梵天丸が入ってきたタイミングで帰ってきて、物知りの風魔とひそひそ話をしていた良晴が言う。
「塩椎神というと」
「陸奥の一宮である
「武神の武甕槌命様と経津主神様をこの地に導かれ」
「そしてとどまって下さった製塩の神様」
「そしてその神社を治めるのは留守家であり」
「この留守政景が治める地っ!」
「おお、これぞ天命か!」
「梵天丸様は我らを導いてくださる神様だ!」
迷信深い伊達家の者達が段々と顔を赤くしていくが、とうの梵天丸はというと予期せぬ援護に戸惑っていた。
「ど、どういう事にゃ、
「いや、その方が良いんだよ。この人達にとっては得体の知れない神よりかは馴染み深い神様の方がより信じやすいし、その後に自分にすり替えれば良い。それに、梵天丸も殲滅戦をやりたくないだろ?」
「……わかっていたの?」
「ああ。今回の作戦もそうだしな。俺も、お前にはあまり手を汚してほしく無いしな」
「そう、か」
…………。