相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第138話 をさめつくる家の話

7月7日 朝

鯨海 洋上

 

 上杉輝虎の上洛は将軍からの要請、という事で晴信も邪魔する事は無く、援軍の見込みがない一向一揆も大人しく、朝倉家や六角家もすんなりと通した。

 だが、今は北条家と停戦とはいえ戦時状態にあり、それは北条家と同盟を組む武田家も一緒だ。一向一揆も のけんにょが新潟にいるときにそこを目指してやって来たという経緯から不信感たっぷりで、その一揆を一緒に挟み撃ちしていた朝倉家はその中心である朝倉宗滴が遂に亡くなったばかりのため下手に動けない。

 という訳で、義輝に呼ばれた輝虎を中心とする上杉勢と相良良晴は、けんにょが往復した道を辿る事にした。

 

「あれが香島の津でございます」

 

 彼らが乗ったのは、越後の特産品であり京などで売って軍資金にもなっている青苧(あおそ)という繊維を運ぶ舟で、北条家の交易に見倣い海路も始めたという訳である。

 その交易先の1つが、北陸道から突き出した半島全体が1つの国になっている能登であり、まずはその能州の中心・七尾の前にある湊に到着する。

 

「出発は未の刻(1時頃)となります。それまでには舟にお戻りくださいませ」

「わかったわ」

 

 行人包を深く被った輝虎の後ろを商人姿の良晴がついていき、その後ろを短髪の2人の武将が護衛兼監視でついていく。

 

「思うんだが、なんで護衛なしが多いんだ?」

「? 僕たちが護衛ですが?」

「長親達の、だよ。普通は50人、お忍びとかでも10人くらいはおるだろ? 軒猿は関東だからいるはず無いだろうし」

「僕は奉行職が主ですが武も出来ますので」

「俺は武辺一辺倒だからなあ。まあ、それよりお館様の方が何倍も強くて怖いけど」

「守られる側の方が強い、っていう訳か」

 

 3人はそんな会話をしながら、身分の良い家の出家する娘の護衛という空気をなるべく出し、輝虎についていく。

 山口や駿府に並んで小京都と言われる七尾の地を練り歩く輝虎はというと、誰かに求められる訳でもなく少し我が儘な少女、という雰囲気を主に良晴を指名しながら醸し出す。

 そうしながらも、それとなしに何回か通る北陸道の外れのこの国の今を輝虎は聞き出し、後ろの3人もそれを聞き入る。それを見かねられて案内されたのが、寺の縁側でボーとしていた老人の所だった。

 

「能登の畠山家の始まりは満慶殿からじゃ。それより前は吉見家であったが、細川頼之の失脚(康暦の政変)によって連座を食らったため、足利一門である満慶殿の父親の基国殿が守護に任じられた。

 鹿苑院(義満)様の逆鱗に触れて蟄居していた兄の代わりに宗家の家督を継いでおったが、その兄が鹿苑院様の死去後に許されると家督を返すという美挙を行い、感謝の印として能登を譲られたという訳じゃ」

 

「満慶殿の子の義忠殿は在京守護であり、義忠殿の嫡孫である義(むね)殿は応仁の乱で山名殿の西軍(畠山義就)で戦い抜いた後、帰国され、加賀と越中の一向一揆鎮圧に取りかかられた。その子の義元殿と慶致(よしむね)殿の兄弟は弟が守護代などに擁立される形で争い、義元殿の跡は慶致殿の子である義(ふさ)殿が継がれた。

 義総殿は名君であられ七尾城を建て、小京都の1つにこの町を成長させ、本家から息子を譲ってくれないかと言われるほどであった。だが、その死去後は重臣達による専横が始まり、今のような状況となっている」

「……越後と同じ道。1人が支配を確立しようとすると、既得の権益をとられまいという者達が(うごめ)く。今の状況は?」

「先々代当主で義総殿の子である義続殿と、先代当主の義綱殿が追放させられ、傀儡として義(のり)殿が擁立させられている」

 

 輝虎の空気がふわりと変わっていくのを感じ取った2人が、ここで老人に礼を言う事で話を終わらせる。

 

「ここで動けば面倒な事になります。関東を片付けてからまた参りましょう」

「……そうね。ありがとう長親、高広」

『滅相もございません』

 

 近江出身の奉行なため選ばれた河田長親と、自身の血筋と義輝から輝虎への書状の中身が結ばれた事から呼ばれた(きた)条高広。

 その2人は揃って頭を下げ、最近になってよく礼を言ってもらいーーつまり4人以外にも声をかけている輝虎に返事をする。

 会話をした相手が自分の人柄などに惚れ込み、更に自分への好感度が高まっているのに気付いていない輝虎は、丁度時間になってきたので舟の方へと戻る。

 

「待たせてしまい申し訳ございません」

「大丈夫。次に行こう」

「はい」

 

 能登の海岸に沿うように舟は進み、七尾湾から見れば対岸にある湊に着く。

 日本海沿岸を辿る舟にとって能登における主要な寄港地である輪島湊には、堺や小田原に比べれば少ないが普通ぐらいの舟が泊まっていた。

 この湊では1つだけの織物屋が取引相手なので、輝虎達も降りる事はなく、ぱっぱっと取引も終わる。

 

「ここから京へ陸路で運びます」

 

 そう商人が見ながら言ったのは、北陸道最西端の若狭国の小浜のほの暗い町並みで、彼らはここで泊まる事にする。

 商人がよく使っている宿に入り、晩御飯を食べたりしてから、改めて4人は恐らく春日山と京都を今までで一番早く往復した文通の復路の方を見る。

 良晴を捕らえ、伊達家と和し、関東に休戦の具合が見えた事を歓迎する前置きの後、伊達家・北条家・上杉勢への返信を送ったその日に届いた事を書いていた。

 

「隆元さんが毒殺された、か」

 

 改めて、良晴は輝虎から聞いて彼女の上洛についていく事を即決した理由を口に出して反(すう)する。

 彼にとっては、西国のあの旅で覚醒した彼が史実を乗り越え、2人の妹や商人から頼られる存在になると信じていたので、よりによってこの時機での事に、紙の一部を赤く濡らしていた。

 それをすぐそばで見ていた輝虎も、彼が未来から来たのは知っているので、その関係だろうと推測し、静かに彼の拳に自分の手を添えた。

 

 その使者として安国寺恵瓊(えけい)が京に滞在しており、彼は相良良晴との会見を望んでいる。至急、彼を連れて上洛されたし

 

 と崩し字で書いていたので、良晴の凄まじいほどまでの申し入れをすぐに了承し、今に至るという訳だ。

 

「商人とは別れて先に京に行く。それで良い?」

「ああ」『はっ』

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