9月
信濃・川中島
高坂家。
その家の始まりは、真田家が称しているのと同じ滋野家であり、その滋野家は清和源氏を称しているが怪しいと言われている。兎に角、平安時代に起きた平将門の乱などでその動きが見られるその家は、千曲川沿いに土着していき、小県郡や佐久郡を代表する名家になった。
その滋野家の則広という男が発祥の里の名前である
海野幸氏は源義仲の嫡男であり頼朝の娘婿・義高の身代りになろうとしたのを賞され、末裔は
その海野幸義の妹の夫が真田頼昌であり、その頼昌の長男が真田家の繁栄の基礎を築いた真田幸隆となる。
根津家は義仲にも頼朝にも付き添い、中先代の乱では時行に従軍し、南朝方として活躍した。しかし他の家と同じく徐々に村上家に圧迫され、武田信虎と連合での侵攻を受けた後に武田家に臣従する。
史実では娘を晴信に嫁がせ、その2人の子供・信清は武田家滅亡後に妹婿の家である上杉景勝を頼り、明治維新後も命脈を保っている。また、根津家本家は徳川家家臣として高崎市内で立藩までいくものの3代で断絶する。なお、信清の孫は上杉家臣・色部家を継ぐが若くして亡くなり、彼の姉婿の子・白井長尾安長が継ぐ。彼の時に藩主であり景勝の曾孫にあたる綱憲の実父・吉良義央が、播磨・赤穂の浪士達に討たれる事になる。その浪士の藩主は浅野家であり、その先祖は秀吉の妻・寧々さんの実家となる。
最後に望月家。
この家も海野や根津と同じような行動をとり、望月信雅が真田幸隆の説得によって武田家に臣従する。この世界の晴信はこの家の娘を異母妹・信繁の妻としてではなく義妹として迎え入れさせ、武田家一門に組み込もうとしている。
史実においては信繁の実子で信雅の養子・信永は、長篠の戦いで討死する。信雅は壬午の乱において徳川家への臣従を斡旋してくれた依田信蕃に領地などを託し、駿河山中で亡くなったという。その信雅の養子の1人で、信永の兄の妻が、歩き巫女として有名な望月千代女にあたる。
「では、ここで問題です。
「……どの家の分家でもない、だな」
「その心は?」
「香坂家から話し始めたのに、彼女の事を春日虎綱として聞いてきたからだ。香坂家は、分家の事を言っていない根津家だな?」
「引っ掛からないとは面白くないですね」
「そりゃないぜ、信繁さん」
武田信繁、幼名は太郎。
武田晴信のすぐ下の妹であり、平時では武田家の外交に関わり、戦時では晴信に付き添い戦場で活躍する姫武将。
そして、前回の川中島の戦いで散るはずだった姫武将。
「根津家の分家の香坂家は善光寺の間近の牧城を拠点に、やはり本家と同じような道をたどり、姉上に攻められた香坂宗重は無血開城して海津城の近くに移されました。
その香坂家に養子入りした虎綱殿は、元は甲斐の農民の子でしたが、故あって姉上の近習になり、その引き際の上手さなどから出世していき、今に至るという訳です」
「で、その昌信さんの家族と香坂宗重が海津城に残っていて、彼女の『合図』を待っている所という訳か」
「はい」
「常道とは言え懸命な策ですな」
信繁だけではない。諏訪勝頼の軍代だった山本勘助、甲斐から逃げてきた武将達の中の諸角虎定と初鹿野忠次もいた。
良晴は後者2人も第4次川中島の戦いで死ぬはずだった武将と辛うじて思い出したが、更に晴信から
「こ、これほどの天命が!」
勘助が立ち上がり頭を抱えるほどの結果を見て、逆に良晴は冷静になってしまい、信繁の引っ掛けに掛からなかった。
「お久しぶりです、信繁様」
「元気にしてた? 信永」
史実では信繁の3男、この世界では望月信雅の実子にして信繁の義妹である望月信永。
「ホッホッホッ、また
「私も初めてだがお主を見てると気が沸いてくるわ」
「飯富殿との戦い、腕が鳴るなあ」
取り次ぎなどの奉行職が主だが三方原の戦いでは一騎討ちに勝った、まだ土屋昌続には名前を変えていない金丸平八郎。
「この戦で活躍出来ねば父上の策略が水の泡となる」
「わかっております、姉上」
そして、真田信綱と昌輝の姉妹。
それだけではない。
「最初で……最後の……決戦」
「忘れられない戦いになりそうです」
「…………」
既に教来石政春から改名している馬場信春と、内藤昌豊に改名する前の工藤祐長、そして反乱が起きてからずっと暗い表情のままであり飯富源四郎から改名された山県昌景という四天王の中の3人もいた。
「失礼いたします」
名だたる者達かつ共通の未来を持っている彼女達を率いる事になった武田信繁が密かにたてた本陣の中に、彼女が待っていた姫武将が入ってくる。
「お久しぶりですね、氏良さん」
「はい、信繁さん」
武田信繁と北条氏良。
姉のサポート役に徹したい2人の軍議が始まった頃、海津城では1つの動きが史実と少しずれてあった。