相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第165話 三船山の戦いの話

3月22日

 

 北条氏康と上杉謙信が神流川で戦う少し前、北条氏良や相良良晴を中心とした北条軍は里見軍と戦い、佐貫城は風魔に落とされ、久留里城は良晴の釣り野伏せによって落とされかけた。

 里見義頼が人質となる事で両者の和平はなるが、里見家には反北条家が鬱陶しく挙兵を促していた。

 そしてこの日、ようやく里見家が重い腰をあげ、久留里城から移った安房の館山城から出る。向かうのは、先の合戦から北条家が領している佐貫城である。

 

「水軍は出ず、北条の跡取り娘も佐貫城から出た! 上杉が迫るととんだ腰抜けになりますな!」

 

 と陽気に叫ぶのは、里見軍の中でも反北条の筆頭格と言われる武将で、同じく反北条色が強い者達はうなずく。

 対して、総大将の里見義堯(よしたか)は真剣な面持ちのままで、海岸線沿いに進む彼らは知る由もなかったが内陸の久留里城の嫡男・義弘も同じような面持ちだった。

 そして、残る里見家直系の者であり、自身を人質とする事でそれ以上の被害を防いだ長女・義頼は、里見軍が北上してくる報告が北条軍対里見隊総大将の氏良の所に届く度に、悲痛な表情を浮かべた。

 

「来るかしら?」

「来ますでしょう。……確実に」

 

 その義頼を横目に、北条氏良と松田憲秀はそう言い合い、そして頷きあう。

 その2人の予想は1日も経たずに的中する事になり、ほぼ無人の佐貫城に突入した里見の男達は喜びあい、少し北にある三船山に構える北条軍をけなす。

 

「突撃は明日、久留里城からの別動隊が三船山の北条軍の退路を防いでからだ」

『はっ!』

 

 義堯は、配下の者達が出ていってから、その三船山の北条軍を見る。

 

「……不気味だな」

 

 目の前で城を奪われてもまったく動じる事の無かった北条軍を見据え、彼は呟き、無意識に体が震えた。

 

 同じ頃、佐竹・宇都宮・伊達連合軍を封じ込める事に成功した上杉謙信は、水戸城で背中に大きな裂傷を負った相良良晴の看護に尽くしつつも、明日からの方針は決めておく。

 つまり、常陸国内の北条方の小田氏治がこもる土浦城を攻め立て、霞ヶ浦と 川の間の優柔不断な者達も制するという方針を。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

3月23日

上総・君津(きみつ)郡 三船山

 

 奇襲を仕掛けようとする者達は徹底的に排除し、被害らしい被害も無かった。

 そうなると、里見軍にとっては真正面から攻めるしかないが、意気軒昂でそれ故に無鉄砲になっている彼らにとってはむしろ望む所だった。

 

「天気は?」

「今日は降りませぬ」

 

 それは、里見軍より少ない北条軍にとっても望む所であり、敵が来る前から準備を進めていた。

 最後の準備の確認の結果を聞いた北条氏良は、眼前に控える男達を見渡してから力強く宣言する。

 

「勝つよ」

『おー!!』

 

 山上から響いてきた敵の鬨の声に、里見軍もそれ以上の声量で応えーー。

 

「突撃ー!!」

『うおー!!』

 

 三船山合戦の幕が上がる。

 その戦況は至って単純で、里見軍が山上の北条軍を蹴散らすために突撃していき、それを北条軍が防ぐというものだった。

 

「…………射てえーー!!」

 

 火縄銃によって。

 

「これが面ですか……」

 

 教興寺の戦いの後からずっと小田原や風魔の里で教示してきた雑賀(さいか)衆の者にとっても、相良良晴が考案し、目の前で北条家が行った集団に対する面攻撃の威力に感嘆した。

 その北条家の鉄砲衆を率いる朝霞(あさか)永盛は、歴史に残る最初の一撃の余韻を味わうまでに次の鉄砲衆との交代を命じる。

 一方、実際に火縄銃を見たのは義尭ぐらいの里見軍は、最初の一撃でおののき、次の一撃で完全に止まった。更に次の一撃で最前線の将がやられると、一気に崩れ始める。

 

「凄いな」

 

 北条軍の猛将の1人で、五色備えの1色・黒の者達を統べる多目(ため)周防守元忠は、素直な感想を呟いてから、深呼吸して気合を入れ直す。

 そして、永盛からの合図を見ると、振り返って雷のような大声で叫ぶ。

 

「蹴散らすぞぉ!!」

『うおー!!』

 

 登山中の、勢いが止まった、混乱中の里見軍など、もはや敵では無かった。

 敵だったのは本陣の馬廻衆ぐらいだけだった、と氏良に元忠はそう評したほどだった。その馬廻衆の奮闘の間に義尭は逃げようとするが、氏良自らが率いる朝霞達に捕らわれる。

 こうして三船山合戦は正午にならない内に大勢がつく事になり、北条軍は南へ敗走する里見軍に目もくれず勝鬨の声を上げる。

 

「後は久留里城よ」

『はっ!!』

 

 士気が大きく落ち一路戻る事になった里見軍と、士気が大きく上がり追いかける北条軍。

 どっちが優位なのかは言うまでもない事で、実際1つの城が落ち、その城の主が捕らわれる事で夕方には決着がついた。

 

「安房はあなた達、上総は三浦郡と合わせて鎌倉殿(足利良氏)直轄の領土、下総は変わらず北条家の領土とする。

 里見義尭と義弘は無益な争いを起こした罪により、鎌倉で出家し、久留里城下で戦死者を弔う。

 三船山合戦に参戦した者達は、河越城下で『隠居』し、家から1人人質を出し、中央には参加しない。

 里見家の新当主は里見義頼とする。

 ……異論は?」

『ありませぬ』

 

 久留里城であらかじめ決めていた事を里見家に()()を得た氏良は、鎌倉の良氏と江戸の氏康に伝えつつ、その後始末に取りかかる。

 その氏良の耳に、上杉謙信の動きが入ったのは、翌日の未明の事だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

3月27日

常陸・下総

 

 里見軍の降伏を耳にした上杉謙信は、その日の内にまずは下総の制圧に取りかかる事を宣言する。

 しかし、短期間で常陸を往復してきたので、足軽達はもちろんだが上の者達も疲れは溜まっていて、同時に3日間の休息を命じる。

 そして、その休息を経て、攻め落とした土浦城を出発したのがこの日の朝だった。

 

「江戸は動かず、か」

「はっ」

 

 江戸の北条氏康は山のように動こうとはせず、国境の城達を牽制したり威圧したりしているだけ。

 代わりに動いたのは、1つの家との決着をつけた氏康の妹にして養子である氏良で、久留里城から内海の沿岸まで出てゆっくりと北上している。

 対して、上杉軍は土浦城から今で言う常磐線と野田線に沿って海岸線まで、大小さまざまな川を越えていきながら南下していき、動かないだろうが江戸城に対して高城家や相馬家に任せる。

 そして、大した事もなく、今の船橋市内にある馬加(まくわり)城に入り、そこで休息する。

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