相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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短いので


第167話 1人の武将と馬鹿の死

3月29日

下総・臼井(うすい)城下

 

 厩橋城(上野)から唐沢山城(下野)古河(下総)水戸(常陸)、そしてここと、いくら休憩しようともこの行軍は苦しく、目にみえて疲れが目立ってきた。

 それは上杉謙信もわかっていて、城から打って出られた時のために近くの山に築いた一夜城で行われた軍議で、諸将を相手に新たな方針を言う。

 

「城は落とさない。里見も完全に落とされたし、北条が何もしていないとは思わないし下総は諦める」

『…はっ』

 

 その宣言通り、その日の昼から行われた城攻めは弱い物で、臼井城主の原胤貞は拍子抜けして本佐倉城に「援軍は無用」と送ったほどだ。

 そして、この日の翌日には、上杉軍が窮地に陥る事になる。

 

「……言っても良いか?」

「馬鹿の極みですね」

「…………」

 

 相馬治胤、居城の守谷城を開城。

 その主因は、北条家の攻勢よりかは、足利藤氏が半強制的に自身を守るために兵士達を徴集した事から守る人数が減った事からだった。

 

「それを見た治胤と盟友に近い存在になっていた小金城の高城胤辰も降伏した、か」

「良く頑張った方ですよ、彼らは」

「ああ。……なあ、直江」

「なんでしょう?」

「今って水温は冷たいか?」

 

 西方の安全が無くなり、そこを起点にして北方の安全も危うくなる上杉軍は、この日の内に撤退を決断し、追撃を警戒しつつも月が変わった4月2日にそれを始める。

 その整然とした撤退に千葉軍も北条軍も手出しする気は沸かず、執拗に勝鬨を上げる事などの嫌がらせをするだけにとどまった。

 

 4月3日、上杉軍は常陸川を越える。

 4月4日、上杉軍は常陸国内に入り、牛久城で休憩する事になる。

 4月5日、更に北側の小田城に入り、謙信は連合軍の解散を宣言する。

 4月6日、引き続き小田城で休めつつ、謙信ら主だった者達は古河城へと向かう。

 

 そして、4月7日。

 長尾政景と足利藤氏が水死する。

 

 その一報を聞いた謙信は脱兎のごとく2人の遺体が見つかった所へと向かい、良晴もその後をついていく。

 

「水遊びをしている最中にか」

「ええ。舟がもろかったようで壊れたらしく、中央の方だったため助からなかったようです」

「……その割には」

「そこまでです」

「わかってるさ」

 

 穏やかな表情を浮かべている長尾政景と、苦悶の表情を浮かべている足利藤氏。それが、2人の最期だった。

 ほとんど政景の側に寄り添っていた謙信は、それには気付く事はなく、葬式を開く事を宣言する。

 

「良晴」

 

 謙信を抱き締め返しながら、良晴は政景を弔う。彼と同じような気持ちで弔ったのは宇佐美や直江といった越後の男達だけではなく、北条家の者達も同じだった。

 そこまでか、と呟く者達もいたが、冷静に考えて動き始める者もいた。

 

 4月10日、丁重に2人を弔った上杉軍は利根川沿いに進み館林城を経由して小泉城で休憩する。

 4月11日、最終的な目的地である厩橋城に到着する。

 

「西上野は……」

「音沙汰なしです」

「そう……」

 

 目にみえて元気のない謙信は、絶対に良晴から離れようとしなかった。厠の時は扉の前にいて、風呂の時は一緒に入り、寝る時も一緒だった。

 その様子を女中達から聞いていた北条高広は、他の者達は楽観的に懸念している事を、悲観的に懸念する。

 

「確実に離そうとしなくなる。越後から出そうとしなくなるかもしれない……」

 

 そして。

 北条高広は決断する。

 

 4月12日。

 相良良晴、厩橋城内で風魔に襲われ、上杉軍から『奪還』される。

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