4月27日
遠江・浜名郡
近江に始まり、三河を経て、遠江に定住した1つの武家がある。
天竜川の河岸にあるその城には、彼のみならず遠江国内の今川家に従う者達がずらりと揃っていて、少し緊張感に覆われていた。だが、戦のために集うという事ではないのは彼らは承知していた。
「彦五郎様ならびにお客様の御成でございます」
その言葉を受けて、遠江の男達は一斉に頭を下げ、襖が開けられる音を耳にする。男達が平伏している光景に、今川彦五郎
上杉謙信やけんにょと会った事で半公式的に、岡崎城での一騒動で公式的に上杉家から出た身とわかった良晴への遠江での歓待は滞りなく進み、遠江の男達は酒の代わりにお茶を勧めながら『今猿田彦』と言葉をかわす。
良晴はお茶を勧められすぎたため、厠に行きたくなり、それを一番に察した之綱が家臣の1人を呼ぶ。
「
「よろしく頼みます」
「ははぁ!」
勢いの強い人だなぁ、と良晴は思っただけで、帰りに礼を言って、その男性と別れたが、その男は「自分なんかにっ!」と声をかけてくれた事にしばらく身を震わしていた。
それはともかく主賓が帰ってきた事で、宴会兼茶会は再開して、順繰りに男達は挨拶していく。
「陸奥行きの際は我が愛娘がお世話になり真にありがとうございます!」
と、頭を下げてきたのは、
「相良様は土岐様と仲が良いとか!」
と顔を赤らめて迫ってきたのは、
宴会兼茶会は夜まで続き、氏真のお開きの宣言でようやく終わった。ほとんどの武将は曳間城に泊まり、翌日の朝に城を出る良晴一行を見送る。
「この道は大丈夫でございます! 石川殿!」
「承知」
その良晴一行には、三河と遠江のそれぞれから護衛などが付け加えられていた。
三河からが河内源氏に始まる石川家の嫡男・石川数正であり、遠江からが良晴と関わりがあった井伊直親だった。さらに、立候補した者達もついてきて、見ようによっては大名行列のようにも見えた。
猪に襲われたぐらいしか大した事はなく、一行は東海道を東へと進み、今川家の本拠地であり駿河の首府・駿府に着く。
「躑躅ヶ崎以来ですわね、良晴!」
「ああ」
相変わらずな今川義元と(ため口で)会話しつつも、良晴はある事を感じ取った。だが、この場では話せない話題だったので、軍師とも言われている立場を利用して、義元に太原雪斉との会談を求める。
そして、それから一刻も経たない内に、それは実現する事になるが、彼が予想していたのとは大分違う形となった。
「2人きりの話なんて許しませんわ!」
今川義元。
「ですけどお邪魔では無いでしょうかぁ?」
松平元康。
「……気にしない」
北条元規。
「鼠1匹鳥1羽聞くものがおらぬようお守り致しますのでご安心を!」
勢いの強い人。
以上4人が追加されていたからだ。
「……済みませぬの」
「仕方ないですよ」
雪斉も覚悟を決めた様子だったので、良晴はいきなり本題を切り出す。
「武田家の様子はどうだ?」
と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
4月29日
相駿国境
戦線は膠着状態に陥り、今すぐには動く危険性は無さそう。
そういう結論を持ち出し、北条氏照は渋っていた姉から許可を貰って、ここまで駆けてきた。
そして、遥か先に坂道を上がる一行とその先頭の良晴を見つけると、遂に堪えきれなくなり駆け出す。
「相良ー!!」
そう叫ぶ彼女の顔は満面の笑みで、いとしの人が抱き締めると、すぐに固めの彼の胸板に顔をこすり付ける。
「護衛ありがとうございました」
「こちらこそ楽しい話をありがとう」
まずは、駿府より先の護衛を担当してくれた葛山氏元に。
「3人とも元気にな」
「「「はい!」」」
次に、松平家の苦労人達である元康・三郎・長松に。
「お元気で」
「相良様こそ」
最後には氏照らが怒りそうな事を笑いながら提案してきた井伊直親ととも。
「またいつか」
「はい!」
そして、勢いの強い人こと中村吉さんとも別れ、見送られつつ相模国内に入る。
5月1日、相良良晴はおよそ11ヶ月半ぶりに小田原に帰宅する。