相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第175話

5月29日

京・三条西家

 

 古今伝授(こきんでんじゅ)と呼ばれるものが、日本にはある。平安時代前期に選ばれた和歌集である古今和歌集の解釈方法、とされていて、当初は公家の1つである二条家が、他の和歌集の解釈も含めて一手に担っていた。だが、その二条家は断絶してしまい、彼らから教えを受けていた者達がそれを引き継ぐ事になった。

 そして、千葉家の分家である東家などを経て、公家の三条西家へと本筋は移っていくが、この頃の三条西家の当主である三条西実技(さねき)は苦境を迎えていた。彼にはしっかりと息子達はいるのだが、最年長の公国でさえまだ幼いので、古今伝授を伝えるのが難しかったのだ。実技は考え抜いた末に、弟子でもある高貴な戦国武将にこれを任せる事に決め、その戦国武将も了承した。

 

「玉藻前討伐の時以来ですね、相良殿」

「ああ、そうだな、細川さん」

 

 武将でありながらも気品漂う姫武将・細川藤孝は、実技に頼み、実技の家の宗家の主(三条 )を山陽で助けた相良良晴との会談の場を茶室に設けてもらった。

 間者などがいない限りは2人きりのその中で、本来の使い道である茶を作るわけでもなく、正面から向かい合っていた。

 そして、しばらくの沈黙。相良良晴は少し険しい表情で、細川藤孝は微笑みを(たた)えたままの表情でいた。

 

「1つ、質問があります」

 

 口を開いたのは藤孝の方。

 良晴は、険しい表情のままだ。

 

「古今伝授の中身、知ってますか?」

「……和歌集の解釈の伝授、じゃなく、この日ノ本の歴史だろ? 過去だけじゃなく、未来のも含めた」

「正解です」

 

 この世界の最重要事項を、2人は知っていて、そして話していた。

 

()はしてやられたよ」

「こちらこそ、前々回は感服しました」

「だが、伝授があるからお前は()()で再()()()()をする事が出来る」

「ですが、何時もあなたが想定外の動きを、色んな所でしているから大変ですよ」

 

 微笑みをしあいながら、軽い調子で、目を細めて2人は話し合うが、はたから見れば「口喧嘩」と口を揃えて言われるであろう空気だった。

 そんな言葉の殴りあいをして、藤孝はやっと()()を切り出す。

 

「北条家に『歴史』を教えましたね?」

 

 と。

 対して。

 

「俺に滅ぼされた大きな家に教えたさ」

 

 良晴は悪びれる事なく答える。

 

「織田信奈()()()()今川義元、上杉謙信、三好義継、最上義光(よしあき)()()秀吉、徳川家康……。あなたは様々な所に仕えては、敗れ、裏切られ、次の世界に進んだ。

 正直、関東であなたの存在を、北条家に仕えている事を知った時、よしっと思いました。関ヶ原の後も生き残れるのですから」

「北条氏盛さんとして、か?」

「ええ。どの世界でも、織田信奈はもちろん徳川家康に気に入られ、そして彼女の手をあなたは断り続けた。それは、一門じゃなかったから出来た」

「だが、氏盛さんの養父の氏直さんの正室は、徳川家康の娘の督姫さん。幼名で氏康()さん、氏政()氏直()までいる事はわかってたから、北条家に気に入られれば、北条家の一員になれば断れない」

 

 その可能性を、江戸城下に落ちてきた直後から、相良良晴はわかっていた。しかし、良晴はまた拒む。北条家に禁断の未来を教える事で。

 それを藤孝は無言で攻めたが、良晴は静かに微笑むだけだ。藤孝に思わず寒気が走った微笑みを。

 

「津田信澄、井伊直政、上杉景虎、三好兄弟、駒姫、羽柴秀長、徳川信康」

 

 感情のこもった名前の羅列の意味を、藤孝が気付かないはずがない。

 

「彼らを、俺は変えてしまい、そして俺は失敗してしまった。彼らの兄や姉や親は、満面の笑みを浮かべなくなった」

 

 北条家は、大きな家には絶対とも言えるほどある家督争いや粛清がないほど、家族を大事にしている家だ。

 一方で、姫巫女いわく「繋がっている」世界達を旅してきた良晴は、それぞれの主で家族との不和を目撃し、大きく関わってきた。普通の家からやって来た彼に、である。

 そこまでの意味がわかった藤孝は、言葉につまり、彼女にとっては2つ目の本題を言えなくなる。

 

「俺は北条家を関東の国主として動き回っていく。それが、この世界の道だ」

 

 そう言い残し、良晴は去っていく。

 それを見送るしかなかった藤孝は、飲み干された茶碗を見つめながら呟く。

 

「もう変わってきているんです。あなたは、気付いていないんです」

 

 そして、前を見据える。何かを決心した瞳で、ある事を決めた。

 

「滅ぼさないと、おわりの家を」

 

 その呟きは1人だけの茶室に消えていったが、やがてその行動は表に出ていく事になる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6月1日

河内・讃良(ささら)郡 飯盛山城

 

 畿内の実力者は言わずもなく三好家であり、足利将軍家は残念ながら『元気だが最終的には傀儡』という認識()()()

 しかし、良晴らが西に向かっていた時に、危惧していた事が起きる。

 

「忙しい中、お会いしていただきありがたく思います」

「相良殿には玉藻前で助けられた恩があります。更に、すぐに弔辞を贈ってくれました。これで断れば()父上に怒られてしまいます」

 

 一代で政権を築き上げた名将・三好長慶の死は、様々な者達に様々な反応で受けいられた。その3日前の、三好義興の早すぎる死と共に。

 跡を継いだ十河(そごう)重存(しげまさ)あらため三好義継は、あらかじめ構えていたとは言え、(やつ)れていてこれからの三好家の苦難の道を暗示しているかのようだった。

 長慶の遺体に手を合わせた氏康ら一行を見送る彼はある家臣を呼び、その家臣は主命を果たすべく京に向かう。

 

「土岐頼次でございます」

「……北条氏康よ」

 

 美濃の国主の血筋の登場に、北条家は身構えるが、彼らが即座に考えた事を示してくる。

 

「もし、北条家が武田家と今川家を巡って対立するような事があれば、私()の美濃復帰を支援してもらいたいです」

「その裏は?」

 

 未来を知る者の問いかけに、同じく未来を知る者は微笑みながら答える。

 

「三好家を頼みます」

 

 氏康がそれにすぐに応える事は無かったが、良晴と長く話し合った。

 一方、頼次は京の三好家の詰所に戻ってある者から渡された書状を改めて見る。

 

「そう簡単にはいきませんよ」

 

 そして、粉切れにして燃やす。

 直後、彼女はまた詰所を出る。

 

「お変わりなさそうで良かったです、母上」

「貴女も元気そうで良かったわ、松」

 

 彼女も、また一員なのだ。

 

「今日は何かしら?」

「いえ、母上が雲光寺(六角定頼)様の娘であるのを思いだし、平穏な今その縁者を集った宴会を開こうかと思いまして」

「あら、それは良いわね」

 

 相良良晴に愛されたい者の。

 

 そして。

 彼が堺を出る予定の前の日、飯盛山城で1つの静かな宴会が行われる。




明けましておめでとうございます。
1ヶ月あけないのが一先ずの目標です。
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