6月7日
山城・巨椋池北岸
巨椋池、というよりか湖は、この頃は宇治川が直接流れ込み、木津川がすぐ南を流れているので洪水が多いが、そこを抜ければ淀川に一直線なので、水運がよく使われていた。
その少し北の鴨川と宇治川の合流点の近くには、平安時代に鳥羽離宮が建てられたが、武士の時代になっていくと、賑わいも無くなってくる。
その鳥羽と巨椋池の間に太平の世になってから出来たのが伏見の町並みだが、この日、その地に新たな建築物が出来た。
「城だと?」
「はっ。地元民では
「本隊は?」
「巨椋池の対岸で撤退準備を」
「本隊の撤退の時間稼ぎ、という訳か」
「蒲生殿、如何いたす?」
「……川を渡ろうとすれば邪魔してくるのは確実。それに、急造の城ならば、まだ弱いはず。前哨戦として攻めようではないか」
「承知」
蒲生賢秀率いる六角軍2500は、規定路線かのように朝からその城を攻め始める。
「たった数百人しかおらぬ! さっさと抜いて、天下の反逆者を討とうではないか!」
『おおー!!』
そう士気高く、六角軍は木の壁で囲まれただけの伏見城を先ずは正面から攻めるが、昼間になっても抜けなかった。
「粘るな」
「虎口に鉄砲は守る側からすると有力ですからな。では別れるぞ?」
「承知。どちらが先か勝負だな」
「うむ」
1ヶ所だけで抜けなければ、攻める箇所を増やしていけば良い。
そう考えるのは普通で、今まで攻めていた北側だけではなく、東西の方からも攻め始める。
「撤退されたか」
「離れれば離れるほど取り戻すのは難しいでしょうし、まずは目に見える戦果をあげましょう」
「わかっとるわ、
「失礼しました、
そう話し合いながら、六角軍蒲生隊は鉄砲に警戒しつつも平押しで攻め、じりじりと戦線を押していく。元が小さな城なので、押され始めると終着がすぐに見え始める。
「注進! 小舟でございます!」
「やはりか!」
六角軍は弓が得意だ。なので、巨椋池から突然現れた小舟をそれで攻める。
だが、小舟に乗って籠城軍の救援にやって来た松永軍もそれはわかっていて、盾でそれをしのぐ。
「注進! 注進!」
次なる速報が京の本隊から入ってきたのは、丁度その頃で、思わず賢秀は書状を落としてしまい、秀行は天を仰ぐ。
「三好は、どこまで怒らせたんだ」
その呟きの答えになる少年は、最初に城の下の河岸に辿り着いた小舟に乗ろうとしていた。
「よしっ」
本猫寺からのその知らせに、彼は握りこぶしを作り、彼に付き従う者達は作戦が成功したのを実感する。
「永盛。この事を六角軍に宣伝して、勢いを削いでくれ」
「承知!」
そして、その作戦の目標に晒されている三好3人衆は、京でそれを聞いて、一様に覚悟を決めたような顔になった。
「六角殿。もしもの時には撤退してもらっても構いませんのでよろしく」
そう言い残し、3人衆はただちに迎撃の準備を始める。
そして、その3枚や他の書状には一様に同じような事が書かれていた。
毛利軍、明石上陸。
そのまま尼崎まで突っ切る。
と。
一方で、この日の夕方に急造された城がやっと落ちるが、籠城軍のほとんどは対岸に逃げ延びる事が出来た。
後に近くにある有名な神社の名前から『伏見城の戦い』と称されるその戦いは、次なる「天下分け目の戦い」への前哨戦に過ぎなかった点からしても史実に近い戦いだった。
違う所は、生きる事を主眼にした相良良晴と、生き抜き死ぬ事を主眼にした鳥居元忠の思いの違いだろう。
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6月7日 夕方
摂津・本猫寺沖
讃岐を中継点にしただけの小早川隆景は、村上水軍の舟に乗り、ほぼ無警戒だった明石から兵庫までの海岸に上陸し、分隊は淡路島北岸の淡路水軍の港を襲っていく。
対して、本拠の四国を守るために大阪湾岸にいた三好軍は、突然の目の前の上陸におののき内陸へと逃げる。
「まさに
四国から二条へ、二条から大阪湾岸へ、大阪湾岸から内陸へとわずか3日の間に走りきった男達もさすがに疲れはて、自分から攻めてくるというのは無かった。
それを感じながら、陸《おか》に上がった村上武吉は呟く。
「更に姫様は本猫寺と交渉して、寺は『戦から逃げてきた民を保護する存在』にして、戦線から退かせた。それ故に、三好軍は本猫寺を攻められん」
「それによって、毛利家の中の本猫寺の連中も大人しいままっていう事か」
「左様。さすがは姫様よ」
小早川軍の副将である乃美宗勝が感動する横で、武吉は少し寒気を感じていた。
「それほどの知謀を駆使してまで姫に狙われている相良良晴、か」
その呟きは、幸いにも宗勝の耳には届かなかった。
翌日。
摂津の大阪湾岸の城達を
対して、疲弊して脱落していく者達が多い三好軍も、これ以上は好きにさせまいと戦場と定めた所の近くの城に入る。
「城の名前は?」
「勝竜寺城でございます」
そして、戦場となる地域の名は。
山崎、と言う。