6月8日
摂津・山崎
琵琶湖からの本流である宇治川に桂川と木津川が合流してくる所にあるのが淀城であり、その少し先の淀川右岸に広がるのが山崎の地である。ちなみに、左岸は石清水八幡宮である。
大河の合流点の近くにあるという事は、洪水に見舞われやすいという事であり、川により近いほど湿地が多く出来ていた。
その湿地と山の間に京と西国を結ぶ道があり、この日、京側に三好軍が、西国側に毛利軍が展開し始めた。
「まずは休憩よ」
共にまずは休憩というのは一致していて、この8日は小競り合い程度で終わる。
その8日の昼、毛利軍の本陣に三好軍の一部が合流する。
「お初にお目にかかります。毛利
「うむ」
将軍の足利義輝と、その幕臣達。
「三好
「小早川隆景です」
三好義継と、その家臣達。
「北条
「…小早川隆景です」
北条氏康と、その家臣達。
4つの旗が集う本陣で、武家の長である義輝が指揮権を放棄する事で軍議は始まった。
「幕府の敵となれば、奴等は死に物狂いになり、京で乱暴を働くかもしれんからな」
というのが理由だ。
次いで、氏康も指揮権を捨てる。
「元々大きく関係してないしね」
という事。
残る連合軍の中で一番数の多い毛利軍を率いる小早川隆景も、指揮権を手放す。
「これは三好家の戦。ならば
と。
「……承知した。この三好 義継が全軍を率いる事でよろしいか?」
『異議なし』
そして、それからは陣容などの話になり、畿内の三好3人衆派の軍などは大人しいなどの報告がある。
それらの軍議が終わると、自分の直属の配下の軍への激励があり、次いで主だった武将が出るささやかな酒宴が行われる。最初の1杯だけ、だが。
その酒宴の中、三好義継はある少年へと近付く。北条家の中にいる少年へ、と。
「……まさか、じゃないよな?」
「そのまさかさ。相良殿、軍師を頼みたい」
「…………」
「三好殿。相良は北条家の武将です。この遠い地での戦いで北条軍をなるべく少ない被害で終わらせたいので、相良は必要です」
「されど、3人衆は三好のやり方を知っている。私だとそれが抜けきれない」
「……でしたら細川殿は」
「細川殿は幕府衆を事実上率いる立場であり、彼女に並ぶ将はおりませぬ。それは小早川殿も同じ」
小声同士で良かった、と聞いていた者達は心からそう思ったという。
「……わかったわ。ただし、彼は鎌倉公方の繋がりから考えても重要な者。何かあったら
「それは百も承知」
ということで、本人の意志は無視されつつも、相良良晴の本陣への異動が承認される。
「やはり天下に好かれていますね」
「…………」
最終的な主への謀反人に、西から超特急でやって来た者達も含めた軍を事実上率いる事になった相良良晴。
彼自身この場所で起きたあの戦い
「史実通り、なのか?」
「恐らくそうでしょう。連鎖的に動き、そして決着がつく。こちらが崩れないかぎりは淡々と」
「そう、か」
そして、結果的に言えばその頼次の予想通りに事は進んでいく事になる。
中央で戦闘が始まり、左翼でも戦闘が始まり、そしてそれらの戦いに注目していた右翼の三好軍が奇襲に晒されるという形で。
「三好軍、崩れます!」
「あまり追うな!」
「了解!」
氏康いわく「あっさりと終わった」戦いは、三好3人衆の1人である岩成
他の3人衆である三好
6月9日、将軍襲撃に始まる三好家の内乱は1週間も経たずに終わる。